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メルギゾーク~The other side of...~  作者: 江村朋恵
第6話『王女のお仕事』
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(052)【4】王女のお仕事(3)

(3)

 第一印象は屋敷と呼ぶわりに小さい──というもの。

 こじんまりとしたレンガ造りの『家』というのが妥当だ。一階部分の外壁には、狭い庭の草木から蔓がびっしりと伸び上がっていた。

 ほんの数歩で終わる前庭も、屋敷と呼ぶに相応しくない。敷地も建物も『きのこ亭』より小さいように見えた。

 庭は丁寧に整えられているとは言えず、沢山の種類の花が『とりあえずどっさりと植えられている』という風情。

 三階建ての渋い雰囲気を醸すレンガ造りの建物と雑然とした色とりどりの花は妙にマッチしていた。王都ヒルディアムという都会のど真ん中であるのに森のような、不思議と安らぐ佇まいがあってユリシスは日の暮れた後ではなく昼に見たかったと思った。

 ユリシスの仕事が終わるのは夜の八時で、それから三十分余り経っている。夜道を歩くのは少し抵抗があった。

 ──狙われているのだから、気をつけなくては。

 それでも、手に握ったメモの住所へとやって来た。どういった打算が自分の中にあったのかまでは考えなかった。

 ただ、飾るでもなく、上からものを言うでもなく接してくれた、この世にたったの十人しかいない副総監であるギルバートという人を、もう少し知りたいと思った。あの温かな手を持つ人の真意を聞いてみたいと思ったのだ。

 一度大きく息を吸い込んで、たいして大きくはないロートアイアンの門扉を押し抜け、ユリシスは扉横の呼び鈴を鳴らした。

「はぁ~い!」

 屋敷の中から女性の声がして、すぐに扉が開いた。

 出てきたのは大柄の、三十代前半と思しき女性だった。

「こんばんは」

 少しカールのかかった黒い髪をポニーテールでまとめて、大きな目の快活そうな女性だった。女性はユリシスに満面の笑みを向ける。

「お待ちしてましたよ」

 扉を大きく開き、ユリシスを奥へ誘った。

「こんばんは、はじめまして」

 女性の前を通り、玄関をくぐる。屋敷内はとても明るかった。

 副総監──当然第一級の魔術師──の屋敷だ、魔術道具には事欠かないのだろう。廊下の隅々まで見渡せる明るさだ。魔術の灯りが廊下を照らしている。

 すぐに庭と変わらぬ草花の甘い香りがした。

 入ってすぐ、左手にドアがあり、ユリシスはそこへ通された。応接室のようだった。

 女性、ギルバートが唯一雇っていると言っていた使用人だろう──彼女は応接室には入らず、廊下の向こうへ行ってしまった。

 応接室は、屋敷の外観通り、広くはなかった。

 中央にテーブルと二人掛けのソファが対面で置いてある。ドアからまっすぐ向こうの壁には窓があり、白いレースのカーテンがかかっていた。

 今まさに厚手のカーテンを掛けているのがこの屋敷の主人だ。彼はこちらを振り返るとニカっと微笑った。

 淡いドット柄の壁紙が張られた応接室には、手縫いのぬいぐるみがあちこちに置かれていた。それらは部屋の中央を向いて微笑んでいる。

 壁に沿って置かれた棚に、かわいらしい雑貨が沢山詰め込まれていたりするのだ。

「いらっしゃい。よく来てくれたな」

「あ、いえ。お邪魔します」

 部屋をキョロキョロと見ていたユリシスは、屋敷の主人ギルバートに勧められるままドア側のソファに腰を下ろした。ギルバートもその対面に座った。

「なんだか、かわいらしい部屋ですね」

 少しだけ緊張していたユリシスを、小さな動物の置物など、まるで雑貨屋さんのような印象の部屋がリラックスさせた。ギルバートは赤い髪をカリカリと掻いて笑う。

「ユーキさんの趣味なんだ。俺はぶきっちょだからこういうの作れるのはすげぇって思うばっかりだな」

「ユーキさん?」

「ああ、さっきの……」

 応接室の扉が開き、先ほどの女性が現れた。手には紅茶とケーキを二つづつ乗せた盆があった。

「この人がユーキさん。この部屋にある小物とか雑貨はほとんどこの人が作ったんだぞ」

「なんのお話ですか?」

 ギルバートが使用人ユーキを紹介し、彼女は笑って応えながら二人の前に紅茶とケーキを並べた。

「かわいらしい部屋ですねっだってさ」

「あら、ありがとう」

 ユーキはユリシスに笑顔を向けた。つられて、しかしユリシスの方はややあいまいな笑顔で、紅茶やケーキのお礼の会釈をした。

「それじゃあギルバートさん、私帰りますね」

「ああ、ありがとう。おつかれさん!」

「ゆっくりしてってくださいね。私の家じゃありませんけれど」

 ユーキは「ふふふっ」と微笑って部屋から出て行った。

 二人きりになって、ギルバートは「ユーキさんの入れる紅茶、うまいぞー、なんて茶葉か知らんのだが」やら、「この甘ーいケーキがうまいんだっ」と笑顔を絶やさず勧め、自らも両方を楽しんでいた。

 ──ユーキさんもそうだけど、ギルバートさんも笑顔の絶えない人だ……。

 ユリシスは一口二口、紅茶をすすった。

「さて。呼び出して悪かったね、本当に。でも……すぐにでも話がしたかったんだ」

 ユリシスが紅茶にもケーキにも、美味しいと舌つづみを打っていると、ギルバートは静かな面持ちで切り出した。



 実を言えば、ギルバートは何をどう話せばいいのか、考えていなかった。

 ──率直に「あんた、目覚めているのか?」と聞けたらいいんだが……。

 赤い髪をカリカリと掻いた。「何の話?」と問い返されるのは目に見えている。妙な事を口走ってちゃんと築いてもいない僅かな信頼を失う方が痛手だ。

 基本に立ち返り、会話の極意、共通認識から始めるべきという結論に辿りつく。そこでピンと閃いたのが『きのこ亭』を訪れ、そこで面識があるという事。ギルバートは常連客の言っていた事も思い出した。

「ついこの間なんだが、君の職場『きのこ亭』に行ったんだ」

 ユリシスもすぐにトイレの場所を聞かれた時の事を思い出す。

「あ、はい。覚えてます」

 灯りが無く、複数並んだ扉のどれがトイレわからない状態だった時の事だ。

「そん時にね、常連のお客さんに言われたんだが……この店の看板娘は魔術師を目指してがんばってるって」

「あ、はぁ……私の事ですね……はい。この年にもなって全然受からないんで、恥ずかしい限りですけど」

 言葉に詰まりながら応えるユリシスを微笑ましく見、ギルバートは言った。

「どうだろう? 俺には今、見習いが──弟子がいないんだが、なってみる気、ないか?」

「…………は?」

 数秒の沈黙の後、ユリシスの出した声は間抜けなものだった。それに対するギルバートもまた鈍い。どう応えたものか、結局、間を置いて「ん?」と聞き返すだけである。

 それからまた少しだけ沈黙の後、ユリシスはやっと冷静さらしきものを取り戻した。言葉を選んでいるらしい。

「えーと……」

「ん?」

「今、なんて?」

 どうやら、ユリシスは何か聞き違いをしているとでも思ったのだろう。ギルバートはふっと微笑った。

「俺の弟子にならないか?」

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