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メルギゾーク~The other side of...~  作者: 江村朋恵
第5話『……だから』
34/139

(034)【4】……だから(3)

(3)

 シャリーが来たのは、そんな夜の後。翌日だった。

 見舞いたいとメルの口から聞くが断った。

 今、国民公園がどうなっているのか、オルファースは何をしているのか、火を消した魔術の事をどう思っているのか……色々聞きたかったが、魔術資料だらけのこの部屋には上げららず、帰ってもらった。

 ──衝動的に魔術を組む為、燃え盛る森の中央へ走る直前、ユリシスはシャリーの姿を見ていた。

 彼女に助けられて「ありがとうありがとう」と手をさするように拝む人々が居た。彼女は助けた人々からそれと同じ数だけ、いや、それ以上の数の感謝の言葉を聞いただろう。その為に、助けたのではないのだろうけれど。

 ユリシスは、胸の奥がギュと閉まるような、つまるような感覚にとらわれた。

「私は、ここに居るのに……」

 ついと、涙がこぼれた。

 風邪をひいているから涙腺がおかしくなったのだろうと、思う事にした。

 ちょっと考えれば、こんな気持ちに襲われる事も、消火の魔術を使う前にわかっていたはずなのに。

 試験に受からない、その虚しさとはまた違う。刃物で刺されるような痛みが胸を貫く。

 どんなに魔術を使えても、どんなにか力を使っても、どれだけ誰かを助けても、誰にも気付かれてはならないなんて……。

 自分から、自分を隠して、自分の存在を消しておかなければならないなんて……。

 誰だって、何か素晴らしい事をしたと思う事は、誰かに褒めてもらいたい。した事を気付いてもらいたい。それは簡単な事では、髪を切った翌日に「似合うよ」と一言言ってもらいたい気持ちと似ている。他愛ない、しかし根源的な願い。そこに確かに自分の存在がある事を気付いてもらいたい。自分でも、気付きたい。それは自己証明であり、自分で自分の存在を確認する行為に近い。

 だが、ユリシスには許されない。

 ハタハタと涙が流れた。

 ──風邪を引いているせいだ……。

 こんなに悲しいなんて、きっと風邪をひいているせいだ。

 己の存在価値のあまりの儚さに、ユリシスは泣いた。



 翌日の夕方、大火事から十三日目、ユリシスはシャリーの家、いや、邸を訪ねるべく外へ出た。目の腫れがなかなか引かなくてこんな時間になってしまった。外を出歩くほどには回復していたが、ちょっとでも小走りするとすぐに息があがってしまう。まだ、全快には遠いようだ。

 途中、国民公園の前を通った。

 公園の周囲には縄が張ってあって、治安局の制服を着た大人達が転々と立ち、見張りをしている。普段の国民公園とは異なる、物々しい雰囲気に包まれていた。

 ゆらゆらと散歩するように公園沿いの街路を歩いていると、中の森の様子がちらりと見えた。

 木々は、ユリシスが治癒の術を施した時よりは良くなっているように見えた。数は、少し減っているけれど。死んだ木が伐採されたのだろう。

 芝は大半がはげているものの、所々点々と緑がある。残っている木々も、茶色の表皮を取り戻していた。春から初夏にさしかかる季節、本来なら若葉が広がっているはずだが、さすがに戻っていない。だが、数年もすれば森は元に戻るのではないかと思われた。

 今年の夏は、生い茂る緑は見れそうにはない。だが、木々が枯れて死なずに済んだ事にホッとし、またオルファースが治癒魔術を引継いでくれたのであろう事を思うと、ユリシスは嬉しかった。

 足を早めると息が上がるので、ゆっくり歩いた。この辺まで来ると道はレンガで舗装されている。その上をユリシスはのんびり景色を見回しながら、何か物思いをするでもなく、テクテク歩いた。もうすぐ貴族達のお邸が立ち並ぶ区画が見えてくるはずだ、そこにシャリーの邸もある。

 番地だけはメモをとってきていたが、何せ1軒1軒が大きい、通りを間違えただけで辿り着けそうにない。どうしたものかと十字路で足を止めた時、ユリシスはネオによって発見された。

「ユリシス!」

「──え?」

 後ろから駆けて来たのは、ラヴィル・ネオ・スティンバーグ、第一級魔術師の少年。

「やぁ、風邪はもういいの?」

 この十字路はオルファースからの道と公園からの道が交差している。彼はオルファースの方から来たのかもしれない。

 ユリシスは十字路の真ん中に居て、小走りで駆けてくるネオを待った。

「風邪の事、知ってた?」

「昨日シャリーに聞いた。お見舞い断られちゃった、て。心配してたよ?」

 ネオは十字路まで来ると「行こうか」と言い、先を歩き始めた。どこに行くのだろうと思いつつ、道は後で聞く事に決め、ユリシスはついて歩く。

「うん、今日はそのお礼。元気になりましたって。シャリーの家に行こうと思って」

 曖昧な微笑を顔に乗っけてユリシスは言ったが、ネオは顔をしかめた。

「ええと、じゃあ僕の家で待つといいよ。シャリーは僕が呼ぶから」

 歯切れが悪い。遠まわしにシャリーの家には行くな、そう言われている気がする。

「なんで?」

「シャリーの家は厳しいんだよ……とてもね」

 付け加えられたその言葉の奥には、何か特別な意味が含まれているような気がした。

 貴族だから、自分のような下町の子とは付き合っちゃダメとか、そういう事なのかもしれない。よくある事だ。ネオがそう言うのなら従った方が良いだろう。

 たかがお礼に行くだけで仰々しい気もしたが、それで何かのトラブルを避けられるなら、何てこと無い。

「ネオの家は平気なんだ?」

 ユリシスがそう問うと、ネオは照れたように微笑った。

「おばあさまがね、うるさいんだ」

「?」

 どういう意味なのか聞く前に、ネオの家、いや、スティンバーグ家の邸に着いてしまった。

 そこは以前、ユリシスが赤毛の偉そうな七歳児、エナ姫を連れて歩いた通り。ここでばったりと会ったのもネオだ。彼の家が正面にあるのだ、早朝にも関わらず偶然遭遇した事も頷ける。

 眼前にはユリシスの背の三倍の高さはあるロートアイアンの巨大で美しい門があった。ロートアイアン、鉄を高熱の内に芸術的な形に、時間をかけて曲げたものだ。職人の技が光る。模様はシンボル化した沢山の蔦と花のようだ。門は左右対称に作られていて、中心から外側へ大きく広がる花びらの鉄のグラデーションに夕日が差して、渋い色味を湛えている。

 その門扉を前にユリシスは言葉を無くす。下町で見かけるのは両手に抱えられる位の、鉄を打って文字の掘られただけの看板。大きさや装飾美……何もかもが違いすぎる。

 門だけでこのザマだ。中に入ったらどうなるのだろうと、病み上がりの頭をクラクラさせた。

 しかし、ふと周囲の邸を見回す。門にしても壁にしても、他の邸と比べても、かなり地味に思えた。お邸の規模は、今目の前にあるネオの邸に比べると見劣りするものしか周囲にはないのだが……。

 先日見かけたリーナとかいう貴族の娘が着ていた服も、やたら派手だった事を思い出す。一方で、ネオの衣服、確かに仕立ても生地も良いのだが、飾り気がほとんど無く地味な事……。

 ユリシスでも知っている。ネオの、スティンバーグ家という家柄はヒルド国でも五指に入るはずだ。

 そんな事を考えながら、貴族様のお邸に入る下町娘、今更怖気づいた。

 だが、ネオはおかまいなしの様子で「こっちこっち」と手を振った。

 目の前の門を素通りして、邸の裏手へ回るようだ。

「え? あれ?? 入り口??」

 戸惑うユリシスに、ネオは苦笑した。

「いつもいつもあんな門開けてると大変だよ」

 しばらく歩いてたどり着いた裏の扉は、下町にあるものとそんなに違わない。ガッチリした鉄製で頑丈そうという点以外では、大きさも飾りも似たようなものだ。使用人たちの勝手口、といった感じで、ごくごく普通。

 先導するネオは鍵さえ開ける様子も無く、ドアノブを押し開け先に入って行った。

 ──あれ? 貴族様のお邸……だよね?

 中に入ると、左右に木々の植えられた細い道と繋がる。細道は蛇行しながら奥へ続いていた。

 燃えてしまう前の国民公園にひけをとらない木々が、素朴に生命をみなぎらせ、枝を大きく広げている。

 細道は土が踏み固められただけ、雑草は抜かれて手入れは届いている。木に囲まれた道を抜けると、芝が植えられた庭に出た。庭の方は視界が開けていて、低木や色とりどりの花が植えられていた。それを眺め歩くための通路はレンガ敷き。その向こうには邸の大きな玄関がある。それを無視して、ネオはさらに裏手へと先を歩いて行った。しばらく進むと、周囲に沢山の植物の鉢植えが置かれた掘建て小屋があった。

 木造の小屋は手作りに見える。板を打ち付けている頭の曲がった、、錆びて黒くなった釘。その周囲には何本も打ち直しの跡があった。板のエンドの扱いも雑で、真っ直ぐに切り落とされているものは少なく、小屋全体のシルエットもどこか歪んで建っているように見えた。

 ユリシスは後ろを振り返り、ここへ来る途中見えた大きな邸を見た。比べると小屋は当たり前だが、ひどく貧乏臭く──いや、素朴に見えた。明らかに素人が作っている。

 そんな事を考えていると、ネオが「昔、兄さん達と一緒に作ったんだ」と告げた。ネオの兄達は既にそれぞれ独立し、別の土地に邸を構えている。今、この小屋を使うのはネオだけなのだそうだ。

 木の扉を、傾いだ木枠から引っ張り出すように力を込めて開け、ネオは「見た目通り建て付けが悪いんだ、ごめんね」と言ってユリシスを中へ入るよう勧めた。

 手作りの木造のテーブルと長椅子が部屋の真ん中にあって、壁にはこれまたいかにも手作りなタペストリーなどが飾られていた。粗末ながら窓もある。ネオは窓の上面にある蝶番を元にカタンと押し上げ、下に足元から拾い上げたつかえ棒をあてがった。

 斜めに夕日が染み込んで来る。朱色には、木々の間をくぐってきているせいか濃淡があって、何とも趣深い。都の中なのに山小屋のような雰囲気さえ漂っている。その小屋が、巨大なお邸の敷地内にある事を忘れてしまいそうだった。

 ネオはユリシスに椅子をすすめてから「シャリーを連れてくるよ」と言って小屋を出て行った。

 長椅子にすとんと落ちるように座り込んだ。少し、疲れた。

 ぼうっと待ちながら、ユリシスは手持ち無沙汰になった。体が楽になると立ち上がり、狭い小屋のあちこちを眺めた。

 意外と生活観が漂っている事に気付く。

 手作りの書棚に数冊の本が納められ、その床には何冊か散らばっている。開きっぱなしの本もある。本は遠目でざっと見ても魔術に関するものだとわかる。随分とちびた蝋燭と横に新しい蝋燭の入った木箱が蓋を開けたまま置いてある。燭台というには大げさな、飾りも何も無い鉄の皿には溶けた蝋がこんもり山を作っている。少しだけ離れたところに、毛布がくしゃくしゃに置いてある。きっとここで本を読んでいるんだ。物は散乱しているが、埃やゴミが溜まっている様子はない。

 扉の近くには水場がある。取っ手には紐がくくり付けてあって、壁の突起にかけてある、使い古されたコップ。部屋の片隅には箒とちり取り、雑巾がやはり歪んだ釘にひっかけてある。自分で掃除してるのかな、とユリシスは誰も見ていないのに首を傾げた。

 とてもとても貴族様のお邸の一部とは思えない……。

「偏見はやめろって意味?」

 そうしてユリシスはクスっと笑った。

 ふと、窓の外から鼻歌が聞こえてくる。とても陽気で、楽しそうな──。

 窓から外を覗くと、誰かが庭の木々や花、植物達に水をあげようとしている所だった。

 だが、ユリシスは小首をかしげる。この広大な庭に水をあげるにしては、小さすぎるジョウロを手にしているのが見えたのだ。

 植木鉢一つ二つに水をあげれば、すぐに水を足しに行かねばならないような、そんな小さな、可愛らしいジョウロを持った、老婆。

 老婆と呼ぶには、ちょっと元気すぎる婦人である。軽やかなステップで……ユリシスは、ハっとする。

 老婦人はそのステップのままに、何がしか、宙空に文字を書き始めた。もちろん、青白い光の筋で。そうして、辺りに振りまかれる魔力波動。

 すぐに、ジョウロからサァと水が飛び出した。ジョウロの口から、、老婦人が魔術で呼び出した水が放出されているのだ。軌跡に小さな虹が生まれる。

 老婦人は満足気に鼻歌を続け、軽やかなステップでジョウロをあちらこちらに向けて、庭に水をあげている。老婦人の周りには、美しい虹が生まれる。彼女も、水の流れや虹、さらには踊り始める精霊達の気配を、楽しんでいるのかもしれない。日常の一コマに過ぎないはずの水やりが、老婦人の手にかかれば、遊び心に満ちたものになっていたのだ。

 ぽかんと口を開けて眺めていたユリシスだったが、窓に、ドドっと水がぶち当たってきた。避ける暇も無い、勢いでバタンと窓も閉まった。

 不意打ちを食らった形で、窓から顔を出していたユリシスは強か鼻をぶつけてしまう。その時もれた「あうっ」という小さな悲鳴は、老婦人にも届いた。

 閉じられてしまった窓の下でしゃがみ込んで鼻をさすっていたユリシスの元に、小屋の扉の音をさせ、老婦人が入ってきた。じょうろは外に放り出して来たようだ。そのまま慌てた様子でユリシスの傍に来た。

「あら、あらあらあら、ごめんなさいね! 私、てっきり小屋には誰もいないものだと思っていたから。この小屋、庭の木々に埋もれているでしょう? だからいつも小屋ごと水をあげてしまうの──大丈夫?」

「あはは、平気です」

 老婦人がユリシスの肩に手をかけて覗き込んで来るので、ユリシスは顔から手を離して無事を示す。ぼんやり覗き見していた引け目もあって、誤魔化すように笑った。

 かすかに鼻は熱を持っているが、たいした事ではない。立ち上がると、お互い顔を見合わせた。老婦人はほっとしたように優しい笑顔を浮かべた。

「──ネオのお友達?」

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