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メルギゾーク~The other side of...~  作者: 江村朋恵
第6話『王女のお仕事』
39/139

(039)【1】まどろみの心地よさ (4)

(4)

 今日のように予備校のある日は仕事を休んでいるが、それ以外の昼から晩まで、ユリシスは『きのこ定』で給仕をする。

 普段、朝から昼までの時間は自由だった。その時間をユリシスは予備校の勉強にあてた。幼いユリシスは、魔術師になるために村を飛び出してきていたワケで、勉強と『きのこ亭』で働く以外に何かをするという発想がなかった。故に、ただ延々と、魔術師になる勉強を続けた。

 最初は読み書きもままならなかったにも関わらず、幼く飲み込みも早かったせいか、二年あまりで魔術の予備知識や魔術史、一般教養を学ぶ予備校での授業内容──第九級魔術師試験に受かるために必要な知識は、完全な理解はともあれ、全て頭に入れてしまった。

 本来ならばとっくに第九級にあがれるはずなのだが……幼かった当時のユリシスは、勉強がまだ足りないだけなのだと思っていた。他に理由があるかもしれないとは、露とも思わず、また十七歳になった現在でも、例え理由があるとしても、その理由は考えつかないでいる。

 ──そこには、つまらない理由が横たわっているのだが、それはまだ、ユリシスの知るところではない。

 予備校生にはオルファースの図書館の使用が許されていたので、ユリシスは毎日のように通い、幾冊もの魔術書を読み漁った。そうしていくうちに、実際に魔術を興してみたいと思うようになった。しかしながら、資格を持たぬ者の術の使用は禁じられている。

 十一歳になったばかりの頃だ。都を抜け出しては森へ潜み、魔術の練習を始めるのは。

 はじめの頃は、高い防壁がめぐるこの都から人知れず抜け出し、また戻ってくるのに苦労した。

 都を出るには、東西南北に走る大通りから繋がる四つの門のいずれかをくぐる必要がある。都全体は五階建ての建物と同じ高さの防壁が囲っており、門はこれの一部。この門をくぐるには通行証がいる。通交証は十五歳以下の庶民の子供に、単独では与えられない。門の出入りには保護者として十六歳以上の同行者が必要になる。保護者の通行証で、出入りが出来る。

 七歳の時、初めてこの都に入り込むために商隊の荷に隠れたが、さすがにもう出来ない。出入りを毎日繰り返すし、あの頃よりも体は大きくなっている。毎日出入りしてもバレにくい手でなければならない。

 門に欠陥か、防壁に壊れた所がないか、都の内側をその壁伝いに一周した事もあったが、それはどこにもなかった。

 結局、やはり商隊に紛れ込んだ。

 荷に隠れるのではなく、商隊の一団の人と話をしながら……門をくぐる。

 なるべく大きな、百人前後の商隊を選んで、荷の護衛に雇われたであろう傭兵達の中の気安そうな者に声をかけ、ゾロゾロと出るのだ。護衛は、野党、盗賊からだけでなく、野生の猛獣達から荷を守る為に雇われる流れの剣士や、冒険者、また第五級以上の資格を得ている魔術師などだ。大きな商隊だと膨大な荷を確認するのに兵達はとらわれる。護衛の傭兵も多くなる。それらに紛れるのである。

そうやって都を抜け出し、帰る時も昼に間に合うように駆け込んでくる商人や旅人達に紛れた。それを半年ほど続けたが、やはり門兵が気づき始めた。

 ユリシスはマズイと思う。

 手の内を考えるが、ある一つの事しか思い浮かばなかった。

 ──魔術を使う……。

 半年、森に通って、隠れて練習をしていたが、この頃になってようやっと「魔力を放出する」という事がわかったきた。

 この「魔力の存在」に気付くといのが魔術を使う第一歩。

 自らの内に生命エネルギーがあるのを知り、それを体内で練り、具現化させる。「魔力を放出する」事で、それは青い白い光として可視化される。この光のみでも魔術として力を持つが──例えば、明かりや、飛翔から着地の際のクッションにしたりなど──、これを贄とし、光のルーン文字を描いて『霊』などに働きかけ、様々な現象を引き起こす。それがルーン魔術。

 この『魔力を放出する』事を体得するのに、極端な話、二十年、三十年掛かる者もいれば、一月、二月で済む者もいる。

 第五級以上の魔術師になる者の平均的なところで、二年。

 体得が早ければ必ず上級の魔術師になれるのかというとそうでもなく、一月二月で得ても第八級、第九級止まりの者もあれば、十年がかりで得て、ゆっくりと級を上げていき、第一級になる者もいる。

 ユリシスの半年という期間は早い方だが、それが良いという事、魔術師として優れているという事にはならない。しかし、この時のユリシスには、その半年で体得出来ていたと言うことはとても重要な意味を持っていた。

 ──考えて考えて、都をこっそりと出入りするには魔術しかないと思い至ると、大人の身長の十倍はある防壁を越えるのに必要な術を大慌てで探し、覚えた。

 すぐに門を使うのはやめたが、都をうまく出入り出来るようになるまで二ヶ月ほどかかった。

 早朝、人影のない場所、防壁の見張りのいないポイントを探し、移動して、そこから壁を魔術で越える。当時のユリシスの魔術は不安定で、度々暴走もした。手元で破裂した力で擦り傷をこさえた。壁超えの術が途中で不意に消えて、何度壁に激突し、しがみついてはズリ落ちていったか知れない。

 その頃のユリシスは、体中あちこち擦り傷や打ち身まみれだった。

 森へ通い始めて一年もすると、お金はなくとも意欲と根気はあふれるほど持っていたユリシスは、師もなく第八級魔術師程度のレベルには達していた。

 そんな折り、森で初めて『鬼獣』と出会う。

 町や都の外での脅威といえば、野生の獣や夜盗や盗賊の他に、鬼獣、妖魅の類がある。

 鬼獣──見た目は獣と相違ないものが多いが、その性が、他の生き物にとって恐ろしい。

 都の近隣では小銭稼ぎに人や田畑を襲う鬼獣を屠り、国から少しばかりの金をもらう傭兵や冒険者がうろつく。国は兵を割かずに、危険もなく都の周囲に安全をもたらす事が出来、傭兵達は一夜の宿代を得る。その為、王都周辺の森は他の地域に比べて鬼獣は居ないに等しい。だからこそ、一年もの間通い続けて出会わなかった。

 しかし、ユリシスは出会ってしまう。

 その鬼獣はこの地域に生息する大型で二足歩行。熊のようでいてそうではない、化け物。愛玩動物と違わないフサフサの毛に全身を覆われていて、目も優しく見える。一方、背丈は大の大人の倍、体重に至っては、四、五倍はあろう。

 真っ黒な毛が、全身、指の先まで生えている。その中から巨大な鋭い爪が四本づつ、ギラギラと煌めくのである。

 鬼獣と動物、獣との違いはたった一つ、動物が人や他を襲う場合は糧食としてだが、鬼獣は違う。餌目的の他に、単なる習性として、己よりも弱いモノを襲う。快楽の為の暴力、理由なき殺戮、そういう性を持っているとしか説明されない。鬼獣はその二種の理由で人を襲う、どちらが欠けていてもいいが、両方がそろうとそれは甚だ恐ろしい。

 ──早朝の森で。

 出会ってしまった瞬間、ユリシスはぺたりと尻餅をついたきり、腰を抜かして動けなくなってしまった。ただ、目だけは大きく見開いてその化け物を見上げるだけ。

 ごぉぉと地の底から響くような雄叫びを上げ、両手を、爪を掲げ上げて襲いかかってくる。逃げなければと思うのに、体が動かない。

 ……喰われる……喰われる!…………死ぬ!?

 か細い息を、がちがちと鳴る歯の隙間から吐いていた。吸い込む事も忘れそうな中、冷たい土の地面を震える手が揺らす。

 その化け物に対してユリシスは何も出来ず、ただ身をすくませるしかない。しゃがみこんだ膝には力が入らないでいた。

 ──ユリシスの運が良かったのは、そこが森の奥深いところではなく、少し行けば街道にぶつかる場所だった事。さらにこの化け物が、柔らかい子供という久々のご馳走に喜び、いかに切り裂いてやろうと興奮して雄叫びを上げた事だった。

 振り上げられた大人の胴よりも太く毛深い腕、刃のように尖った合計八本の爪──目の前に迫る化け物の恐ろしさに、目をギュッとつむった。

 もう助からない……青ざめた頬を、一瞬、風がかすめた。

 辺りの空気に、サラリと絹の布地が溶け込んだような気配が流れる。

 ほぼ同時──その爪がユリシスを捕らえる寸前、横合いから一陣の風が突き抜ける。

 ユリシスは、ズシンという音を二度聞いて、一秒、二秒……五秒……十秒……たっぷり三十秒と、何も起こらないのを不審に思い、恐る恐る片目を開いた。

 人が立っていた。

 ユリシスの場所から、十歩も離れていないところに男がいた。

 男との間には、二つに裂かれて地に転がる鬼獣がある。それよりも、ユリシスは男を見た。

 駆けて来たのだろうか、男は肩で息をしていた。

 二十歳に届くか届かぬか、男──青年がゆっくりとこちらに歩いて来る。

 その青年と、自分の目前に横たわる、上半身と下半身、二つに分断された鬼獣を見比べた。鬼獣の周囲には大きな赤黒い染み広がっていた。鬼獣の血はどろどろと流れ出ては土に吸い込まれ、染みは大きくなっていく。ユリシスの足元の地面まで湿り気を帯びて色が変わはじめていた。鉄臭さが鼻をついて、痛い。

 頭がひどく混乱していて、何をどう考えればよいのかわからない。ただゆっくりと、染みから逃れるように足を体に引き寄せた。

 ただ一点、はっきりとわかる事がある。

 ビクビクと小刻みに痙攣する二つの肉塊を見つめたまま、ユリシスはポツリと呟く。

「──助かっ……た……?」

 かすれた声には自覚がない。だが、自分の声は確かに聞こえている。助かったと感じるのに、先刻までの恐怖が尾を引いて、まだ疑っている。混乱しているのだという認識は、ずっと後ろの方から、まるで他人事のように冷たく感じている自分がいたのも事実だった。

「大丈夫?」

 唐突に横から声が割り込んできた。

 慌てて振り向くと、青年が隣で膝をつき、こちらを覗き込んでいた。そっとユリシスの肩に触れる手のぬくもりは、服を通しても感じられた。

 目が合うと、青年は一瞬だけひるむように沈黙したが、すぐに優しい声音で言う。

「怪我はない?」

 ユリシスは二度瞬いて、ただ素直にコクンと頷いた。すると青年は、目を細めて「良かった」と笑った。

 青年は腰まで伸びた漆黒の髪をしている。肌は健康そうに日に焼けており、なりは旅人のそれだ。前開きの薄汚れた外套の下には鎧がないから、冒険者や傭兵の類ではないだろう。彼らは常に危険と隣り合わせ、猛獣と戦う事も多いという。身を守る装備を怠る事はない。鎧は当たり前。冒険者の客も多い『きのこ亭』で給仕をするユリシスは聞いたり、実際に見て知っていた。

 冒険者ではないとして、ただの旅人だというには……少し空気が違う。

 助かったのだとわかってしまうと、鬼獣よりも助けてくれた青年への興味が勝った。

 青年は都へ行く途中、鬼獣の声を聞いて森を覗いたのだという。旅慣れた彼は、それが人を襲う時の声に似ていると直感して、慌てて空を翔け、術を撃って鬼獣を倒したそうだ。必殺の一撃で。

 ──ああ、そうか。

「魔術師のひと?」

 ユリシスは問う。青年は外套の下には剣を佩いている。動けばカコチャキ音がする。魔術を使えるのに剣を持つのはとても珍しいが、それ以上に不思議な空気を持つ人だと、ユリシスは思った。

 近くに居るのに遠い気がする。鬼獣に襲われた時の恐怖の名残りがそう思わせているのだろうか。だから、手を伸ばして触れていたいと感じるのだろうか。自分の不確かな感覚に自信は持てなかったが、不思議と青年に親近感を覚えた。

 街道からすっ飛んで来てくれて、鬼獣を一撃で倒した。なのに、長剣を持っている。武器の類を、魔術師は重くて無駄だと、無くても魔術があれば十分だと言って持たない。ごく一部が短剣かナイフを護身用に隠し持つ程度。普通は持ちたがらない剣を、持つ人。

 ユリシスの問いに、青年は微笑んだ。

 鬼獣に襲われ、まだそこを離れてはいないから濃い血の匂いが鼻をつくのに、恐ろしくて混乱ばかりしていたのに、ユリシスは自分が次第に思考力を取り戻しつつある事に気付いた。そのきっかけは、この目の前に居る男だと、自覚があった。安心していいと、この人は微笑う。

 ──このひとは誰……何者だろう?

 その疑問が、ユリシスの頭を冷やして思考力を呼び戻した。

「未熟者ですが……最近はもう魔術師というより、魔法剣士のようなものになっていて……ああ、いや、剣は自己流なんですけど……」

 照れているのか、自嘲なのか。ユリシスには読み取れなかった。

 子供相手にやけに丁寧な返事。だが、それはユリシスの聞きたい答えではなかった。この人は何者だろう……。

 都の庶民から冒険者や傭兵らも顔を出す『きのこ亭』で働いていると、様々な人に会う。そりゃあ下町の定食屋だから、貴族や身分の高い人達と会う事はないが、国外から来たという旅人も見かける。『きのこ亭』は宿屋も兼ねているから、三月に一度は来てくれるという冒険者の常連も居たりする。当然、冒険者の中には、剣士や戦士、魔術師など、様々な技能を持った人々がいる。

 この青年、ただの旅人には、ただの魔術師には、ただの剣士には、到底思えない。何か、違う気がする。

 紫紺の瞳に映りこんでくる青年の持つ「何か」……いくらじっと見つめても、ユリシスにはさっぱりわからなかった。

 青年はユリシスから多くを聞こうとはせず、肩にかけた手をそっと離した。そのままユリシスの小さな手を取って、「この血に呼ばれて他の獣が来る前に、都に入りましょう」と言った。

 見上げると、穏やかな笑みを返してくれた。

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