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メルギゾーク~The other side of...~  作者: 江村朋恵
最終話『光の道』
129/139

(129)【1】夢(1)

(1)

 ネオの描く魔術を中心に、アルフィード、カイ・シアーズ、シャリーは足元の大きな穴の奥を覗き込んだ。

 魔術の光は沈んでいき、やがて闇に飲まれてしまう……。

 とんでもなく深そうだということだけがわかった。底が見えないのだ。

 ここは既に遺跡の中……あちらこちらに崩れかけた壁やせりあがった床石が足場を悪くしている。乾いた土が緩い風に吹かれて舞い上がっていた。

 まず、アルフィードが眉をしかめた。

 気付いてシャリーは「アルフィード様?」と問う。

「いや……」

「風が――何やら運んできますね」

 曖昧に答えるアルフィードの隣でカイ・シアーズも不快そうに顔を歪めた。

「え……? ……あら……これは……」

 シャリーが口元に手を当て、ネオの術……穴の底から顔を逸らして一歩下がった。

「――に、臭いますわね」

「何か来ます」

 穴を魔術で覗いていたネオは短く告げた後、術を解いて数歩退く。

 耐え難い臭い――ヘドロのような湿り気を含んだ腐臭が穴の底から漂い、立ち昇ってきていた。

 シャリーは思わず瞬きを繰り返した。

 見えない臭いが目に染みてさえくるようで、どうにか振り払いたかったのだ。

 息を詰め、空気も吸うのを我慢してしまう。だが結局、苦しくなってすぐに息を吸い込む。

 鼻から口の中、体中に渋みが広がっていくようだった。むせそうなのを我慢すれば吐き気が襲ってくる。

 シャリーはそっと胃の辺りを押さえた。

 ──今朝食べたものをまさかネオの横で戻すわけにはいきませんわっ!

 シャリーは真剣な眼差しで穴から距離を取った。

 臭いは次第に強くなる。

 その間にアルフィード、カイ・シアーズ、ネオ、シャリーの四人は各々の紺呪石を確認したり、身体強化の術を自らにかけていた。

 穴の底から“何か”が這い上がってきていることならわかっている。

 敵か味方かは別として、こちらから降りていく事は危険なので待つ。

 四人は特に伝え合うということもなく、無言で同じ対応をとっていた。

 王妃が変異体がらみでここに来ているらしいのだから、味方である可能性は0%に近い。

 ずるり……ずるり……と、引きずるような、砂利を削り取るような音が聞こえ始める。

 穴からさらに十歩分の距離をあける。

 四人それぞれは等分の間隔を開けて穴の半周を囲む。その上でいつでも動ける態勢をとった。

 穴の淵に黒い霞のようなものがゆらりと拡がった。

 よじ登ってくる誰かが手を置いたようにも見えた。

 黒い霞はひとつではなく、穴の淵に臭気を伴って次々と現れる。

 実体らしきものはまだ見えない。

 ただ、臭いは鼻を塞ぎたいほどに充満し、不気味な音が聞こえてきている。

 霞の中から黒い塊が重そうに地面にのし上ってくる。

 ぶわりと――今までに増して強烈な腐臭が漂って来る。

 シャリーは小さく呻いたが、姿勢を崩すということは無かった。

 四人は静かに動き、さらに十歩下がった。

 穴の底から這い上がってきたのは人型の黒い泥の塊――ガクガクと操り人形のように揺らぐ様は、動く屍を思わせる。

 それが多数。

 穴の奥から次々と姿を現す。

 ざっと数えて百をゆうに超えているようだ。

 穴からはまだぞろぞろと這い出てきている。

 アルフィードは不気味な黒色の泥人形を見回した。

 気に食わないというように目を細める。

「――なんなんだ、こりゃ……」

 鼻に手を当てたままシャリーは隣のアルフィードを見上げた。

 カイ・シアーズ、アルフィード、シャリー、ネオの順に泥人形達に対面している。

「これが変異体……でしょうか」

「いや……違うだろ、これは――」

 ネオの呟きにはアルフィードが答えた。

 アルフィードは王都地下遺跡で変異体の実物を見ている。

 変異体はその全身から魔力を感じられたものだった。だが今、眼前に居る黒い泥人形は臭いばかりで力らしい力を感じられない……。

 何なんだと首を捻るばかりだ。

「ですが、穴の奥……はるか底……魔力波動が膨らんでいますね」

 カイ・シアーズは警戒を強めるアルフィードが同様の疑念を抱いていると感じた上で告げた。

「……そのようだな」

 これほど精霊の数が少ない場所で魔力を集めている存在があるということは……おそらく王妃――。

 黒い泥人形はじわりじわりと両手を掲げて近づいて来る。影のように伸びたり縮んだりしているように見えた。動きが遅くて逆に気持ちが悪い。

 全身に身体強化、防護術をまとったアルフィードが手前の一匹へ駆け出した。

 間合いの大きな蹴りで泥人形の頭は吹き飛ぶ。泥の頭は砕け散って地面へベトベトと落ちた。

 あまりに軽い感触。アルフィードは軸足でトントンと二度ほど地面を蹴った。入りすぎていた力でバランスを崩しかけたのだ。

「えらく脆いな…………――つか、臭ぇ」

 呟いて顔をしかめると泥の掛かったブーツをちらりと見て軽く振った。それで臭いが落ちるはずもなく、アルフィードは諦めた。

 別の泥人形に駆け寄り、次々と柔らかい形状を吹き飛ばしていく。

 一方、カイ・シアーズやネオも同じようなスタイルで泥人形を倒していく。

 魔力や精霊の消耗を抑える為、魔術師でありながら肉弾戦でいくようだ。

 上から片手で数えられるほどに上級貴族の出であるカイ・シアーズとネオ。前者は宰相の子であり、後者はオルファース総監の孫だ。

 当たり前のように護身術のみならず王国軍用近接格闘術の心得がある。喧嘩術への魔術に沿った発展系であるアルフィードに比べて無駄も少なく、二人は的確な動きで泥人形を減らしていく。

 シャリーは一人、まだ動き出していなかった。

 息をスーハースーハー整えている。

 何度か深呼吸を繰り返した後、シャリーは泥人形を睨んだ。

「私は第二級魔術師シャリー・ディア・ボーガルジュ……負けませんわよ」

 小さく呟くと口をぎゅっと引き結んでシャリーは駆け出した。

 渋みのある紺のワンピースのスカートの裾がヒラリと揺れ、同色のブーツスパッツが露になる。

 シルバーのアンクレットに付けられた紺呪石がほんのり青白く光った。

 泥人形はシャリーの控えめの蹴りが触れる前に魔力波動に吹き飛ばされる。

 女子として、臭いヘドロをひっかぶることは出来ない。魔力を短い射程で直接放出することで頑張ろうと決めたシャリーだった。

 正面はあらかた両隣りのアルフィードとネオが崩してしまっていたが、泥人形は途切れることなく穴の奥から次々と這い出てきている。増える方が早い。

 泥人形の数は多い――。

 時間が過ぎるほど数の差は広がった。

 大きな魔術で――例えばアルフィードが穴もろとも泥人形達を凍結させてもいい。

 カイ・シアーズが鋭い風を起こして泥人形達を切り裂きながら穴の底にたたき落とすのでもいい……ネオが、シャリーが……。

 それぞれ上級魔術師らしく単体の力が弱い泥人形達を一瞬で消し去る術を持ってはいる。

 しかし、精霊の希薄なこの地ではそれらの大魔術も日頃の十分の一に満たない力しか発揮することはないだろう。

 結局、消耗の少ない方法で潰すしかなかった。だが、人数が……手数が足りない。

 穴の半円を押さえる形で展開して立っていた四人。両サイドにあたるカイ・シアーズとネオは次第に大きく離れていく。敵が増えすぎて対応すべき戦場が半円から四分の三円に広がってしまったせいだ。

 たった四人の陣形が大きくなった。それぞれの間隔が広がったことを示す。

 正面、アルフィードとシャリーの担当部分も広がった。

 アルフィードは前へ出るシャリーをちらりと見た後、隣のカイ・シアーズ側へ寄った。

 微かな視線に気付き、シャリーは今まで自分の足りない分をアルフィードがフォローしてくれていたらしいことを悟った。

 目があった瞬間、シャリーは駆けながら少しだけ首を傾け、姿勢を下げて微笑んだ。お礼のつもりだ。

 アルフィードは片眉を一瞬だけ上げて笑い、近くの泥人形へと体ごと向きを変えた。

 それを見送り、シャリーは口の中だけで「私はシャリー・ディア・ボーガルジュよ」と呟いた。

 体を大きく動かす肉弾戦は得意ではないが、そうも言ってはいられない。

 シャリーは完全な戦闘タイプの魔術師はないが、机に張り付きっぱなしの学者タイプの魔術師というわけでもない。

 得意ではないと言っても出来ないということはない。それでも、生理的嫌悪から手を使いたくない。必死で自制して近くの泥人形を蹴り上げる。

 ほんのり光る紺呪石がチリチリと熱を放って泥人形の胴を焼きながら分断した。

「…………」

 アンクレットに絡まる泥はたまらなく臭くてシャリーは眉をひくひくさせた。

 女魔術師御用達のブーツスパッツは腿までのブーツとスパッツをあわせたものや膝までのブーツにスカッツをあわせたものの総称だ。

 通常スパッツやスカッツでブーツをカバーするように履くのだが、戦闘などのアクティブな魔術師などは逆にスパッツにブーツを重ねる。

 スカッツには紺呪石や暗器などを隠していたり、ブーツは表面を鋼で覆って強度を上げ、重さは魔術でフォローするような独特の防具を女魔術師達は自作したりオーダーメイドする者が多い。

 基本的には派手に動き回らない女魔術師は重装備にはならないよう、防具とはいえお洒落にアレンジして着こなしている。

 シャリーは革のブーツの左右それぞれに三本のアンクレットを打ちつけている。

 アンクレットには小粒の紺呪石を四つずつ埋め込んでいる。それらが、臭い泥にまみれたのだ。

 ――石でも可愛い形にカットさせていたのに……。

 シャリーは涙を飲み、仕方ないと瞑目して──手は絶対に使わないとさらに強く決意して──次の泥人形を睨みつけた。

 一方、シャリーの隣で暴れ回っているアルフィードのさらに向こうにはカイ・シアーズがいる。

 右手に二の腕までを覆う革のグローブを装着しているカイ・シアーズ。遠慮なくそのグローブで泥人形を殴り倒していた。

 グローブと言ってもゴツゴツした粗い作りのものではない。五指の先から二の腕、腕の付け根辺りまでカバーしている。

 厚手とは言えない革で腕を巻き、靴紐と同じような形で手の甲から肩までを紐で閉じていた。紐の上には細かい鋼の板が蓋をするように留めてある。

 穏やかな相貌に似合わない大ぶりのグローブは武骨のようだが、立体的に縫われており、装飾も細かい。

 装着に少し時間もかかるが、それ以外に腕の動きを阻害しない丁寧な作りだ。

 各所に紺呪石も縫いとめてある。

 アルフィードにしろシャリーにしろ、このカイ・シアーズもまた上級魔術師として活動する者としての装備品を身につけている。

 それは滞りなく仕事をこなす為、また威力を示す為に必要なものだ。

 なお、日頃のカイ・シアーズのグローブはもっと簡素なものだ。手袋を長くしただけの革のグローブを二の腕辺りで腕輪を用いて留めている。そちらは動きに融通が効き難いが、十分だった、今回のグローブは戦闘を想定したもの。必要があればすぐに備えられる、準備がある第一級魔術師。。 

 グローブは黒い泥に汚れているが、カイ・シアーズは特に気にした様子も無い。

 視線すら送らずに腕ごと大きく上から下へ振り下ろして汚れを払った。

 穴から地上へと這い上がってくる泥人形は減る事が無く、ますます増える一方だ。

 穴の淵のを埋めて広がってくるのだ。その度にカイ・シアーズは少しずつ移動して円の端までを駆け、右腕でなぎ払っていく。

「とはいえ……剣ぐらい持ってくれば良かったですね」

 周囲をあらかたぶちのめしてカイ・シアーズは呟いた。

 汚れていない左手でそっと伊達眼鏡に触れる。泥の飛沫が飛んできて視界がかげったのだ。伊達眼鏡は外して懐にしまった。

 一息だけ吐き出し、次に這い上がってくる泥人形を待った。

「――逆に、魔力……力持たざるモノという存在である事の方が、どうにも怪しい……」

 命あるもの、草木も人間も、皆、何がしかの力をその内に宿している。それを魂と呼ぶのだが……それが感じられない。

 無言のまま四人で分担した領域内の敵をすべて倒したとしても、こちらから穴へ降りる事は無いだろう。

 泥人形――敵の正体や数が正確にわからない以上、応戦で良い。

 カイ・シアーズはちらりと若い第一級魔術師の少年の居る穴の反対側に視線を移した。

 悩んでいるようではあったが、あの歳で既に副総監に名を連ねているのだ。心配はいらないだろう。

 カイ・シアーズの反対側に居るのはラヴィル・ネオ・スティンバーグ。

 普段、例えば街中を移動する為に飛行の術を使うことは無い。

 私的に精霊を乱す事を好まない。が、必要とあらば惜しげも無く魔術を描く。それがネオだ。

 二つの術を同時に撃てはするが戦闘系の魔術に偏りのあるアルフィード。

 風の術全般と一般的なものから学術的な魔術までを網羅しているカイ・シアーズ。

 第一級魔術師と比較するとレパートリーの少ないシャリー。

 他三名と比較してラヴィル・ネオ・スティンバーグが異なるのは、その節操の無さだ。

 天才とあだ名される少年の抜群の記憶力で重箱の隅をつつくような魔術まで、実に幅広く使いこなす。

 また得意が無い……不得手が無いと言う方が適切かもしれない。

 ネオは普段と変わらないラフな装いだ。

 ただ、袖の無い貫頭衣の丈は短めであちこち革ベルトで固定されている。そのベルトには紺呪石が装飾のように複数ちりばめられている。

 両腕が既に泥に汚れていた。

 カイ・シアーズに遅れることしばし、敵の流れが止まったところでベルトのいくつかの紺呪石に手を伸ばした。

 触れるか触れないか、魔力を注ぎ力を解放する。

 その間に隣のシャリー、アルフィード、カイ・シアーズの様子を確認した。

 おのおの、一通り地上に溢れていた泥人形は全て倒したらしい。

 しかし、穴の淵にはヘタヘタと黒い手が伸びている。まだ終わりは見えない。

 相手がただの泥人形ならばと、ネオは指先に魔力を溜めて魔術を描き始める。さらさらの黒い髪が揺れた。

「……ネオ」

 シャリーが目を細めた。

 いつまでも湧き出る力無き泥人形へのネオの対処をアルフィードとカイ・シアーズは見守っている──。

 どのような魔術を描くのか、またこの敵に魔術が届くのかどうか。

 周辺に居た精霊らがゆったりと動き始める。さらにヒルディアムから付いてきていた精霊らがネオを囲むようにぐるぐると踊り始める。術の規模は小さくない、精霊らの食いつきがやはり悪いので、ネオは魔力を指先に、ヒルディアムなど他の地域で描くより多めに、集めている。

 穴から這い上がってきている泥の屍は次々と地上へ姿を現し始めている。それらとネオを見比べた後、アルフィードはふと、足元を見た。何か、ざわりと──。

 その、魔術が完成する寸前。

「解け! 精霊を開放しろ!」

 アルフィードの声の直後、カイ・シアーズがネオへ左手で指差していた。

集中していたネオはハッとしてアルフィード、カイ・シアーズを見る。

 カイ・シアーズの右手はネオの魔術を解く為の術を描いていた。

 ネオへ向け、カイ・シアーズの左手が示すまま青白い文字が飛ぶ。文字は移動しながら巨大な手の平の形になってネオのルーンを掴もうとした──が、ネオの足元に散らばっていた泥人形の残骸が一気に動いた。

 残骸にすぎないはずのヘドロは飛び散り、ネオを包むように旋回した──これらがほんの数瞬の出来事だった。

 離れていたシャリーの目には、僅かな時間でネオが渦巻く泥に隔てられてしまったように見えた。ネオの姿が確認出来ない。

 カイ・シアーズの術はヘドロの壁に阻まれ、砕けた。

 シャリーは思わず両手を頬に当て、肩をすぼめていた。

「ネオ!? ネオー!!」

 金切り声を上げて慌てて近寄ろうとした瞬間、シャリー、アルフィード、カイ・シアーズの足元に落ちていた大量のヘドロがネオの周囲へと吸い込まれていく。

「──な……なんですの!?」

 シャリーは吸い上げられていくヘドロの勢いに巻き込まれまいと踏ん張った。ヘドロはぶつかり合ってしぶきを上げている。顔に飛んでくるのを防ぐのにシャリーは顔を両手で覆った。

「……色々、納得出来た気がしますね」

 カイ・シアーズのはっきりした声が届く。

 何をと問いたいと思いながらもネオの身に起こっていることの方がずっと心配でシャリーは聞き流した。

 足元に積み重なっていた泥人形の屍――ヘドロはすべてネオの居た辺りで竜巻のように渦巻いている。

 竜巻には新たに穴から現れていた泥人形達も頭から吸い込まれていく。

 ネオの元へと駆け寄ろうとしていたシャリーは圧倒されて数歩下がり、アルフィードのすぐ横に移動していた。

「なんですの……これ……」

「妙な感じはしてたが──」

 穴から這い上がってくる泥人形がいなくなると泥の竜巻は上空へと飛び上がった。

 高さは三階建ての建物と同程度だろう。そこからさらに細く伸び上がり、一番高いところで五~六階の屋上を見上げるような高さの竜巻になった。

 トサッと音がして、シャリーは目線を下げた。

「ネオ!」

 慌てて駆け寄った。

 竜巻から振り落とされたネオが落ちてきたのだ。

 ネオは両膝と両手を地面に付いて荒い息をしていた。が、すぐに顔をあげてアルフィードとカイ・シアーズの方を見た。珍しく声を張るが、大きくはならなかった。

「――持っていかれました、かなり……!」

「え?」

 アルフィードとカイ・シアーズが重く頷く。

 ネオはシャリーを見て呟くように言った。

「魔力と精霊を……取られたみたいなんだ」

「そんな事……可能なんですの?」

 ふっと自嘲気味に笑うネオ。

「さあ?」

 ネオは立ち上がり、膝と両手の砂を払った。防護魔術のおかげか目立った怪我は無い。

 すぐ後、大音響の悲鳴が辺りに轟いた。

 男の声のようであり、女の声のような超高音も混ざっている。声のようで声でない。そして、音のようで音でない。

 シャリーは身を屈めて耳を塞いだ──それでも、悲鳴は痛いほど鮮明に聞こえた。

 耳を塞ぐ意味が無いと悟り、シャリーは眉をひそめて周囲を見回す。

 声は止まない。こちらの腹の底まで振動させてくる。

 ネオを見やるとヘドロの竜巻を見ていると気付いた。シャリーもならう。

 声はどうやら、竜巻から周囲にばら撒かれているらしい。

 酷く反響していて、あちらからもこちらからも聞こえるようでよくわからなかった。

 声ではない。魂に直接響く歪みの音。

「……精霊が……信じられない」

 竜巻を見上げたままのネオは微かに首を左右に振った。

「ド……ドキドキする……熱いし……恐ろしい……」

 ――こんな悲鳴……泣いてしまいそうですわ。

 ネオが息を飲み込んでから呟く。

「──精霊が、食われてる……」

 数歩離れた場所でアルフィードは目を細めて竜巻を睨む。

「……ここに精霊が少ないわけだ、あんなバケモノが居たんじゃな」

 ネオの魔力と彼が集めた精霊はあっさりと奪われたということだ。

 アルフィードはカイ・シアーズに歩み寄った。

「……あのような術は知りませんし、古代ルーン魔術でも埋め込まれていたのでしょうか。紺呪石には反応しなかったところを見ると、一定以上の力の塊、あるいは一定以上の力を放出し始めた精霊に反応するのかもしれませんね。あのヘドロが虚ろなはずです……吸い上げ、食い散らす……」

 アルフィードは頷き、再びヘドロの竜巻を見上げる。

「――精霊が食われるという現象など、初めて見ましたが」

 精霊の断末魔は途絶えること無く辺りに響いている。

 アルフィードはブーツの具合を確かめるように乾いた土を蹴ってからカイ・シアーズを見た。

「エリュミスの精霊が居なくなった件は知ってるよな」

「ええ」

「……」

「その事も関係があると?」

「…………」

「……地下の魔力波動も、少し、動き始めましたね」

 わからない事が多い。

 それでも、対処しなくてはならないだろう。

 答えを与えてくれる存在など居ないのだ、仕方ない。

「さて──」

 カイ・シアーズが緩くストレッチを始めた。

「ここからが本番……ですかね」

 見上げたヘドロの竜巻の周囲に青白い文字が浮かび上がり始めた。

 見たこともないルーンの並び。

 現代には伝えられていない術だろう。

 しかし、それを目を細めて見ていたアルフィードは舌打ちをした。ある程度なら読める。

「巨大化な。陳腐な術だな。描けと言われても無理だが──やれるだけ、やりたいよう、やってやろうじゃねぇか」

 そうしてベルトの紺呪石をいくつか外し、次々と力を解放していった。

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