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メルギゾーク~The other side of...~  作者: 江村朋恵
第12話『王妃の微笑』
103/139

(103)【1】閃光(5)

(5)

 ユリシスは心地よい揺れにフッと目を覚ました。

「あれ?」

 瞬きを繰り返すが、真っ暗だった。目を開けている気がしない程、暗い。

「あ。起きた?」

「え? あれ? あれ? ……え?」

 ここがどこで、いつなのか、さっぱりわからない。

「あはははは。慌てなくっていいよ。そのうちわかるって」

 前方からの声は──……ああ……ゼクスだ。柔らかくて、不思議な趣を湛えたリズムのある声。

「わっ!」

 ユリシスは慌ててゼクスの背から飛び降りた。おんぶされていた事に気付いたのだ。

 寝起きでくらりとして倒れそうになるユリシスの手を、力強い手が引き戻してくれた。

「まぁまぁ。大丈夫だって」

 目を見開いているのに周りが見えない。ゼクスは落ち着けというが──。

 ふいっと、視界をかすめるものがあった。

 真っ暗な中、塵のような、虫のような光の粒が一つ、飛んでいる。

 それはユリシスとゼクスの周りをくるくると回っている。

「これは、ここで唯一見つけた生きている精霊だよ。出口がわかるみたいだから案内してもらってるんだ」

 ゼクスの声が聞こえる。闇のが強すぎる中では、その粒のような光はあまりに弱い。顔の真正面に手を持ち上げて握ったり開いたりしてみたが、見えない。

 ゼクスの左手はそっとユリシスの右手に添えられた。

「歩ける?」

「……うん」

 ──そうだった。

 寝起きで混乱していたユリシスに、やっと思考力が戻ってくる。

 メルギゾークの都の遺跡でゼクスと会い、地下へ降りたのだ。その後、気を失った。

「……生きている?」

 手をひかれてしばらく歩いた後、思い出したようにユリシスは口に出した。生きている精霊というのは何なのだ。精霊には生死なんてないと記憶している。それに、目でその姿を確認出来るなんて、どういう事なのだろう。

「気にしないで」

 生きている精霊だとかいうものだけではない。

 ここはどこで、あれから、あの巨大な球体のあった地下からどうして移動してきて、これからどこへ向かうのか。

 あの時……何かにあてられたように、急に頭がクラクラとして立っていられなくなって、気を失った。目眩と言ってしまえばそれまでなのだが──。

『消えゆく光

 夢は幻

 現とて儚く瞬いては堕ちてゆく

 真と偽の境に揺らぐ御霊

 やがて暗い雲を孕み辺りは闇

 揺らいでは闇に溶ける光

 捻じれた砂

 叶わぬ祈り 闇に消ゆ』

 ユリシスの脳裏にゼクスの声で蘇る詩。

 そして触れた、床に刻まれていた二つの文字。

 まるで何かの術にでもかかったかのように、熱っぽい睡魔に飲まれた。

「ゼクス」

「ん?」

「私、どのくらい眠ってた?」

「ん~~~ユリシス、寝不足だったの?」

 質問を質問で返された。

「……どうして?」

「なんかさ。俺もこの暗さだから正確な時間はわかんないけどね、多分、三日ぐらい経ってるよ?」

「え? ──ぇえっ!? …………えぇっと……冗談、だよね?」

「冗談ちがうよこれ。マジ、マジ。ユリシスはお腹空かないの?」

 ただただユリシスは困惑した。どうなっているんだろう。自分がわからない。

 徒歩でこの遺跡まで来た旅の疲れというには、三日は長すぎる。

 ふと、ゼクスが足を止めた。

「ユリシス。何か魔術出る?」

「え?」

「試しにさ、灯の術出してみて?」

 ユリシスは目をしばたたかせながらも、指先をツイッと動かして明かりの術を描いた。

 が、ユリシスの描いた青白い魔力を帯びた現代ルーン文字は、目の前でふわふわと浮いているだけだった。発動の記述もしたのに。

「ええ? なんで……!?」

 初めての現象だった。また、術の制御が出来ていないのだろうか。

 慌てるユリシスに、ゼクスは「ふむ」と息を吐いた。

「ゼクス、なんで?」

「ん。さっき俺言ったじゃん。生きた精霊は、この、コイツだけだって」

 相変わらず二人を先導する光の粒を、ゼクスは指差している。暗すぎてユリシスには見えていないが。

「……あ……術を描いても、受け取って現象を起こす精霊が、いない?」

「正解。……ん~~~、ユリシスでも駄目かぁ~。術でピューーンって飛んでさっさとここから出たかったんだけどなぁ」

「ゼクスも精霊の力を借りられない?」

「俺? 俺は……借りる以前に魔力が底をついたままだから」

 そう言ってゼクスはあっけらかんと笑った。ユリシスは思わず声を大きくした。

「うそ!? 魔力使い切ったの? え? なんで歩けるの??」

 ユリシスは王都の国民公園で大火を消しとめて魔力を使い果たした時の事を思い出した。あの時はオルファースの魔術師達も皆魔力を使い果たし、何日も動けなかったはずだ。

「俺はほら…………えーっと……スゴイから!」

 また笑っている。

 本当に、謎だらけだ。なのにホッとするこの空気感は何なのか。

 多分、害はない。そんな勘だけを頼りに、暗闇の中、彼に手をひかれて歩いた。

 真っ暗のこの道は延々と続いていた。

 ぼーっと、右足を出し、左足を出し──単調な繰り返しの中、ユリシスは色々と気が付きはじめる。

 コツコツと二人の足音が響く地面は、自然のものじゃない。

 見えるわけではないから感覚だけだが、床はツルツルして硬い石で出来ていそうだ。

 ──人工物……?

 ゼクスはユリシスが目を覚ました時から躊躇いなく歩を進めている。つられてユリシスも見えないまま歩いていたが、全くの平の地面だったから危険も無く進んで来れた。

 ──ここがどこなのか、わからないままだ。

 足音はそう響いていないから天井は低いかもしれない。

 左右も──ユリシスは空いていた右手を真横に伸ばした。時々、手が壁に当たる。ヒヤリと冷たい。平らな壁。右手を左側に伸ばす。壁まで届かずゼクスの背中をつんと突いてしまった。「ん?」とゼクスの声。「ごめん、なんでもない」とユリシスは誤魔化した。

 ジーッと右側の壁を見つめていても、まったく見えない。

 前方に揺れている光の粒を、ゼクスは“案内”だと言った。

 ならば、分岐点もあるのだろう。迷路であるかどうかまではわからないが、出口に辿り着く為に必要なのだ、きっと。

 ──……案内がいて、手をひいてもらえる事は、なんて楽なんだろう。

 何も考えなくていい。いつか辿り着く。それを待つのはなんて楽なんだろう。

 でも、辿り着く先は、自分が行きたい場所ではないかもしれない。辿り着いても、ただついて行くだけでは帰り道もわからないのだ。



 それから何度か軽い休憩を挟みながら、暗闇の中を歩いた。

 たまにゼクスと話す以外の時間、色々な事をぼんやりと考えた。

 ゼクスと初めて会ったのは、十二歳頃だった。

 今、十七歳になって四ヶ月。

 ──……ギルバートが死んで六十日あまり。

 振り返ると、長いような、短いような、よくわからなかった。

 先導する「生きている精霊」という光の粒を眺めた。

 やはりゼクスの声で思い出れる詩。

『消えゆく光

 夢は幻

 現とて儚く瞬いては堕ちてゆく

 真と偽の境に揺らぐ御霊

 やがて暗い雲を孕み辺りは闇

 揺らいでは闇に溶ける光

 捻じれた砂

 叶わぬ祈り 闇に消ゆ』

 光がもし、命だと考えたならば。

 消えゆく光とは、死ぬ事を指すのか。

 死のその際には、夢は叶える叶えないの話ではないのだろうなと、ユリシスは思った。

 ──闇ってなんだろう。

 ギルバートは教えてくれた、光と闇の精霊は表裏一体の存在だと。光は消えたら闇になるの? 闇は、光になるの?

 光が生ならば死を闇というのか…………──何か違う。

 ユリシスは一人、首を左右にゆっくりと振った。

 ──……真と偽の境に揺らぐ……御霊、か。

 ユリシスは小さく溜息を吐いた。

 何もかも、死んでしまったら真も偽も無い。生きていなければ、一緒に居てくれなくては意味がない。

 ──……なんで、死なせてしまったのだろう……ギル……。

 唐突に、ゼクスが切り出した。

「ユリシス。俺にも大切な人を亡くした記憶があってね」

 考えていた事を読まれたのかと思ってドキリとした。ユリシスは、ギルバートの死の事なんて何も言っていない。

「俺の知り合いに上級魔術師がいてね。性格は肉弾派の魔術師なんだけど、根はたぶん研究家タイプでね。もしかしたらユリシスと同じタイプかな? 気があうかも?」

 そう言って笑って、すぐ続きを話した。

「魂は、意識と記憶から出来てるって言ってた。死によって意識は停止し、記憶を重ねていくものになり、それこそが精霊なんだって」

 それから少し間をあけてからゼクスは続けた。

「色々研究していてレポートなんかもあるみたいだけど、そんなの抜きにしてさ……なんだか素敵な考えだよね。もし、亡くなった人が精霊になってるんなら、そこかしこ、いつも、すぐ隣にいるのかもしれないんだから」

 ユリシスはゼクスに手をひかれながらギルバートを思い、少しだけ、こっそり泣いた。

「まっ、ここには精霊、こいつしかいないけどねー。アハハハッ」

 ──……笑うような事じゃないと思うんだけど。

 涙はすぐに止まっていた。空いた手で頬に残る涙を拭った。

 肩の力が抜けたように感じた。それでふと、気付いた。

 一粒の光を見る。

 ──……でも……なんで?

 本来、精霊は至る所に溢れ返っている。

 なんで、ずっと歩いてきて、それより前からゼクスが自分をおぶって歩いて来ていたというこの道にも、なぜ、たった一粒だけ……?

 他の精霊は、どこに消えたのか。



 闇の中にふわりと風が吹いた気がした。実際には吹いていないのだが。これはつまり──。

「出口が近いね」

「え? ……あ……」

 精霊の気配を、目の前の光の粒以外に感じられ始めたのだ。魔術師の感性が無ければ気付かない事だが。

「一気に外に出ようか」

 声が笑っている。

「でも、たったこれだけの精霊じゃあ……」

「大丈夫!」

 暗いままながら、ゼクスの手が額に伸びてきた気配が感じられた。

「なに?」

「ここまで来ればもう平気さ……──出ておいで」

 ユリシスは眉間に皺を寄せた。これは、自分に対する呼びかけではない。

 瞬間、胸がうっと詰まった。息苦しさは全身の千切れるような感覚にまで強まった。

「……ん……ぅうっ」

 呻いて膝をつきそうになるユリシスの脇にゼクスの腕がするりと絡んできて抱きとめてくれた。

 ユリシスは次の瞬間、はっと気付いた。顔を上げた。

 辺りに精霊が、溢れている……。

 都、この遺跡に来るまでに通ってきた山河、ユリシスが普段から行った森、どことも変わらぬほどの密度で、二人の周囲にポッと精霊が満ちた。

「隠れてたんだよ、ユリシスの中に」

 囁くようなゼクスの声が聞こえた。

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