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メルギゾーク~The other side of...~  作者: 江村朋恵
第5話『……だから』
29/139

(029)【3】古代ルーン(2)

(2)

 ──息を整えた。

 周囲には防炎魔術を張っている。紺呪石を使った。石にあらかじめ魔力を込めて、石にこめられた力が続く限りの術だ。利点はこの術をかけたまま、別の術を作り出してゆける事。それほど沢山の量は込めていない。二、三時間保てば良い。炎を遮り、新鮮で冷たい空気を周囲に張り巡らせている。

 それを持って、全力で駈けて、この森の中央に立ったのはついさっき。周囲は轟音を立てて焔が立ち上る。黒煙が視界を潰す。

 一度目を瞑り、息を整えた。

 ばきばきと木の崩れる音、激しく爆ぜる炎の音が、近く遠くから体の中に届いてくる。

 状況は悲惨だ。それはもう、わかっている。

 気持ちは至って静か。

 さぁ、はじめよう。

 目を開き、顎を上げた。

 紫紺色の瞳は益々青さを増すが、周囲の赤い光を映して、妖しく煌く。ゆらゆらと瞳の上を光が揺れる。内側にある“もの”を揺さぶる。

「さぁさぁお立会い──魔術師でもないユリシスの、全力の魔術だよ」

 防炎魔術で抑えられているとはいえ、それでも熱い空気を吸い込んで、ユリシスは両腕を広げた。

 白い腕に火が滲み、赤みが差す。防護の術は確かに働いているはずなのに、熱い……。

 肩までの黒い髪が熱風にあおられて、ユラユラとフワフワと揺れた。防護魔術の冷たい空気と周囲の熱い空気の塊が交互に頬を撫でる。それらの感覚さえ、心が、頭のやや後ろから見下ろしているかのように、他人事のように感じていた。既に、自分自身すら客観視の範囲内。

 ついさっきまで見ていたサーカスの団員のように、ちょっと演技っぽく、しかしユリシスは、誰にも見られない事を祈って……矛盾を承知で、ニコリと笑って。

 そして、身の隅々で、魔力を練った。

 巨大な魔力波動が、森を、炎を超えて、夜空へと舞い上がる。


 突然の大火。

 火元はたやすく想像がついた。

 ネオは無事だろうか?

 あの殺意の魔術は何だったのだろうか?

 疑問は少なくない。それでも、混乱した最中で、一体誰が何を説明してくれるというのだろう。

 この状況下、何かの理由は必要だろうか?

 言葉は要るだろうか?

 答えは、否。

 それがユリシスの見解だ、答えは否。出来る事をすれば良い。

 見たのだ、魔術師の姿を。憧れの姿を。試験の合格証を持って堂々と魔術を習う……そんな姿ではない。確かにその力を、確かな正義のもと使う姿。

 ──正義の定義は難しい。しかし、ユリシスにはその使われ方が、シャリーのあの姿こそが、正義だった。魔術の正しい使われ方だと思えた。体が震えた、成すべきであると、体の芯が叫んだのだ。

 涙が出そう……、ユリシスは心の中で呟いた。

 嬉しいワケではない、今から振るう魔術の後、それが及ぼす影響を思って不安になったワケでもない、当然悲しいワケでも無かった。

 全身が震える。

 ──手加減は要らない。力の限りを出し尽くせ!

 そう、武者震いなんて、初めてだった。



 “それ”は幻想的で、都にいた全ての人々が、自分は夢の中にでもいるのではないかと思ったほど。頬をつねった者も少なくない。自分が確かに目を覚ましているのか他者に尋ねたり、口々に囁き合った。指差し叫んで他の者に知らせて回る者もいた。

 その日は、オルファースの歴史に、いや、ヒルド国の歴史にはっきりと刻まれる──。


 巨大な、魔力波動──その日最初の魔力波動が──。




 昏い夜空に差し込む、赤に黄に、白に色を変じながら、まるで爬虫類の舌のように、しかしその規模はバカでかく、チロチロと周囲を焦がしていく。同時に立ち上る、黒く歪んだ煙。木々が軋み、倒れる音がバキバキと炎の爆ぜる音に混じっている。星空は炎にさらされ、黒い煙に汚されていく。

 国民公園全体を飲み込み、空さえ覆う巨大な炎。

 上空には、火にあぶられかけながらも巧みにかわし、同時に耐火の術を周囲に張って消火に努める魔術師らが、西に東に舞っている。地上の人々には、黒煙の隙間、火に照らされたそのシルエットが見えるだけ。

 人々は祈る。早く何とかなってくれ、火よ、消えてくれ、と。

 延焼し、都全部が焼けてしまってはならない。逃げ出す暇はあっても、家財を失って一体、その後どのように暮らせばよいものか不安で不安で、ただ途方にくれるしかない。だから、ただただ一心に祈った。

 祈る対象はヒルド国国教ゼヴィテクスの唯一神だが、実際に汗しているのは目の前の魔術師達である事を、人々はまだ忘れていた。


 ゴーンゴーン……と、ネオの足元から鐘の音が聞こえた。

「八時……」

 後ろでシャリーが呟いた。独り言を零しつつ、その手は動き続けている。ネオを支援する魔術だ。青白い文字が彼女の周囲に描かれ、ネオの描く魔術にさらに多くの精霊が集まり、力強く押し出されていく。命の奥底から導き出される魔力の煌きをまとい、銀色の髪にも反射しては、輝きも一層増す。

 しかし一方で、シャリーの髪の毛先は既にチリチリに焦げ、頬や首筋もすすで汚れている。術を描く腕もところどころ赤くなり、いまにも醜い水泡となってやけどになりかねない。つまり、ボロボロの状態である。

 それはネオも大差ない。

 艶やかだった黒髪は火に煽られ、乾ききっている。そのパサついた髪が汗だくの顔に張り付く。

 ネオは大きく息を吸い込み、それを全身へめぐらせ気合を入れ直した。熱い空気が肺を満たす。頭がクラクラしそうだ……それでも術の記述はやめない、魔力の放出は続けなくてはならない。体の内側から力を出し続ける。

 都を見下ろす。

 既に、軽い疲労が全身の端々の感覚を鈍らせ始めている。いくら魔術で排除しているとはいえ、完全ではない、漏れてくる熱と煙で目も痛い。その目で火の森を見渡した。延焼そのものは止める事が出来ているようだ。森でのみ燃えている。火は公園の外へ出ていない。

 爆ぜる炎が森を、公園を飛び出そうとゴウとその腕を伸ばす度に、青白い半透明の光の膜が壁として現れ、炎の塊を森の内へと巻き込みながら弾き返している。

 公園全体に結界が張られているのだ。

 ネオは内心舌を巻いていた。

 サーカスの開幕は六時半頃だった。始まって少しして戦いの気配を察した。それから、ネオの感覚に誤りが無ければ、ものの十分程度で火はつけられた。その魔術の火はあっという間に燃え広がり、さらに五分もしない内に自分は今の場所に居た。七時の半ば過ぎには森全てに火がめぐった。事態は恐ろしいほどの速さで推移したが、そこからは殆ど変化のない三十余分が過ぎている。

 あった変化といえば、オルファースから続々と派遣されてきている魔術師の魔力と体力が、ぐんぐんとすり減った、という位である。

 この広い公園全体に、暴走した魔術を含む火を弾き返すだけの強力な結界が張られている。

 王都に居て、公園に集結した魔術師達の力の結晶だ。

 ネオは、この時計塔の周囲にのみ、シャリーの力を借りながら障壁を張り続けている。

 この大火事の処理、現在指揮を執っているのはギルバートだ。

 目線を上へ動かすと、黒煙の向こう、大声で指示を飛ばしながら自身も魔術を引いている姿がちらちらと見える。夜空に踊る魔術師のシルエットと、その周囲には青白い光が幾重も走っている。オルファースの方からも次々と魔術師が飛んで来る。森の上空でギルバートの指揮下へ入り、結界が補強されていく。

 勇壮に空を駆けて来て結界魔術に加わる魔術師は、ネオも見かけた事のある顔ばかりだ。第二級や第三級の魔術師達。

 ネオやシャリーにいつも取り巻いていた同年代の魔術師達の姿もあった。つい先程、そう、ほんのついさっきシャリーとケンカをした貴族の娘、リーナもレースの服の端を焦がしながら、ギルバートの指示に従っているようだ。表情は至極真剣なものである。

 地上では逃げ遅れた人々や、この時計塔に一時的に収容した人々を、防炎魔術を周囲に張った第四級の魔術師達が少しずつ、総指揮を執っているデリータ総監のいるオルファースへと連れ出していく。すぐ眼下でも、数人の第四級魔術師達が青白い膜を身の回りに張って走っている。

 怪我人の措置はオルファースで第五級の魔術師達が頑張っているはずだ。正魔術師達は皆、確かに役目を負い、全力でその力を振るっている。また、第六級以下の見習い魔術師達も全て、師である正魔術師から総監の指示に従うよう命じられ、雑務に追われた。

 全ての、ヒルド国ヒルディアムにいる全ての魔術師が、全力を尽くしている。この団結力に、ネオは不思議な熱いものを覚えた。




 その時、結界の弱まっていたところ、補強の間に合わなかったところから、火の舌が膜をぶち破り解き放たれ、噴き出した。炎は公園の外へ飛び出し、周囲の建物に襲い掛かる。そこには魔術師達の力を信じ込んだ不謹慎なヤジ馬で溢れていた。

 安全と思い込んで「離れてください」と怒鳴る見習い魔術師達の腕を押しのけ、近くまで来て大火事を見物していたヤジ馬達の悲鳴が響く。

 結界の穴から飛び出した炎が、直接ヤジ馬達を焼き尽くす──誰もが息を飲んだ瞬間だが、それは、ギルバートを除いて。

 三階建ての建物一つを軽々飲み込む量の炎の波が、ヤジ馬へ覆いかぶさる寸前、ギヂリと軋む。

 鼓膜を突く嫌な音を立てて、炎は瞬時に氷に変化した。巨大な炎の波は、形をそのまま、氷の塊と化し、静止した。氷晶が一気に辺りを満たし、人の視界を奪った。

 急速に冷え込み、霞んだ視界の中から怒声が飛ぶ。

「次は見捨てるぞ! 死にたくなかったらもっと遠くへ行ってろよ! どあほうどもがっ!!」

 突然襲い掛かってきた炎に腰を抜かしていたヤジ馬達に、氷──元は炎であった──の上にタンと降り立って、アルフィードは叫んだ。

 氷の魔術を最も得意とする第一級魔術師。彼の強烈かつ迅速な氷嵐魔術が一瞬で巨大な炎を凍りつかせたのだ。

 森の上空にいた全ての魔術師が、ホっと息を吐いた。

 すぐにギルバートの指示で魔術師三人が結界に空いた穴の修復に飛んだ。その眼下で、ヤジ馬達は申し訳なさそうに、また「お前が観たいっつったんだろ」と弱い声音で責任をなすりあいながら、オロオロとその場を離れていった。

 氷の術の設定は、“出”を早くするために効果時間を極端に短くせざるを得なかった。氷はアルフィードの足元で、しゅんと音をたててその空間から消滅する。

 アルフィードは再び宙に舞い上がり、ギルバートのもとへと飛んだ。地上にあっても、宙空にあっても彼の豹のようなしなやかさは変わらない。

「おいギル。きりがないぞ」

「…………」

「結界はすぐ魔術の火に喰われて薄くなる。それを補強しながら森が燃え尽きるのを待つのは、どうにも効率が悪い。魔術師連中の消耗の方が早い」

 憎らしい、眼下の炎は赤々とこちらをからかうように下から照らす。

「…………」

「薄くなって、手が足らんで間に合わないと、今みたいに穴が空いて炎がこぼれる」

「……わかっている」

「今はまだいい。俺一人が飛び回れば十分だ。だが、時間が経ってここに居る連中に疲労が溜まれば穴の空くペースは確実に上がる」

「…………」

「こぼれた火を消し飛ばす程の術を打つには、第一級第二級クラスでなければ力が足りない。さっきの大きさなら、第一級魔術師でも簡単じゃねぇ」

 表情を変えないギルバートに、アルフィードはさらに言葉を重ねる。

「──第一級の連中は、俺とあのネオってガキ以外は、ギル、アンタも含め、全員この結界の“要”になっちまって動けないんだろうが!」

「わかっている」

「わかっている? 本当にか?」

 ギルバートは、大火にイラ立って半ば興奮状態のアルフィードを、キッと見た。振り向きざまに汗が散った。

「わかっているって言ってんだろうが!」

 大声で言ってから、ギルバートは「ちっ」と舌打ちすると、ぼそぼそとした声で続けた。

「……何度も言わせるな……──現状が絶望的である事くらい、わかっている」

 ぎりりと奥歯を鳴らす師を見て、アルフィードは全てを言わせてしまった事に気付き反省し、後悔した。

 都の人々が魔術師達の魔術に希望を抱き、下級魔術師達も上級魔術師の力を信じる中で、その上級魔術師達は気付いている、見抜いている。確かな現実を、わからないでいた方がいくらもマシな現状を。

 都のど真ん中で、火の勢いは増すばかり。消しても消しても暴走した魔術の火が再びふわりと浮き上がる。今、火を押し込められていても、暴走魔術が消えるまで、広すぎる公園全体に結界を張り続けなければならない。魔力の放出を続けなければならない。王都に居るオルファース魔術師全員のものを合わせて、足りる気がしない。

「だが、やるしかないだろう。出来る限りのことをするのさ。そうだろう?」

 絞る声は自身に言い聞かせる為でもある。その上で、ギルバートは自力で心を奮い起たせる。

「都が火の海になる、なんて、シャレにもならん。やるしかないんだよ。俺達で。さぁ! お前も行って、たまには人様に貢献して来い!」

 汗とすすで薄汚れた顔を、ニカっと笑ませて、ギルバートはポンとアルフィードの腰を押すように叩いた。

 アルフィードは師の言葉に曖昧な笑みを見せ、だがすぐにそれを消した。火を見渡して呟く。

「……オルファースってのはなかなかのモンだな。短時間でこうして集まってよ。貴族ばっか、形ばっかで能なししかいないと思ってた」

 普段から嫌悪してやまないオルファースをアルフィードは褒めた。驚いてギルバートは目を丸くして見開き、すぐにニヤリと笑った。

「ハンっ。お前がオルファースを認めるとはね。槍でも振るか?」

 ギルバートの言葉に、アルフィードは皮肉気な声音で、しかし「ああ、オルファースが存外やるってわかったよ」と微笑った。そうしてゆっくりと表情をひきしめ、揺れる炎を見下ろして呟く。

「それでも、この事態はどうにもならねぇ、だろ?」

 アルフィードの頬に、オレンジ色の光が照る。赤みがかる瞳。目を縁取る朱色の刺青が、より一層血色になる。悲壮感も何もなく、ただ淡々と事実を語る口。いざとなれば都を捨てるのに何の感慨もないと、無言の声が聞こえてきそうな冷淡な雰囲気が漂っていた。

 だが、師は見抜いている。それらは本音ではないと。見捨てる気なら今ここいは居ない、こんなに面倒な事に巻き込まれて付き合ってはいない。

 ギルバートは、この大火の原因の一端にアルフィードがあるとはまだ知らないが、彼が本心に関して重度のあまのじゃくで素直に表へ出さない事を、よく理解している。都と共倒れになる覚悟をこっそりと固めたらしい事が、ギルバートにはあっさりと透けて見えた。

 アルフィードらしくないが、それは本人が一番わかっているのだろう。己を犠牲にするなんて馬鹿げている、と。

「弱気か? アルフィード」

 師匠の言葉にアルフィードは喉をクッと鳴らして笑った。隠せないな、といったところだろう。

 アルフィードは、ヒルディアムという都に、それなりの愛着がある。その上、この場所は古代ルーン魔術の使い手を捜すのに、重要なポイントだ。やつはこの都にこそいるのかもしれない。ここを失うわけにはいかない。だが、今、目の前に広がる炎に感じずにはいられない──もうダメかもしれないという──。

「──現実、だろ」

「だからって諦めるのも何だろう。ま。奇跡ってヤツでも起きれば、あるいは……」

「現実だ、ギル。キセキなんて夢みたいな──」

 ──瞬間、ヒルディアムに閃光が走った。

 同時に、魔術師達は皮膚がビリビリとする感覚を覚えた。閃光の根元で、凄まじい魔力波動が爆発した。

 それがその日一度目の……。

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