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メルギゾーク~The other side of...~  作者: 江村朋恵
第12話『王妃の微笑』
114/139

(114)【4】王妃の微笑(1)

(1)

 アルフィードは疲労を訴えるユリシスを抱え、空へと舞い飛んだ。

 ぐったりと力の抜けたユリシスと会話をする事はなく、五時間ほどかけてヒルディアムへ戻った。国民公園の大時計は昼過ぎを指している。未だ枯れ木の目立つ国民公園を通り過ぎて魔術機関オルファースに辿りついた時、異変に気付いた。

 オルファース上空に魔術師達が複数名飛び交っている。

 普段、多くても四、五名が飛び立ったり降りて来たりしている程度だが、今、十名以上……三十名はいる。しかも、皆、空に留まっている。

 アルフィードはユリシスを中庭に下ろして「ここにいろ」と告げ、空に居る魔術師達の近くへと飛ぶ。

 知った顔を捜すとすぐにナルディを見つけた。

 カイ・シアーズの弟子でギルバートとも親しかったガキ――と、アルフィードは記憶している。

 十五、六歳の第五級魔術師の少年だ。

 アルフィードは音も無くスイと近付き、魔術師達の輪の中にいるナルディの襟首をひっつかんだ。

 はっきり「げっ」とは声にしないまでも、ナルディは手足をばたつかせてあからさまに嫌がっている。こういう反応を返されると――アルフィードは目を細めて微笑った。

 魔術師達の輪から引っ張り出すと、アルフィードはナルディを乱暴に空へ放った。

 上下くるくると回転して吹っ飛ばされたナルディはバランスを崩しかける。右手と左足辺りから魔力を直接放出して体勢を整えた時には、アルフィードが両腰に手を当てて見下ろしていた。

 ナルディの身長は平均よりやや低い。上背のあるアルフィードに瞬きを繰り返してたじろいでいる。

 アルフィードは当たり前のように上位に立ち、低い声で無理矢理事情を聞きだす。

「――何の騒ぎだ?」

 元々好かれていない事はわかっているので、挨拶すら抜きだ。

 アルフィードはナルディの胸ぐらを掴んだ。これが一番手っ取り早い。

 ナルディは眉間にぐっと皺を寄せた。

「エ、エリュミスが何者かの手に落ちたらしいって知らせがあったんだよ!」

 ナルディは両腕を振り上げ、アルフィードの力が緩んだ隙にその手を払いのけた。

「ぼ、僕だって忙しいんだ! ギルバート様のお弟子というんでなければ僕はお前みたいな奴大嫌いで口もききたくないんだぞ!」

 そう言い捨ててナルディはどこぞへと飛び去った。

 このままでは要領を得ないとアルフィードは再び周囲を見回す。

 オルファース上空に居る魔術師達の中央、きりりと背筋を伸ばした老婦人――総監を見つけた。

 時間を考えれば、王城からオルファースへ帰還中といったところだろう。

 魔術師達の輪から離れたまま、アルフィードは総監に魔力の声を飛ばした。

 が、返事はつれなく『個別の対応はできません』という事務的な言葉だった。

 総監の周囲には第一級、第二級魔術師が続々と集まってきている。火急という事か、こんな場所で話し合いと対応を進めているようだ。

 アルフィードは自分がこの輪に入れるとは思っていない。

 都に居る上級魔術師は大半が貴族――。農村出身のアルフィードとは口を利くのも嫌がる連中だ。そもそも庶民――商家出身のナルディでさえあの反応だ。アルフィードの評判がすこぶる悪い事は誰に聞くまでもなく明らかだ。

 総監へしつこく声を飛ばす。

『エリュミスが落ちたのか?』

『慎みなさい』

 厳しい声が帰ってくるだけだ。ならば、こちらも情報をちらつかせるしかない。

 さっき、紫紺の瞳のアレに連れて行かれた場所は――西に八十天……霊脈瘤、つまり精霊に溢れていたと言うなら、あの森は……――。アルフィードはわかっている部分と推測とを統合する。

『……エリュミスなら、さっき行ってきた』

 たぶん、という言葉は飲んだ。ややあって、魔術師らの輪の中に居る総監がこちらを向いた。魔術師達の隙間を縫ってぴしゃりと目が合う。

『……どういう意味です?』

『エリュミスは落ちたのか?』

『…………精霊の異常が認められ、急使で一報が届きました。エリュミスの森から精霊が失せ、力を失った領域に放たれた火が元で現在も延焼を続けていると……』

 精霊というエネルギー抵抗がないのだ。湿りのない枯れ木、枯れ草に火を放った以上に火勢は大きいはず。精霊が居なくても現象は現象だ。制御するものは、自然。

『……タイミングが良すぎる。火を放ったヤツがいるのか』

『どのような様子でしたか?』

『精霊がほとんど確認できなかった。回収するだけして退避し、精霊をよそに逃がした。あと、大型の獣のような声を聞いた。姿は確認していない』

『…………そうですか。聞きますが、一報が入ったのはついさっきです。急使は、術を繋いだ伝令です。人の移動はありません。それでも数時間要しています。休み無く空を飛んだとして往復で二十時間かかるエリュミスに、どうやって行き、今ここに居るのです?』

『……ある術を使った。エリュミスを襲撃した奴の見当はついているのか?』

 総監は魔術師らに指示を出しながら、魔力の声でアルフィードとの会話を続けている。

『ある術……空を飛ぶより速いなど、失われた地の術しか思い当たりませんが……そういえば、古代ルーン魔術――以前国民公園の大火を消し止めた者が居ましたね』

 地穴の術の存在を知っていたのかとアルフィードは内心舌打ちをした。さすがというべきか。

 古代ルーン魔術の使い手とアルフィード――総監の頭の中で関連付いた事だろう。

 アルフィードは話を打ち切る。

『わかった。時間をとらせて悪かった』

 ふと穏やかな吐息が聞こえた。アルフィードは降下を止め、総監を見た。

『…………そうね、こうやって話をすれば、誰に聞かれる事もなかったのかもしれませんね』

 アルフィードは少し躊躇ったが、返事をした。

『……あの時の事を言っているのか? 王城でのルールじゃないのか、魔力の声を飛ばすの禁止ってな。あれだけ魔力に溢れていたら誰にばれるなんて事もねぇだろうが、あんたは総監だからな。違反はしねぇんだろ』

 あの時……ギルバートが王城に捕らえられていた時の事だ。

『……人の命には代えられないはずだったの』

『後悔をするな』

 ――……奪っておきながら……。

 アルフィードは苛立ちを胸の奥へ押し込んだ。

『あなたには恨まれていると思っていたから、こうして声をかけてくれた事に驚いています』

『恨み憎んだところで……馬鹿馬鹿しい。そういう事は、全部終わってからまた考える。ギルはもう戻らねぇ。だからその分、やれるだけの事をする。』

『……下に居るのはユリシスね』

『知っていたのか』

『ネオのお友達と聞いています。あの子にも酷な事をしてしまった……ギルバートという父親を得てすぐの事、理由もわからず失ってしまっては、やり場のない気持ちを与えてしまったと……』

 ユリシスがギルバートの最期に居合わせていた事にも、古代ルーン魔術の使い手である事にも総監は気付いていないようだ。

『いらん気を遣うな。あんたは総監で、王命には逆らえねぇんだろう。……ああ、くそ――なんで俺がこんな……あんたが何をどう考えているかは知らねぇが、同情ならするな。あんた達が手にかけた事には違いがないんだ』

『アルフィード……私には、王家の方々が何を考えておられるのかわからないの。だから、ギルバートに託していた。あの子を』

 ――どういう意味だ。あの子ってのは……。

『……ユリシスか……そういや特例でこの時期に第九級魔術師資格が与えられたと聞いた。あんたの配慮か』

『人一人出来る事の、なんと些細で微かな事なのでしょう。沢山のしがらみは年を経る毎に増えるばかり……。若いあなた達に、もちろんギルバートにもそうでしたが、幸せに、素晴らしい魔術師に育ってもらいたいと私は考えていただけだった……』

 アルフィードは、総監を真っ直ぐ見た。

『年寄り臭ぇ事言うんじゃねーよ。そういうのは引退してから言え。今は、皆あんたについていってるんだぜ』

『…………あなたは優しい子ね。知らない人が多すぎるわ。ギルバートがあなたを心から信頼していたのもよくわかるわ』

 穏やか過ぎる声に、アルフィードは顔を背ける事しか出来ない。

『……褒められたって俺は何も言わねぇよ』

『ふふ……。いいでしょう』

 少し間をあけて、総監は続けた。

『今回の件が発生した頃、フリューセリア王妃は医師の診断があったという事だったけれど、普段、その時間は眠っていらっしゃったのよ。今日だけ、陽も昇らぬ内に医師とゼヴィテクス大司教をお召しになったとの事よ』

 アルフィードは思わず目を見開く。再び顔を上げ、総監を見た。

『あんた……どこまで知っている……?』

 話し合いを続行している魔術師らの輪の中心で、総監はゆっくりとこちらを振り返った。

 そして、悲しそうに微笑む。

『大して知らないのよ、本当に。ただ、王家の方々は……もう、随分と前から心がバラバラなのね』

 その言葉の後、魔術師達が一層集まって視界も遮られてしまう。

 デリータ総監の声が届く事はもう無かった。

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