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メルギゾーク~The other side of...~  作者: 江村朋恵
第5話『……だから』
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(033)【4】……だから(2)

(2)

 ユリシスの突然の体調不良に『きのこ亭』はおおわらわである。ユリシスはとにかくテキパキとよく働く子であったから、その穴を埋めるのは大変な努力を要した。

 ベッドに沈んで、布団にうずくまったまま力なく「ごめんなさい」と謝るユリシスを、誰一人責める事もなく、むしろいい機会だからゆっくり休むよう笑顔で言った。

 ユリシスは九年間、病気らしい病気もなく、一生懸命働いた。夢の為にと毎晩遅くまで部屋には明かりが灯っていた。……だからこそ、誰もがユリシスに優しかった。ユリシスは動くことが出来ない事もあり、ただただありがとうと好意を受け取っている。

 ユリシスの見舞いに上がりたいと申し出た常連客や近所の子供達もいたが全て、断ってしまった。

 ユリシスはただただ、一日も早く回復したかったのだ。仕事を休んでしまって申し訳ない気持ちで一杯だったし、森の様子を早く見に行きたかったし、何より、部屋に入られて魔術関連の書物や写本、メモ書きが見つかってしまう事が怖かった。

 見舞いを断る事に関して、女将メルは何も言わなかった。イワンも何度となくやって来たが、全て断わった。シャリーがユリシスを見舞おうとした時に呟いた言葉は、ここに起因している。

 そして、『きのこ亭』を訪れた銀髪の美少女シャリーにも、メルの口から見舞い断りの言葉が伝えられた。

 シャリーはただ「そうですか」と肩を落とした。メルは特に、やんわりとその少女には断った。というのは、ユリシスが今までにない程、激しく拒否したからだ。

「お大事にと、伝えて下さい」

 シャリーは顔を上げてにこりと微笑み、立ち去るしかなかった。

 ユリシスにしてみれば、上級魔術師であるシャリーには見つかってはならない、普通に生活している者には正体不明のメモ書きや手帳が部屋に転がっていて、彼女を部屋にあげるわけにはいかないのだ。元々ユリシスの私物は少ないが、部屋にある物といえばそんな、当人の趣味全開の物ばかり。それは、シャリーが見れば一目で見抜くであろう、魔術資料の数々である。

 こんな部屋にシャリーを上げるわけにはいかない。せめてそれらを片付ける程度に体力が回復していれば良かったのだが。

 知り合って間もないのに心配してくれて、お見舞いに来てくれた事は、とても嬉しかったのに。ユリシスは仕方なく、しかし断固として、見舞いは拒否したのである。

 当然ながらそんな事情を知らない女将メルは、ケンカしている友達か何かと勘違いして、誤解を招かないようにと丁寧に断ったのである。

 シャリーの伝言をユリシスに届けてメルは「元気になったら、あいさつとお礼ぐらい、行くんだよ」と付け加え、ユリシスもそれには反対ではなく、むしろそうしようと考えている所だったので、ベッドに横になったまま、大きくうんうんと頷いたのだった。



 シャリーを追い返してしまった日の晩、ユリシスは明日にでもシャリーを訪ねようと決意する。

 体力はまだまだ全快とは言いがたいが、そんなに甘えてばかりもいられない。

 ……術を使い終えた直後のあの激しい脱力感、喪失感に比べれば、もう全然、今は全くもって元気バリバリだと、思えるから。

 大火事を消してやろうと思った。

 自分の力が一体どれ位のものなのか知りたかった。だからこそ、全力で、限界まで魔術を使ってやろうと思った。

 ──ユリシスは、火を消し止めた例の古代ルーン魔術に、実はあまり満足していなかった。




 ──魔術の暴走というものは、魔力の存在に気付き、魔術を練習するようになるごく初期、第九級、第八級の頃にはよくやらかしてしまう失敗である。その頃は生命力から変換される魔力があまりに少ないので、せいぜい指先で小さな爆発がポンっと起こって驚く程度。

 生命エネルギーの消費の割りに変換される魔力が少ない、つまり下級の内はまだ変換効率が悪い。要するにヘタクソで、その頃に魔術を暴走させたとしても、被害はとても小さい。

 第五級にもなると、全生命エネルギーを忠実に魔力に変換できる程になる。その為、第五級から第一級の間に魔力差はほとんどないと言われている。その差は、より魔力を消費しなくてすむ魔術選び、その知識量だとか、同じ魔力量からさらに漏らす事なく魔術へ変換して効率よく打ち出せるかの違いによって現れてくる。より深い知と経験、それが力の差になるのだ。

 ユリシスの知るところではないが、公園で火の魔術を暴走させたのは第四級の正魔術師。見習いの第九級や第八級魔術師が失敗してしまうものとは、ワケが違う。

 すぐにユリシスは、目の前の火に暴走しているものが混じっている事を悟った。

 ユリシス自身魔術を覚えたての頃、何度も暴走させてしまったのだ。打ち出しているものが暴走した魔術であると理解するのにも、時間がかかった。それらを教えてくれるはずの師が、いなかったから。

 暴走する魔術から感じられる魔力波動は、ざわりとしてとても心地悪い。まとまりに欠けた、ザラザラとして気分の悪くなるような魔力波動。近づくと皮膚にねっとりと何かがまとわるついてくるかのような不快感。丁寧に編まれる魔術とは違った、荒っぽい魔力の構成。感覚の鋭い魔術師なら、混乱した精霊に吐き気やめまいさえおぼえる。

 防炎魔術を全身にまとって火の森を駆け、その中心を目指しながら、ユリシスはどのような術を組めば良いのか思案した。

 最初に暴走している魔術を止め、燃え続ける火を消し、最後は森を修復してやらなければならないと決める。とても、とても一人で成しえられるような術ではない。一人で、必要とされる魔力量をまかないきえれるものではない。だが、一人でやらねばならない。

 はじめから緻密に構成を考えて、出来うる限り省力化をはかり、術を放たなければならない。当然ながら、ユリシスの選択する魔術は、融通の効かない現代ルーン魔術では到底為しえない構成だった。現代ルーン魔術でなんとかなるものならば、オルファースの精鋭が空を飛びまわっているのだ、とっくに火はおさまっていただろう。つまり、古代ルーン魔術を選んだのだ。

 結果は、ヒルド国の歴史に刻まれるような凄まじい魔術が展開した。だが、ユリシスはその出来に、不満だった。

 最後の、火による被害を修復させるように組んだ薄桃色の霧、治癒の術が不完全だった。本当は、霧が森へ降りてくると共に、森の木々に力が戻り、むくむくと回復してゆく様を想定したいた。しかし、薄桃色の霧は、やんわりと木々を撫で、その痛みを和らげる程度の事しか出来ていなかった。

 多くの人々にとって、まさに夢想するような魔法として百点満点中二百点だった。しかし、ユリシスにとっては及第点にも届いていなかったのだ。

 理由が……薄桃色の術が不完全だった理由が、単なる力不足。魔力が足りなかった、というものだったから。

 もともと一人で出来やしない魔術を、四、五人の正魔術師が集まっても発動するかどうかさえ怪しい、膨大な魔力を必要とする構成の魔術を、ユリシスは必死に、丁寧に魔力を分配して組んだ。精神の糸がぷつりと切れてしまう寸前を、何度さまよったかしれない。それでも、九年も魔術師資格に挑み続けたど根性の持ち主であるから、奥歯噛み締め気合で魔力を振り絞り、術を続けた。

 ところが、最後の薄桃色の霧の、治癒の術が、ユリシスの想像以上に魔力を消費した。治癒系の魔術が効果の割に魔力を消耗する事は理解していたが、あれほどとは……。

 結局、生命を維持する為のエネルギーさえも魔力へと転じながら、なんとか、魔術を終了させた。うまくおさめきれなければ、今度は自分が魔術を暴走させてしまう。本末転倒の上、どう暴走するか、初めての術であった事もあってわからず、暴走した時に始末をつけるだけの魔力も爪の先程も残っていなかった。

 ひたすら「おわれ! おわれー!!」と念じるばかり、術の最後では実際のところ、頭の中半分が混乱していた。魔術師として、あってはならない状態である。

 確かに、自分の力を把握したいと思ったとはいえ「無謀すぎる術に挑戦しちゃったかな、てへへ」などと思っていたりもする。それもこれも、術に満足していなくとも、結果として火を消し止める事には成功したから言える事だ。

 ユリシスが心配したのは、魔術を使っている最中に人が来て、姿を見られてしまう事だった。が、幸い、家に帰るまで誰にも見咎められなかった。家に帰って、崩れるように前のめりでベッドへ倒れ込んだ。うつ伏せの体半分がベッドの上、足はだらしなく床に投げ出していた。

 その姿勢のまま、起きたら三日経過していた。履いたままだった靴は床に揃えられ、本人はちゃんとベッドに横になっており、布団がかけられていた。全く気付かなかったが、『きのこ亭』の誰かれかがユリシスの部屋に上がって様子を見に来てくれ、世話してくれていた。目を覚ました時は女将メルが来てくれて、一言二言交わした。

 昏睡した三日間は、夢も見なかった。

 目を覚ましても、頭がぼうっとして、寝返りを打とうにも、腕が体重を支えきれなかった。指すら、持ち上がらなかったのだ。

 身体の中に芯みたいなものがあるとしたら、それがくにゃくにゃになって、くしゃくしゃになって、くすぐったくて、自分がそこにいるのかどうかもわからなくて、何も出来なかった。体の中身がごっそり無くなってしまったかのような、そんな感覚。

 激しい喪失感、疲れているというよりも、寒気さえする、全てが無いような恐怖、ゼロに近い、無に近い恐怖。

 その時の事は、漠然とした記憶しか残っていない。あまり覚えていないのだ。

 目を覚ましたり、眠っていたり、夢と現実が交差してフワフワした感じ。意識を捉えきれなかった。どちらにしろ、夢の中でも、現実でも、身体はいう事をきかなかった。

 口を動かしてもろれつが回ってくれなくて、まともな言葉をしゃべる事が出来なかった。何を言っているのか自分でも聞き取れない程。しゃべれるようになったのは、最初に目覚め、声を出すことが出来るようになった翌日。

 手を動かせるようになったのは、それから二日後だった。この頃にはまともに言葉を話せるようになった。昏睡状態から目覚めて五日後、ようやっと四つん這いに姿勢を変え、動けるようになる。すぐ腕の力が萎えてクニャッと潰れてしまうのだが。

 昏睡から目覚めて六日目後、つまり大火から九日目、立ち上がるも、すぐに頭がクラっとしてしゃがみ込んでしまう。

 大火から十日目、なんとか休み休みでも歩けるようになり、『きのこ亭』のある一階に降り、風呂にも入った。やっと元気になれた、と思ってすぐ。体力はそれほど回復していなかったらしく、弱りきった体は菌に耐え切れず、すれ違った客から風邪をもらってしまう。すぐに自室へひっこむ事を余儀なくされた。

 ゴホゴホと咳き込みながら、眠くはなかった。もう十二分に眠っていたからだ。体がうまく動かないものの、脳はほぼ普段通り。

 ベッドに仰向けに転がって、低い天井を見上げて、ユリシスが思い出すのは、過去読んできた魔術書だった。

 魔術の使いすぎに注意、という項目。

 生命力を魔力に変換し、魔術と成す──魔力の出しすぎは、死に繋がるという記述……。

 ユリシスは反省した。

 魔術を、魔力を使いすぎた。沢山の人に心配をかけてしまった。『きのこ亭』のみんなにも迷惑をかけている。

 少しずつ、日々の事に頭が回るようになっていった。

 ──……予備校はどうなったのだろう? オルファースはあの大火事をどうしたのだろう、と。

 ユリシスが知るのはもう少し後だが、第九級魔術資格取得予備校は、オルファースが業務縮小を行った影響で休みになっていたし、オルファースの幹部達もユリシスと同じく身動きが取れなかった為、大火事の処置はほとんど進んでいない。

 ごろりと寝返りを打って、壁のシミをつついたり、撫ぜたりした。

 ひとしきりものを考えるでもなくぼんやりと弄った後、ユリシスは小さく溜息を吐き出した。

「…………何だったんだろう……私にとって、何だったんだろう」



 衝動のままに、ユリシスは火を消すべく術を組んだ。

 それは別に、自分がやらなくても、オルファースの魔術師が集まればたやすく消せたのではないだろうか、とユリシスは思う。実際は、オルファース魔術機関にはお手上げだったのだが。現代ルーン魔術では、手の施しようが無かったのだが。

 月明かりだけが丸窓から注ぐ薄暗い部屋の中。

 ──何も自分が必死になる事はなかったのではないか。バレてしまう危険を冒してまで……。

 内側から囁く声があって、小さく反論する。

「でも、するべきだと思った」

 ──魔術師でもないクセに。

「それでも、出来る事をしたかった」

 言い返しながら、もう呼気ほどの音量でしかない。声にならない。

 ──オルファースの近くなんだよ、国民公園は。本当の魔術師がすぐにやって来て、火はきっと消してくれたよ、何も自分からやんなくてもよかったんだよ。

「……でも、何かしたかった」

 ──必要なかったよ。

「でも……」

 ──せめて魔術師の資格を持っていればね、消火の術を組む意味もあっただろうね。

 何故?

 ──気付いていないの? それとも気付いていないフリをしているの?

 何を??

 ──あれだけの事、ずっと昔からあるんだよ、国民公園は。きっと都の人の憩いの場だよね、それを守ったのに、なのに、褒められる事はない。称えられる事はないんだよ。

 ………………。

 ──むしろ、バレれば首が飛ぶ。

 ユリシスはがばりと掛布を頭から被った。

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