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メルギゾーク~The other side of...~  作者: 江村朋恵
第13話『ユリシス?』
122/139

(122)【2】上位精霊(2)

(2)

 精霊というものは、かつて動植物としての命――肉体、実体という生を与えられていた魂の一部だ。アルフィードは――いや、世の大半の魔術師は古代ルーン文字とともにそれを忘れた。

 憑依とは、精霊が暴走の果てに他者の命に割り込む行為だ。

 十数年前に津波に飲まれた村で、生き残りの娘が悪霊に乗り移られていた現象があった。それが世にいう一般的な憑依に該当する。憑依されていた娘の瞳は紫紺色をしていた。(※vol.091~093)

 マナはゆっくりとユリシスを見下ろす。

 ――……今、目の前の出来事は奇跡ばかり。

「魂には部位があるのです。命には三つの要素が必要で、魂はその内の二つを担っているのです。三つは相互に干渉しあい、それぞれを補い合う事で命を確立しているのです」

「……よく知っているな。もう伝わっていないと思っていたぞ」

 低い声でディアナが言った。

「伝承は王家の義務だと教わりました……。――命は実体と精霊体、それに精神体で成り立っています。精霊体と精神体をあわせて魂と呼びます。精霊が実体に宿ると精神体が出現して精霊は精霊体という部位になります」

「その精神体を奪われた……ありえないことだ……」

 蠱惑的ですらある紫紺色の瞳をすっと動かし、ディアナはあらぬ方を見やって呟いた。

 ふと、マナは“紫紺の瞳の乙女”の伝承を思い出していた。

『我らの生命はそのままに

 乙女の眼差し見る夢の

 我らの力はそのままに

 全て紫紺の瞳の乙女の意のままに』(※vol.050)

 紫紺の瞳をした女王がはるか昔、多くの民を導いたという逸話は、ディアナの力強い眼差しを見るに、真実だったのだろうと納得させられた。

 話の全体像がつかめないのか、アルフィードは眉をひそめている。マナは淡々と続ける。

「今ここにあるのは――」

 両手を広げて“ユリシス”を示す。

「実体と精霊体です。肉体と精霊体が繋がった事で生まれていたユリシスという精神体は――」

「――奪われた。奪いたかったのは”私”の方であろうにな。精神体ユリシスに力らしい力は、エネルギーはないからな……」

 ディアナが口を挟み、そのまま続けた。

「精神体は命の主体、精神を担い、本来不滅の精霊体から力を取り出すのに色や個性をこすろ過(フィルター)のようなもの……というとちょっと語弊があるかもしれないが、そんなものだ。個性は全て精神体が担っている。精霊体は、精神体が蓄積した記憶によって成長する。精神体は言うなれば、意識ある記憶の一時保存部位なんだ。精神体は実体と密接に関わりがある。お互いが影響しあう。精神体と実体両方が揃って刻まれる記憶もある。この場合、精霊体に役割はほとんどない。……実体が滅んだ時、精神体は精霊体に取り込まれて一つになる。その時点で精神体の記憶は精霊体に刻まれ、精霊体は初めて成長をみ、再び精霊として放出されて次の生を待つエネルギー体になる」

挿絵(By みてみん)

「まじか……」

 ディアナの説明の後、ややしてアルフィードはぼそりと呟いた。

 精神体としてのユリシスが奪われたという話もそうだが、魂の構成にも驚きを隠せないでいた。

 ディアナの言葉が真に世の摂理ならば、現在の魔術師達ひとりとしてそこまで辿りついていない。

 だがそれは、王家で伝承されてもいた。遥か昔に確認されていたと。

 現代の魔術師達は誰も知らないというのに……。

 言い表しようのない憤りと寂しさがないまぜにわき上がってきたが、結局は呆然とするしかなかった。

「――その、ユリシス――精神体が無くても大丈夫なのか?」

「…………幸いでもあった……。”私“の方が……精霊体がひっぺがされていたのなら、その時点でもう死んでいた」

「あ……? ちょっとまて」

 アルフィードが微かに首をかしげ、親指を顎に当てて考え込んだ。

「……精霊体ってただのエネルギーなんだろう? お前、なんで意識もってるんだ? しゃべってるんだ?」

 ユリシスの姿をしたディアナはすぅっと目を細め、再びアルフィードを黙殺した。

「このペンダント、誰がユリシスに渡した?」

 指先ひとつも動かない状態ながら、顎を精一杯下げた。この動作だけでも大変な事だった。

 腹の部分が破れ、ユリシスの服は大きくよれている。元々襟ぐりの広い上着だった事もあり、顕わになっている鎖骨の上にチェーンで繋がれた久呪石が転がっていた。ディアナはこの石を示している。

 アルフィードはむっとしつつも答える。

「知らねぇよ。ユリシスの記憶ってのはないのか?」

「……精霊体が記憶を持つこと、意識を持つことは、本来ありません……」

 マナがぽつりと言った。先ほどディアナが黙殺したアルフィードの問いに答えた形になった。

「は? だってコイツ精霊体って……?」

 アルフィードの声に、ディアナはらしくない自嘲を浮かべた。

「聞いたことがないか? 紫紺の瞳の乙女が、記憶を継承する稀有な存在だと」

「どういう意味だ……?」

「紫紺の瞳というのは、精霊なり悪霊なりに取り憑かれたり、あるいは実体と魂の結びつきが生まれつき弱い者なら誰でもなってしまうが、一般的に紫紺の瞳と呼ばれているであろうメルギゾーク王の一部に現れた紫紺の瞳の乙女というものの精霊体は……つまり”私“は、精霊体でありながら精神体でもあるんだ」

「……は?」

「私はな、特殊な例の上、さらにユリシスという実体へ生れ落ちた事でさらに珍しいものになってるんだ。例外中の例外というヤツだ。」

 魂とか精霊とか、初めて聞いた説の例外に話が及び、厭わしげな声をあげるアルフィードに対してディアナは説明を続ける。

「精霊でありながら精神体を持つものが上位精霊と呼ばれている。その場合の意識、精神は精霊に刻まれた記憶の連続の上に生まれるんだ。だが、私の場合――精霊体でありながら精神体でもあるという事は、実はな、このままユリシスの精神体を取り戻さなくとも、この実体、ユリシスの肉体を生かすことが出来る…………精神体ユリシスがいなくとも実体は死なないという、そこまでの意味を持つんだ」

「つまり…………あー…………どういう事だ?」

「そこらに居る精霊は、精神体を取り込んだ後の精霊体だ。精神体ではないから、意識、精神、意思はなく、力そのものだ。ただ、ほんのりと趣味趣向はあるようで、それがそれぞれ種々の精霊になってゆく所以だろうな。火のような性質の精神体を取り込んだ場合の精霊体は、火の精霊になる」

 アルフィードは瞬きほどの間だけ熟考した。

「……じゃあ、ここらへんにもいる精霊ってのは、昔、生きてた人間、か?」

「人間だけではないがな。木々も獣も虫けらも全て――。そうして次の生を待っているんだ。長い年月、何度も生まれ変わりながら成長している」

 記憶に思い巡らせたアルフィードは口を軽く開いて「なるほど、なるほど」と頷いた。

「だから……霊脈瘤が潰されたとか、精霊が食われている事に気付いた時、お前は急いで助けに行こうとしたんだな」

 アルフィードは「やっと納得がいった」と付け加えた。

「精霊は……本当に長い長い年月をかけて成長しているんだ……。助けられる者が助けてやらねば、悲しいではないか……。人間同士の戦争とはまた話が違う。人間は実体が滅んでもまた次の生もあろうが……精霊は、消滅したらもう……終わりなんだ」

 当然ながら精霊寄りの考え方ではあったが、アルフィードもマナもその点については何も言わなかった。

「それでお前は……結局、何なんだ?」

「“私”という存在はな、今は封じているが、メルギゾーク初代から七代目までの女王の精神体も個別に内に持っている精霊体だ。この精霊体は“私”――ディアナという精神体が御している。目覚めていれば、このように表層に出ている意識になっていれば、あー……つまり、制御する精神体にのっかっていれば、その時見て聞いて経験した事は、覚えていられる。“私”ディアナの精神体の記憶として」

「……やっぱりメルギゾーク女王の生まれ変わりってやつなのか? ユリシスは」

 ディアナはふっと微笑んだ。表情がもう、ユリシスではない。

「愚かなことだ。あんな国……国……?……あんな世界……とうの昔に無いのに、女王だと――」

 それはあまりに深い悲しみ。深い後悔。

 ディアナは目を閉じ、暴れだしかねない感情を抑え込んでいるかのようだ。

 メルギゾーク女王として生きた過去を、己の分も含めて八人分の記憶を思い出していたのかもしれない。

「――“私”は……自分自身に強い呪い……というか、律する事を課した」

「のろい……?」

 ゆっくりとまぶたを上げ、紫紺の瞳を晒す。

「生まれ変わったとき、次こそは、決して歴代女王の精神体の好きにはさせないようにと――何も知らぬ無垢な命のまま、人らしく生きられるようにと、呪ったんだ」

ディアナの口元には微笑すら浮かんでいた。

「呪う事でやっと、メルギゾークだとか女王だとか紫紺の瞳の乙女と呼ばれて生きるものとは違う生を全う出来ると思っていたんだ……──ユリシスの人生は、私の夢、憧れなんだ」

「夢なぁ……」

 古代ルーン魔術を使えるくせにいまいち冴えないユリシスをアルフィードは思い浮かべた。

 あの生き方が、世を掌握出来たかもしれない大魔術師にして古代大国の女王の憧憬したものだとしたら、かなりがっかりだ。

 だが、一点、気になる言葉があった。

「歴代女王の好きにさせないっつーのは……?」

「はははっ」

 ディアナが声をあげて笑った。

 すぐに「いたたた……」と顔をしかめていたが。

 血が足りないだけと言っていたが、やはり痛みも残っているようだ。

 腹に穴があくような怪我だったのだから生きているだけで奇跡、残る痛みも当然と言えば当然だった。

 ディアナは明るい溜め息をひとつ吐いた。

「代々大変だったんだぞ。初代の精神体があーだこーだ言うし。初代と五代目はありえない程そりが合わなかったし、六代目七代目は自殺未遂すらしている。結局、六代目は初代に取って代わられ……今のこの状態に似た感じで初代が表層に出て――乗っ取ってしまったんだ……で、七代目は必死になりすぎて過労の末の死だ。不遇だろう?」

 ただでさえ市井から突如現れる“紫紺の瞳の乙女”はパワフルで時の王は必ず廃位にさせられ、あるいは追い込み、毎度恨みを買っていた。過酷な人生を歩む事になるにもかかわらず歴代“紫紺の瞳の乙女”は初代にこき使われ続け、誰も二十歳まで生きられなかった。偉業は少女達の犠牲の上にあったのだ。

 明るく話す彼女の中では、どうにも既に笑い話らしい。

 それでも、一息ついた後は真顔に戻っていた。

「……八代目の私は幸い、初代から全員を捻じ伏せる事に成功した。今も私の奥には七人の女王がひしめいてのっかっている。いつも通り初代が口をはさもうと必死だ。ユリシスに……そんな思いをさせられるものか」

 最後には笑って言っていた。

 笑顔で言っていい事かよとアルフィードは思ったが、口にはしなかった。ディアナの乾いた笑いがあまりに悲愴的に見えたからだ。

 朝、地穴の術でユリシスの事を『守ってやってくれ』と訴えてきたディアナの声を思い出さずにはいられなかった。

 黙って聞いていたマナは『あなたはそういう思いをしても平気なのか』と問おうとしてやめた。愚問だと気付いたから。

 誰かに辛い思いをさせたくなくて代わりを引き受けている者に、自己犠牲のわけを問うのは無意味だ――。

 ディアナの行いは、親が子に対するような無条件の強い想いと同じものがみてとれた。

「話が逸れすぎているぞ? 私が聞きたいのはこのペンダントだ。こいつは――……」

 ディアナはペンダントにふうっと息を吹きかけた。その息がほんのりと光っている。

 目を細めてやっと読めるかどうか、そんな小さな文字が青白い光として生まれていた。

 口から息を吐き出すだけで、ルーン文字はすでに描かれているのだ。

 こんな魔術の使い方を初めて見るマナは感嘆のため息を漏らすしかない。どのような仕組みなのか、全く見当もつかない。

 なぜ、手で描かなくて良いのか。なぜ、放出している魔力がその時点で、術になっているのか……。

 青白い光に呼応して、ペンダントが点滅した。

 ペンダントの明滅が終わり、そこから安定した光が放たれ始めると、ユリシスの横で溜まっていた術の青白い光に影が落ちた。影はゆっくりと厚みと色を持ちはじめる。

 ぼんやりと浮かんだ影は、ユリシスの隣で人の姿の形を取った。

「……そ、そんな……」

 驚きに呟くマナ。

 アルフィードは息を飲んだ。鼓動が急激に早くなり、心臓は破けそうだ。

 浮かび上がる人影は震える声を絞り出した。

『――すごい。力が……』

 光は術とともに失われ、人影は先ほどのディアナと同じように半透明の姿で立っていた。

 彼はディアナの術によってペンダントから解放され、そこに現れたのだ。

 アルフィードもマナも事態に付いていけず、また己の目そのものを疑い、動揺を隠せないでいた。

 マナは胸に手を当て、アルフィードは何度も目をこすっている。

 そんな中、半透明の彼はユリシスを――ディアナを見た。

『申し訳ありません』

「お前が謝る事でもない。だが、お前、ウィル・ウィンだな」

『おそらく』

「ウィル・ウィン?? ちょっと、ちょっと待て! ちょっと待てよ!」

 アルフィードはその半透明の人影の真正面へ走り込んだ

「どういう事だ!?」

『…………』

「なんとか言えよ! ギル! ――ギルバート!!」

 アルフィードの問いは叫びに変わった。

 ペンダントから投影されて生まれた半透明の人影は、数ヶ月前に命を失ったギルバート・グレイニーの形をとっていたから……。

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