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メルギゾーク~The other side of...~  作者: 江村朋恵
第12話『王妃の微笑』
113/139

(113)【3】この闇を切り裂いて(4)

(4)

 十五分あまり過ぎた頃、地穴と呼ばれた穴は速度を徐々に落とし、遂には止まってしまった。

「どうなってんだ……?」

 行き、あの森へ繋がる時には一気に速度を上げながら三十分間進んだというのに。

『ああ、いや。すまない』

 アルフィードの頭の中に声が響いた。

 どこからか誰かが魔力の声を飛ばしてきているのだが――。

 魔力の声を直接飛ばす範囲は視界におさめられる距離だが、今この場で声をアルフィードに飛ばす事が出来る者と言ったらユリシス以外ない。

 しかし、ユリシスはその目を瞑ったままだ。

『お前、意識、あるのか?』

『ああ、私だ。私。体の方は体力が無くてな、これで勘弁してくれ』

 魔力で飛ばす声は、耳で聞こえるものと同じに聞こえるのだが……。今、ユリシスから飛ばされている声は、いつもよりずっとハスキーだ。女の声ではあるが、少し低い。調子も、言葉の端々もはっきりしていて自信に満ちている。つまり、ユリシスらしくない。

『私の悪い癖でもあるのだ。思い立ったら即飛び出してしまう。それで、地穴を開けたのだが……ユリシスの出力では足り無すぎたようだ』

『つーか……お前誰だよ』

『ん……どこまで見当をつけている?』

『……西で悲鳴が聞こえるとユリシスが言った後、精霊の異常な動きがあった。ユリシスに飛び込んだものも沢山いたな。一つの肉体にいくつもの精霊が割り込んで入れば霊圧は高まり肉体に影響を及ぼす。今、熱で倒れているのもそのせいだ。で、お前、その沢山の精霊の内の一精霊ってところか……。それも、意識を持った年経た精霊か、神獣の精神か、神聖精霊か……それら上位精霊のどれか……』

『うん。間違ってるな』

 声はケロリと返してきた。

『……』

『前半の、いくつもの精霊がユリシスの体内に入った云々辺りの説明はあっているぞ。安心しろ。お前の知識は確かだ。どう説明するのが一番良いのか、実は私にもよくわからん。しかしな……二度目だ。二度も揺さぶられたら私だって起きる』

 アルフィードは目を細めて眉を寄せた。

『西の霊脈瘤に何者かが現れ、精霊を食い荒らした。ユリシスが聞いた悲鳴はそれだ』

『俺には何も聞こえなかったぞ』

『デリカシーが無いんじゃないのか』

『……お前……正体判明したらぶっ潰すぞ』

 声は『はははっ』と高らかに笑った。自信満々で明朗な声が弾む。

『冗談だ。面白い奴だな。出来るなら来い、受けてたつぞ』

 ユリシスの意識でない事は確定した。

『……ああ……いや。また勝手な事を言っているな私は。受けてはたってやれん』

『なんだよそりゃ……』

『悲鳴とともに逃げ切れた精霊達が一斉に霊脈を通ってやって来た。それらが恐怖に慄いてユリシスの中、肉体に隠れたのだ。その事で霊圧が高まった』

『つうか、俺には何も……』

『精霊にも選ぶ権利ぐらいあるというものだ』

『なんだろうな……お前、いちいち角の立つ言い方をするよな』

『そうか? 普通であろう?』

 明らかに声は笑っている。

『皆、より精霊に近いユリシスに逃げ込み、その霊圧で私は西の霊脈瘤が危機だと悟り、カッとなって地穴を開けた。他の精霊達を助けようとしたのだ。帰りはユリシスの体力がもたないだろうからと、現に今も倒れているが、お前を連れてきたのだ。想像以上に体力も魔力も足りなくてな……もっと鍛えておいて欲しかったものだが……地穴の移動も止まってしまったのが現状だな』

『だな――ってなぁ……簡単に言ってくれるぜ。地穴? この術は何なんだ? 半端ない量のルーンで描いてあるみたいだが』

 アルフィードが過去に見知った魔術の中から鑑みてもダントツのルーンの量だった。ルーンがこうだと消費した魔力も尋常ではないはずだ。

『そうか? この程度、普通だろう? 霊脈を超高速で移動する術。深い地の精霊の力を借りるのだ。空を飛ぶ二十倍の速さだぞ』

『……まじかよ……ありえねぇ……古代ルーンの記述だしよ。現代ルーンならこんな長い記述ないな。そうそう……80テン……か。そう言ったよな。それも、メルギゾーク古代の距離の単位だしよ』

 現代ルーン魔術で最速の移動手段は空を飛ぶ術だというのに――とは、何だか悔しいので飲み込んで言わなかった。

『うん。お前なかなか勘がいいな』

『……精霊が俺には来ないでユリシスに行った理由はなんだ? さっき、誤魔化しただろ?』

『いいね。お前のような男は部下にして適当に放し飼いしておきたいものだ』

『部下って…………しかも放し飼いかよ……』

『ユリシスに行ったのはごく単純な理由だ。ユリシスは、魂と肉体の結びつきが極端に弱い。精霊からすると入りやすい。ただそれだけだ。ユリシスは紫紺の瞳をしているだろう? これはその証のようなものだ。精霊にしろ悪霊にしろ、取り憑かれた者は大概こんな瞳の色になる。魂……部分で言えば精霊だな、それと肉体がうまく繋がっていない為だ。それが瞳の色に浮かぶのだ』

 部分で言うと精霊とか魂とか――わかりきった補足として語られる。だが、魂について、現代でははっきりした説明がなされていない。声の主は魂を理解しているとでもいうのか。

 それに……――。

『……紫紺の瞳……』

『ああ……そうそう。お前の考えている事も大体想像がつく。メルギゾークの王の中に数人現れた事のある紫紺の瞳の持ち主だが』

『ユリシスは、メルギゾークの王なのか?』

 ユリシスに対してはあっさりと否定した事だったが、気が急いて口を挟んでしまった。

『……やはり部下にはいらんなぁ……落ち着きが足りん、もう少し頭と心を鍛えろ』

『はぁ?』

『メルギゾークは滅ぼした。国なぞないのに王位か、笑い話だな』

 ――……滅ぼした、と言いやがる。

『どちらにしろ……二十歳まで生きられないんだろ……?』

 それも聞いてしまっていたから、ギルバートの後を継いでゴタゴタが片付くまでユリシスの面倒を見る事は引き受けようと決めたのだ。

 しかし、そいつは間の抜けた声を出した。

『はぁ? お前、紫紺の瞳が何か今説明したのに、何を意味不明な事を言っているんだ? それとも、今はそういう事になっているのか?』

『……ん? ――そういう事?』

『……なんだ? ――ああ、そんな事より、この地穴も形成が崩れる。さっさと地上へ上がり、そこから普通に帰れ』

『つーか、ここどこらへんだよ』

『知らんよ。あちらの霊脈瘤とこちらの元居た霊脈瘤のちょうど真ん中辺りなのは確かだが』

『どのぐらい地下なんだ?』

『五十運程度ではないか?』

 メルギゾーク時代の単位をアルフィードはよく覚えていない。日常的に使わないからだ。古い書物を読むときなどは調べもって読むからいちいち覚えていないのだ。

 頭を抱え、一運が自分の身長の半分位だったと思い至り、深さを適当に測った。自分の身長二十五人分掘った深さ……――イメージしにくいったら無い。

 とても深い事だけは把握した。

『また古代の単位かよ……ほんとお前誰だよ……って話だぜ。意識ある精霊、上位精霊と初めての対話がこうとは……もっと神聖なイメージだったのによ』

 苛立って悪態をついてみたが、相手は平然と声を返してくる。

『馬鹿を言うな。上位精霊とは人間に生まれ落ちては死ぬ事を何度も繰り返している中で霊そのものが突如変成したもの。意識面は人間とそう変わらんよ。幻想を抱かれても困る。そもそも今の私は上位精霊というわけでもないしな』

 アルフィードはむっとした。一筋縄ではいかない相手らしい。ああ言えばこう言うくせに、正解は言わない。

『じゃあ、お前、誰だ?』

『……アルフィード。お前の想像通りだぞ』

 こちらの名前を知っていたらしい。ユリシスの記憶を覗き見る事でも出来るのか、精霊に聞いたか。単に、こちらの気を逸らす手札なのか。

『だが、名は言わん。ああ、それと……この会話は秘密だぞ? もちろん、ユリシスにもな』

 その声は茶目っ気に富んで弾み、楽しそうなのだ。

 ――メルギゾークを滅ぼした……とくれば、歴史上ただ一人しかいない。

『伝説じゃあ恐怖の大王みたいな扱いされてる割に……明るいじゃねーか』

『お前は警戒に値せんと精霊達が言うておる』

『値……って……』

『ああ、信頼できるという良い意味だぞ』

『お前……生前、敵多かったんじゃないか?』

 あんまりな言い様に嫌味を言ってやるが声の主は自慢気に笑うばかりだ。

『ふふふ…………手が十あっても足らんかったな』

 アルフィードは呆れて半笑いでため息をついた。

『…………俺は、どうしたらいい? とんでもない事に、巻き込まれ始めていないか?』

 特に今。会話をしている相手が厄介そうだ。

『鈍いな。私が目覚めた時点で諦めるべきだった。何せ、災厄とあだ名されているのだから』

 くくっと笑い声まで付いている。だから今さっき気付いたとは、この声の主には言えない。

『けっ。ユリシスがそのぐらい適当にサバサバ考えるタイプなら良かったのによ』

『そうか?』

『ユリシスは考えが沈むとなかなか出てこないみたいだからな。俺は苦手だ』

『生きていたら、そんなものであろう。私とて…………ああ、そうだ』

『ん?』

『頼みがある』

 簡単には聞いてやるものかと反発心が働いた。子供っぽいと思いながら、金をもらわなければ仕事じゃないと自分の中で反発を正当化した。

『……報酬は?』

『そうか。そうだな。メルギゾークを滅する前に遺した財宝を隠した場所がある。ちなみに遺した理由はもったいないなーと思ったからだ。その扉の解呪キーをやろう』

 ぴんときて涎が出そうになった。メルギゾーク時代のものというだけで土を焼いて出来た壷すら高価だというのに、財宝ときた。

 どうせ最初から、呆れた時から、頼み事は聞かざるを得なかったのだ。思わぬ報酬に素直に食いついてしまう。

『で、何をすればいい?』

 声は一時いっときの間を置いて、こう言った。まるで母親が幼い我が子をいとおしむように――。

『この子を、守ってやってくれ』

『…………ユリシスを?』

『強い呪がかかっている。私がかけたものだけなら良いが……』

『呪……』

『……あ、ああ……いかん……精霊達が……』

 声の直後から、ユリシスの熱がふぅっと下がっていく。ユリシスの体を支える腕に伝わってきた。

 それと同時、辺りに精霊が溢れはじめる。

 これらがユリシスの中に逃れていた精霊達だろう。地中だというのに、鈴の音すら聞こえそうな澄んだ空気に満ちてゆく。

『ここはもう精霊にとって安全って事か?』

『ああ。西の霊脈瘤の連中がどこぞへどうやってか帰ったようだ。気配が完全に消えている。ユリシスの内側に逃げ込んでいた精霊たちもホッとして出てきたのであろう』

 逃げ際の一瞬、大型の獣のような声を聞いた時にしか気配は感じられなかった。

 どれほどの距離があるのか具体的にはわからなかった。が、アルフィードにはその気配の動きは察知出来なかった。

『やばいな。地穴の術が止まって魔力の吸収も止んでたんだが。回復してきたらしい。ユリシスが、起きてしまいそうだ』

 独り言のようにぶつぶつと声が流れてくる。

『ああ……いかんとか、やばいとか……ユリシスの体力を考えれば間違いだな。私はまた自分勝手な事ばかり……』

 声は今にも引っ込んで消えてしまいそうだ。早口になっている。

『ちょ……ちょっと待てよ。俺はどうしたら……?』

『わかることを好きなようにやればいい。ただし、私の頼みはちゃんときいてくれよ?』

『……いや……だから』

 ……それはギルバートの残した紺呪石にも入っていた言葉だ。グサリと心に楔を打ち込まれたような気がした。

『道筋は常にある。望み、歩め。歩めばそれこそ、闇を切り裂く光──』

 声の主は凛として言い残した。

『おい……!!』

 追いすがるように叫びを飛ばしたが。

「……ん……」

 腕の中で、ユリシスがゆっくりと目を瞬いていた。

 開きはじめる目。じっと待って瞳を見たが、初めて会った頃から変わらない紫紺の色だった。さっきまでの潤んだような光をたたえた色ではなかった。

 アルフィードは己の落胆に気付いたが、その感情は心の端に追いやった。

「あれ……私、また眠ってた?」

 野暮ったい声だ。先ほどまで背筋をピンと張ったようなものだったから、対比して余計に幼く感じられた。

「……ああ」

 他に言いようがない。

 アルフィードはユリシスを立たせ、半歩離れてから狭い地穴の天井部に触れた。

 温い土……力を感じる。まだ、地穴とやらの術の力が流れているのだろう。いずれ、それも消えるはずだ。

 アルフィードはそこへ術を描く。

 真っ暗闇の土の天井に腕を掲げ、一気に押しのける術を描く。力ある青白い光が煌めき、精霊がざわめきはじめる。

 力は解き放たれ、天井にはどかんと穴が開いた。

 それだけで、そう、太陽の光が注ぎ、闇を切り裂く光となる。そこを行けばいい。

 少しずつ、道を切り開いていけ、そう言うのか。






 ~



 貴女が目を配り、歩めば、それこそ、闇を切り裂く光


 ……おだてすぎだな。そんなに大層なものじゃない


 いえ。私には、その存在すら光り輝いて見えています


 ふむ。ならば、お前は私の影だな

 歩めば影は落ちる。私は……一人では歩めんからな


 ……いいですね

 私が貴女の影であるなら、私は貴女の傍にずっと居られるというわけですね


 ふふっ

 お前以外、私の傍に在り続けられる者などいないだろうよ


 貴女は、天高くあるあの陽の玉のような方だから……

 ――だからこそ……



 ~

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