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メルギゾーク~The other side of...~  作者: 江村朋恵
第12話『王妃の微笑』
115/139

(115)【4】王妃の微笑(2)

(2)

 眠くてぽかぽかと温い体なのに、冷たい鉛のような疲労が端々に注がれていくようだ。血流が悪いのか、足先だったり指先だったりが思い出したかのように冷える。その重みであちこちひっぱられるような感じがしてじんじんと痛んでくる……。

 重力に負けて瞼も閉じてしまいそうだ。

 睡魔に抵抗していたが、気を抜けばふらりと視界が揺らぐ。今にも意識が飛んでしまいそうだった。

「……ねむい……」

 ユリシスはぼそりと呟いた。声を出すのは自分が起きている事を確認するためだ。

 おでこを手の甲でこんこんと打ちながら、ユリシスは何気なく周囲を見渡した。

 昼過ぎのこんな時間はおいしいご飯をたらふく食べ、この中庭の芝生に仰向けに転がっていたい。昼寝をむさぼりたい。

 久しぶりに訪れたオルファースの中庭をユリシスは不思議な気持ちで眺めていた。

 以前は予備校生として通って来ていた。

 魔術師資格試験に合格しない日々に心を痛めていた。

 ――……なんだか、ほんの少し前の事なのにとても遠く感じられる。

 上空ではオルファース幹部の会議が続いている。国民公園の大火の時も青空会議だった。

 ――……オルファースにだって会議室とかあるんだろうに、なんで空でするんだろう。

 漠然とした疑問に対して停滞した思考回路は考えても仕方ないという結論をあっさり下した。

 会議の内容なんてユリシスの知るところではない。風の魔術を使えば上空の声も聞こえたかもしれないが、やはりまだ――第九級魔術師資格を得たのはつい最近なのだ――

魔術を使える事は隠しておくべきだとユリシスは考えた。そもそも、眠気がひどくて指先を上げるのさえ今は億劫だ。

 青空会議の議題はわかりかねたが、オルファース全体がどこか落ち着き無く、騒然としている事は感じられた。

 そんな中、唇の端を少し持ち上げたアルフィードが空から降りてきた。

「どうだった?」

 着地する前に尋ねつつ、地に降り立つアルフィードへ駆け寄る。

 返事はなく、顔だけではわからない。彼のこの表情は、笑っているのだろうか。

 アルフィードは魔術の声で応えてきた。

『――とりあえず』

 彼は表情を消すと空を――総監の居る辺りを見上げた。

『少なくとも総監はフリューセリアに対して不信感を抱いている、かもな。食えない婆さんだぜ。何も知らないと言いつつ……な。本当の所、どこまで知ってるんだか。──国王万歳でなけりゃ良かったんだがよ』

 後半は独り言のようだった。

『……ネオの、お婆様?』

『顔の使い分けはしてそうだがな』

『……ともかく王妃様を調べないといけないんだよね?』

 うんと頷いてアルフィードは腕を組んだ。

『それは違いないな……』

 どう動くべきか考えているのだろう。

 会話が一段落したところ――。

「やぁ、こんな所に居たんだ」

 背後から声がかかった。笑い声すら混じっているように聞こえる、妙に明るい声――。

「ゼクス……!」

 驚いて声をあげるユリシスとは対照的にアルフィードは挨拶代わりに片手を上げた。無防備に近付いてくる魔法剣士の方へ静かに体を向ける。

「何しに出てきたんだ? あんなにあっさり引き下がったのは、ほんの数時間前の話だろ」

 棘のある言い方はアルフィードのデフォルトモードだが、ゼクスは「そんな警戒しないでよ」と微笑った。どこか嘘臭い。

 ユリシスはと言えば、ゼクスと一緒だった後にアルフィードと再会した時と似通った、どんな顔をすればいいかわからない戸惑いで発言を控えていた。

 そんなユリシスにゼクスは一瞬だけ目を細めた。ゼクスはすぐに表情を戻してアルフィードの方を向いた。

「まさかこんな事態になるとは思ってなかったんだってばー。だからさっさとあの扉を開けるべきだったんだよね。そしたらエリュミスの森だって守れたのに。──君達が関係あるのかな……なんて思ってね」

「嘘をつくな。俺らに出来る事じゃねぇのはお前だってわかってんだろ」

 吐き捨てるように言うアルフィードに、ゼクスは「さて?」と視線を揺らめかせた。

 飄々とした態度のゼクスをアルフィードは冷めた目で睨んだ。

 ユリシスとアルフィードが短時間でエリュミスに行って戻った事をゼクスは気付いている。紫紺の瞳をした“謎の女“が使った地穴という魔術――あの膨大な魔力を動かした魔術に、場を離れて間もなかったゼクスが気付かなかったはずがない。それはアルフィードにもわかる。だが、エリュミスの――一地域全体の精霊を根こそぎ刈り取るなんてマネを人間如きが出来るわけがない。にも関わらず「お前らがやったのか」と鎌をかけてきている。単純に否定したところで引き下がらないだろう。ゼクスがやろうとしているのは真犯人に関する情報を引き出す事のはずだ。

 面倒くさい。いちいち相手してやるかとアルフィードはつっぱねているのだ。それだけというのもつまらないので、アルフィードは試しに問いを投げる。

「一つ聞いていいか?」

「ん? なになに?」

「お前の目的、なんだ?」

「え? 目的~? ズバリ聞いてくるんだ」

「遠まわしも何も、意味ねぇだろ」

 アルフィードのざっくりした態度にゼクスはふっと笑みを浮かべた。それまでのどこか演技臭かった気配が消えた。

「敵じゃないから。ま、味方でもないだろうけど」

「で?」

「目的ねぇ……」

 答えようとしながら、ゼクスは本気で悩んでいる風だった。

「知りたい……確かめたい……のかな? 多分」

 ゼクスは曖昧な言い方をした。

「何を?」

「ナイショ……ああ、そうだ。ねぇ、ギルバートの遺体の事、何か掴んでない?」

 今度ははっきりと聞いてきた。

「ない」

 動揺を隠しきれずに目を泳がせたユリシスに対し、アルフィードはさらりと言い捨てた。

「そっか。わかった。じゃ、またどこかで」

 それだけ言ってゼクスは背を向け、歩いて去っていった。

『知りたい……なぁ。遺跡ハンターの異名もあるヤツだ、全くの嘘というんじゃないだろうが』

 アルフィードは再び魔力の声でユリシスに呟いた。

『とりあえず、糸口を掴みにいくか』

 驚いて見上げてくるユリシスの視線をかわして歩き始めるアルフィード。その上着の袖をユリシスははっしと握った。

「その前に、ごめん……すっごくお腹空いた」

 一昨日、このヒルディアムに戻ってユーキさんの手料理を食べて以来、何も口にしていなかった事をユリシスは思い出したのだ。ユリシスの腹の辺りからは切ない音色が響いた。


 一時間後。

 ユリシスはアルフィードと共に王都の西にある洞へと入って行った。

 外は明るいが、やはり洞へと進めば色の無い闇が続く。以前のユリシスであれば灯りの術が欲しいと思っただろう。今はアルフィードに教えられた方法で周囲をよく見る事が出来た。

 疲れはあるものの、お腹一杯食べた事もあって体は随分と楽になっていた。意気揚々と進むユリシスにアルフィードは言う。

「その術、というか技、あんまり過信するなよ。精霊が見ているものを見る技なんだから。多用するのも難あり、だ」

「過信するな?」

「主観ってものが、精霊にもあるって事らしい」

「主観? つまり……見たくないものを見ないってこと?」

「ああ」

「精霊に主観……というより感情があるかどうかは、ちょっとわからないけど。もし主観があるんだとしたら確かに過信は禁物だね」

 見たいものを見、見たくないものは無いものとし、見たい形に歪める。

 鏡を見て、その人がお気に入りの顎のラインは見ても、頬骨のちょっと角っぽいラインは見えないものとして少し顔の角度を変えたりする。見栄えの良いラインを頭の中で繋ぎ合わせて、結果見たい顔を見る。これが当人が思っている顔と他の人の目に映っている顔との違いを生む。主観の差だ。

 例えば今、精霊が地面にあいた溝を見たくないと思えば無いものになってしまい、精霊の目を借りている魔術師にも見えなくなってしまう。が、実際は溝があるのだから、そのまま歩けば足はしっかりはまってしまう。精霊の目に頼りすぎるリスクをアルフィードは言っているのだ。そうして手元に小さな魔術の灯りを点すアルフィード。

「でも、なんでまた“ここ”なの?」

 ここへは何度足を運んだか、ユリシスはもう数えなくなった。

「精霊の様子見と、あいつの言っていた扉をもうちょっと見たい。あと、ここが例の場所と繋がっているのかどうかの確認」

『例の場所?』

 ユリシスは魔力の声を飛ばしてみた。聞かれてはいけない事なのだろう。周りには誰もいないと思うが。

『お前、知らないだろうけど……この地下施設はえらくデカイんだ。王城の地下通路、さらには王城地下墓地とも繋がっているんだ』

『え……』

『ここは精霊達の溜まり場、霊脈……瘤。力の吹き溜まり。これを、利用しないはずがない。王妃が何かやるなら、この地下遺跡の力を使う……だろうな』

 ユリシスはごくりと唾を飲み込んだ。

 アルフィードはそんなユリシスをちらりと見て、歩みを進めたのだった。



 何度訪れたか。

 最初はぶらりと。次は魔術の訓練をするには気分が乗らなくて何となく足を踏み入れた。その時に小さなお姫様と遭遇したのだ。

 次は、死者、ギルバート、アルフィード……黒装束の……。

 ……そして、襲撃から逃れて来た時にはギルバートに魔術を使っているところを見られた。その後はギルバートとやってきて、入り口が塞がっているのを見つけた。

 最後はゼクスと来て、アルフィードと帰った。それは昨日の事だ。

 春までの自分からすると、色んなことがあったなあとユリシスはぼんやりと思い起こした。

 ……思った以上にハッピーな事が少なくて……。

 沈みかける気持ちの中に浮かび上がる、ギルバートの笑顔――。

 ふと瞳を閉じた。心の中のその映像をもっと見ていたくて。だが、映像はすぐに揺らいで消えていく。

 ユリシスは眉をひそめ、物思いをやめた。

 顎を上げて前を見て歩く。今はこれが精一杯で、それだけ出来たら十分と褒めてあげられる。

 塞がっていた部屋の入り口は穴が開けられている。

「そういやこれ、ゼクスが開けたのか? あの時は来るのにここから入ったって言ってたよな」

「うん、ゼクスが」

「……」

 アルフィードが不機嫌に目を細めていた。

「何?」

「いや……。綺麗にセキュリティの魔術が剥がしてある。塞がれてないとこ見ると、魔術警備の連中にはまだ気付かれてないんだろうな」

「そっか」

 ユリシスはあまり深く考えず相槌を打った。

 奥へ入ると、地面に向けた穴が開いている。

「もちろんこれもだよな」

「うん……」

 アルフィードは何も言わず穴へ飛び降りた。

 なんで急に不機嫌になるんだろう……ユリシスは困惑しながらもアルフィードの後を追った。

 エナ姫と遭遇した部屋からさらに地下へ降りるのはこれで二度目だ。

 ゼクスが開けるよう言った巨大な扉の前にユリシスは再び立った。

 部屋はゼクスがつけた灯りがそのままで昼のように明るい。

 ユリシスは扉に間近まで近付いたものを、五歩六歩と下がりつつ見上げた。

 びっしりと描かれた文字を読む。

 疲労が重なっている事もあって読みながら眠くて仕方なくなる。手を口元にあてて欠伸を強引に飲み込んだ。

 視界の端に居るアルフィードは扉に張り付いていた。巨大な扉のあちらこちらをコンコンと叩いている。

「くそ……」

 アルフィードの呟きが聞こえた。三歩下がり、彼は扉の真正面で腕組をした。扉全体を見上げている。

「はらたつ」

「え?」

 早口の呟きに聞き返したユリシスへ、アルフィードは深いため息をついてから振り返った。

「お前はこれ、何の扉だと思う?」

 ユリシスは首を小さく左右に振った。

「わからない。本当にただの扉なんだと思う」

「……この膨大なルーンはただの鍵か?」

「うん。そう思う。謎かけみたいなルーンが多くて断言は、ちょっと、うーん……出来ないけど……」

「……この奥に何があるのかは別のアプローチで探るしかねぇか。ヤツが開ける気満々ってのも気になるしな……」

「ゼクスは知ってるのかな?」

「知ってるんだろ……。ただの好奇心だけで王城地下潜るほどバカじゃねえだろ」

「あ……やっぱり……もしかして、ここって来るだけでやばい所?」

「上の部屋程度ならまだ厳重注意かなんぼかの処罰があるぐらいだろうが……ここは王家の許可が必要不可欠。無かったら……死罪……以外ねぇな」

「えっ!? そ、そんな事……知らな──」

 アルフィードは意地悪そうに笑う。

「世の中知らなかったじゃ済まない事、多いんだぜ?」

「──その通り」

 突然の第三者の声にアルフィードが動いた。ユリシスの肩を強く押しやる。

 ユリシスはそのまま床へ転んだ。頭のあった辺りに黒い棒が伸びて来ていた。転倒しながらユリシスはそれが引っ込んでいくところを見た。

 早くてどのようなものかはわからなかったが、その棒の持ち主は確認できた。

 ――黒い忍び!

 横でカツンカツンと聞こえた──石が床に落ちるような音だ。

 ユリシスは上手には受身を取れなかった。肩から崩れ、地面との衝撃を受けてから、慌てて立ち上がる。

 アルフィードは既に全身に魔力を巡らせ終えているようだった。

 足元にはさっきの石が――アルフィードが使った紺呪石が二個落ちている。

 黒装束の忍びは、腕より長くて手首より細い棒二本が鎖で繋がれた武器を持っていた。そんな忍びにアルフィードは魔術師でありながら、間合いをぐんと詰めてゆく。

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