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メルギゾーク~The other side of...~  作者: 江村朋恵
第7話『優しい手』
59/139

(059)【2】蒼の風(1)

(1)

 ユリシスが出口の見えない悩みと向きあっていた夜から二日後の朝──。

 ヒルド国の中心、白亜の王城に見下ろされる形で魔術機関オルファースはある。その総本部の小会議室で、幹部の十一名が会していた。

 小会議室には窓がなく、また魔術も封印されて傍聴出来ない処置が施されている。その為、オルファースを代表する幹部達でも、ここでは魔術を使う事はできない。

 十二の席が用意された丸テーブルに、空席が一つ。

 部屋の一番奥、他よりも良いしつらえが空席のせいでよく目立った。

 ガタンと椅子をならし、空席の隣の男性魔術師が立ち上がった。

「さて。今月の月例会議を始めましょうか」

 中肉中背の、きらびやかな衣服を着込んだ貴族魔術師。声はやや高く、大げさに開く厚めの唇はわざとらしい。つややかな皮膚に刻まれた皺からは、彼の魔術師としての年季を思わせる。

「本日は総監が欠席されておりますので、私が代理で議長を務めさせていただく。異論は──……ないようですな。それでは各自担当案件について、現状報告をお願いします」

 代理議長を名乗りでたのは副総監ドリアム、もちろん第一級魔術師。一同を見渡し、小さく頷くと着席した。

 シャリーが以前、若手に厳しい陰険親父と扱き下ろした魔術師がこのドリアムであり、シャリーの自称ライバル──リーナの父親である。

 オルファースは国の様々な部門に介入している。それは技術提供であったり、相談役であったり、様々な役割を果たしている。

 会議に参加しているカイ・シアーズやギルバートも当たり前にその担当を持っている。カイ・シアーズは医療部門、ギルバートは資料部門、ドリアムはゼヴィテクス教の魔術顧問である。

 治安部を担当するルノルトファンという四十代前半の男性魔術師が小さく挙手し、今日の議長であるドリアムに問いかけた。この場に居る彼もまた当然ながら第一級魔術師であり、副総監である。

「ドリアム殿、総監のご欠席について何かご存知ですか? 昨日まではいらっしゃる事になっていたはずですが……」

「うむ。私も今朝伺って驚いていたのですよ」

「ドリアム殿にも突然で……?」

 ひょいと目を見開いて見せるルノルトファン。いわゆる『よいしょ』だ。ドリアム殿でさえ突然聞いたのですか、と。ドリアムは特別扱いされていて当然であるのに、我々と同じだった事が信じられない、という具合だ。悪意でもって聞くことも出来るが、ルノルトファンの言動は一事が万事『よいしょ』なのでドリアムも耳に心地よい方で聞く。

 ドリアムが次期総監を狙っている事は広く知られている。

 次期総監に取り入り、いざ総監になった時には目をかけてもらおうという魂胆だが、見え見えである。

 ドア側に座るカイ・シアーズは、ついと視線を逸らした。ギルバートは表情を変える事なく、ドリアムとルノルトファンの茶番を見ている。

 ドリアムは「ん~」と唸ると小さく息を吐き、続ける。

「どうやら最近、総監におかれては、国王直々にお達しがあったように思う。これは私の独自情報ですがね」

「さすがドリアム殿、オルファースの状況をよくつかんでいらっしゃる」

 諸手を挙げてルノルトファンが感心すると、ドリアムも満足そうにうんうんと頷いて微笑っていた。

 そうして茶番が始まる。

「ルノルトファン殿、貴殿は治安部の顧問をされていたね。相変わらず汚らわしい者がうろつく南北門付近についてだが、貴族府から出していた立ち入り規制についての案を進めておいてくれるかね。その件に進展が見られた場合には、貴殿の今後についても、私がしっかりと考えますぞ」

 大っぴらに言ってしまっているが、この場にドリアムに反対できるものなどおらず、例えばこの発言に何かを言えるとしたら、現在この場にいない総監だけなのである。

 たとえ、彼のこの発言を反吐が出る思いで聞いていたとしても、そっと視線を逸らす事しか出来ないのが、現在のオルファースなのだ。

 また貴族府という言葉が出てきたが、これは各身分で団体を作りそれぞれの身分の権利を主張する目的で活動しているというだけのもので、国の機関ではない。しかし、この団体から国への意見などは出されるため、軽視はできない。国民組合、商工業組合、農林漁業組合がある。ヒルディアム以外の国内各地の街や村などには各身分でのそれらの支部が存在する。

 ドリアムが言ったヒルディアムの南北門付近だが、この地区は下町にあたり、庶民や冒険者達で賑わっている場所。これの規制を行うという事は、ヒルディアムに貴族以外を入れないと言っているのとそう違わない事だ。

「国は貴族だけで成り立っているわけではないというのに……」

 言えたらいい言葉を、カイ・シアーズはそっと飲み込んだ。

 ふと移した視線の先に居たのはギルバート。彼はこの場で唯一貴族出身ではない。彼は平然とそこに座っている。正直何を考えているか、表情からは掴めないものの、ギルバートもまた貴族優先のこの風潮を嫌っているのはよく知っている。

 ポーカーフェイスでいられるから、副総監にもなれたのだろうなとカイ・シアーズはギルバートを自分にないものを持つ者への憧れの思いで見た。

 それから続いた数々の現状や今後の予定には、どれもこれも貴族が優遇されるようなものばかりだった。

 特に、魔術機関オルファースに関係があるものとして、第9級資格取得試験の受験を貴族、あるいは一定以上の寄付を支払った者のみに絞ろうとする提案書には、思わず立ち上がりそうになった。

 一定以上の寄付も、貴族かあるいはよっぽど金まわりのいい商家でなければ出せないような金額だっただけに、庶民排斥を徹底しようとしているのが目に見えてわかる。

 そんな案件が出ても、うんうんと頷いて話を聞いていられるギルバートが不思議でならなかった。自分がただ未熟なだけなのだろうかと思ったりもするが。

 カイ・シアーズも出来る限り平静を装いつつ、担当である医療部門の報告を行った。また、下町の医療機関への増資・技術提供などを提案してみるも、適当に流されただけに終わった。

 例の数日前の大火事の件も話題になるが、それは臨時会議で話された事、過去の事としてほとんど扱われなかった。

 えいやあと発言してしまえばいいと何度も思った事がある。それでも思いとどまるのは、まだ時期ではないと強く感じるからだ。

 しかし、いったいその時期はいつ、来るのだろうか。



 会議を終え、執務室に戻った時には昼を少しまわっていた。

 いつもの業務連絡はすぐに済んだのだが、総監がいないのをいい事に、ドリアムが一人で二時間余りだらだらと下らない事をしゃべり続け、また太鼓持ちがせっせと盛り上げるので留まる事を知らなかった。

 執務室へ戻る途中、ギルバートと少しだけ言葉を交わした。

 彼はただ「いつもの事だろう」と微笑んで、「早まるなよ」と釘をさして来ただけだった。

 ギルバート以外にカイ・シアーズの本質を見抜いている者がどれほどいるだろうか。落ち着いて物静か、冷静な人間と見られているが、実は、一度火が点くとなかなか止められない激情の持ち主であると。

 この性格を何かの出来事があってギルバートに見抜かれたのではなく、出会って間もない頃、カイ・シアーズ自身気付いていない中、指摘をされた。最近ではギルバートの読み通りであったと認識している。

 何故わかったのかと問えば、ギルバートは「そんな気がしただけだ」とやはり微笑う。以来、カイ・シアーズはギルバートに心を開き、様々な相談事を持ちかけている。事ある毎に、やはりまだまだギルバートには敵わないと思うカイ・シアーズだった。


 執務室の鍵を開け、中に入ると、部屋の片隅に座り込み、本を読んでいるナルディを見つけた。カイ・シアーズはフッと笑ってしまった。玄関の鍵は閉めて出かけていたのに──。

「ナルディ、そこ暗くありませんか? 窓の方へ行って読んだらいいですよ」

「あ、先生! ごめんなさい! また、あの、勝手にあがっちゃって」

 あわてて立ち上がるナルディは、つい最近、第五級正魔術師になり見習いを終えたばかりのカイ・シアーズの弟子だ。弟子もとれる正魔術師になったばかりだが、まだ十六歳の少年である。

 先日の大火で旅行も台無しになったままだった事を思い出し、穴埋めをしないといけないなとカイ・シアーズは思った。

 ナルディは、まだ大人になりきらないその胸板と変わらない大きさの本を急いで閉じた。風でその黒髪がゆらりと揺れていた。

「いいんですよ。窓を開けっ放しにしていた私も私ですから」

 窓を開けていても魔術壁が施されているため、特定の魔術師を除いて誰も入れない。もちろん泥棒の類も入れないが、盗まれて痛手を感じるようなものは置いていない。

 そもそもナルディは少し前まで弟子として何も言わず出入りしていたのもある。選択透過で彼にこの魔術壁は扉を開くのだ。ナルディも拒むような魔術壁にすればいいのだろうが、新しい弟子もとっていないカイ・シアーズはそこまでしなくてもいいと思っている。

 ナルディの顔がパッと明るくなった。それを見て、カイ・シアーズも会議で得てしまった棘のある感情が和らぐのだった。

 部屋の奥へ進みかけてから、ナルディを振り返る。

「そろそろお昼ですね、ご飯を食べに行きますか」

「はい!」


 一方、会議にも出席せず、昼食もとらず、デリータ・バハス・スティンバーグ総監は執務室でゼヴィテクス教の大司教と対面していた。

「ですから、何度も申し上げますとおり、あなた方が不当に管理しておられるルーン魔術史をお返し下さいと……」

「不当? 不当とはこれは心外な。確かに、ルーン魔術史という名ではあるが、内容を照らして頂ければ、すなわちゼヴィテクス教史でもある事は、現在資料部へお渡ししている写本でご存知でしょう? あれは、我等が管理するにふさわしいものです。それを、不当などと……」

 その写本の真偽を疑っているとは、言えない。

「でしたら、数日間、貸して頂く事はできませんか? 早急に必要としているのです。王命に関わると申し上げればお察しいただけますか?」

「それはあなたの問題ですね。我々には関係がありませんよ。そもそも陛下には昨日お会いしましたが書に関するお話は一切出てきませんでしたがね?」

 大司教はぎょろりと目を見開いてみせて笑いを隠している。口元は大げさに言葉を紡ぐ。

「先ほども申し上げた通り、資料部をお訪ね下さい。写本でよろしいでしょう」

「……なぜそれほどまでに拒まれるのですか?」

「なぜ……と」

 眉を瞬間しかめ、大司教は続ける。

「ルーン魔術史は現存する最古の歴史書でもあるのですぞ。現物をたやすくお貸しできるものではないと、誰でもわかる事ですぞ。それをご理解頂けませんか? 魔術機関オルファース総本部所属デリータ・バハス・スティンバーグ総監殿」

 語気を強めた大司教の目が、濁って見えた。威圧しようというのだ。貴重な歴史書だからという理由だけではないはずだ。ここで同じ調子で交渉するのは意味が無い。デリータはふっと力を抜いて、相手から視線を逸らした。

 鼻から息をめいっぱい吐き出しそうな目の前の男の名は、ゼヴィテクス教大司教ラヴァザードという。年齢はデリータとそう変わらないはずだが、禿げ上がった額はとてもつややかで血色がいい。

 真っ白のローブは紫のラインが全体を引き締め、細やかに金糸の刺繍があしらわれている。ラヴァザードはねじくれた金の錫杖でコツンと床を鳴らした。

 その音で、デリータは静かにラヴァザードの目を見た。

「では、私の用件も最初に済ませていますし、これで失礼させていただきますよ」

 どこか見下した視線。先のオルファース総監と比べている事だろう。デリータが総監になってからまだ十年とたっていない。先の総監は、デリータの夫だ。その夫とこのラヴァザードも非常に仲が悪かったのだ。そもそもラヴァザードと気のあう者など見たことがない。一体誰の後押しでその地位に在るのか。

 デリータは目に力を込めてラヴァザードを見る。

「ええ、わざわざおいでいただきありがとうございました。ラヴァザード・ベネフッド殿」

 ラヴァザードは一瞬だが深く眉間に縦皺を作り、立ち去った。

 彼が貴族出身ではない事をコンプレックスに思っているのを知った上で、フルネームで呼んだのだが。それでも効く事に、彼の人格に対し、つまらなさを覚える。

 広い部屋で一人になり、デリータは、ため息を小さく漏らした。

 王命があると言ったものの、ラヴァザードに返してくれと頼んだ『ルーン魔術史』は彼の指摘通りあまり関係がない。『ルーン魔術史』にはより鮮明かつ克明に、既に滅んだ魔道大国メルギゾークの事が書かれているはず。

 デリータは既に写本を読みつくした。その上で、全体を読んだ時に明らかに一部が欠けている事に気付いたのだ。

 例えば「前述の通り」と説明のある文章があったとき、その「前述」に当たる文章が一字一句見当たらないのだ。特に、ある特異な八人の女王達、さらに滅亡に関する文章だけ、記述が欠ける。

 キュッと、へその前で組んだ手に力を入れた。

 ──遠くない将来、必ず何かが起こる。

 脳裏に浮かぶのは、特異な……紫紺の瞳を持つ少女。

 ──……必ず……。

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