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メルギゾーク~The other side of...~  作者: 江村朋恵
第13話『ユリシス?』
123/139

(123)【2】上位精霊(3)

(3)

「急くな。アルフィード」

 ユリシスの姿、声でディアナは制止する。が、アルフィードはギルバートを指差した。

「だってよ!」

 ふわふわと揺らぐ人影。

 透過してあちらの白い壁が見えている。先ほど現れた巨大魚ヴァイヴォリーグと同じだ……。

 それでも、見慣れた赤い髪ははっきりわかるし、困惑気味ながら笑い皺のある顔もちゃんと記憶と合致する。

 漂ってくるはずのない香水の香りをアルフィードは無意識に思い出していた。ギルバートに弟子入りした時から変わらない。

 弟子入り前、能力は高いものの好き勝手暴れるアルフィードは多くの魔術師達に匙を投げられていた。そこへふらりと現れたギルバートに拾われ、育てられたのだ。アルフィードにとってはもう一人の父と言っても過言ではない。

 確かにその死の瞬間を目撃した。なのに、死んだはずのギルバートが半透明とはいえ、目の前に現れた。

 まだまだ何か言いたげなアルフィードをディアナはお得意の黙殺で放置する。

 平気で聞捨てて無視するこの“能力”があったからこそ、ディアナは過去の女王達を押さえ込む事に成功したのだが、同じようにやられるアルフィードには苛立ちしか募らない。

「ウィル……ギルバートの方が私より深刻なんだ。そうだな?」

 アルフィードは口の形だけで「深刻?」と復唱した。

『……そうだが、正直俺の事よりもユリシスの方が心配だ……』

「そういう性質はウィルの頃のままだな」

 ディアナは溜息まじりに微笑んだ。ディアナは『見ていた』、『知っている』と騒ぐ内に居る精神体の声を受けて言ったのだ。ディアナ自身がウィルを知っていたのではなく、ディアナの御する精神体の七人の女王の内の一人が囁いたのだ。

「なんだ? どういう話なんだよ?」

「ギルバートは肉体が滅んだ際に分離されたんじゃないか」

 ディアナが問う。

『まさに、その通り……メルギゾークの知とは恐れ入ります』

 ギルバートは生前、捕えられた塔の上で口に含まされた魔術があった。その魔術のいくつかある作用の一つが、ギルバートの精神体と精霊体とを分離分割する事だったのだ。

「かしこまらんでいい。不要だ」

 まだ説明を欲しそうにしているアルフィードにディアナは言う。

「初代メルギゾーク女王まで遡るが、彼女が死の手前で生んだ子の名をウィル・ウィンと言ってな、お前達にとって身近な名だと思うぞ。光の精霊に関して第一人者で、最初にその書物を編纂して有名になった。その事から光の精霊そのものを指す名として使われている。で、たまたまなんだろうが、ギルバートの精霊体はウィルから連なるものだった。──ん? ……そうか……ついでに言うと、六代目女王の実の父親でもある。なんだ、やたら縁深いな」

『いや……そこまでは知らなかった。俺の前世……ていうのか? 結構すごいんだな。なんか色々』

 ギルバートは他人事のように感心している。

 一方、淡々と話しているディアナも「そうらしな」とさほど興味を示さない。事実、他人の過去としてしかとらえられないのだろう。

「しかし、だ。さっきの獣がいただろう? あれは術で形をとらせたものだが、内側に動力として精霊体が植えつけられているんだ。あれはメルギゾーク末期にも何千、何万体と作られていた。動力の精霊体は命ある者や精霊そのものから抜き出されて使われていてな……。そうやって術で生み出された人造生物兵器を私達は“変異体”と呼んでいたんだ。が、結局、そういった事が……」

 声がかすれ、ディアナは咳払いを挟んだ。

 ユリシスの体の消耗が激しいらしい事をディアナは悟り、話をさっさと進めようと決める。

「そういった、精霊や命を無尽蔵に奪い、ただの動力、資源とする行為に腹がたって私はメルギゾークを根こそぎ滅ぼたんだ」

「おいおい……」

「実際、あんなの大量生産されてたらビビるぞ。わかってるのか、素で精霊を吸い上げ消滅させるわ、実体からも精霊体をひっぺがすんだぞ? わかってないだろ、絶対。人ごときが足を踏み入れていい領域をはるかに凌駕してるんだ」

 それら――恐ろしい人造生物兵器“変異体”が作られた理由をディアナは知っている。

 思い巡らせたくはないが、魔術の根本、命の源をいじくる事でしか、制作者達に対抗させ得なかった己の力を、当時と同様、今更ながら憎んだ。が、どうにもならない。昔もどうにも出来なかった。

 自分達“紫紺の瞳の乙女”と呼ばれる存在が毎度メルギゾーク王までのし上がって、敵対勢力をことごとく追い詰めていっていたという事実を、初代女王は一切認めないのだし。

「ともかく、さっきの獣……“変異体”に、ギルバートの精霊体が使われていたんだ。あの変異体というか、ギルバートの精霊体というべきか、それを御していたのはウィルだったんだ。だからウィルと呼びかけてみたが……暴走気味のようだったな……」

「――ああ……」

 アルフィードは納得した。

 前に黙殺された質問の答えがここで出された。

 一方、以前から魂の仕組みを知っていたマナは、手を胸元に当てたまま考え込んでいた。

「……ギルバートは……いえ、今、そこの精霊は本来……」

 言葉を選びながら言うマナに、ディアナはあっさりと頷いた。

「ああ、本来、上位精霊だ。上位精霊は気まぐれ、気分次第で生まれ変わり、実体を得ては成長を楽しむのだ。まぁ……ほとんど上位精霊になった精霊は次の生には行かないんだが」

「……あ?」

 アルフィードにしてはマヌケな、空気とともに驚きの声を発した。。

「上位精霊にはあまり出会った事がないだろう? それもそのはずでな、せいぜい数百年に一体あらわれるかあらわれんかだからな」

『……そう言われても、俺は全然認識ないけどな。俺が持ってる記憶は、ギルバートとして生まれて死んで、なんかフラーッとこんな形になっちまって……それから……なんかぼんやりと……時々俺が俺じゃない感じとか……ユリシスの姿も見てるような……その後、少し……』

「――ああ。あるのか。分離は無理矢理だったろうからな。精霊体に取り込まれかけた時、死んだ時に一度は精神体に融合しているだろうから、上位精霊ウィルの精神体にも触れてるはずだ。そのせいで記憶がごっちゃになったんじゃないか」

「なんかもう……わけわかんねぇな」

 そう言ったのはギルバートではなくアルフィードだった。

『わけわかんねぇじゃすまねーんだよ、アル』

妙に懐かしい語りかけで、アルフィードはほんの一瞬だけ思考が停止してしまった。すぐに頭を切り換えはしたが。

『このまま放っておいたら、ユリシスの精神体は崩壊するんだ。本来、精神体は実体と精霊体に挟まれる事で守られて在るっつーのに。ディアナは取り込んでもいない精神体が一個失われたぐらいじゃ消滅しはしないんだろう?』

 消滅とは、精霊の死、無を意味する。

「……まぁ、そうだな」

「じゃあギルバートも、なんだ、精霊体にウィル・ウィンの精神体があるから、精霊として成り立ってるし、消滅しないんじゃないか?」

「馬鹿か?」

 ディアナの声――使われているのはユリシスの声で――は、心の底から見下している。

「あぁ!?」

「ウィルは消滅しないが、取り込まれていないギルバートは消失する」

「え」

「だから、ギルバートの方が深刻だと言っている。分離されて何日経っている? 早くエネルギー体である精霊体に取り込まれねば、力を失い、記憶を維持出来なくなるぞ。一つ一つ失って、いずれゼロになる。精霊体ウィルもだ。ああいう変異体にさせられて力だけを吸い取られたら、ただ消耗し、消滅する。ウィルが先に消滅したら、ギルバートはゼロになるより先に消えるんだ」

 ディアナは眉間に皺を寄せ、一気に言い立てた。

『俺よりユリシスを……』

「馬鹿がっ!! 等しく助けたいのだ! 私は!!」

 思わずディアナが焦りを撒き散らしてしまった、その時──。

「はははっ。言い伝え通り、頑固だね~。そうしてさ、思い立ったら、またなりふり構わずどこぞへ飛び込むのかい? 陽の光のように……ねぇ、強く眩い女王様?」

 廊下から靴音をさせてゆらりゆらりと入ってくるのは――……。

「ゼクス!!」

 アルフィードとギルバートの二人がその名を叫んだ。「なぜここに?」といういう意味だ。

「いや、俺はギルバートを助けるという点では味方だよ~。ギルバートを助けるって事はさ、ウィルを助けるのと同じ事だからね。どちらかと言うと俺はウィルと話がしたいからさ」

 相変わらず仰向けになったまま、ディアナは溜息を吐き出した。

「……いいだろう。マナ姫といったか。そなたも来るか?」

「……はい。母の真意を確かめます」

 母は本当に病なのか――。

 何が目的でそんな恐ろしい獣“変異体”を生み出しているのか……。ユリシスの精霊体……紫紺の瞳の乙女の精霊体を――力を欲しているのか……。

「うん。じゃあ一緒に行くか。ギルバートはこのペンダントに入っていろ。それにしてもこれをユリシスに預けたのは……」

「あ、俺俺ー! その中なら長期保存が効くかなーと思ってさ。それ、めっちゃ高かったんだよ、超高級な久呪石!」

 ゼクスは手をひらひらとさせて主張した。

「そうか、助かった。感謝する。私の術もある。これ以上の消耗はわずかで済むだろう……が、のんびりもしてられんがな」

 ディアナはそれだけさらりと言って全員を見渡した。

 変異体にされた精霊体ウィル・ウィンを取り戻し、ギルバートという精神体を融合させる。さらに、ユリシスという精神体を取り戻す。

 それらが終わった時、本来あるべき道筋に、ユリシスも人の生に戻してやれる。ディアナは自分の仕事が定まったと大きく頷いた。

「よし、話は大体済んだな。じゃあ、さっさとどこぞへ帰ってこの血を洗い流させてくれ。気持ち悪くてたまらん。さあ!」

「……」

 さあと言われたところで誰がどうするかなど決する事も出来ない。

 アルフィード、マナ姫、ゼクス――この三者は今まで敵か味方か――むしろお互いを敵と認識していたのだ。

『あー……そうだな。アル、俺んち連れていけ、ユーキさんに頼もう』

「……」

 ギルバートの声にアルフィードは両目をぎゅっと細めた。

 ディアナがまとめはしたが、まだまだユリシスにとって自分以外、敵か味方かわかったもんじゃない。ギルバートが自分を指名したのもわかる。しかし――。

 全身血塗れたユリシスの体を運ぶという事は……。

 ──お、俺の服が……。

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