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メルギゾーク~The other side of...~  作者: 江村朋恵
第12話『王妃の微笑』
112/139

(112)【3】この闇を切り裂いて(3)

(3)

 ユリシスがアルフィードの腕から身を起こす。

「え? ……お前、起きて――」

紫紺の瞳がちらりとアルフィードを見て言葉を止めさせた。そのまますぐに西の壁へ視線を向ける。

「どこか……大きな霊脈瘤れいみゃくりゅうが食われたな……」

 言いながらユリシスはすっくと立ち上がった。彼女を目で追いながらアルフィードは戸惑うしかない。態度も妙だが、聞いた事の無い単語だ。

「霊脈……瘤?」

 霊脈なら知っていた。ここがそれに該当し、精霊らが本来居る休息の場、通り道とされている。魔術師なら、術を使うのは控えるようオルファースから叩き込まれている。精霊の居場所を乱すなと。霊脈瘤というのは初耳だ。

「精霊達の溜まり場だ。彼らにも心地よい場所ぐらいある」

 ユリシスはふぅーっと声に出して息を吐き出した。

「…………そう体力がもたんな。熱がひどい。――おい」

 アルフィードは眉間に皺を寄せてユリシスを見る。

「幸いここも霊脈瘤の一つ。瘤と瘤の間には精霊達の通り道、霊脈が繋いで在る。そこに地穴ちけつを開けて飛ばすから、お前は私を抱えて連れて走れ」

「……は……?」

「返事は!」

「はぁあ?? 返事も何も、お前何言ってんだよ?」

「お前こそ何を言っている!」

 いきなり倒れたかと思えば、らしくない素振りで話しだすユリシス。困惑して声を上げたが、それ以上の声音でユリシスは一喝してきた。

「霊脈瘤が一つ食われたのだぞ! 何億もの精霊が次なる生を絶たれた! 少しでも救い、また元凶を突き止める必要があろう! 魔術師たる役目つとめぞ!!」

 唾が吹き飛んできそうな勢いでユリシスは怒鳴ってくる。

「つ……つとめって……お前……大丈夫か…………頭とか……」

 ユリシスはすぅと目を細めた後、アルフィードに背を向けて西の壁にずかずかと歩み寄ると右の人差し指を壁にそっと当てた。

「私が何とかする…………そう――だから、力をかして」

 小さく呟いた直後――ユリシスの細く白い指先から青白い光が噴出した。

 あまりのまぶしさに目を背けつつ、しかしアルフィードは見た。

 現れた瞬間、既に小さいながら文字を形取った光が集まって溢れ出す。大量のルーン文字が、ユリシスの姿さえ隠す程の光の奔流となったのだ。

 ユリシスの指先が動く事など無かったにも関わらず文字は生まれてゆく。

「な……んだよ……」

 光が収まると、壁には暗い穴が開いていた。大人一人が立って通れそうなほどの大きさの、向こうの見えない縦長の穴が。

 術の光がゆっくりと消えて穴に吸い込まれて馴染んで、消えてゆく。

 腕を下ろしてユリシスはこちらを向いた。

「帰りはお前が私を運ばなければならない。ついてこい」

 伸ばされた右手があまりにも恐ろしかった。

 ――あり得ないだろ……? こいつ、今何をした?

 その右手からユリシスの目へと視線を動かした。

 紫紺の瞳……だが、いつもと違う。

 紺色と朱色が瞳の上で揺らめいているようにも見えた。

 ほんのりと光を放ち、熱に潤んだその瞳が、火照った頬が…………。

 年相応に見えず、心が騒いでアルフィードはムリヤリ唾を飲み込んだ。

 ユリシスの伸ばす右手を取った後、彼女は躊躇いも何もなく、倒れ込んでくるように体を預けてきた。慌てて両脇の下に腕を突っ込んで抱える。

 小さな体を支え、ぽっかりと開いた地穴とやらに足を踏み入れた瞬間、グンと大きな力で穴の奥に引っ張られた。

 地に足はつかず、飛んでいるのかひっぱられているのかよくわからなかった。しばらくすると背にも後ろから押す力がある事に気づいた。穴全体がアルフィードを穴の向こうへ押しやっているのだ。

「なんだよ……変な術だな……」

 ユリシスはと言えば、下を向いて目を瞑っていた。息は荒い。伝わる体温は熱いままだった。

 三十分余り、その状態が続いた。

「ん……」

「どうした?」

「ひどいな……精霊の息吹が聞こえるか。あまりに微弱」

「……」

 確かに精霊の数がぐんと減っている。弱っているかなんて、考えた事もない。

「霊脈は常に精霊達が行き来していて、いつも陽気で、ご機嫌な精霊であふれかえっている。さっきまで私たちが居た霊脈瘤と同じように。なのに……」

 話の中身はいまいち掴めなかったが、ユリシスの言う霊脈は移動するところ、霊脈瘤は留まるところ――のようだ。

「…………」

「なんと無残な……」

 精霊達がほとんど居なくなっている、それはわかるが。そういう場所はあるものだし、居なくなる事だってよくある。

 アルフィードはユリシスの言う事の理解に苦しんだ。

 やっと地表に出ると、そこは森の中だった。

 起伏の大きな中、丘の坂に穴が開き、アルフィードらはそこから出た。

  全周囲、幹の太い木が生えており、苔と土の臭いが強い。葉が生い茂り、地表は湿っている。薄暗い中、空は木々の間に見えた。察するに、朝日が横から上ってきている最中だった。

 朝になっていたらしいが、ここが何処なのかはわからない。

 人工物らしいものは見当たらない。

 そこに来てアルフィードも異変に気づいた。耳鳴りがする程、静か……。

 これほどの木々――自然に、命にあふれる森で、精霊の気配がほとんどない。

「なんで……」

 精霊がいない場所には自然は、命は芽吹かず荒廃する。荒廃している場所には大概精霊はいない。だから逆に、このように緑の溢れる場所には、精霊が溢れかえっているのが常だ。

 なのに、今この場、精霊の気配がほとんどしないのだ。

 ユリシスはアルフィードの支える手を払って前へ歩み出た。

「力を……命を……精霊を……冒涜する馬鹿がいる……」

「お前、何言って……」

「……風よ……地よ……焔よ……水よ……すべての精霊たち……」

 その紫紺の瞳で見据える先に何があるのかわからなかった。

 連なる木々、地を這う草花以外に、何が見えている……?

 ユリシスはついと右手を肩の高さに掲げた。

「……なんだ……?」

「私が預かるから…………来なさい」

 驚くほど優しい声音――。

「なんだこの霊圧……!? 来る……のか!?」

 周囲の空気が凝縮して集まってくる。

 中心は、前へ歩み出ているユリシスだ。

 空気、ではない。これは、精霊達だ。

 精霊が一斉にユリシスの元に集まってくる。

 魔術師は術を使う際、精霊を集めて魔力を与える事で力を発動させる。それとよく似ている。しかし今、大きく異なるのは、ユリシスが集めてはいないという点だ。

 精霊達がユリシスの存在に気付き、惹かれるように集まってきている。

 それは時間にして数分、しばらく続いた。

「おい。…………おい………………おいっ!」

 初めて目にする光景に、事態に気を取られていて聞こえていなかった。

「は? 俺?」

「ここの精霊は枯渇し……一帯は滅びる。いずれ馬鹿が獣を率いてやって来る。相手なんかしてられないから、私を連れてさっさと逃げろ」

「おまえ……瞳が変だぞ……?」

 アルフィードはやっとで声を押し出した。

 ふっとユリシスは微笑った。

 瞳の色は相変わらず紫紺なのだが、潤んだ光がゆらめいていて、人とは思えなかった。統合的に紫紺の色なのだが青と赤がその小さな範囲で渦を巻く炎のように揺らめいて光を放っているように見えるのだ。あまりに妖しく、美しい。

「東へ80天、地穴を飛ばす。取り残されないようにしっかり力に乗れ」

「80テン……?」

「……行け」

 そう言って、ユリシスはアルフィードに抱きつくように倒れ込んで来た。完全に、意識を失ってしまったようだ。その、瞳を閉じて。

 アルフィードは、心の底でもう一度あの紫紺の光を見たいと思った。

 紫紺の瞳には『強い呪いがある』とゼクスに言われたとユリシスは教えてくれていた。

 アルフィードは『呪い』は魔術でない限りただの思い込みだと考えている。魔術の『呪い』なら近付けばその臭いですぐにわかる。ユリシスにはそんなもの無かったので話には触れもしなかったのだが……。

「……強い、呪い……?」

 思考に沈む前に、アルフィードはユリシスを抱き上げた。

 あの霊妙な光を湛えた紫紺の瞳を見たら、呪いというものは本当にあるのかもしれないと思えた。

 アルフィードは一旦考えを引っ込め、ユリシスを抱えて丘に開いた横穴に飛び込んだ。

 次の瞬間──背後で大型の獣が咆哮したような、身の毛がよだつような絶叫が聞こえた。

 アルフィードは目を見開いて後ろを振り向いたが、穴は前へ進むほど後ろは塞がっており、もう、あの森には繋がっていなかった。

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