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メルギゾーク~The other side of...~  作者: 江村朋恵
第4話『少女の見る夢』
14/139

(014)【3】少女の見る夢(6)

(6)

 アルフィードは目を見開いた。

 逃げきった魔術師からの、メッセージ。文字は、古代ルーンで書かれている。

 気を落ち着かせながら、アルフィードは“連術”という言葉があったなと、頭を巡らせる。

 現代ルーンが主流となってからは、術の組み合わせ、より効率の良い流れで打つ複数の術をまとめてそう呼ぶ。

 火炎に関わる魔術の内、まず位置を指定した爆炎の術、立ち上る炎を指向性を持たせ飛ばす術、着弾時に再度爆発させる術の三つの組み合わせなどは、戦闘タイプの魔術師が真っ先に練習する“連術”の一つだ。これに技名と称して名前をつける者もいるが、アルフィードの好みではない。名前を付けて固定化するのは、慣れてより早く術を打てるかもしれないが、読まれる危険性が高まる。アルフィードは奇をてらう方が楽しいと感じる。

 今、目の前で古代ルーンの連術を見た。

 土壁、術崩し、さらに無理やりの落とし穴、そしてこの文字の転送。

 土壁や術崩しは現代ルーン魔術にもあるが、落とし穴や文字の転送は無い。だがどれも、大地の精霊を引きつけている。上手くやったものだ。

 ──しかし、デタラメな……。

 下唇をペロっとなめた。アルフィードの額には汗が滲む。

 文字の転送術なんて“おとぎ話の中だけの不思議な力”みたいにしか、考えていなかった。

 “連術”である事を考えれば、この文字転送は、落とし穴の術を解こうと魔力を込めれば発動するようにでも、していたのだろう。古代ルーン文字を読め、多少は書ける程度のアルフィードでは、その位しかわからない。

「……こういうマネまで出来ちまうヤツかよ……」

 ルーンの構成はアルフィードも見た事が無い、昔話に聞いた事がある程度の、存在するのかさえ定かではない、噂でしか聞いた事の無い古代ルーンの魔術だ。

 文字は、さらに続く。

『ナゼ、こどもヲさらう?』

 答えたって聞こえないだろうにとアルフィードは思うが、自分の詳しく知る魔術でも無いので、試しに古代ルーン文字で、転送されてきた文字の隣に指で書いた。

 ──殺意がないからさ。

 ──仕事だ。

 そっけない言葉だが、文章をさらさらと書ける程にアルフィードは古代ルーン文字を知らない。

 アルフィードが返事を書いてしばし──。

 何か起こるかと思っていたが、沈黙。何も起こらない。

 期待した自分に馬鹿馬鹿しさが募り、眉間にくっきりと皺を寄せ、首を左右に小さく振って文字から目を逸らす。

「何だよ、やっぱり、届くワケ無──」

『……ソウ』

「…………」

 しばらく、言葉も無くその文字を見入っていたアルフィードだったが、強がるように、半笑いの言葉を絞る。

「……ケッ。何が、そう、だよ。妙な相槌入れてくるなよ」

 そして、アルフィードが驚く文章が刻まれていくのだ。淡々と。

『わたしたちハにゲキッタ。じゅつヲかいじょシマス。うごカナイデ』

 アルフィードは凍りついた。そもそも返事が返って来た事にも驚いたのに、その上解除?

「……信じるのかよ、俺は……」

 逃げなければ、と思うのだ。敵の術はこのまま地面を締めつけてきて、殺しにかかってくるかもしれない。だが、そんな簡単に、すぐにこの落とし穴の術を、アルフィードは解く事が出来ない。古代ルーンの魔術だ、しかも、知らない魔術も組みこまれた“連術”。どのように繋がっているのかもう、計りようがない。手に負えない。

 生死を相手に握られたまま、何も出来ない。

 信じるか、信じないか。

 信じない方を選んでも、自分にはどうしようも出来ない。

 だとしたら信じるしかない。だが、何を根拠に?

「ふん……おもしろすぎる……な」

 冷や汗がタラリとこめかみを伝う。

 ──死を覚悟するしかない。

 しかし、アルフィードの切迫した思いは杞憂に終わる。

 ひらひらと青白い蝶が舞うように、魔力を帯びた古代ルーン文字が地面から浮かび上がり、宙空を漂い昇る。アルフィードの周囲に、青白く、ほんのり輝く文字が、現れてはゆらゆらと消えていく。

 ルーン魔術の解除時、現象はルーン文字に戻り、はがれる。疑いようも無く、アルフィードを捕らえる術は解除されていく。

 しかし……。

 アルフィードはごくりと、唾を飲み込んだ。

「──なんて……」

 声がうわずる。

「なんて術だ……こんなものが……」

 一瞬では解除されない。長い長い古代ルーン文字の羅列が、あふれては空気に飲まれるように消える。

 殺されず、助かった事に気持ちが流れるよりも、この古代ルーン魔術のあまりにも難解な文字列に、驚愕する。

 ガリガリと音がして、アルフィードは再び地面を見下ろした。

 文字がまた、彫られていく。

『……たのシカッタ』

「!?」

 術の解除は進み、少しずつ、アルフィードは地面から吐き出されていく。そのアルフィードの目に映った文字。

「な、んだと?」

 アルフィードは慌てて、この術の解除が終わればこの交信も切れる事を直感して、激しい筆致で文字を書き殴る。

 ──俺はアルフィード、お前は誰だ? 名は??

 しかし、その問に答えは無かった。

 やがて、アルフィードは何事も無かったかのように地面の上に立っていた。

 鳥の声が聞こえ、我に返り、服から土を払う。つま先や踵でこんこんと地面を蹴り、ブーツにこびりついた土を落とす。

 術の解除は、アルフィードへ危害を加える事なく、終わった。

 それから昼が来て、腹の虫がうるさくなった頃、アルフィードはやっと一歩踏み出し、森から出て行った。

 昼まで動かなかったのは、返事が来る事をささやかに願う本音があったからだ。

「……誰だ? 名は……!?」

 小さく声に出して呟いて、アルフィードは風を纏い、都へと飛んだ。七歳児を追う気はもう無い……だが──。



 少し時間を遡って、アルフィードが森で術から開放されて立ち尽くしていた頃、都では──。

 王城の東西に、ゼヴィテクス教会とオルファース魔術機関がある。それらに挟まれた北側、勤める貴族の屋敷が立ち並ぶ超高級住宅街。

 ユリシスはテクテクと歩きながら、偉そうな女の子の手をひいていた。自然と笑顔が込み上げてくる。

 ──楽しかった。

 魔術を思うままに使えた事、ダイレクトに帰って来る“魔術を使う”ユリシスへのリアクション。

 魔術を使う自分にかけられる、いささか素っ気無い言葉。

 怖くなかったと言えば嘘になるが、初めて魔術を使えた時などよりもはっきりと、“魔術を使える自分”というものを実感した。

「──すまぬな」

 目を細め、緩みきった笑みを堪えるユリシスの歩みは軽い。その耳に、いささか暗い声が届いた。

 足を止め、視線を合わせる為にユリシスは女の子の正面にしゃがんだ。

 声の主は、戦いのきっかけとなった偉そうな女の子だ。顎を上げ、ユリシスを真っ直ぐ見てくる。

「おぬしはワタクシを助けてくれたのに、危険を冒して助けてくれたのに、ワタクシは名ひとつ、名乗れぬ……」

 ユリシスは、瞬きを繰り返しては気まずそうに唾を飲み込む女の子を見て、微笑った。




 超高級住宅街、ユリシスがこの区域を選んで歩いたのは、この女の子がまぎれもなく貴族の子だと感じたからだ。家の近くになれば別れの言葉を言ってくれると、思ったから。

 随分と思いつめた様子だが、口を開いたのならば、もう家の近所まで来たのだろう。

 薄く柔らな皮膚は透けるようで、だから、少し朱色に染まるだけでもう、女の子が必死に訴えているのだとわかる。

 何と応えてあげれば良いだろう。

 考えるだけの時間を稼ぐように、ユリシスは右手をゆっくりと女の子の左手に伸ばして、そっと掴んだ。

 口角を上げたまま、ユリシスはちょっとだけ肩を竦めた。

「──いいよ、言わなくて」

 名前なんて、どうでも良い。逃げられたのだから。

 きょとんとした目をする女の子に、ユリシスはにっと笑みを見せ、空いた左手の人差し指をぴこっと立てた。

「でね、代わりと言っちゃあなんだけど」

 ユリシスはきゅっと演技臭く片眉を下げた。

「私が魔術を使った事、ヒミツにしててくれないかな?」

 この提案に、女の子はぐいっと首を傾げる。

「……イミがよくわからぬが? おぬしがそう言うのであれば、ワタクシは誰にも言わぬ」

 女の子はこくりと、一つ頷いた。

「ほんとに? 絶対? 守れる? 言わない?」

 ちょっと都合の良いお願いだなぁと、話が突然だなぁと、ユリシス自身が感じている。それでも、仕方がないのだ。

 ばれるわけにはいかない。資格を持たないユリシスが、魔術を使える事は。

 魔術を使った事はもう、この女の子には隠せない。せめて、その口から他者へ漏れる事は、阻止しなくてはならなのだ。

 しつこく確認をとるユリシスに、女の子の方は口をへの字に曲げ、両肩を持ち上げた。あんまりにも信用しないユリシスに、腹を立てたようだ。

「そもそも、さらわれておった事は誰にも言わぬつもりじゃっ」

「え……言わないの?」

 恐ろしい思いをしたに違いないだろうに、姉に心配をかけない為だろうか、この幼い女の子の意思は固いようで、目を瞑り、三度確かに頷いた。

「うむ。じゃから、おぬしの事も誰にも話さぬ。おぬしに都合が悪いのならなおさらじゃ。おぬしはワタクシの恩人じゃからの。頼みはきちんと聞いてやるぞ」

 女の子は、右手の人差し指を頬の横あたりで天に向け、小さくくるくるっと回した。

「──世のあまねし精霊にかけて……。おぬしの事は、誰にも言わぬ」

 その指の軌跡を、薄く青白い光が走る。

 ユリシスは表情を無くし、ぽかんとその指先を見た。

 ──この子……。

 ユリシスは紫紺の瞳を女の子の顔へ移した。

 微笑んだ女の子の表情は年相応には見えず、大人びて、威厳のようなものすらあるように、ユリシスには感じられた。

 急に、この超高級住宅街で、自分は浮いているかもしれないと感じた。

 ど田舎出身で、下町の娘である自分が、急に卑しく感じられた。それは紛れも無く、劣等感と呼ばれるものだったが、ユリシスはそれに気付かなかった。

 その一瞬沈みかけた心持ちも、すぐに払拭できた。女の子が、ユリシスの紫紺の瞳をしっかりと覗き込み、上げた顎を両鎖骨の間に埋めんばかりに大きく頷いて「絶対言わぬ!」と言って、さらにまた何度も頷いてくれたから。

 その様子に、ユリシスはふっと息を吹き出し、口を「い」の形にして歯をばっちり見せ、笑ってしまった。ユリシスは、年上の自分の方が子供じみた笑みを浮かべてしまった事が恥ずかしく、下を向いたが、すぐに女の子の笑い声が聞こえて、顔を上げた。

「ありがとう」

 生まれの貴賎など、どうでも良いと言える雰囲気を感じた。

「それはワタクシのセリフじゃ。助けてくれて、ありがとう」

 二人して目を細め、くすぐったいような笑みを交わした。

 しかし、次の瞬間女の子の笑顔が凍りついた。ユリシスの背後に視線が釘付けのようだ。

「あれ?……エナ様?」

 聞き覚えのある声に、ユリシスはしゃがんだまま振りかえる。

 そこには、第一級魔術師ラヴィル・ネオ・スティンバーグが、立っていた。ユリシスの財布を拾ってくれた、唯一人十代の第一級魔術師だ。

「エナ……さまぁ?」

 思わずユリシスはネオの言葉を口に出して反芻した。

 ネオは上級の貴族である上に、第一級の魔術師だ。そのネオが、6、7歳の子供を『様』付で呼ぶ。

「おおおおおおお! ネオーっ!!」

 叫びながらユリシスの手を振り払い、横を駆け抜け、偉そうな女の子はネオの足にしがみ付いた。

 そして、彼女の口は饒舌に回り始める。

「ワ、ワ、ワ、ワタクシはの、今朝方外に出とうなっての、フラフラとうろついておったんじゃ。したらばのう、こう、あまり歩きなれぬ上に、まったく道を知らぬものじゃから、迷子になってしもうての、そこで、そこな娘にな、道を教えてもらっておったんじゃよ! うむっ!」

 ──……うむって……。

 ユリシスはこっそりと手を口元に当て、笑った。

 ──自分の言い訳に自分で相槌打ってるし……。

 クスクスと声も漏れた。そんなに必死になってまで隠して、『姉上』という人に心配をかけたくないのだなぁと、ユリシスは思う。この小さく偉そうな女の子を、かわいいと感じた。

「でも……」

 ネオの言葉の始まりに、ギクリと身を震わせる偉そうな女の子──エナ様。

 ネオはエナ様にしがみつかれたまま、しゃがんでいるユリシスを見る。

「君も、この辺りには不慣れじゃないの?」

「え……?」

 ネオの言葉にエナ様が驚く。エナ様が「この者を知っておるのか?」と問うよりも早く、制するようにユリシスは勢い良く立ち上がり、二人の方に体を向けて口を開く。

「でもその子、下町まで来ていたから。ここまで案内すればわかるかなぁって」

 ユリシスはニッコリと微笑んでエナ様を見た。ネオは瞬いてから、すぐ横のエナ様を見下ろす。

「え? 随分と遠くまで行ってらしたんですね、エナ様」

「う、うう、うむ」

 さらわれていた事がバレなければ良いかとエナは曖昧に、そっぽ向いて返事をした。

 ──そうか……。

 ユリシスは唐突に理解した。

「あなたの知ってる子? だったらここから先はお願いしてもいい? 私、これでもちょっとは忙しいし」

「あ、うん。いいよ」

 ユリシスはそっと、女の子に近付き、その耳に言葉を残して「じゃね!」と笑顔で去った

「?」

 何事なのかわからずにいるネオの横で、エナも笑顔でユリシスに小さく手を振る。

 ──名前は、聞かなかった事にしておくからね。



 駆けながら、ユリシスは口が笑みの形になるのを、必死でこらえていた。

 ──自分と同じだった。

 ヒミツを一生懸命隠す姿は、たぶん自分と同じだった。

 結局堪えきれず、ユリシスは一人クスクスと笑った。

「滑稽だねぇ」

 それでも、必死なのだから。必死も、滑稽だという事も、全部わかった上で隠す。

 隠さなければならない痛み、心にのしかかる重み。いつかくるであろう代償。その覚悟。

 ──別に、自分ひとりだけじゃなかった。

 皆同じ、何かしらある。

 『きのこ亭』へ走りながら、おかしくて、ユリシスは何度もぷっと吹き出して笑った。

 なんでここまでおかしいと感じているのかわからなくて、それでも笑みがこみ上げきて、『きのこ亭』に着いても笑顔のままで、お昼の仕事の時間を迎えるのだった。



 ── オマケ ──

「ところでエナ様、何でパジャマなんですか?」

「う、うううるさいのぉ! そういう気分だったのじゃ!」

「……そんな怒らなくても……」

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