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メルギゾーク~The other side of...~  作者: 江村朋恵
最終話『光の道』
137/139

(137)【1】夢(9)

 ディアナを中心として、マナ姫、アルフィード、カイ・シアーズ、ネオ、シャリー、ゼクスらがユリシス奪還を目指して動き始めた早朝。ヒルド国王都ヒルディアム地下よりメイデンへ出発した頃になる。

 地上、国の中心にそびえる白亜の城では別件が動いていた。

 老齢の辺境地方領主の急の来訪に応えた国王が、簡略的に謁見を受け入れていたのだが──。

 非公式のその場にはヒルド国国王ギルソウと王の両翼たるシアーズ宰相、オルファースのデリータ総監の二名だけが連れ添った。

 息も整えきらず汗だくのまま、急いては咳き込み咳き込み話す辺境領主からあらかた聞き終えた頃、巨大な両開きの扉が無遠慮に叩き開かれた。

「報告いたしますッ!!」

 がしゃがしゃと鎧を鳴らし、王もよく見知った近衛騎士が辺境領主の横を駆け抜けてきた。

 騎士は玉座の傍らへ跪くと「──失礼いたします」と前置きして耳打ちした。数秒も経たず、王はカッと見開いて立ち上がる。

「──いかん!! ゼヴィテクスめッ! いつの間に……!」

 静かすぎる謁見の間に逼迫した王の声が鋭く響く。

 察して隣にいた六十歳前後の痩躯の男──シアーズ宰相が「後は私が──」と疲労の色濃い地方領主を謁見の間より丁寧な所作で連れ出す。第一級魔術師カイ・シアーズの父たるシアーズ宰相、さすがは親子と言うべきか、よく似た冷静さをたたえる蒼い瞳をしていた。その横顔を見て、王も心を鎮めると再び玉座に腰を下ろす。ひとつ頷き、騎士からさらに詳細な報告を受けた。

 各騎士団長らはすでに警護強化の指揮に入っており、報告の騎士自身、方々へ急ぐと聞かされる。王は強く頷いて辞する騎士を見送った。

 騎士の去った扉の閉まる音が響くなか、王は正面を向いたまま左に立つオルファース総監のローブを掴んだ。

 総監の目が王へ降りた時、王も玉座から総監を見上げた。

 初めて顔をあわせてから50年──つまり、王が産まれたその年からの付き合いだ──絡む目線で伝え合うものがある。

 柔和ながら強い眼差しを隠そうともしない総監を見上げる王の目は縋るようでもあり……一方、頼りなげに目線を彷徨わせた王の目元を見つけ、総監はただ息をのむ。

 この場には王と総監の二人しかいない。

 王は声を絞り出す。

「マナを……エナを必ず守れ……!!」

 命令のはずが、懇願のようでもあり──……。

 意を汲み取ってすぐに立ち去る総監の背中を見送った。

「…………──っ」

 王は一人になると、拳をぐっと堅く握った。去来する後悔が胸を締め付けるのだ。年を経るほどに増す痛みは、王の矜恃を盾にしてもいよいよ耐えがたかった。玉座の肘おきを強く打つ。

「娘を救いきれず、妻も奪われ……()をも守ってやれんでは……」

 そう――次は孫が……。

 最早、なりふり構っていられない。王の仮面が逆に邪魔だ。

 ヒルド国国王ギルソウは唇を噛んだ。

「──王とは……いかにあるべきなのか……最期の女王よ……」

 虚空を見つめる目は、メルギゾークという国を滅しながらも民を逃がし、真の意味でヒルド国の礎となった〝紫紺の瞳の女王”ディアナディアを求めていた。



 まず、一晩中、馬を変えながら訪れたという年寄り辺境地方領主の報告はこう――。

 曰く、国境周辺、特にフリューティム村付近の精霊の枯渇が加速している。このままでは領地の半分、いや全土が荒野に飲まれてしまう。勢いすさまじく、これは国内全土にも波及するのではないか、早急に対処願いたい。一領主の手には負えない……というもの。

 つまり、王命によるオルファース魔術機関の介入を要請してきたのだ。

 ヒルド国では、魔術的権力は王の下に魔術機関オルファースがついている。

 オルファースの魔術師達は金銭授受によってそれぞれ依頼を受け、仕事を請け負う。ただし、最優先されるのは王命による総監からの指令。それの意味するところは、魔術師には王以外の権力をはねのける自由が与えられているということになる。具体的には、反王権の貴族から……。

 過去、魔術大国と呼ばれたメルギゾークにおいて、魔力の高い者は無条件で男爵位が与えられ、貴族になれた。

 ヒルド国では建国時、メルギゾークにおいての貴族はほぼエリュミス自治区へ流れ、最初の都市たる王都ヒルディアムには庶民──魔力が低い者か、目覚めない者が残った。

 実際、いまでも魔術師の第一歩目にあたる魔術師第九級資格取得試験を突破しても魔力に目覚めない者は多い。一方でエリュミス自治区では魔力を持たない者の方が珍しいほど。

 魔力を発現出来る者を集めるにあたって、魔術機関オルファースは創設されたと言っても過言にはならない。ただ、創設者はもう一つの側面を持たせてもいた……。

 創設の際、魔術師に貴族位を与えない代わりに、試験は広く門戸を開いた。

 魔術機関オルファースは生まれ持っての貴賤の区別無く、才能で道を切り開くことができるとして国内外から人が集まった。

 そもそも、メルギゾーク滅亡後、ヒルド国が取りこぼした領土を取り合い、周辺国の侵攻や新勢力の勃興、離反が相次ぎ混乱を極めていた。大国の自滅とその後の覇権を巡っての争いだ。落ち着くまでは時間を要した。

 オルファースは貴族位とは別に独自の地位──実力による階級制度として第一級から第九級の資格──を持ち、王を頂上に総監、副総監から各魔術師と縦に身分が切られ、貴族位が高かろうと横やりは入れられない仕組みが作られた。……ものの、実質、近年は試験の段階で寄付金と称した賄賂によって庶民が魔術師になることは難しくなっており、貴族位を持つ魔術師ばかり──結局、貴族の身分の高低が強く反映される運営体制だ。

 現在はともあれ、オルファース魔術機関の基礎を作り上げた男の名はキリー・フィア・オルファースという。

 キリーはメルギゾーク魔道大国の最期の女王の唯一とも言える腹心だった。同時に、ヒルド国初代国王の兄でもある。だが、彼個人について、建国史にはほとんど残っていない。

 キリーについての記述はわずか五点。

 一つ、生涯独身であったこと。

 二つ、当時から強い霊脈瘤だったこの地を王都に選んだこと。

 三つ、王権に直接従属する、身分を問わない魔術機関オルファースを立ち上げたこと。

 四つ、永遠に遺すようにと地下王墓の原型を魔術で作り上げたこと。

 そして五つ目、当時、エリュミス自治区に並び王都に次いで強い霊脈瘤だった現在のフリューティム村周辺で晩年を過ごしたこと……。かの村は本来、彼の死後、キリー村と名付けられていた。この村について、年々精霊が減少していたことに気づく者は少なかったが千年もした頃には半減、近年は完全な荒野と化した貧しい土地という認識が広まっている。

 精霊の多い土地は自然豊かになる。荒れ地など、精霊がいないことの証明にしかならない。

 現在も霊脈瘤である王都ヒルディアムやエリュミス自治区が変わらず精霊に溢れていた事から、かの村には調査が必要であるとの進言が王の下にいくつかあがっていた。

 ──先日、エリュミスもまた急激な精霊の減少が確認されたばかり。また、今回、フリューティム村でも同様のことがおこったとなると、メルギゾークが精霊を失った上で襲撃を受けて滅んだ点からも、看過しがたい。



 続けて、騎士の報告はこうだ。

 ──王妃の不在が頻発し調査したところ、亡国王都跡メイデンへ向けて複数回、魔術的に何かが移動している形跡があったこと。魔術的痕跡について、先日の地下王墓での大きな魔力の乱れも王妃の動きがあった可能性が高い。エリュミス自治区が落ちた際、王墓から移動魔術が施されていた痕跡もある。

 さらに──謁見開始時点になるが──王妃とその手足として動いていた大司教ラヴァザートの行方が掴めない。ラヴァザートは先ほどの辺境伯の領地方面へ術的移動の痕跡があるとのこと。

 騎士団付きの魔術師の追跡魔術ではこれ以上の調査が出来ず、古代ルーン魔術にも対応可能な第一級魔術師の力量が必要。両者の行方を同時に追えない事態は初めてのことであり、緊急性を認識。

 魔術専門機関であるオルファースへの情報開示とともに調査を依頼すべきという進言。

 また、騎士が謁見に割り込んでまでの緊急報告を行った理由が二つ。

 現在、王都地下、聖域たる王家墓所の霊脈瘤で魔力の乱流が起こっている──これは、ディアナ、ゼクス、姉姫マナディアによるユリシス奪還の為の行動による。

 そして、居室で寝ていたはずの妹姫エナディアがいないこと──。



 ここ数年、父であり王であるギルソウへの敵対心だけを残した姉姫マナディア──マナ姫は、〝妹〟のエナ姫を誰からも守ろうとしていた。

 だが、頻繁な頭痛と引き換えに『他のことを消し去った』マナ姫では『アレ』から守り切れないと判断した王は、直下の忍びゼットを介しエナ妹姫の〝誘拐”を指示。警戒の中、仲介した姉弟魔術師からの依頼で第一級魔術師アルフィードがエナ姫を城内から地下へ連れ出すも想定外の妨害により失敗。この時、〝紫紺の瞳の女王〟が現代に居ることを知るに至った。


 マナ姫の敵対心……最終的に彼女の心を破壊したのは自分だという自覚が王にはある。その負い目から、どのようにしていいかわからず今までの時を無為に過ごしている。

 そもそもが、思い出すのも避けたい。が、いい加減逃げられぬと王を唇を噛む。

 確かにマナ姫の若さ故の過ちには王も狼狽えた。

 マナ姫はただ一人の王位継承者――ヒルディアム国の後継者だった。

 一体どこで知り合いどうしてそうなったのかと当時は頭を抱えぬ日はなかったが、愛娘の行いに王妃の方が衝撃を受けていた。その結果、まず先に本来の王妃の心が失われた。

 ──大切に大切に囲い込んで育てられていたマナ姫が……〝姫〟が十代で妊娠していた。

 遅まきながら相手の男に手を引くよう促したが、マナ姫を一介の貴族のお嬢様程度に思っていたらしい彼もまた、その罪深さに自ら命を絶った。

 マナ姫は、かのメルギゾークの血を連綿と受け継ぐ総領姫だ。

 メルギゾークの最後の女王に後継はなく、ヒルド国は正しくは直系といえない。が、女王の妹と宰相の弟が初代女王、国王としてヒルド国を興した。気の遠くなるような長い時を、名をヒルド国に改めてからもメルギゾークは続いているに等しい。言語も宗教も民も、ヒルディアムはメルギゾークをそのまま引き継いだのだ。続いて合流した宰相によってオルファース魔術機関の原型も、建国間もなく形になっていた。

 過ちがどこにあったのかは誰にも計れない。だが、旅の詩人にすぎなかった男は、歴史を謳うが故か、己の行いの業の深さに耐えきれなかったといえた。それを知って後を追おうとするマナ姫を止めようとした王だが、歯車はゆがんだまま巡る。

 若すぎたマナ姫はショックに記憶を飛ばして幽鬼のようにエナを産み落とし、その事実すら、王が隠蔽するまま心に刻まなかった。憎しみの目で睨むことも出来ないまま、漠然とした嫌悪から離れる娘に、王は何もしてやれない。

 挙げ句、

「私だけが知っていて、何も出来ぬでは……王どころか男として──いや、死んでくれたあの男にも……何もかもに、申し訳が立たぬ……」

 しかして、じわじわと訪れる焦りに王は唇を噛む。

「──……王妃の二の舞は、させん」





 ──……嗚呼……長かった……長かったのよ……。

 

 ――大地の精霊に身体を溶かして移動するこんな高等な魔術も……四千年もあったのだもの、才の無かったワタシにも使えるの……何度も身体を破損させてしまったけれど。ねぇ……ソフィア……あんなに病弱だったワタシも、何度も体を付け替えて、時間はとてもとてもかかったけれど、ワタシにだって出来た……。

 この〝奇潜(きせん)”という魔術の特徴として術中は耳にキュリキュリと不快な高音が響き続けるが、それすら快感の種でしかない。

 だが、そろそろ五十路を迎えるこの王妃(からだ)はもう――美しくない。

 そう思っていたところへ見つけた〝紫紺の瞳”――。

 ただの憑依とは違う、積み重なる記憶(ちから)で満たされた魂から打ち出される魔術は、何度憎々しく眺めたことか。無選別に、ただそこに居るだけの精霊から最大の力を引き出す〝精霊の愛し子”……。

 ――自分たちの行いで〝紫紺の瞳”を怨嗟にまみれさせ、祝福されるべき存在だったものを災厄の象徴にたたき落とした。

 ――ソフィア……何がしたかったの? ワタシがやっと病気から、村のお荷物から解放されたのに……。


理解(それ)ももう、どうでもいいわね……」

 唇を左右に引き上げ、王妃の魂も食らい、シーラは微笑む。



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