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メルギゾーク~The other side of...~  作者: 江村朋恵
第6話『王女のお仕事』
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(042)【2】目覚ましショック (2)

(2)

 一方、トイレに駆け込んで用を足した赤い髪の男──ギルバートは、ふぃーと安堵の息をついた。トイレの中のランプは消えていなかった。消えていたとしても、魔術の灯りでどうにでもなったので問題ない。

 服を直して、備え付けのポンプで水を上げ、手を洗った。外に出ると、戸口のランプに明りが灯っている。

 ──中にいる時には気付かなかった……となると……。

「……『火』でつけた……か?」

 勝手口までのわずかな距離も薄暗い。

 空を見上げると随分と曇っていて、月明かりはない。

 視線を勝手口に戻した。

 いつになく真剣な顔に、彼のトレードマークの笑みはない。

「全く……」

 それだけ呟いて、やっとで笑った。

 ギルバートにしては珍しい。力の抜けた、少しばかり悲しい笑みだ。

 トイレに駆け込む前の事である。アルフィードと話さねばならない事は全て終え、後は世間話をしていた。

 飯が届くと当たり前にそれらを品評した。この店を待ち合わせ場所に言ってきたアルフィードは「安くて美味くて早いから、よく来るんだ」と言っていた。「っつっても五回くらいか」とフォークをゆらゆらさせて記憶を辿り、付け加えた。

 アルフィードは恐れなくどんな店の戸も叩く。試してみなけりゃわからんだろうとの事だが、ゲテモノを食わされた事も少なくない。そんな店には当然その後行くわけがないし、何より、気付けばそんな店は大概ツブれている。第一級魔術師のアルフィード、使おうと思えば金は十分あるせいか、ランクが高かろう低かろう関係なく、食事をする飯屋を選ばない。

 だが、自炊もする。野宿の時に限るが、仕事の都合などで、一年の内、三分の一近くが野宿、あるいは飯自体を抜く。飯屋で食事をする事は意外と少ない。三食まともに食べれる事は稀で、前日に食いだめして何も食べない日もある。そういった理由で、五度も来ていれば「お気に入り」なのだと言う。

 そういった『きのこ亭』や弟子の偏った食生活についてなどを話していた所に、席の近かった見知らぬ五十前後のおやじが混ざってきた。

 そうすると、人見知りする、というより、好奇心はある癖に、警戒心も強いアルフィードは黙ってしまう。対応は任せた、と言わんばかりにそっぽ向く。相手するのが面倒くさい、というのが一番の理由のようにも見える。

 おやじはこの店の常連客だと言った。それまでの会話から二人が魔術師であると察し、話しかけたと笑う。

「この『きのこ亭』の看板娘は魔術師志望だが、八回も試験を受けているのに、一番下の級にも受からねぇんだ、かわいそうだろう? 何かアドバイスはねぇだろうか? 伝えてやりてぇ。力になってやれたらと、思うんだよ」

 まるで自分の娘を心配するかのように、口をぎゅっと歪めた。看板娘とやらが、気にかかって仕方ないようだ。

 今日はその看板娘は休みだが、その娘さんが一生懸命働きながらどれ位勉強してるかとか、どんな顔立ちかだとか、瞳が珍しい色で綺麗なんだとか、酒が既にたっぷり入っている様子で語っていた。

 その娘さんの状況や容姿の話は、大半を聞き流していた。聞き上手のギルバートは、聞いているフリ上手、という事になる。特に女性に対してはこの姿勢が適している。しっかり聞いてしまうと、延々続く長話に疲れてしまうのだ。だが、聞いてはいるので、後から言われてもちゃんと反応してやれる辺りが、世渡り上手と言われる所以だ。

 おやじは色々言っていたが、気になったのは「八回も試験に落とされている」という事実。

 よっぽど頭が悪いか、あるいは『故意に』オルファースによって弾かれている可能性がある。

 そもそも第九級魔術師資格試験の合格者年齢と言えば、六歳から十一、二歳程度。それ以外の年齢で受かった者はほとんど見かけない。子供のうちに合格できなかったら大概諦めてしまう。大人になって受験しても、八回も落ち続けるという事は無い。せいぜい、二、三回落ちれば誰もが諦める。資格試験を受ける為に予備校へ通わなければならないが、これの受講料だって馬鹿にならない。

 その『合格できない』というの理由には、貴族達が合格者枠を占めてしまう現実がある。同じ副総監の一人カイ・シアーズと今年の魔術師第九級資格合格証書授与式を見下ろして唾棄したのはつい最近の事だ。ギルバートも庶民の出で、貴族連中の嫌がらせは見てきている。とはいえ、八回も合格出来ないというのは……。

 その看板娘とやらが農村出身だから、にしては弾かれすぎている。諦めずに八度も来ているのだ。聞けば今年十七歳、何度も試験で良い成績を出している、なのに受からないのだという。

 ──その事実にばかり、考えがいってしまう。おやじの話を聞いていた最中、オルファースの嫌悪すべき点が見えて怒りが沸いていた。

 

 だから、目があった瞬間に『そうではない』と思えた。


 トイレの場所を偶々尋ねた相手こそ、おやじの語る『不運な看板娘』だった。

 ──そうではない。

 彼女だから弾かれていたのだと、目があった瞬間に理解した。


 ―─そうして、警鐘が聞こえる。


 これに関わってはいけないと、しきりに体のどこか、あるいは心の、記憶の断片が、そこに近寄ってはいけないと叫んでいる。

 ギルバートはそれに背くつもりはない、ないが……既に思考はその深みに潜り込もうとしていた。


 火を使ってこのトイレの入り口のランプに明かりをつけた看板娘。

 ―─まだ……なのか。

 それとも、魔術師である自分が居る事を察してあえて、火を使ったのであろうか。そうであるならば―─

 既に『彼女』は……。

 自分が魔術師である事は、この明かりを灯した瞬間にバレている。

 ギルバートは手元にぽっと青白い魔力を溜めると、さらさらっと文字を描いて灯りの魔術に変えた。じっと手元を見つめる。

 看板娘の魔術の灯りへの反応は、ひどく薄かった。

 一般の下町の娘がごくごく間近で魔術を見慣れている事はそうない。皆一様にビクリと驚く。わかりきっていても「魔法使い?」と訊ねてくる。それはこちらが忙しかろうが、まるで手品を、見世物でもして見せろとでもいうかのように「他には!?」とやたら急かす。魔術師志望なら、なおさら色々知りたがる。

 ―─あの娘は魔術を見慣れている。

 ギルバートは常連客のおやじの話をぼんやりと思い出す。あの看板娘……『ユリシス』とか言ったか。酒臭い息交じりだったか、おやじはしきりに「かわいそうだ、かわいそうだ」と言っていた。

 あの娘、ユリシスは一番下の第九級魔術師の資格さえもらえていないのだから、魔術を使えないはずだ。

 誰かの魔術を見慣れている、という事になる。

 第八級や、第九級の魔術師見習い達には、夕刻に街灯として紺呪石の明りの魔術を発動させる修行、役割があるが、これは自力で生み出す魔術とは言いがたい。八回も試験を受けたという事は、八年もオルファース魔術機関内の予備校へ通っていた事になる。オルファースになら一人前とされる第五級魔術師らが多くいる。その魔術を見慣れていたとも考えられる。

 ―─しかし、だったら、どうだというのか。

 今、魔術を見慣れている、あるいは万が一使えたとして、それが何だというのか。

 問題なのは、ユリシスは『目覚め』ているのか、『目覚め』ていないのか──。

 目覚めていれば、あまりに悲しいことだ。こんな所で歴史に潜み、したたかに時を刻んでいるだけではないか。なんとやるせない事か。

 目覚めていないなら、それは『不運な看板娘』なのだとしても幸せなことだろう。

 いや、だが、それすらもどうでもいい。

 伝承の通りに運命とやらは巡るのか。

 そうだとしたら、どんな幸福も不幸、不運であることも、どうでもいいことだ。

 伝承の通りなら、あの不運な看板娘は……あの少女はもう十七歳なのだ……あの常連客のおやじの言葉通り、あまりに『かわいそう』だ……。

 ──雲は未だ厚く、星の一点さえ見えず、まして、月の光は微塵も、ギルバートに届く事はない。

 ただ、手元に灯る己の力の煌きの魔術だけが、辺りを照らす。

 関わってはならないと、記憶の断片が煩い。


『──紫紺の瞳がもたらす災厄を──』


 不確かな闇に、こんな小さな光で抗する事が出来るものか──警鐘は、止まない。

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