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メルギゾーク~The other side of...~  作者: 江村朋恵
第5話『……だから』
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(024)【2】愚かなる(3)

(3)

 アルフィードのベルトには、カッティングされた石が沢山ついている。

 どれも、小指の爪の先半分もない大きさだ。これらは宝石ではない。様々な魔術を封じ込めた紺呪石。

 石が小ぶりである為、街灯用のものが魔術を込めてから一月保つのに対して、これらは2日が限度。それでも、魔術を封じ込めるのは自分なので、費用はかかっていない。これだけの紺呪石へ、二日に一度下級貴族程度が同じランクの魔術を込める依頼を続けたならば、二、三月で簡単に破産する。

 皮ズボンにもチラチラと縫い付けてある。ブーツにもある。幅の広い革のリストバンドには更に小粒な石が複数ついている。

 自ら危険に身を置き、日によっては何度も魔術戦を繰り広げる生活をするアルフィードにとって、当然の装備だった。紺呪石を使う事で、とっさに対応出来、術の記述を短縮し、魔力の消費を抑える事が容易に出来るからだ。

 しかし、アルフィードが今探している古代ルーンの使い手は、これらの石を使う暇をくれなかった。使ったとしても、単体では威力が弱すぎて、術を記述させる暇を与える事なく、瞬間の魔力放出による障壁だけで防がれる。自分は、敗けたのだ。

 アルフィードは足元に転がっていた石コロをこんっと蹴飛ばす。

 オルファース付近は高級レストランが多い。

 肩が凝るという理由で、アルフィードはいつも少し歩いて下町で食事をする。下町へ行くには国民公園へ入り、広場を抜けて時計塔前を通るのが近道だ。

 石コロを蹴飛ばしながら、時計塔が見えてくると、広場から騒々しい音が聞こえた。サーカスが来ているらしい。客はみんな中に入り、もう開幕しているようだ。時折、その巨大なテントからわっと歓声が上がるのが聞こえた。

 辺りはいよいよ闇に落ち、街のいたるところに置かれた紺呪棒に、見習い魔術師達がポツポツと明かりを灯し始めている。

 魔術師は、二種類の目を持っている。

 肉眼と、精霊を通した目だ。

 精霊との交流が深い、つまり上級の魔術師は、月明かりが少なく灯りが無くてもなんとかなる。精霊の目を借りる事が出来る為だ。

 もちろんアルフィードも精霊の目を見通せるが、左手のリストバンドの紺呪石を一つ発動させて灯りを作った。

 精霊の目は、確かに人間の目のように灯りを必要としないが、精霊が見たくない、あるいは見なくて良いと除外したものは、見えなくなってしまう。肉眼と精霊の目、両方を見てこそ万全に近付ける。

 肉眼で地面に掘られた落とし穴は見えるが、魔術の罠は見抜けない。精霊の目をこらせば、それが見えるようになる。

 王都の真ん中、公共の公園で魔術の罠なんてものはないが、両方見えているのが常なので、アルフィードは手元に灯りを点したのだ。

 自分を中心に直径三歩分、視界が白く広がる。その向こうは精霊の目を通して、白黒の湯気のような景色がブレながら広がっているのが見えている。

 再び、地面に転がっていた石コロを蹴飛ばしながら歩く。さらに近道をするために、公園内の舗装された道ではなく、木々の植わった芝に足を踏み入れる。暗さが濃ゆくなるが、大した問題ではない。

 もし視界が十分で無くても、迷いそうなら精霊の流れる動きを読んで掴む。

 魔術師に方向感覚は必須とされている。方位が持つ属性で術を強化する事もある上、特定の方位を指定しなければ発動しない術もある為だ。

 慣れた下町への道を間違えたりはしないが。

 石蹴りは時計台前で終わる。ここまで蹴ってきておいて、縁石の上の芝の段差をわざわざ石を拾って超えさせるのも、つま先で蹴り上げるのも面倒でしかなかった。

 それでも石が無くなるとする事が無くなる。

 ──手持ち無沙汰だ……。

 アルフィードは溜息を、口を閉じて鼻から吐き出した。誰かと話しながらなら、こんな物憂く思ったりしないのだが……。

 考え事でもしようかと頭の中を整理し始めたアルフィードの前に、五つの人影が立った。

 木々の植わったエリアの真ん中、芝の上。

 二人の男女と、少ない灯りをギラギラと照り返す抜き身の剣を携えた風体の怪しい三人の男が、立っていた。

 アルフィードは前へ出しかけ、持ち上げていた右足をそのままそこでゆらりと円を描くように後ろへ動かし、左足の反対、肩幅より少し広い位置に下ろした。

 どうやら、手持ち無沙汰は解消されそうだ。

 二人の男女は、つい先日七歳児を王城から連れ出せと依頼してきた姉弟魔術師。報酬は先に受け取っているし、アルフィードは七歳児を一度ちゃんと渡した。縁は既に切れたはず。

「やぁ。アンタが帰って来ないモンだから、あたしらは姫をさらうのも失敗、儲けも無しでアンタに大金払って大損。どうしたらいいと思う?」

 この姉弟、姉の方がスポークスマンだ。

 妖艶に赤い唇を曲げてニヤリと笑う姉魔術師。

 アルフィードはユリシスを追った後、そのまま王都へ帰った。彼らとは会うのはそれ以来だ。

 退屈だったアルフィードは、嬉しそうに「さぁ……」と微笑ってから、キッと真面目な表情を作った。両手を合わせてやや上を見る。普段より情けないトーンの高い声を出し、呼気の余る臭い演技で言う。

「神さまっ、もう二度とあんなバカげた事はしません! どうぞお許し下さいっ!!」

 ついと目線を下げ、片方の口角を上げた。厭味ったらしい眼つきだ。声は、低いものに戻る。

「──って、教会でザンゲでもやってみたら?」

 吹き出しそうになる笑いをこらえて言い、アルフィードはさっと身構えた。姉弟魔術師側はアルフィードの馬鹿にしきった挑発の間に臨戦態勢に入っている。

 アルフィードの腰のいくつかの石が、端から青い光を帯びていく。

 姉魔術師の指にジャラジャラと鳴る指輪の石も青白く滲む。

 弟魔術師の腕輪にも光が宿っていく。この姉弟が雇ったのであろう剣士三人の剣も青白く光っている。魔術をかけて切れ味を上げでもしたか。

 五対一。

 アルフィードは、もちろん余裕の笑み。

 例のヤツでないなら負けはないし、ヤツであっても、二度負ける気はさらさら無い。




 やがて、夜空の月が姿を現し始めると、オルファース本部のドームにも明かりが灯る。観葉植物達に黄色い光が降り注ぎ、神秘的な雰囲気を醸し出すが、その部屋の主はそのようには感じていなかった。

「胸くそ悪い……」

 呟いて、ギルバートは赤いクセのある髪をかいた。

 部屋を出ると、ちょうどノックをしようとしていたらしい人物とかちあった。

 オルファースの頂点に立ち、国王の右腕と言われるオルファース総監の、その使いっ走りの魔術師だ。第三級の魔術師で、六十歳前後の女魔術師。名は……咄嗟に思い出せなかった。

「あらあら、タイミングよろしかったみたいね、ギルバートさま」

 そのオバサン魔術師に出くわした事に、ギルバートは後悔した。もっと早く、部屋を出ていれば良かった、と。

「総監がお呼びよ。本部の総監のお部屋へいらしてくださいませね」

 ギルバートは爽やかな裏のない笑顔を作って「わかりました、ありがとう。すぐに参りますよ」と言った。

 ギルバートの笑顔に気を良くしたオバサン魔術師は、笑顔で去って行った。

 あとには化粧臭い匂いが残って、ギルバートの気分をますます悪くさせた。

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