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メルギゾーク~The other side of...~  作者: 江村朋恵
第5話『……だから』
19/139

(019)【1】その何気ない日常を(4)

(4)

「相当、なんてモンじゃねーよ。正直ビビったぜ」

 ギルバートにだけ漏らす、本音。

 食後の紅茶をすすりながら、ギルバートは「へぇ」と相槌を打った。

「俺も是非会ってみたいな。最近古代ルーン文字、魔術に興味があってな。いろいろ、ちょこちょこって教えてもらえたら──」

「ダメだ。俺がぶちのめすから」

 にやにやして「面白い」と言ってみても、負けた事実を認めても、アルフィードは負けず嫌いなのだ。その言葉を発するアルフィードの顔はいたって真剣である。

「おいおい、穏やかに行こうぜ?」

 ──殺す気かコイツは……。

「ギル、俺はな、腹、たってんだよ。正面きって戦かやー、負けねぇ。いや、正面きらなくても、負けるのなんて、ぜってーだめだ! わかるだろ!?」

 力がこもり、カップを持っていない右手、わきわきと拳を作りかけては広げるという動作を何度かしてみせた。甲に血管が浮き上がっている。

「……何だよ、そりゃ……。いいじゃねぇか、自分より腕が上のヤツ、居たって」

 片眉を上げ、もう一方をぐいっと下げて「目標になってよ」と言うギルバートに、アルフィードはわきわきさせていた右手を開き、テーブルをばしんと叩いた。

「だめだ。上のヤツが居るのを、負けたままなのを放っておくと、俺が俺じゃなくなる。こいつは、俺の問題だ」

 アルフィードは軽く接した程度の印象──ふざけた人柄だという認識──に反して、“自分ルール”をはっきりと持って、上昇志向が強い。

 結局、ギルバートは両眉を上へ持ち上げて「あっそ」という言葉を返してやるしかない。何を言ったって、心底納得した言葉──自分の言葉しか聞きゃしないのだから。

 アルフィードが腹を立てているのは、誰でもない、自分自身に対してだろうと、師ギルバートにはよくわかる。

 人をおちょくる態度も多く、嫌味の塊のような彼だが、その根本にあるものは絶対的な己への厳しさである。それ故、誰も成しえ無かった全級一発合格というとんでもない記録を作り、第一級魔術師となった。

 しばし沈黙が流れ、カップを空にしたギルバートは「んー」と口を閉じた唸り、立ち上がった。

「……で、冗談は置いといてよ」

「……ぁあ!?……──何だよ?」

 どこが冗談に聞こえたんだという問いを、アルフィードは飲み込んだ。冗談なんかじゃねぇと言ったところでこの師匠、聞きゃしないのだから。彼は自分の言いたいことを言うのだから。結局、似た者同士だ。

 先を歩き始めたギルバートの後をついて行き、会計を済ます彼を追いぬいてアルフィードは先に食堂を出て足を止めた。

 アルフィードはギルバートへの宣言を我慢して、自分の中で意思を固める。自分を軽くいなしてくれた古代ルーン魔術の使い手は、自分の手できっちりと白黒つけてやると。

「古代ルーン魔術とは、ちと厄介だな」

 背後からの声に振り返る。

 財布を尻ポケットに突っ込みつつ、ギルバートも食堂から出てきた。近道の中庭を通り抜けるつもりでレンガ敷きの通路から芝に足を伸ばす。

「古代ルーン魔術と相対するなら、罠でもはめて、始めっからある程度追い込んだ状態で、術を読み勝たないと厳しい。でなきゃ、勝機はないな」

 至って真面目な顔つきで師は言う。

「相手に術を──ルーンを書かせたらもう、時間の問題だ。古代ルーン魔術は、術の記述を中断しても、再開できるんだ。中断のきかない現代のルーン魔術で長期戦になったら、勝つのは至難のわざだな」

「え……」

 ギルバートの古代ルーン魔術の使い手と戦う際の注意事項に、アルフィードの足は止まった。

「……中断、出来るのか? 古代ルーン魔術てのは」

 少し遅れてギルバートも立ち止まり、後ろのアルフィードを振りかえる。

「ああ、言ったろ、俺最近、古代ルーンに興味があるって。ちょっと調査してる事が古代ルーン文字で記述された書物に書いてる事が多くてな」

 ギルバートはふと気付いた。アルフィードが話を聞いていない。

「おい、アル?」

「知らんかったぞ。そんな事。古代ルーン魔術……」

 アルフィードの茫然自失とした表情を見て、ギルバートはニヤリと笑った。トントンと離れていた二歩分をつま先で戻り、アルフィードの腕を肩でついた。

「おい。お前。な、お前ちょっと。覚えたい? 古代ルーン、覚えたい?」

 握りこぶし一個分背の高いアルフィードは、師匠を見下ろし片眉を上げた。ギルバートはアルフィードの鳶色の瞳を覗き込む。

「な、覚えるよな? よし、じゃぁ、ちょっとお前、手伝え!」

「はぁ!?」

 返事なんて一言も発していないのに「ほれ、ほれ!」と、ギルバートはアルフィードの肘より少し上を掴んで意気揚々、ズリズリ引っ張って先を歩いた。



 お昼休みの後、いつもの席を陣取れたユリシスは、講義室の一番後ろの窓際にいた。

 大きく口を開いてあくびをし、涙目になった目じりをこすった。肘を机について、外を眺めていた。

 さわやかな風が吹いて、第三別館の三階の窓へと春の香りを運んだ。それを受け止めるユリシスは、現実と夢のハザマをうつらうつらと移動していた。朝っぱらから水浴びをするハメになった今日は、特に眠かった。かくんかくんと船を漕ぎながら眺めた外の中庭に、赤い髪の男と黒い長髪の男が見えた。

 時折意識が途切れて、重いまぶたで点滅するように、見えた。

 二人の会話が遠くに聞こえるような気がした。何を話しているのかな、と思うとフイによく聞こえるようになった。半ば以上睡眠状態のユリシスは、うっすらと魔術を使っていた。無意識だった。

 あまりにもささやかな魔術であった事から、誰も気付かない。昼のオルファースは特に魔力波動で満ちている。あちらこちらで魔術の実験や演習が行われているせいだ。ユリシスの小さな魔術は、埋もれた。

 ユリシスの耳に男二人の会話が聞こえてくる。聞いている本人の脳は半分以上が眠っていたから、内容をうまく把握できなかった。

 片方がもう片方の名を呼んで、それを最後にユリシスは本格的に眠りに落ちた。

 ──アルフィード……?

 どこかで聞いた気がするその名は、夢の中に紛れていった……。




 オルファース魔術機関、第三別館、別名“資料館”の三階の東端にはカイ・シアーズの執務室があるが、その反対側の西端にはギルバートの執務室がある。

 壁紙は落ち着いたモスグリーン。

 そこかしこに観葉植物の鉢が置いてあった。若い緑と、土の匂い。

 バルコニーからは春の温かい陽の差し明るい込む部屋。爽やかな風の注ぐ部屋。その主は、クセのある赤い髪と人なつっこい笑顔がトレードマークの第一級魔術師。多くの魔術師に慕わている三十七歳。オルファース副総監の一人である彼の名は、ギルバート・グレイニー。

 よく言えば生活感のある、悪く言えば散らかった部屋だった。

 その中に紛れ込むように机があって、走り書きのあるメモ用紙が散らばっている。その上などに何冊もの本が乗せてある。そのうちの一冊を、ギルバートはアルフィードに手渡した。手渡しながら、最近思った事を告げる。それはごく何気ない日常の風景。

「なぁ、ヘルとルヴィスはまだ南方へ行ったままなのか?」

 本を受け取りながらアルフィードは応える。

「んぁ? ああ。なんか、オルファースから受けた依頼が厄介だとか言ってたぜ」

 机に寄り掛かるように腰を乗せて足を組み、アルフィードはパラパラと本のページをめくる。全体を見通してから、目次を開いた。

「やっぱり……例の件、全部あの二人に回したんだな……。厄介な尻拭いはいつも俺ら庶民出にさせやがる」

 一瞬、ギルバートは嫌悪の表情を浮かべた。嫌悪の対象は言わずもがな、オルファース魔術機関という組織である。

 尻拭いだとか、気にならないでもないアルフィードだったが、それはヘル──ヘリティアとルヴィスが抱えている件なので、済んでから聞けばいいと思っている。相変わらず本の内容に目を通しながら口を開く。

「二、三年は帰れねぇかもしれん、とか言ってたな。まぁ、その間、特務っつー事で級の更新免除されてオルファースに顔出さんでいいから楽は楽だ、とか、そんな事も言ってたな。アイツららしいが」

 ヘリティア──愛称をヘルという──は二十歳の女性、ルヴィスは二十四歳の男性、両者ともに庶出の第一級魔術師だ。

 ヘリティアとルヴィスはアルフィードと年も近く、また同じ頃同じ級であった事、全員庶民出身であった事から親しくしている。

 ヘリティアとルヴィスは時々王都に帰ってくるものの、既に三年以上、冒険者として世界を旅している。

 半ば立ったままの姿勢のアルフィードに、ギルバートは部屋の中央のソファーを勧めつつ、部屋の入り口付近のポットの傍で、熱すぎる紅茶を二つ入れた。味にも香りにも、あまり興味はないらしい。喉さえ潤えばいいという、紅茶に対してとても失礼な思想である。

 アルフィードは文字に目を走らせながら、ソファーを自分の傍へ強引に足掻き寄せ、腰を下ろした。

「へー、いいクッションだな。高そうなモン使ってるじゃねぇか」

「支給品だ。副総監になればもらえるぞ」

「……いらねぇよ。──しかし、なんだよこりゃ。全部古代ルーン文字で書いてあるじゃねーか。読めない事ぁ、ないが……」

 脚を組み、その上に本を開いて読み進めながらアルフィードは言った。眉間にはぐっと皺をよせている。

「それは、中でも一番『簡単』な本だ。他の本は解読に苦労してる」

 両手にカップを持ち、ギルバートも部屋の中央に残っていたソファーを膝や足でゴンゴン動かした。適当にアルフィードの斜め向かいの位置になると、そこに座り、カップ二つは床に置いた。

「蹴るなよ」

「おお」

 上品でなければ、衛生的でもない。その辺りの事には二人とも、無頓着だった。

「……これで簡単かよ」

 手にしている本は見開きにして横の長さが腕一本分、縦はその四分の三程。文字は小指の爪の半分程のものがびっしりと書かれている。この手の本は禁帯出のはずだと思い至って、写本だと気付いた。見慣れたギルバートの文字ではない事から、どこからか買い求めたか、誰かに書かせたか。いずれにしろ、癖のない文字とはいえ、読み解くのに最低でも四、五日かかりそうだ。

「厄介だな」

「だろ? お前、古代ルーンに興味あるなら、勉強がてらにこいつらの解読手伝ってくんねーか? 何も全訳文を出せっつってんじゃねぇよ? 要約でいいんだ」

「あ? ……ああ、そうだな……」

 歯切れ悪く、呟くように言い、アルフィードは座ったまま床の紅茶のカップを取った。

「何だよ、文句あんのか? いい教材だろうが」

 自分から勉強する為のとっかかりを探すという事は、結構大変なのだ、どこから始めたら良いか未知であればあるほどわからない。古代ルーン魔術を全くわからないわけではないにしろ、アルフィードは勉強の為だけに時間を潰すより、何かの目的があって費やす時間に価値が生まれる方が望ましいと考える。勉強の為に勉強するのではなく、何かの為の行動が勉強に繋がる、そういった時間の使い方をしたいと常々考えているのだ。

 今回のこれは──。

「…………つまりこれ、タダ働きって事になるんじゃねーの? それ、俺一番嫌いなんだけど」

「うるせぇな、たまには師匠様のお仕事を手伝えっての」

「………………ここで笠に着るか?」

「ここで着ないでどこで着るんだよ?」

 両眦の赤い刺青がまっすぐになるほど、アルフィードはギルバートを半眼で見てから、再び本に目を落とした。

 すぐに見たことのある文字にぶち当たる。

「……あぁ、おい、なんだ、コレ?」

 見覚えはあるものの意味のわからない文字列を、お師匠様であるギルバートに尋ねた。師に対する口の聞き方ではないが、いつものようにお互い様である。

「ああ、それか、それは確か“転送”の意味で読むんだよ」

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