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メルギゾーク~The other side of...~  作者: 江村朋恵
第5話『……だから』
27/139

(027)【2】愚かなる(6)

(6)

 時間はほんの少しさかのぼる。

 ネオがアルフィード達の元へ駆けつけた時──再び魔術戦がスタートした、まさにその瞬間だった。

 全力で駆けで来たネオは肩で息をしていた。

 舗装された道と違って芝は走りにくく、植えられた木々もかわさなければならなかったからだ。呼吸を整えながら、視線を巡らせた。

 少し開けた所へ出ようとした瞬間、目の前がカっと青白く輝いた。魔術の光り。

 まぶしさに思わず右手を掲げ、目に刺さる光を避ける。その指と指との間からのぞく、戦う者たち。


 閃光が走る。紺呪石に込められた魔術を開放したものだ。

 放ったのは姉弟魔術師の姉の方。右手で書いた術が書きあがる寸前に胸元のネックレスのペンダント──紺呪石──を一つはずして投げたのだ。投げる瞬間には魔力を注いでいる。

 七時を回った夕闇の公園に、パッと光が咲く。

 相対する両者の距離は二十歩も無いが、その中間で炸裂する。アルフィードは目を細め、光の向こうの魔術師達を睨む。

「うぜぇマネを……!」

 左手には既に完成した防護の魔術がある。右手で書いていた魔術が完成すると、アルフィードはすぐに右だけ発動させる。それは閃光から半瞬遅れての発動。

 アルフィードのすぐ傍で、小指程の太さ、腕二本分の長さの針が生み出された。ぱっと見た限りでは数え切れない、針は五十本を超える。針──氷の針は、生まれるや、光を切り裂いて姉弟魔術師の方へうなりを上げ、宙を走る。

 その氷の針を追うようにアルフィードも駆け出し、走りながら空いた右手で術の記述を始める。走った跡に青白い文字が流れるが、未だ閃光の影響下、ほとんど視覚に捕らえる事は出来ない。

 距離を縮めて、案の定、氷の針をかわした二人の姿が見える。弟魔術師と三歩の距離。そのさらに二歩後ろに姉魔術師が居る。

 氷の針をかわしたとは言っても、急所から避けたというだけで、服のあちこちが裂け、プツプツと血のまだら模様が出来ている。腕や太ももなどに、数本ずつ刺さっているのが見えるが、どちらも利き腕はかばいきったようだ。姉魔術師の、術を使う瞬間の陽動のつもりだったであろう紺呪石の閃光も、アルフィードにとってさしたる影響もなく、むしろ、それを利用して閃光に飛び込みイニシアティブを握った。

 アルフィードは、右手の短い記述の術が完成するとすぐに発動させる。右手から勢いよく真っ白い霞が吹き上がる。押し広げたその手で、術の記述を終えようとしていた弟魔術師の両足を掴みにかかる。

 もちろん弟魔術師は後退るが、巻き起こった風とともに白い霞が弟魔術師の両足に絡みつく。直後、甲高い音とともに、弟魔術師の両足が真っ白に凍りつく。アルフィードの手には時限性の冷気を呼ぶ魔術が構築されていたのだ。

 ハッと足元を見る弟魔術師の顔を、アルフィードはまだ冷気の残る右手で掴み、すぐに離し半歩後ろへ下がる。弟魔術師は声も無くもがき、白く凍えた顔面をかきむしった。

 アルフィードの右手の冷気は役目を終え、するりと消え失せる。

 次の瞬間、アルフィードの上空から空気の塊が押し寄せてくる。

 風の壁で押しつぶす気だ──この術は、覚えがある……。

 七歳児に逃げられた日、爆発の粉塵をおさめる為に姉魔術師が使っていた。どうやらそれの強化版。アルフィードは体を屈めてこらえるが、体のあちこちからみしりと音が聞こえてくるようだった。

 息のつまる重圧が、アルフィードを襲う。強引に姿勢を下げられてしまったアルフィードは、力を絞って顔を上げ、弟の一歩後ろに居た姉魔術師を睨む。

 姉魔術師はこちらを睨み返して、口元に笑みをたたえている、勝者の笑みだ。ずっと書いていたのはこの術だったのだ。大人五、六人背負っているような重みだが、時間を追うごとに重みはぎりぎりと増していく。背骨が軋む。戦闘開始と同時に全身に、紺呪石を使った身体強化魔術をかけていなければ、地面にべったり張り付いていたところだ。いや、それだけでは済まない、肋骨の何本かは折られていたに違いない。今は無事でも、このまま動きを拘束されて何も出来なければ、お終いだ。

 アルフィードは目を細める──だが、あわてる事は無い。

 左手に用意していた防護魔術を呼び起こす。これがあるからこそ、陽動の閃光にも飛び込んだのだ。

 さらにアルフィードを押しつぶさんと空気の塊が落ちてくる。両足を開いて膝を曲げ、耐えながら左手をちらりと見る。圧力は増し、吐き気が上ってくる。夕飯前で胃が空で良かった、などとくだらない事が頭の隅をよぎる。精神的な余裕を自覚する。

 ──全然、余裕っ!

 とはいえ、防護の術を発動させるまでの一瞬、間があった。

 アルフィードは、タイミングが少し遅れた事に気付く。がくりと片膝が芝に落ちたのだ。だがすぐに、背にのしかかっていた重みがふっと取れる。

 アルフィードの背の上で渦を巻いて風が巻き起こり、姉魔術師が使った風の壁を一気に吹き飛ばした。周囲の木を二本巻き込んで上空へ竜巻のように弾く。防護の術は発動してしまうとたやすく姉魔術師の術を消し飛ばしてしまった。

 弟魔術師は氷で足を地面に縛られていて、仰け反るように上半身が風であおられていた。

 展開の早い魔術に傍観者と化していたネオは、咄嗟に自身の正面に魔力を放出、障壁としてやりすごした。アルフィードの準備していた魔術が強い力を持っていた事を物語る。

 最初に姉魔術師が放った紺呪石の閃光も小さくなり、闇が戻ろうとする。

 アルフィードは押しつぶされかけて、足に負担がかかっていた事を知る。膝がガクガクと震えそうになっている。力が入りにくい。さすが、第三級魔術師という肩書きは伊達ではないらしい。姉魔術師が時間をかけて書いていた術だけの事はある。

 ──たいした威力だ。身体強化の術をかけて抵抗力は上げていたはずなのに、この様か……。

 姉魔術師と同格かそれ以下、あるいは戦闘訓練をしない一般的な魔術師なら、早々に降参の意思表示をしなければならなかっただろう。

 アルフィードは、そこらの魔術師とは違う。荒事には自分から飛び込み、いくつもの死線を乗り越えてきた剛の者。姿勢を正し、踵でごりごりと地面をえぐって構え直す。

 アルフィードは足元に風を呼ぶと、勢いを得て駆け、姉魔術師の顎を手の平で打つ。姉魔術師は咄嗟の事で避けられず、くぐもった声をもらしながら後ろへ倒れかけるも、何とか踏みとどまる。そこから次の術を発動させようとするが、その記述する腕をアルフィードはグイとひねり上げた。

「ぁぁああぅ……!」

 ひねり上げた腕をそのまま後ろへねじ上げ、強引に肩をはずし、さらにその腕の肘を同じく音がする所まで、人の構造とは逆の向きに折り曲げた。身体強化された腕力がたやすく、細い姉魔術師の関節をひねり上げる。ゴキンゴキンと、二つ連続して音が鳴った。

 アルフィードは手を離して三歩下がる。

 姉魔術師の目に涙がうかぶ。あうあうと言葉にならない力の抜けた声を呼気と共に吐き出して、狼狽えている。カクリと糸が切れたかのようにしゃがみ、肩を、無傷の腕でかかえ、姉魔術師はうずくまる。利き腕を折られ、痛みから集中もできない、次の術はもう、書けない。

 姉魔術師を冷徹な目で見下ろし、アルフィードは呟く。

「アホか。俺に勝てるかよ……さて、この狼藉者を役所に──」

「やめるんだっ!!」

 唐突に上がった声は、部外者のもの。

 声をかけられた対象は、アルフィードではなかった。振り返ったアルフィードも気付いて、慌ててそれを阻止する術を組もうとした。

「た、た、戦いは終わってない。お、おおお俺、俺らが逃げて……逃げて! 逃げきったら、か、か、勝ちだぁ!!」

 制止の声の主──ネオが体を張って、震えた声の弟魔術師に飛びつこうとした。また、アルフィードの術も発動しかけたが。

 ──全て、間に合わなかった。

 アルフィードの注意が逸れていた弟魔術師の手元、本来青白いはずの魔術の記述が、不気味な色を放っていた。



 アルフィードの気が姉魔術師に逸れていた間、氷付けにされていた弟魔術師は、一心に炎の術を書いていた。冷たいという感覚もなく、痛みさえない。そこに顔があるのも足があるのもわからなくなる中、弟魔術師が歪んだ根性を見せた。顔はこわばって、言葉もうまくつむげないが、書ききった魔術。それは、特殊な記述──『暴走させる』記述。

 制止の声を上げたのは、ネオ。閃光が止むと同時、弟魔術師の書いていた術の正体が見えたのだ。

 ──術を故意に『暴走させる』という事は……。

 自然の火ではない、魔術の炎は一瞬で辺りを包み、視界がオレンジでうまる。

 ゴウと熱風が駆け抜け、辺りの芝から、木々から炎に染まる。同時に黒い煙が草木から立ち上る。

 目の前で巻き上がる炎から身を守る為に、ネオもアルフィードも紺呪石を取り出し、時限効果の長い防炎魔術をそれぞれの周囲に広げた。その隙に、弟魔術師は氷付けから開放されて、しかし、かくりかくりと抜ける膝、頼りない歩みで姉魔術師の傍へ近寄り、肩に抱え上げると炎の中を去っていった。

 アルフィードの見る限り火炎系の魔術ばかり使っていた弟魔術師は──炎や爆炎系の魔術を得意としていた──防炎魔術の準備をすぐに出来たのだろう。魔術師達は自身の魔術に巻き込まれる事もあるから、あらかじめ対策を、弟魔術師の場合は防炎魔術を込めた紺呪石を、すぐ使える状態にしていたのだろう。ごく当たり前の事だ。

 弟魔術師は魔術師としての常識を守り、常識破りの『術の暴走』をしたのだ。それを、想定しておくべきだったとは、今、アルフィードは考えない。

 アルフィードには、姉弟魔術師を追う気は、もうなくなっている。優先させなくてはならないのは連中を追う事ではない。それでも、湧き上がる感情は簡単に抑えきれるものではない。

「あんのアホどもがぁぁああ!!」

 戦闘中に見せていた冷静さも、余裕もどこ吹く風、怒りのにじむ声を上げた。獣の低いうなり声にも似ている。

 辺りが炎に包まれ、周囲の緑を焼き、木々の枝が爆ぜおちる音に耳が痛くなりそうな中、ネオにもその声ははっきりと聞こえた。殺気スレスレの怒気が辺りの精霊を怯えさせている。

 青白いオーラのような膜に包まれたアルフィードは周囲を睨んだ。

「自然は大事にしろよ!? 常識だろ!! なぁ!?」

 青白い膜が防炎魔術であり、この膜によって炎の手は全て弾かれていた。ネオもまた同じ術を使っている。

 ネオは驚いていた。不良魔術師と名高いアルフィード様が、誰に語りかけているのか常識を力説する様に、ではない。

 あの弟魔術師が発生させた暴走する炎が今、怒気と共に編まれて押し出されたアルフィードの冷気の魔術に、食われている。

 怒りに冷静さを多少なりとも欠いたと言っても、そこは第1級の魔術師、全力で立ち上げる魔術は並々ではなかった。特にアルフィードは冷気系の術が、つまり、得意なのだ。周囲の火勢が急速に衰えていく。

 しかし、それにも限度がある。

 弟魔術師は、逃げる為に術を暴走させた。

 ──『術の暴走』とは、魔術を人の制御下から外す、という意味だ。

 暴走した魔術の火は、広大な敷地に対して一斉に発火した。少量の魔力による火と、延焼した自然の火が勝手に燃え広がっていく。ただでさえ容易く広範に被害の広がりやすい火炎、そこに暴走した魔術が混ざっている。暴走した魔術はルーン文字の規則をあえてねじ曲げ、時にデタラメながらも発動する。熟知していなければ使いこなせない古代ルーンのような様相を示す。つまり、解除が困難なのだ。

 既に、同時着火した火は、公園全体を覆っている事だろう。

 自然の炎は、自然のままに燃え尽きるか、水をかけたり、空気を奪えば消す事が出来る。しかしその中に魔術で起こした、例えば『二時間燃え続ける火』という時限性のものがあれば、火を消したとしてもすぐに燃え上がる。火系の術の記述には空気を召喚するルーンも含まれている。水気を退去させるルーンも含まれている。魔術による炎とはそういうものを言うのである。術の解除を行わなければ、魔術の火は消えない。

 自然の炎を消しながら、魔術の炎の解除も行わなければ、例え自然の炎を消しても魔術の炎から引火して、イタチゴッコになる。

 その魔術の炎だが、人の制御下から外されている、暴走しているのだ。

 暴走したものの解除は、術を興す時より多くの魔力を消費する。解除術がはっきりとわからない為、何度も試すからだ。半端な魔力では術を解除できない、数人の上級魔術師が寄ろうが、足りない。

 厄介な事態が起こっている、という事なのだ。

「クソっ! ……一旦火の外に出るか……」

 アルフィードはつぶやいて、冷気の術を解くと、風の術を起こした。瞬間辺りの炎が強くなる。が、すぐに上空へとアルフィードは飛び上がる。ネオもそれに倣った。

 木々の葉が、はらはらと熱風に煽られて踊り、落ちていく。

 燃え広がった炎の上空でも、視界は赤かった。辺りは昼よりも明るい。

 広大な敷地の国民公園の、半分以上は整えられた森。その森が、全て、炎に包まれていた。

 公園の一辺は一般的な民家が三十軒並ぶ距離がある。森は今、巨大な焚き火となって都を照らす。

 公園を訪れていた、夜の散歩を楽しむ老夫婦、恋人達、また友人数名で一日の最も楽しい時間を求め、繁華街へと公園を通り抜けようとした者達、それらが小さく蠢いて、逃げ惑っている。

 ふと顔を上げ、視界を広げれば、この都が、森の炎で照らし出されて見えた。この時間帯で、夜で、見通せた。王城も、その隣のオルファースも。オルファースとは反対隣の大教会も、赤く見えた。

 目が乾いて、熱くて痛い。オレンジの色に視界も焼かれる。ヒリヒリとする。

 熱風が、ネオの前髪をさらった。

 吸い込む息が熱い。

 眼下の炎が呼び起こす風は、激しい。

 ばちばちと、森が燃える。乾いて張り付いた舌を無理やり引き剥がし、口を開く。

「…………ひどい……」

 ネオは、この状況を示す他の言葉を知らない。

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