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メルギゾーク~The other side of...~  作者: 江村朋恵
第5話『……だから』
18/139

(018)【1】その何気ない日常を(3)

(3)

 カイ・シアーズは“蒼の魔術師”と呼ばれていた。

 青い衣服をいつも身に纏っている事に由来している。風の術を得意とする彼が飛ぶ時、晴れ渡った空と一体化して、その姿が見えなくなる。

 カイ・シアーズの髪はつやのある金色で、白い肌に映えた。銀縁の伊達メガネは、整ってはいるが童顔故の柔らかいラインを隠す為。第一級魔術師で、副総監の地位にいて、外見が二十歳頃に見えるのは威厳に欠けるという事らしかった。実際の年齢は二十八歳である。

 また、カイ・シアーズと席を同じくしたワレッシュはゆるくウェーブのかかった金髪の、肌は褐色の女性だった。二人の背は同じ位だが、カイ・シアーズの背が低いのではない。スタイルの良いワレッシュが女性ながら長身であっただけだ。女魔術師達の姐さん的存在で、艶やかな見た目でありつつ、明るく社交的な、さっぱりとした性格で“ワレッシュお姉様”と呼ばれ、老若男女問わず、人気のある魔術師の一人だ。また男魔術師どもの高嶺の花的存在でもある。彼女は下級ではあるが貴族出身の魔術師だった。

 二人が辺りに打ち払う、出自の高貴さから滲み出る威厳めいたオーラや容貌の美しさに、周囲は思わず息をのむ。まさに、シャリーのようにうっとりと眺めずにはいられない。

 一方、男二人で現れたギルバートとアルフィード。

 二人はそれぞれ商人、農民の出身だった。

 テラスの隅っこで額を突き合わし、さっさとメニューを決めて注文を済ませてしまうと、こちらに届く程の大声で笑い合っているのが聞こえた。しばらくすると、ギルバートはツボにでもはまったのか、ひーひー言いながら笑っぱなしである。

 三十七歳の赤い髪のギルバート・グレイニーも、カイ・シアーズと同じ副総監である。残念ながら、こちらには微塵も威厳らしいものは感じられない。むしろ、辺り構わない笑い声は、下品だ。しかし、騒々しくまた笑い上戸の彼だが、人の話をしっかりと聞いて、どんな些細な事にでも真剣に応じてくれる、話しやすい人柄で多くの魔術師に慕われていた。彼はテーブルをだんだんと叩きながら笑いを収めるのに苦労しているようだった。

 ギルバートをそこまで笑わせているのがアルフィードである。長い足の片方の踵を椅子に乗せ、テーブルに前のめりで座って、ニヤニヤと笑いながらギルバートに話しかけている。ギルバートの爆笑に矢次早に小ネタを披露して追い討ちをかけていた。ギルバートの目に涙が浮かぶ。再び、吹き出すように大きな笑い声がテラスに響き渡った。

 アルフィードは第一級魔術師の中で最も昇級の早かった者だ。最年少で第一級魔術師になったのはネオで、それ故天才少年と呼ばれたが、第九級を取得してから第一級になるまでにかかった年数は、実はアルフィードの方が短かったのである。二十一歳のアルフィードはふざけた人柄で、言葉の端々に嫌味がある。そもそも、アルフィードはあまりオルファースに出入りしないはずなのだが、ここ数日、何故かしら毎日居座っていた。

「……アルフィード様って、変わった方」

 食事を進めながら、第二級魔術師のシャリーは第一級魔術師のネオに話しかけた。ネオはふと手を止めて、アルフィードとギルバートが居る方を見た。そして目線をシャリーに戻す。

「……変わってる? とても優秀な魔術師だと思うけど」

「だって、あんなにふざけた方なのに、あんなに若くて第一級の魔術師なんですもの。その実力じゃ、じじぃ魔術師達も一目置いてるみたいなのよ? しゃべってても言葉遣いは頭悪そうって思いますのに」

 ──シャリーらしくない偏見だな、そう思いながら、ネオは小さく苦笑した。

「シャリー、最近、毒舌だね。さっきもドリアム様の事、散々言ってたし。何か嫌な事でもあった?」

「え。いえ……別にそういうわけでは……ありませんわ。……私も早く仲間入りしたいなって思っているだけですわ。第二級に上がれたばかりなのに、こんな事言っちゃって気が早いかしらと、思いはするのだけど…………」

 言葉を曖昧に切りながら、シャリーは皿のパスタをつつき、空いた左手で唇の半分を押さえ考え込んでいるようだった。何か言いたい事があるようにネオには思われて、促すように相鎚を打つ『それで?』といういう風に。

 目があって、シャリーは少しだけ間を置いて口を開く。

「……すごいと、思いますの。最近、勉強していて特に。第一級魔術師になるのはとても大変な事ですわ。第二級になるのだってそれはそれはとても苦労しましたのに。その二倍、いえ五倍の書物は頭にいれなくてはいけませんわ。頭に入れるだけではだめ、ちゃんと理解も必要……。今の第二級にあがるだけで私、さっきも言いましたけど、本当に、とってもとっても大変でしたのに……。だから……このまま、また上にあがれるのかしらって」

 そこまで言ってシャリーはフォークを置き、下を向いてテーブルの上で白い両手を組み、外し、すぐに組み直した。

 そして、ゆっくりと顔を上げる。

「カイ様は、お父様が宰相でらっしゃるし、お兄様方も皆さん国の大役についてらっしゃって、古くからの大変な名家ですわ。それこそ、ネオのお家と並んで国で一、二を争う名家ですわ。そのお家の事情もあって、きっと魔術だけの勉強ではなかったはずですわ。ワレッシュ様はとても明るい方だけど、級を上げていた少女の頃、ご実家に不幸が何度もあってとても大変だったと伺いましたわ。ギルバート様も、随分と前のお話だそうですけれど、昇級時期、とても大切な方を亡くされたとか──それで今も独身だとか。ギルバート様の弟子であるアルフィード様にしたって、南方の貧しい村のご出身と伺いましたわ。言葉遣い、礼儀作法だってお世辞にも良いとは言えませんわ。合否判定をなさる上級魔術師は皆貴族出身の方、良く思われなかったでしょうに、それが全級一発合格ですもの。有無を言わせない実力を身につけてらっしゃったんでしょうね。それが必要だと思われて、努力なさったのかしら……。皆さん、たくさんのものを背負ってらっしゃって、時に勉強に手がつかない事もあったのではないかしらって、思いますの。そうすると、あの方達はそういったたくさんの事を、一体どうやって乗り越え、どうして第一級まで上がれたのかしらって、考えてしまいますの。第一級魔術師になるまで、どうやって気持ちをそこへ向け続けたのかしらって」

 ネオも手を止めて、俯いていたシャリーを見た。

 シャリーだって普段明るい子じゃないかと、ネオは思う。そんな彼女の悩み事。悩んでも仕方のない、ただ勉強を続け、努力を重ねるしかないとわかっている、けれど頭から離れない痛い悩み。それが伝わってくる。

 ネオは少しだけ身を乗り出して口元に笑みを作り、極力明るい声音で、しかし囁くように言葉をかける。

「……多分ね、あんまり考えてないよ? そういう事」

「どういう意味ですの?」

 シャリーは面を上げてネオを見た。目があうとネオはふわりと微笑んで、姿勢と声音を普段のものに戻す。

「資格を取る為に勉強してるっていう風にシャリーは言うけど」

「……だって、そうでしょう?」

 きょとんとしたシャリーにネオは小さく二度首を左右に振ってから、続ける。

「あの方達もそうなのかはわからないけれど、少なくとも僕は──」

「ネオは?」

「もっとちゃんとした魔術の使い手になりたいって思って、その為に勉強をしたら、第一級にも受かる事が出来ましたってカンジだったよ」

 最年少第一級魔術師の誕生かと周囲の期待が膨らんだ。初めて受けた第一級魔術師の試験は、そんな中、落ちた。しかし、ネオにとって、それはあまり大きな意味を持たなかった。

「皆何か思い描く事があって、その目標に向かっている過程で、結果第一級魔術資格試験合格っていう結果がついてきたんじゃないかな」

 ネオの言葉にシャリーは「ん~~……」と眉間に皺を寄せて唸る。ほんの少し口を尖らせて上目遣いにネオを見る。

「第一級魔術師のネオが言うんだから……そうなのよね……」

 渋々、納得したようだ。ネオは「ふっ」と息を吐き出しつつ笑った。笑みの形の口を元に戻すのに、少し唇を内に巻き込んだ後、言葉を続ける。

「人それぞれだと、思うけれどね。上級の魔術師を目指していく理由。でも、理由があるから。理由と行動があったから、出た結果なんじゃないかな──結果──資格、級……うん……現実っていうのは」

「…………そうよね~……理由……魔術師たる、理由……」

 ──ずっと、ネオと一緒に居たいから、同じ第一級魔術師になりたいっていう、そんな理由だけど、良いのかしら。

 飲み物に手を伸ばして、シャリーは食事を再開したネオをこっそりと盗み見つつ、心の中で呟いた。



「──そうでしたか、ではあちらの調査の方は?」

「ええ、少し東に逸れてもらう事になりますが、南ガナウィント辺りを旅している魔術師に任せましたわ。大変な調査でしょうけど、あの二人なら問題はないと思います。とても優秀ですから」

 ワレッシュの言葉に、伊達メガネの奥でカイ・シアーズの蒼い瞳が記憶を辿る。

「ガナウィント……ああ、あの二人ですか……そうですね」

「それはそうと、カイ殿、最近研究テーマを変えられたそうね」

「ええ。風の魔術に関する研究も、大分落ち着いてきましたから、今後はゆっくりと。並行して、そろそろ別のテーマを探そうと思いまして」

 テーマ変更をしてからまだ発表をしていないので、協力者のギルバート以外、カイ・シアーズが選択した新しいテーマを知らない。カイ・シアーズが災いをもたらすと言われる“紫紺の瞳の少女”を、研究対象とした事は。

 丁寧に応じるカイ・シアーズに、ワレッシュはくすくすと笑って「貴方は真面目ね」と言った。上級貴族で第一級魔術師ならば、研究なんて焼きまして提出したって降級する事はない。

 カイ・シアーズの父親はヒルド国の宰相だ。彼を降級すればどこからどんな火の粉が飛んでくるや知れない。ワレッシュはそれをわかった上で、嫌味ではないのだが、笑ったのだ。

 カイ・シアーズはゆるく肩をすくめた。カイ・シアーズも、本人の否応関係無く自分に“七光り”というものがある事を、知っている。

 笑みを収めてワレッシュはぽつりと呟く。

「私は──研究をすぐサボってしまって、研究会ではいつも肩身の狭い思いをしていますのに、見習わなくてはね」

 定期的な研究結果の提出は、オルファース魔術機関魔術師の義務である。提出は同級の資格取得試験の時期で、研究成果と言うよりも、現状能力の確認とオルファース魔術機関からの周知徹底事項の伝達が行われる。なお、能力が取得している資格に満たない場合、降級される事があるのだ、魔術師らが一番“ピリピリ”とする時期と言える。

 魔術師としての依頼はちゃんとこなすものの、研究をちゃんとまとめていくのが難しい、自律が苦手な者などは、他の魔術師が主催する研究会に参加する事で、“研究実績”点を稼いだりする。ワレッシュは同じ第一級魔術師のドリアムの研究会に属している。これにはネオやシャリーも所属している。この二人は無理矢理ドリアムに誘われ、若手故、拒否が出来なかったのだが。

「私は単に、性分ですよ。もっと知りたい、というね。ワレッシュさんの研究はとても興味深いですよ。いつも斬新で、自由な発想で……。また語り口もとても楽しいと聞き及んでいます」

「そう言って頂けるととても嬉しいですわ」

 二人とも菜食主義なのか、それともこの昼食に限った事なのか、サラダとパンのみの簡単なものだった。

 しばらく、淡々と食事に興じ、身近であった出来事などを落ち着いた様子で話していた。

「ありがたい事ですが、ドリアムさんとは会えそうにないですね、食事を終えたら弟子達と旅行に行くつもりなんです。やっと休みが取れまして」

「あら、そう。でも。ふふ……カイ殿達なら遠くても平気ですわね。皆さん、空を飛ぶの、とても上手でいらっしゃいますもの。楽しんでらっしゃって」



「やめ……やめれ…!」

「で、その時出てきたのが、金塊なんぞでなくて──」

 笑いを耐えて身もだえするギルバートに、ひっそりとオチを耳打ちするアルフィード、直後、ひーーと叫んで声は息に消えて、大笑いするギルバート。

 腹を抱えるのに手を回す時、手をひっかかけてテーブルを激しく揺らしてしまう。テーブルの上にあったコップ二つが倒れかけると、アルフィードの魔力波動がゆるく高まり、水を宙に残したまま、空になったコップがコロコロとテーブルの上を転がる。コップを元に戻し、宙に置いていた水の塊──水の精霊ら──を再びコップに注いだ。椅子に乗せた片足を開いてさらに身を乗り出す。

「馬鹿だろ!? ヤツ、その後無茶苦茶怒って、持ってた髑髏ほっぽり出して気失ってやがんだぜ、自分の撒いた種だろっつうの!」

 何事もなかったかのようにアルフィードはしゃべり続け、ギルバートも笑いっぱなしだ。

 食事が届くと、とりあえず、二人とも食べる事に専念した。が、ギルバートはアルフィードと時折目が合うと、ブハッと吹き出して思い出し笑いに沈んでいた。その度にアルフィードは半眼でギルバートを睨み、おしぼりで顔を拭いていた。



「第一級魔術師と言っても、イロイロな方がいらっしゃるのね」

 かたや優雅な食事、かたや幼い子供のような食事をしているテーブルを眺めてシャリーは言った。ネオは、食事の仕方についてだけを見てではないが、その言葉には同意見だった。

「そうだね。それは言えると思うな」

「ネオと一番年の近い第一級魔術師って、アルフィード様?」

「……ええと、確か、アルフィード様よりもひとつ年下の方がいらっしゃったよ」

 首を小さく傾げ、口をもぐもぐとさせて飲み込みながらシャリーは「どなたかしら」と記憶を辿っている。

「ヘリティア様という方だよ」

「あ~……長い黒髪の方ね。見かけない気がしますけど」

「いつも遠征、というか、旅に出てらっしゃるから。アルフィード様より三つ上のルヴィス様と一緒に。で、その上がカイ様、次がワレッシュ様、次がギルバート様……かな。全部で十九人だね」

「ん~……私、二十人目になれるかしら」

 ネオはくすっと笑うと、

「勉強、頑張らないとね」

 と言ってすぐ皿に視線を落とした。

 一瞬ポカンとしたシャリーは、フォークをぎゅっと握った。

 ──その笑顔があれば、頑張れますとも!

 恋する乙女の底力が、動き始めたようだ。



「……で、お前、それで毎日正門に居んのか?」

 昼食の時間も終わって、テラスの客も大多数が消えていた。ギルバートとアルフィードは、特に急ぎの仕事も研究会も抱えていなかった為、食後の紅茶をゆっくり飲んでいた。

「……そうだ」

「頑張るねー。しかし、お前さんが負けを認めるってのは、相当だったんだな。ソイツの操る古代ルーン魔術」

 一通り近況と笑い話も済むと、話題の中心は、二週間前にアルフィードを敗った古代ルーン魔術を使う謎の魔術師についてへと移った。

 ──その魔術師が実はすぐ近くの建物で魔術の基礎の基礎を学んでいる予備校生だ、などと、想像の範疇にかすりもしないで。

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