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メルギゾーク~The other side of...~  作者: 江村朋恵
最終話『光の道』
133/139

(133)【1】夢(5)

 ──時は少しだけ遡る。

 地下王墓でユリシスの肉体を動かすディアナとゼクスがどうにか変異体からギルバートの魂──上位精霊ウィル・ウィンを救い出した頃。

 ユリシスの精神体を変異体の核に移し替えてどうにか希望を繋いだものの、その屈辱にディアナは沈み込んだ。

『……泣くほどつらいなら、すぐやる? ──リスクは大きいけど』

「──やる」

 ユリシスの姿をしたディアナの落ち込みように半透明の青年ウィル・ウィンが問う。ディアナは食い気味に即答した。

「今やらなければ、次はない気がする」

 おそらく今が一番リスクとやらは小さいはずだ。王妃が来てから始めたのでは妨害されて、下手をすれば消されてしまう。

『なら、キリーはその王妃? の足止め引き受けてよ』

 ウィルがゼクスを見て言った。

「え? 俺、今からメイデン行くの?」

『飛ぶのは僕とディアナで術を描くから一瞬だよ』

 半透明のウィルがウィンクしてみせた。

 袖で涙を拭って立ち上がったディアナもうんうんと頷いている。

「…………わかった」

 そうしてゼクスは苦戦を強いられていたアルフィードたちの前にぼんと放り出されることになった。

 ゼクスを送り出した後、マナ姫はぽつんと取り残されていた。

「ゼクスは……? キリー?」

『あれ? そっか。うっかり昔の名前で呼んでたよ。今はゼクスっていうのか。次は気をつけるよ』

「キリー・フィア・オルファース?」

『そう、それフルネーム。精霊としては多分キリーが主格たろうけど。ディアナと違って生真面目だし生身の内は出てこないだろうね、キリー』

「私とて出てくるつもりなど無かったぞ」

『そうかい? とにかく、始めようか。主もいないからこの変異体は動かないよ。今の内にユリシスを引っ張りだそう』

「…………」

 魔法陣の内側でじっと動かない変異体をディアナは静かに見ていた。

 失敗したなら、ユリシスの精神体は脆く崩れて消えてしまうだろう。

 後になるほどユリシスは力を喪っていく。今しかない。

 そう決めても、踏み出すのに勇気を要した。

『ユリシスは強い』

 紫紺色の瞳が揺れ、ディアナは半透明のウィル・ウィンを見た。

『確かにあの中は今、乱れに乱れているだろうね……けど──大丈夫、なんとかなる』

 それはウィル・ウィンの──ギルバートの本心。

 ギルバートが古代ルーン魔術で王城の塔に封じられていたものをユリシスは力を振り絞って救い出した。

 諦めず、粘り、命を削ろうとも踏ん張れるのは強さの証だ。

 最後、ほんの数秒、己に克てる者だけが生き残る。栄光を掴む。

 ウィル・ウィンはその力がユリシスにはあるという。望みを引き寄せる強い意志があると──。

「わかった」

 精霊の少ないメイデンでゼクスの稼ぎきれる時間はわずかだろう。

 ディアナディアとウィル・ウィンという、一部では神とも讃えられる上位精霊が挑む。

 ──たった一人の少女の精神体(こころ)を救う、そのために。

 ユリシスの外見できりりと立ち上がるディアナは動かなくなっている変異体を静かに見た。

 変異体の内側で、当のユリシスはディアナの力を──記憶を感じ、その意識は夢をみていた……。






『教育の予算はもっと少なくていいわよ、どうせみんな学ばないわ』

『……霊脈瘤の使用許可の条件はもっとゆるめるべきじゃありませんの? 厳しすぎますわ』

『三大賢者に関する伝承が不十分だね、もっと伝えるないと。面倒なら代わってください』

『サグラディン塔の監視が多すぎる。そこまで警戒が必要? それより海側の方がきな臭いわ。私が確認しますからそこを譲っていただけない?』

『ゼヴィテクス教の権限をもっと増やせ。蔑ろにするな。なぜ削る? さっさと代われ。私がやる』

『パーフェル結界への魔力供給量は増やさないと……魔術師が足りてないじゃない采配が難しいならやるから少し代わってみない?』

『有力貴族への有翼条件が細かい。もっと単純にしないと支持者を失いましてよ?』

 ブッスーと頬を膨らませていたディアナだが、振り上げた両手を一気に机に落とした。

「っあーー!!! うるさいうるさいうるさーいっ!!」

 キリーだけでなく室内の事務官から側仕えから全員がびっくりしてこちらを見ている。

 女王の執務室の大きな机に向かって書類にせっせとサインをしていた時だ。

 風圧で飛んだ羊皮紙も無視して頭を抱えていると静かな足音がする。

「陛下……」

 穏やかな声はすべてを聞かなくともわかる。

 七歳の頃に出会ってもう十年だ。言いたいことなんてわかる。

 机に肘をついて手の平に顎を乗せると溜め息を吐き出してやる。

 魔術で耳を塞いでも、あの声は魂の内側から聞こえてくる。止めようがない。

「耳栓も意味が無い……」

 静かにローブを払い、キリーは机横の椅子に腰を下ろした。

「今日は何を言われましたか? うかがいましょう」

 キリーは身嗜みや言葉遣い、マナーなど女王らしい振る舞いをしなさいと口やかましいのは出会った頃のまま。彼は元来柔和でそれ以外ではディアナのどんなところも、何でも受け入れてくれる。なぜそうなのかという問いすら不要なほど安心をくれる。

 慌てるところなんてまず見たことがないから、この男が何を考えているのかさっぱりだ。

 だが、幼い日に約束してくれたことは──そばでずっと支えるという約束は破られたことがない。

 静まり返っていてもディアナが突然叫び出すのは常日頃のことなので、事務官も側仕えもいつの間にやら退室して二人きりにしてくれている。

 女王の愚痴をキリーは他の誰にも聞かせないようにする。

 ──確かにみっともない。

「いや……いつものことだ。代われ代われ……意識を……主格を譲れ代われとうるさいんだ。特に初代女王は私のやり方が気に入らないらしい」

「……ディアナは言い返した?」

 全力でため息を吐き出してやるとキリーはこちらの顔を覗き込んでくる。

「会話に乗ったら最後。ずっと言葉尻をひろってあーだこーだ……すでに死んだ方々はお暇なことだ」

「言い返せないのも腹が立つと?」

 こくこくと頷いてやるとキリーはやっぱりくくくっと笑う。

「あと、ゼヴィテクス教をないがしろにするなって初代がうるさい」

「この五百年であまりにも権力が大きくなりすぎていたからね。今はひたすら力を殺ぐように動いているからないがしろにしているように見えるのかな」

「ゼヴィテクス教の成立はメルギゾークとほほ同じ。初代の双子の姉君が始祖だ。身内可愛いもいい加減にしてほしい」

「なんとかねじ伏せることはできないのか?」

 やっぱりため息で返事をするしかない。

「何度もやってる。気合いを入れておかないと蓋が出来ないから別のことに集中しはじめると顔を出してくるんだ……」

「難儀だね……」

 羊皮紙のスクロールをだばだばと押しやって、両手を伸ばしたまま机につっぷした。机からはみ出した羊皮紙や保管用木箱が音をたてて落ちていく。

「もぉやだ……」

 ぷぅと頬を膨らませる。すぐにするっと衣ずれの音が聞こえた。

 キリーの手が伸びてきて頭を撫でてくれる。

 猫にでもなったような気分だ。

 こんなときのキリーの顔は誰にも見せたくないくらい優しい……。

 だがもう、抱きしめてはくれない。





 荒野に立つ。

 魔術大国であるメルギゾークに馬などいらない。軽やかに魔術で空を飛んでいく。

 西方の蛮族の領内侵入など軍を向かわせれば良かったが、女王自ら出陣した。

 敵二十万に対し女王が連れてきたのはたったの五百。

 それも半数は軍人ではなく文官やゼヴィテクス教の神官達だ。

「キリーはわたしがいかにすごいか解説してやってくれ」

 いつになく清々しい笑顔で言い放つ。

 見渡す限り荒れ果てた土地だ。

 確かに精霊は少ない。

 剣や斧を振り回すしか脳のない蛮族どもも魔術には精霊が必要とわかった上で決戦の地をここに選んだようだ。

 魔術大国メルギゾークにもここなら勝てると踏んだということだ。

 あまりに愚か──。

「大丈夫か?」

 すでにふわりと空へ浮かび始めた女王の手をキリーはあわてて掴む。

「なに、過去の女王達を押さえ込んだ上、力だけ引っ張り出してやれるようになったわたしに敵など──……」

「敵など?」

「自軍にしかおらん」

 そう言って女王は高く舞い飛び、ひとり、青白い光の軌跡を残して二十万の敵兵へ飛び込んだ。

 きらきらと残った青白い光──ルーン文字は大慌てで女王を追い、まばたきの間で敵軍は土煙に飲まれた。

 精霊の助けが不十分だろうが、桁外れの数の敵が相手だろうが、どのような策を弄されようが、八人分の大魔術師の力をひとまとめに使いこなす“紫紺の瞳の乙女”の前では大海の前の砂城にすぎない。

 女王の一撫でで数千単位の魂が肉体から解放され、精霊へと帰していった。

 半刻も待たず、後には精霊に満ちた大地が出来上がるのみだった。

 たった一人で蛮族の侵攻も止めてしまう女王。

 圧倒的な力は、年齢も性別も飛び越えて絶大なカリスマ性をもって民を率いる。

 この頃のディアナは“紫紺の瞳の乙女”として誰にも認められ、絶対的な権力を欲しいままにしていた。

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