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メルギゾーク~The other side of...~  作者: 江村朋恵
最終話『光の道』
132/139

(132)【1】夢(4)

 黒い雲は急速に近づき、あっという間に土砂降りの雨を乾いた大地に叩きつける。

 太陽を遮られたせいで午前中とは言えぬ薄暗いヴェールが雨とともに視界を奪った。

 肉体の目──視力を奪われた時、魔術師には精霊の目を使うという選択肢がある。精霊の視界を借りて明暗構わず見ることができた。だが、精霊が希薄ならばその手は使えない。

 銀髪はずっしりと濡れたが、シャリーの瞳は一層輝く。

 この地の精霊はほとんど食い尽くされていた。そこへ一斉に降り注ぐ水の精霊たち。

 シャリーは鼻から胸に湿気を含んだ大気を取り込むと、正面を見据えて両手を広く掲げた。

 リン……と澄んだ音色すら聞こえてくるようだ。

 ──大丈夫ですわ。

 目を伏せ、シャリーは心の内で精霊たちに囁く。

 ──私たちがついています。さぁ……一緒に……。

 あちこちに降り注ぐ雨粒から精霊たちが飛び出し、一斉にシャリーの下へ集まってくる。

 ──今、捕らえられた精霊を解放してあげましょう……!

 かっと目を見開くと身の内側に滾る魔力を放出、精霊を絡め取る。これを上手に分配していくのがシャリーの役目だ。

 膨大な力を頭上に溜めるシャリーは唇を微かに噛む。重い……が、強い決意で支え抜く。

 シャリーの影響下に入った精霊を狙い、変異体も雨交じりの土を蹴り上げ飛び出した。対して、まずネオがシャリーの正面へ回る変異体の前へ躍り出た。

 ネオはシャリーの集めた水の精霊に向けて素早くルーンを描く。

 雨粒とともにシャリーの魔力に押し流されてやってくる水の精霊をネオのルーンが捕らえ、渦を巻くように棒状に凝縮していく。飛沫と青白い魔力がうねるように跳ねた。

 そうして生み出されたのは腕の倍の長さがある魔剣──。

 ネオは精霊を支えるので精一杯のシャリーの半歩前まで瞬時に飛び出し、変異体の爪を剣でがつんと受け止める。

 身体を魔術で強化していたからこそ間に合ったし、両手に響く重い一撃に耐えられた。

 ――……まともには喰らえないな、これ……。

 人間に対して即死級の一撃だ。

 ぎりぎりと刃を噛みにくる変異体の腹を思いっきり蹴飛ばすと、ネオは次にシャリーに食らいつこうとする変異体へ体を捻る。

 斬りかかるが、大きな狼に似た変異体は青白い光を残しながら軽く退いてかわず。

 わずかな隙にネオは踏み込んでシャリーを囲む敵の輪を大きくして変異体との距離を広げる。

 今度は二体同時に飛び出してくるが、すかさず真横に回り込んで導線を絞り、一対一に持ち込んだ。

 変異体が進路を変えるより早く、ネオは一体を剣の柄で殴り飛ばし、もう一体を斬りかかってよけさせる。

 倒すにはアルフィードの術が必要だ。その為には今シャリーが支える精霊が必要になる。

 ネオに焦りはない。ただ静かな目でまた広がった包囲網、変異体の数を数える。

 ――二十体か……時間が経つほど不利……かな。

 そうしてネオはもう一人の前衛役のカイ・シアーズを見た。

 カイ・シアーズは既に黒い雲を連れてきた風の精霊を集めている。彼はサラサラと青白い文字を描き、集めた精霊たちに魔力を渡して助力を願う。

 上級貴族の嗜みとしてネオもカイ・シアーズも剣術は習得している。

 カイ・シアーズの右手にも可視化した風の長剣が生み出されていた。武器でもあり盾でもある。実体は無いが変異体の爪をかわすには良いだろう。

 横目でネオとシャリーの様子を確認したカイ・シアーズはふいと視線を動かす。建物二階の屋上程度の高さで滞空するフリューセリア王妃を見上げた。

 トントンと軽いステップから王妃へ向けて一気に駆け出すカイ・シアーズ。

 風の精霊と一体になるその速度は身体強化の術を加味しても人の出せるものではない。

 王妃がすいと目配せして変異体を差し向けてくるが、カイ・シアーズにとっては好都合だった。

 王妃の指示で一点に集まってくる変異体、ぎりぎりまで迫った瞬間、カイ・シアーズは一気に後方へ飛びさがる。

 次の瞬間、ドスンと重い音とともに魔力波動が弾けて落ちてくる稲光――対・変異体魔術。

 敵の集中した絶妙なタイミングに落ちてきた術にカイ・シアーズは口角に笑みを湛え、しかし振り向きもせず再び王妃へ向かう。

 カイ・シアーズの成すべきは王妃の注意を惹きつけることだ。 

 魔術師の強みは体そのものを強化出来る点。それは本人だけではなく魔術の心得の無い者にも与えることが出来る。

 かつての魔道大国メルギゾークが、またヒルド国が大陸で覇を唱えられたのも強力な魔術師が多くいた為だ。一を十にも百にも変えてしまえる魔術師は各国のパワーバランスを人口比に留めない。

「へぇ……」

 左手の対変体術を放出し、再び青白い魔力を指先に集めて古代ルーン文字を描きはじめるアルフィード。最早手元は見ていない。

 ただカイ・シアーズとネオ二人の動きをせわしなく目で追いながら、両手に術を準備して待機する。

 自他ともに戦闘型魔術師と認めるアルフィードが目を見張る。

 ――お貴族さまが……思ってたよりずっと動けるんだな。

 しばらくしてシャリーを取り囲んでいた変異体をネオが七から八体集め終えたところにアルフィードは術を落として消滅させる。

 魂の形を消滅させるという対・変異体魔術をはっきりと危険だと察知したのか、ネオが担当する残り十体の変異体は二手に別れる。

「多少の知惠はあるんだな」

 アルフィードはにやりと笑いながら再び描ききった対・変異体術を目前まで迫ってきていた変異体五体に近距離で落としてやる。間近の轟音に耳が痛い。

 変異体の後続五体はずざっと一気にさがっていく。

 シャリーが安定して供給する精霊のおかげで防戦一方とならず、敵の数を一気に減らしていく。

 だが……。

 王妃の足元にはまだ二十体の変異体が残っている。

 カイ・シアーズの振り下ろした氷の刃を避けきれないと判断した変異体が牙をむき出しに剣にそのまま噛み付いてきた。

 半歩退いて直撃を回避したが見やれば剣は半ばで折られていた。噛まれた先が無い――。

 また、いやな音が聞こえてくる。

 退いた変異体の方だ。微かな足音で退いていく変異体はとすっと柔らかく着地した後、見せつけるように水の刃を咀嚼していた。悲鳴はそこから聞こえていた。

 離れていたネオだが、眉をぎゅっと寄せる。

 ──精霊が……食われてる……。

 シャリーはまた別の異変に気付いて声に出さずうめく。

 ──精霊の数がっ……!

 膨大だったはずの精霊が軽くなってきている。

 変異体達との激突が始まってから、黒い雲はあっという間に消えていく。集められるだけの水の精霊はみんな集めた。

 来なかった残りの精霊は、足場もなく空を駆け上がる変異体達にばくりばくりと食われていた。

 残り少なくなってきた精霊を確認して術を描きながら、消耗を減らすべくアルフィードは少しずつシャリーの真横に移動する。

 そこへカイ・シアーズの横をすり抜けてきた変異体十匹とネオを残してこちらを向いた分五体が飛びかかってくる。

 ぐっと奥歯を噛むアルフィード。両手ともに術は撃ったばかりだ。

――まずい……! まだ……まだだ!

 アルフィードはまだ描き終えていない。間に合っても全部は止められない。

 判断がついたかシャリーも息を飲む。

 大地を蹴り上げる変異体合計十五体分の爪や牙が二人に振り下ろされる──寸前、両者の間の大地が勢いを持って轟然とせり上がった。

 変異体たちがぎゃんと鳴きながらいきなり現れた大地――壁に激突し、落ちていく。

「なん――」

 目を見開いて驚きを隠せないアルフィードの前で──壁のこちら側、青白い光ですぃと縦長の楕円の軌跡が走った。

 楕円に光った壁はそこから綺麗にくりぬかれ、中から……。

「んん? うぇ! ぐっ! ごほっごほっ……! なに!? くっさ! うわくっさ! なに!? くさいよ!?」

 咳き込みつつも軽い足取りで壁の中から現れたのは黒髪の魔術師――通称遺跡ハンターのゼクスだ。

「…………」

「…………」

 アルフィードもシャリーも急場をしのげてほっとしたものの、安易に息を吐いて良いかもわからずただゼクスを見る。

 窮地を救うことになったゼクスだが、鼻を摘まみながら現れているのでありがたみは半減どころかゼロに等しい。

 目を細めて「鼻摘まんでても臭いよ……なんか口のなかモアッとしてる……」とぶつぶつ言いながらアルフィードとシャリーの前まで来た。

 辺りには泥の屍の残り香が漂っていたらしく、ここへ来たばかりのゼクスは全力で鼻をつまんでいる。アルフィード達は既に慣れているが、来たばかりのゼクスにはこたえるらしい。

「ゼ、ゼクスさん?」

 ぽかんとしたままのシャリーの横に駆けてきたネオが声をあげた。

 ゼクスは鼻を摘まんだまま「ふ、ふけはちにははひょ(助太刀にきたよ)!」と言ったが、ピンチに現れたというひいき目に見ても格好はついていない。

 少しずつ慣れてきて、ゼクスは手をゆるめる。アルフィード達は知らぬ事だが、そもそもゼクスはこのメイデン跡に数カ月滞在していた。この“泥の屍”の臭いは既知。慣れも早い。しかし、臭いものは臭い。

「本気で臭いね! 君たちよく平気でいられるね!?」

 半眼のアルフィードは「殴っていーか? この助っ人。やけにむかつくんだが」と言い、一旦合流すべきと戻った温厚なカイ・シアーズすら「構わないでしょう。私もおおむね同意です」と視線を逸らしながら言い放つ。

「せ、戦力はきっとすごいのですからカイさまもアルフィードさま落ち着いてください……!」

 本気にしたシャリーにニヤリと笑って肩をすくめてみせるアルフィードとカイ・シアーズ。

 冗談だったと気付き、シャリーは空気を読みきれなかったことに少し恥じて目線を下ろした。

「あっちはいいのか?」

 アルフィードの問いにゼクスは鼻から手をおろした。

「問題ないよ。こっち行けってさ。元々来るつもりだったけど、まさか休憩無しとは……」

 ゼクスの衣類にはあちこち擦った跡や鋭い刃物──爪をギリギリで避けたらしいほつれが残っている。むしろ剣は抜き身のままだ。大地から出てきたのも以前ディアナが使っていた“地穴”だろうと、鞘に収められていない剣に、さらに速い魔術で移動してきたのだろうとアルフィードには理解できた。実際、上位精霊二人に送り出されたゼクスは瞬間移動に近い時間でここに現れた。

 変異体の進路を妨害した大地はずずずと微かな音をたてて沈み、元の平らな地面へと戻っていく。

 開いた視界の先、変異体達は王妃の足元へ戻っており、両者再び距離を開けて睨みあう事となった。

 ゼクスはやれやれと息を吐いて独り言のように「相変わらず人使い荒いよ、ほんと──」と呟くと体ごと王妃や変異体の方へ向けた。

「──で」

 余裕が有り余っている王妃はゆらゆらと宙に浮いたままゼクスを含むアルフィードたちを見下ろしている。

「やっぱこうなってきたよね……完全に混じる前に手を打たないと……」

 王妃の紫紺色の瞳を見上げ、ゼクスが呟いた。

 一方、ゼクスの瞳の奥を覗き見る王妃が一瞬だけニマリと笑う。

 アルフィードが「何の話だ?」と問えば、普段はぐらかすゼクスにしては珍しくあっさり答える。

「王妃の話だよ。急がないと元に戻んなくなるよ、あれ」

「──元に?」

 カイ・シアーズの問いに対してゼクスは意味ありげに頷く。

「あれはまだ憑依……急がないと……完全に乗っ取られる」

「憑依!? 王妃は憑依されているのですか!?」

 カイ・シアーズの声に背を向け、ゼクスは胸の奥で呟く。

 ──上位精霊なんて、恐ろしいばかりだな……。

 腰ベルトから紺呪石を三つ外すとゼクスは魔力を注いで術を解放する。

 石から解き放たれる青白い文字の群れは勢いよく飛び出るとゼクスを周回して体に染み込んだ。王妃も相手するとなると身体強化の術を足しておかないと心許ないと思ったのだ。

 目を細めて体に力が巡るのを確かめるゼクス。

『──ろくでもないと言うのが正解だ。力は足りるか?』

 頭の中に響いた声にゼクスは瞬きする。

 近くにいるアルフィードやカイ・シアーズ達の声ではない。内側から聞こえた……。

 ゼクスはこっそりと口の端に笑みを浮かべる。

『自分の事じゃん……大丈夫だよ』

 胸の内で答えた。

 彼の声を久しぶりに聞いた。

 メルギゾーク最後の女王ディアナと話していても全く存在を感じさせなかったというのに……。

 ゼクスの魂もまた上位精霊──その主格の名を女王の腹心キリー・フィア・オルファースという。

 王妃と変異体は二十五――。

 ゼクスは抜き身の剣を、カイ・シアーズは再び描く風の魔剣、ネオは水の魔剣を構える。

 アルフィードは描きかけの術を完成させて待機。シャリーは水の精霊達をなだめ、まとめる。

「出来るかわからないけど、王妃は俺が惹きつけるからさ、変異体殲滅よろしく」

 軽い口調で言うとゼクスは躊躇いなく突っ込んだ。

 その後をカイ・シアーズとネオが追う。

 ゼクスは変異体が振り下ろす爪も、鋭い牙もその頭を踏みつけながらかわし、王妃の真下へ移動していく。

 王妃は虚ろな笑みを浮かべつつ、瞬時に魔力を放出する。

 慌てたゼクスは剣を盾にしつつもドンッと地面へ叩きつけられる。大地にぼこんと王妃の魔力の形で凹みができた。

「――きっつ……!」

 王妃の攻撃は魔力の塊をぶつけるというもの。

 過去世からの魂の力──ユリシスがまだ使いこなさない膨大な魔力の塊だ。

 動きも力の発動も単純だが、強力な魔力は押し出されてくる速度も激突したときの威力も尋常ではない。

 惹きつけ役のゼクスが巨大な魔力の圧に耐えている間にも王妃は第二、第三の魔力の塊をアルフィードへ飛ばす。

 アルフィードが大きくよけた横、一部屋分の大きさのクレーターがボカっと口を開けていた。

 眉間にきゅっと皺を寄せ、ゼクスは体の中心で瞬時に魔力を練り上げ、一気に放出すると王妃の魔力を弾き割った。そうして王妃を睨み上げる。

 ──精霊が少ないとそうなるね……ディアナもこれでメルギゾークを滅ぼしたわけだ……。

 ゼクスは剣を左手に持ち替え、記述の早い右手でささっと術を描く。やはり精霊の集まりが悪い。

 変異体は先ほどからの流れを取り戻し、カイ・シアーズ、ネオ、アルフィードの連携で数を減らしている。が、合間合間に王妃の発動とほぼ同時に着弾する魔力の塊が三人を苦しめている。

 地面にはボコボコと大きな穴が開いていく。

 敵に奪われまいと精霊を守るシャリーにも魔力の塊が飛びはじめた。

『遠慮せず俺の力を使え、ゼクス』

 どうにかこうにか王妃に肉薄しようと変異体をかわしているゼクスはふっと微笑った。

『……こんなにも話しかけてくるなんて珍しいね……』

 目前の変異体、さらに宙空の王妃が瞬時に押し出してくる魔力の塊をかわしながら、ゼクスは魂の声を聞く。

『……今世を生きる君には言いづらいが──早くディアナの元へ戻ってくれ』

 ゼクスは一瞬だけ眉をひそめた後、ちらりと王妃を見る。

 目を細めてやっと王妃の周囲に小さなルーン文字がびっしりと描かれていくのが見えた。手を動かしている様子が無いところを見る王妃の中の憑依する“何か”が打ち出していると推測できた。

『……ああ。もしかして、あっち、ピンチ? さっき話しかけてきたのも焦ってた?』

『今後、可能性が無くは無い……あの中身が俺の想像通りなら──』

『……中身、か。アイツだろうね──きっと』

『……俺の後悔なら、君も承知のはずだが?』

 ──命令とはいえ女王のそばを離れてしまったこと……守れず死なせてしまったこと……取り返しのつかない後悔……。

 自死は魂が消失する。転生し再会できるほんの僅かな可能性を潰えさせる。

 残された時を、自ら命を絶つこともできず、自責の念につぶれかけ、抜け殻のように死を待ちわびた日々……。

 ゼクスは長剣を左手に移してクルクル弄ぶ。

『まぁね。よく知ってるよ。初めて力を借りた時に流れこんできたからね、あんたの記憶』

『記憶は力だ。受け入れられなければ使いこなせない』

『子供に阿鼻叫喚のメルギゾーク滅亡の景色を見せるあんたの趣味はすごいよ』

 左右から迫る変異体の牙と爪を後ろへさがってよけ、ゼクスはひっそりと微笑う。

『力を欲したのはお前だろう』

『あの魔術の大洪水、目の前でたくさん人が流されていくんだよ? 放ってはおけなかったね。だから、あの時見た記憶(もの)は変な夢だと思ってたんだけどなぁ』

『──……』

『憑依じゃない本物の紫紺の瞳を……ユリシスを見つけちゃったから──ね……俺はもう、巻き込まれるしかなかったんだよ』

『……話はここまでにしよう。時は無い』

『了解。上位精霊の力、存分に使わせてもらうよ』

 ふぅと息を吐き、ゼクスは王妃を見上げる。

『やれやれ。誰もかれも本当、人使いひどいね?』

 身の内側にいる上位精霊の声だが、ゼクスにはキリーのものしか聞こえてこない。ディアナにはこれが七人分聞こえていたというから、さぞかし鬱陶しかったことだろうとゼクスは思う。

 ゼクスは腰を落とし、構えた。

 瞳の色が一瞬揺らぎ、紫紺色に染まる。

 体の隅々に力が行き渡るのを感じる。

 ゼクスにとって子供の頃に一度借りたきりの過去世から連なる魂の力──。

『借りるのは力だけでいいよ』

 全身に魔力波動をまとわせ、ゼクスは飛び上がり王妃へぶつかる。

 王妃の方も薄い笑みを浮かべた後、きっと目に力を込める。王妃と彼女の守る巨大な青い珠をぐるりと魔力が包み込んだ。

 辺り一帯に響き渡る激突音。

 王妃もゼクスも互いの魔力を打ち破らんと放出量を増やしていく。

 それぞれがバリバリと爆ぜる魔力波動に包まれ、力と力をぶつけあう。

 目映い光が呆然と見ることしか出来ないアルフィードたちにふりかかる。

「カ、カイ様……!」

 ネオが真っ先に気付いた。

 残っていた変異体十体に青白い帯のようなものが伸びてきて絡め取っていく。変異体たちは大人しく帯に引っ張られ――……王妃の傍の巨大な球体に吸い込まれて消えた。

 慌てたゼクスが一気に魔力の放出量を上げた瞬間、青白い帯――古代ルーン文字の塊が王妃と球体を包み込み――消えた。

「――っ」

 抵抗を失ったゼクスの魔力が辺りに放電するようにドンドンと落ちて大地に大穴を開ける。

「──に、逃げたの!?」

 シャリーの声にゼクスは首を左右に振って古代ルーン文字を描き始める。

「違う! ディアナ……ユリシスの方に行ったんだ。移動の術は俺が描くからそっちは三人で精霊をかき集めて!」

 飛び上がっていたゼクスは荒れ果てた地面に降り立つと猛烈な勢いで古代ルーン魔術を描いていく。

 顔を見合わせるアルフィードとカイ・シアーズだが、すぐにバラバラに散らばる生き延びた精霊たちに魔力を飛ばして囁きかける。

 ゼクスは唇を噛んだ。

 ――今、王都に王妃が戻ったら、ユリシスを取り戻せない……!

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