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メルギゾーク~The other side of...~  作者: 江村朋恵
第12話『王妃の微笑』
104/139

(104)【1】閃光(6)

(6)

 辺りは相変わらず暗いままで、光源はたった一粒の精霊の灯びだけ。

 ゼクスはユリシスを抱えたまま指先をちょろちょろっと動かして魔術を描いた。

 どうやら魔力は回復したらしい。

 術の軌跡は青白い光を放っており、辺りがほんのり明るくなる。

 すぐそばのゼクスの横顔が見えた。真顔なのが少し不思議な感じがした。

 灯りの届く限りで周囲を見回す。想像していた通り、両手を伸ばして届くか届かぬかの狭い通路だったようだ。

 ゼクスによって描かれたのは飛行の魔術で、辺りの精霊の気配がザワザワと揺らぐ。

 精霊が十分集まってくると、ゼクスは地面をトンと蹴って宙空に乗り、後ろから押されるように闇の通路を真っ直ぐ飛んだ。

 先ほどまでユリシスの中に居たという精霊たちは、同じ速度でじゃれるようについてきている。

 次第にそのスピードは上がり、もし曲がり角でもあればぶつかるのではないかとユリシスはゼクスの顔を見上げた。風で乱れる髪の合間から見えたゼクスに表情は無かった。耳元で、風が唸っている。

 魔力の軌跡は精霊に飲まれ、エネルギーとして消化されていく。辺りは再び闇に包まれていった。ゼクスの顔は見えなくなった。

 光源は、前方を飛ぶ光の粒。しばらくしてそれも見えなくなった。

 いなくなったのではなく、出口の光と混ざって粒として認識できなくなったのだ。

 もう、周りにはユリシスの中に『隠れていた』という精霊たちだけではなく、この地の数多の精霊がざわざわと戯れていた。

 少しずつ近づく出口の光にゆっくりと目を慣らすが、飛ぶ速度が早すぎて……──。

 闇から光の中に飛び出した。

 あまりの眩しさにユリシスは思わず下を向いて目を閉じた。

 目を瞑っていても眼裏がほんのり赤味を帯びて、白い。

「ん~~! やっぱり外がいいね!」

 ゼクスの声に下を向いたまま目を開け、ギョッとした。

 ──高い!

 足のずっとずっと下に緑いっぱいの木々のてっぺんがある。まだ地面に降りていなかったようだ。

 わたわたと足を動かしたが、ゼクスに体重を支える程しがみついていなかった事に気付いて力を抜いた。

 空を舞う術はゼクスの制御下にある。

 ユリシスに対する抱え方も、右脇にゼクスの左腕が差し込まれて肩組みしているのに近い。抱きかかえられているというより添えられている感じだ。

 魔術の対象にユリシスも入っているせいだ。魔力を飲み込んだ精霊が支えてくれている。ゼクスがユリシスをしっかり掴まえておく必要は無い。

 目は少しずつ光に慣れ、瞼を開いて見回した。

 朝と昼の間か、昼と夕の間か。どちらにしろ外はきれいに晴れていて清々しい。

 荒涼とした赤土を何日も踏んで辿り着いた遺跡から地下に降りた。闇の道を抜けて飛び出たそこは、とびっきりの快晴。

 二人がふわふわと浮いている宙空の左手には海が見えている。

 後ろはは緑溢れる山がある。その山の一部に岩肌がむき出しの箇所があり、そこに黒い穴が見えた。あそこから飛び出して来たのだろう。

 右手側はずっと森が続いていた。

 足元は山間やまあいで、一段低く見えた。前には、後ろと同じような山が続いていた。

 空は薄い青色で、まばらに白い雲が広がっている。

 ふいに、ゼクスの言葉を思い出した。

『もし、亡くなった人が精霊になってるんなら、そこかしこ、いつも、すぐ隣にいるのかもしれないんだから』

 ──……いるのかな。

「……ギル」

 ユリシスが瞬きをして小さな声で呟くと、ゼクスが「んっんん」とわざとらしい咳払いをした。

 隣を見上げたが、ゼクスは目を合わせずに「とりあえず、近くに村あったと思うから行こか」と言って山の方へスイと飛んだ。

 正面にあった山をゼクスは右手で指差した。

「あそこ」

 真剣な声音だ。

 後ろにあったのと同じ位の高さで山肌がむき出しになっていて、黒い穴が見える。

「もしかしたら、あの通路繋がってたのかも……──山をカチ割りでもしたかな?」

「山を、割る??」

「今でこそ緑でいっぱいだけど、この辺も巻き込んでたからねぇ」

「え?」

 眉根に皺を寄せてユリシスはゼクスを見上げたが、彼はそれ以上を語らず、ただ微笑った。

「約束したかどうか忘れちゃったけど、俺の知ってる事、後でちゃんと教えてあげるから」

 茶目っ気たっぷりの声で言う意図をつかみきれなかったが、ユリシスはとりあえず頷いた。

 ふわりと涼やかな風に乗ってやってくる潮の香りをユリシスは鼻でいっぱい吸い込んだ。

 長い間あの真っ暗な通路を歩いていたが、やっと外に出られたのだ。それを実感した。

 ゼクスはこの辺りの地理に詳しいようで、村──というより街の近くの森に降り立った。そこから少し歩いた頃、ゼクスは繋いでいた手も離した。

 ゼクスが前を、ユリシスは二歩遅れて後ろを歩いた。

 森を出て、草原に街はあった。

 上空から見た時、灰色の石造りの家がいくつも見えていた。屋根には干し場があり、洗濯ものがヒラヒラと乾されて、平和そうな様子が伺えた。区画は整理されおらず、密集して立ち並んでいるだけのように見えた。二百軒前後の集落だ。

 村の入り口には木製の門が立っていた。村の名前は彫られていない。

 村に入るなり、年の頃なら三十前だろうか、農作業用の鎌と動きやすそうな服を着た女性がゼクスに気付いて声をかけてきた。

「あららっ! これ、ちょっとぉ! ゼクス君じゃない? ひさしぶりね~」

「ネフィアさん、おひさしぶりです」

 ゼクスは歩みを止めて笑顔で挨拶をしてた。

「ちょっとー、前よりもいい男になってるんじゃない?」

「十年ぶりくらいだもんね、ガキじゃあなくなったかな」

「そうそう、そんな感じ! ちょっと痩せた? 大人っぽくてそれも素敵ね。そっちは──もしかして……彼女!?」

「……は?」

「うわっ! バレちゃった?? 地味目だけどキュートでしょ?」

「ほんとにー? ほら、昔、助けてもらったユエの姉がアンタに惚れちゃったままなのよ!? えぇー何て言おう~っ!」

「え? モテ期?? ぃっやーまいっちゃうなぁ」

 無駄にクネクネするゼクスとネフィアさんという人はニコニコ笑って盛り上がっている。ついていけないユリシスはもちろんそっちのけだ。

 そうこうしている間に村人が次々と現れ、ゼクスはその一人一人を覚えていて挨拶をしていた。「あの時はありがとう」とか「よく来てくれた」と歓迎されている。現れる村人みんなと談笑している。

 どうやらゼクスはこの村の恩人らしく、村人全てに笑顔で迎えられている。

 十人を超える村人達に囲まれて、ゼクスの姿が見えなくなった。

 ゼクスは整った顔立ちをしていて、よくしゃべる。親近感を持たれやすく、恩人なら十割増しで見てももらえるのだろう。

 すっかり蚊帳の外のユリシスは、門の傍に転がっていた大きめの石に腰を下ろし、ゼクスと村人らを眺めた。

 ──人を笑顔にする……か……。



 夕暮れが迫り、辺りがオレンジ色に染まり始めた。

 あの真っ暗闇の通路を抜け出たのは昼過ぎだったようだ。

 ユリシスは棒っきれを拾うと土の地面にゴリゴリと意味の無い線を描いては足でザッと消した。

 二時間程そうやってゼクスと入れ替わり立ち代りやってくる村人らの話が終わるのをユリシスは待っていた。

 ギルバートを失ってから、何もしないで時間を過ごす事がぐっと増えた。

 いつも本を片手に走り回っていた。

 魔術の練習を繰り返していた。

 少しの空き時間すら、惜しむように。

 何をそんなに焦っていたのだろうかと、今、ぼんやりと思う。そう思ってしまうのは、大きな犠牲を伴いながら、目標だった第九級魔術師資格を得られたからなのか……。

 ユリシスは「はぁ……」とはっきりした溜息を吐き出した。こんな溜息を吐く時間すら、泣く間すらもったいないと思っていた頃が懐かしい。

 やりたいようにやると、アルフィードに告げたものの。

 自分の進むべき、生きる道なんて……。

 夢を、忘れてしまいそうだ。

 ──……人を笑顔にする……事。

 ユリシスは下唇をかんだ。

 人だかりの中にいるゼクスをユリシスは見た。

 きっと、目指すもの……。

 あまりはっきりしていない曖昧なこの夢の達成値はきっとピンからキリまであって、自分はそのどこを目指していたのか……。

 てっぺん──完璧ばかりを今まで、見ていたのかもしれない。完璧と思った理由すら、見当も付かなかったが。

 無性に会いたくて、ギルバートの笑顔ばかりが頭の中に浮かんだ。今、頭をぽんぽんと撫でてほしい。

 門柱の影になった地面に近い辺り、光の筋がピッと走った。

 ユリシスは瞬きをしてしっかりと見た。それは──。

「あ……」

 右手を伸ばしてすくい上げるようにして目の前に掲げる。

 闇の通路を道案内してくれた精霊──光の粒だ。

 ユリシスの手に煽られて羽毛のように舞い上がり、ふわりふわりと落ちていく。しばらくして静止したが、すぐに光の粒はピッピッと上から糸でひっぱられているような動きをして、ユリシスの目の前で揺らいだ。

 ユリシスは胸の前に手の平を差し出してみた。光の粒は、手の上へ転がるように落ちてきた。その後も手の平をコロコロと転がっている。

 じっと光の粒を眺めていた視界へ、糸のようなものが垂らされた。遮るように目の前に現れたものは振り子のように揺れた。それが止まった時、シンプルなネックレスだとわかった。

 目の細かなチェーンで、ペンダントには小指の先ほどの縦長の球体の石がぶら下がっていた。のっぺりとした灰色の石だ。

 釣られるように顔を上げると、立っていたのはゼクスだった。

「これ、使いな」

「え?」

「その精霊は……大切にした方がいいんじゃないかな」

「やっぱり、さっきの精霊?」

 ゼクスははっきりと頷いて、やや困惑した顔をした。

「見つけた時から思ってたけど、それ、普通の状態じゃないんだよね」

「……そうなんだ」

「これを貸したげる。すごく古いし、見た目は綺麗じゃないけどね。すっごい貴重な久呪石が付いてる。この中にその精霊を入れておくといいよ」

 ゼクスはユリシスの手の平にそのネックレスをポトンと落とした。有無を言わさない様子で、どうやら「使いなさい」と言われているらしい。

「あ、ありがとう」

 ゼクスは「ん」と頷いた。

 ペンダントの石と光の粒をそっと近づけてみた。粒は石に吸い込まれるように染みて消えた。

 ペンダントは数秒置きに青味がかった光がスルリと巡るようになった。

「宿は確保したから、行こか。ご飯食べたら全部、教えてあげるね──で……俺もう、腹へって死にそう!」

 嘆いてゼクスは村の中央へ歩いていく。村人達はすでに家路についた後のようで誰もいなかった。

 ユリシスはネックレスを不器用に身に付けると、ゼクスの後を追った。



 村で一番大きな四階建ての家の戸を叩いた時には、日がほとんど暮れて暗くなっていた。

 にこやかな中年女性が出てきて、ゼクスと簡単に言葉を交わしている。奥からその娘達だろうか、ユリシスよりほんの少し幼なそうな娘達が身を乗り出し、頬を赤らめ、笑いながら囁き合っている。

 ゼクスのモテ期とやらは本当らしい……。

 ユリシスにとってもゼクスは命の恩人だが、そういう目で見た事は無い。

 ──……いろんな所で人助けしてるんだね、ゼクスって……。

 王都で何人もの魔術師は見かけてきたが、ゼクスのような魔術師は初めて会う。やっぱり少し不思議な男だと、ユリシスは思った。

 案内されるままに階段を上がり、四階の一室に通された。

 扉を明けた正面には窓がある。その途中にテーブル一つと椅子が二つ。

 テーブルの上にあるカンテラが獣油の臭いをさせて部屋を明るくしていた。部屋の両サイドにベッドが一つずつ置いてある。

 あとをついて来ていた若い娘が三人が二人の食事をテーブルに置いて出て行った。

 二人きりになって、ゼクスは外套と荷物を放り出す。

「うぁああーーっ、三ヶ月? 四ヶ月?? 久しぶりのベッドっ!」

 そう言ってベッド脇にひざまづいてシーツをなでなでしていた。

 ユリシスはと言えば、テーブルの上に置かれたあつあつのスープ、ふわふわで大きめのパン、肉と野菜を十分の火で調理したであろう料理に目を奪われていた。二ヶ月あまり旅の保存食ばかり食べていた事もあり、すぐに席に着いた。

 二人は旅支度をほどき、ガツガツとテーブルの上を端から平らげ始めた。

 皿が全て空っぽになったところでゼクスが切り出す。

「どこから話したらいいのかわかんないから、俺がなんでメルギゾークの遺跡に行ったのかってとこから、話すね」

 木製のカップで水を飲み干し、ユリシスは大きく頷いて続きを待った。

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