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メルギゾーク~The other side of...~  作者: 江村朋恵
第12話『王妃の微笑』
102/139

(102)【1】閃光(4)

(4)

 床は固く、砂利の合間で足音はコツーンと響く。

 青白い砂──ゼクスの言う「制御装置のなれの果て」さえ無ければ、大量の久呪石が放つ明かりがほんのりと光沢を持つ床や壁に照り返されて、ここは宝石の中のように光り輝いたことだろう。

 足音の大半にざりざりと砂の音が混じる。青白い球体が時に高い音をたてる。

 そんな背景音の中、ゼクスの淡々とした声が続く。

 ゼクスも教えてはくれないのかと聞いた時、彼はそんな事はないと言った。

 言葉の通り、ユリシスから問うまでもなく、彼は一つ一つ語った。

 ただ、ここへ来てわかった事、だと俺は思う、推測していると、主観である事を常に前置きしたり、注意した。鵜呑みにはするなという事なのだろうか。

 ユリシスは部屋を見渡したり、例の球体に触れたりしながら、ゼクスのスッと通る柔らかな声を聞いていた。

 その声は、本人が不思議な感性の持ち主であるのに、奇妙な説得力があった。同時に、なぜかとても懐かしかった。

 ぼんやりと天井を眺める。

 穴が開いているところを除いて、所狭しと鮮やかな色彩で絵が描かれている。

 羽を広げて飛ぶ天使がたくさん描かれている。

 ──天使、でいいのかな。

 青白い光を発して、背には白い羽を生やしている人型の何か………以前、王都ヒルディアムの西の洞の奥で見た天井画を思い出す。

 あれは確か、一人の天使の周りに魔術師らしき人々が飛び交っていた。この違いは、何を示しているのだろうか……。

 球体をぐるりと回る。

 先ほどゼクスがかがんでいた場所。青白い砂が払われた跡に文字を見つける。

 彼と同じようにしゃがみこんで、指で触れた。

 古代ルーン文字で内容はわかる。

「…………」

 言葉にならない。

 熱いものが胃の少し上辺りでドクリと脈打った気がした。そのせいでグラリと頭が揺れたような──馬車か船にでも酔ったような感覚に襲われた。目眩か……。

 ゼクスの声が少し遠くになった気がした。

 彼の語った事は、メルギゾーク勃興から滅亡までの概略を柱にした、八人の女王の事だった。

 女王は皆、潤んで強く光を放つ、紫紺の瞳をしていたという。

 ユリシスが、自分で気味が悪いと思っていた色と同じだったというのだ。「こんな色?」と自分の目を指さし尋ねたが、ゼクスは「ちょっと違う」と言った。ホッとした反面、ゼクスだって見たことが無いだろうに、違うとか言わないで欲しいとちょっと拗ねたような気持ちになった。

 初代は十七歳で女王になったそうだ。

 他の女王らも十歳前後で発見され、即位し、二十歳を前に皆、亡くなったという。

 誰一人、自ら命は絶たなかったという事らしい。ゼクスは「病でもないと推測している」と言った。

 若い女の王だし、謀略もあり得ると彼は言った。女王達は突然顕れる。それまで権勢を誇った一族も、一度女王顕現の報があれば没落していく。女王が圧倒的な“力”とカリスマ性ですべて根こそぎ奪い去る。

 女王が現れる度、悪しき因習や腐敗した権力者は一掃され、新しい時代に突入する。メルギゾークはより豊かに、一層の発展を遂げていったという……。

 うっすらと聞こえるゼクスの声。

 ──もしかしたら、紫根の瞳の持ち主が二十歳まで生きられないというのは、その女王達が皆、生きられなかったからだろうか?

 ユリシスも、ゼクスが言うには違うらしいものの、女王達と同じ色の瞳をしているらしい。だから、二十歳まで生きられないと勝手に言う人が現れたのかもしれない。もしそうなら、なんてバカげているんだろう……。



 女王は神として祀られたという。

 それを現した御伽噺をゼクスは歌うように語った。



『夢を見よう

 風の吹く日に

 暖かな火の下に

 水のせせらぎを聞きながら

 大地に寝そべり

 空を見上げ

 空想の羽を広げ

 我らロギンス人の夢を見よう


 白き肌

 長く艶やかな黒髪

 我らが聖なる乙女の

 穏やかな眼差し

 遠く深く慈しみに満ちた

 その紫紺の瞳

 遥か古の時より

 我らロギンス人の聖なる乙女


 日の出と共に目覚め

 落日と共に眠り

 日々語られゆく

 ロギンス人の大いなる歴史

 森羅万象を意のままに操る

 誇り高きロギンス人

 全ての人はひざまずき

 全て我らロギンス人の意のままに


 ロギンス人によって日は昇り

 ロギンス人によって日は落ちる

 大いなるロギンス人の力

 底知らぬ

 深遠なる智慧の力

 全て生在る者

 生無き者も皆

 全てロギンス人にひざまづく


 ロギンス人のひざまづく

 我らロギンス人の聖なる乙女

 掲げられた白き指の

 指し示すままに

 我らの生命はそのままに

 乙女の眼差し見る夢の

 我らの力はそのままに

 全て紫紺の瞳の乙女の意のままに』



 女王の権力がいかに大きかったか、伝わる。

 メルギゾークが興り、その覇の巨大な様を描いている。



『されど散りぬ

 風は嵐

 境無く消し炭と成す業火

 大海は津波となりて

 割けた大地に沈む

 灼熱の空が

 我らの羽をもいでゆく

 我らの屍 野に散りぬ


 消えゆく光

 夢は幻

 現とて儚く瞬いては堕ちてゆく

 真と偽の境に揺らぐ御霊

 やがて暗い雲を孕み辺りは闇

 揺らいでは闇に溶ける光

 捻じれた砂

 叶わぬ祈り 闇に消ゆ』



 滅びと、最後は何を表しているのだろうか。

 死んでしまった人々?

 御霊と呼ぶからには、この御伽噺で尊ばれていた存在を示しているのか。ならば……。



 ユリシスはふらつきながらゼクスに近寄り、その背にもたれかかった。足元がおぼつかない。

「──ゼクス、ここは、何か変……」

 ユリシスは遠のきそうな意識をこらえて、振り返ってくれた彼の目を見上げた。もう、目を開けているのも苦痛だ。

「……わかった。ユリシスは眠っていて」

 一瞬だけ目を見開いて、ゼクスは言った。その言葉の直後、ユリシスは感覚が途切れるのを感じた。




 意識を失ってずっしりと重くなったユリシスを背負いながら、ゼクスはポツリと言う。

「驚いた……あんなに目が青く……なっているなんて……」

 ゼクスは、周囲を見回した。

「うーん……二人なら楽勝とか思ってたんだけど……結局一人か。うーん……こないだ、一人で逃げ切るのもやっとだったんだけどな」

 そうして、フフフッと笑った。

 左手を後ろに回してユリシスを支えながら、右手でスラリと剣を抜いた。

 球体がほんのりと青白い光を帯び始めている。その赤味がじわじわと消えて、青味を増していく。

 砂の下、床の石からじわじわと青白い光の筋がいくつも浮かび上がりはじめている。

 古代ルーン文字だ。床の中に仕込まれた魔術。

 ゼクスは舌なめずりをした。

 顎をぐっと引いて周囲を睨むように見渡す目は、ユリシスといた時とはうって変わって鋭い。さらに気を引き締めるようにゼクスはぽつりと低い声で呟く。

「──最初は小さな屍」

 ずるりずるりと、青白い光を放つ床から浮き上がる黒い人型の泥の塊。

 何かが腐ったようなひどい臭いが鼻腔をつく。痛いほどだ。

 それらはボコボコと泡を吹き出しながら形を浮かびあがらせ、人とよく似た頭、両手、胴体、両足を持つようになる。大きさも人と同じ位だ。

 両手をだらりと前へ垂らし、ガクガクと揺れながらゼクスを取り囲むように、近寄ってくる。数は既に二十体を超える。

 左手が空いてない事もあって、剣先を下にして両膝ではさみ、その柄にむけて右の人差し指を伸ばしてすばやく動かした。

 指先は密度の濃い青白い光を発している。

 この濃さは魔力を練るのが異常に早いせいだ。濃い故、小さな光の軌跡で術を発動させきるだけのパワーを持たせる事が出来る。

 練るのが早くて濃い。濃い故小さな文字の記述で済む。その為、記述が早く済む。この魔術展開の早さ──これが、魔法剣士ゼクスの特性の一つ。

 床からいくつも古代ルーン文字の軌跡が浮かび上がり、さらに例の臭いが強くなる。

 冷や汗が吹き出るのを気合でこらえつつ、ゼクスはいくつも術を描く。

 ゼクスの周囲には文字の小さな術が何重にも展開する。術はまだ発動しておらず、文字の形のまま宙に浮いている。これらは床から浮かび上がる魔術と同様、現代ルーン魔術の範疇にない。ユリシスが目の当たりにしていたならば、ぽかんとしただろう。

 ゼクスはずり落ちかけるユリシスを背負い直す。

 既に、ただ宙を舞う術を描いて四十九階分飛んで抜け出せばいい、というわけにはない。

 屍達の形が確かになり、ふらふらと足を動かすようになる。

 それを視界の端で確認するとゼクスは術を一つ発動させる。

 ゼクスの周囲の一番外側にある記述の上を、ピーンと光が一周する。するとそれは膜になり、ゼクスとユリシスを覆った。防護魔術だ。

 黒い泥の塊──ぼこぼこと泡を吹き出す屍の手が膜に触れる。瞬間、小さな破裂音がした後、しゅうしゅうと音を立てて白い蒸気があがる。屍の手が急速に乾き、形を失っていく。砂になって床にこぼれていく。

 一匹が溶け崩れても、次の屍が倒れ掛かるように膜に突き進んでくる。

 最初の二十体が砂になり、床に散って溶けた後。

 ゼクスはやっと術の記述をやめた。

 ここまでで約三分。

 ぼこぼこと浮かび上がるものが、人の大きさの屍だったものが、くっついて一人分の形をとる。さらに別の屍とくっついて……倍……さらに倍と、より大きく結合していく。

 ゼクスが再び魔力を練っている間に、先ほどの二十体分をあわせた大きさの、一体の巨大な人型の泥の屍になった。

 それは大きすぎて立てず、狭い部屋で四つん這いになり、のったりした動きでゼクスを見下ろす。

 屍の体表面で発生している泡が破裂する度、おぞましい腐臭が解き放たれる。知能が低いのか、天井に頭をぶつけながら立ち上がろうとしている。

 顔の辺り、人で言うならば目に相当する場所には光が二つ滲んで見える。光は青と赤でほんのりと明滅し、やがて紫色になる。

 ──待つつもりはない。

 ゼクスは両膝に挟んだ剣を片手で持つ。刃を下に向けているので柄は逆手で握った。

 ゼクスが奥歯に力を入れて眉間に皺をぐぐっと寄せて表情を強めると、周囲の古代ルーン文字は激しく発光し、渦を巻いてその刃に集まってくる。

 収束する光。

 ユリシスを片手で背負ったままのゼクスは一気に光に包まれる。

 直径が大人の足で三歩分の球体の光がそこに出来上がった。中心にはゼクスとユリシスがいるのだが、外からは光が強く見えない。

 泥の巨人は立ち上がるのをやめ、片手を広げてゼクスとユリシスの光を掴みかかろうとする。

 光の内側、ゼクスは剣の柄を頭の上まで持ち上げ、両足の間より少し前方の床を睨み吼える。

「……ぬぅぉぉおおおおおああっ!」

 周囲に展開する術が吸い込まれるように剣に集まってくる。

 術の乗った重い剣を、ゼクスは片手で床へ振り下ろす。

 決して早いとは言えない速度。体重を乗せるのではなく、重力も借りず、魔術の力を飲み込んだ刃が床にぶち当たった。

 床と刃の間にジジジッと大きな火花があがる。

 剥がれるようにして大量の青白い文字が吹き飛んでいく。床に施されていた古代ルーン魔術だ。

 床から吹き上がる青白い文字が一段落するとゼクスは剣の柄を頭の辺りまで持ち上げた。

 顔をあげた瞬間、泥の巨人の紫の瞳と目が合う。

 泥の巨人の手はゼクスとユリシスを包む光の膜を押しつぶそうとしている。

 舌打ちをし、ゼクスは光を維持した剣を先ほどよりもずっと疾く振り下ろす。

 ガツッと剣の先が床にぶち当たり、腕に強い衝撃が突き抜ける。そのまま剣先に集中し、ゼクスは術を制御する。

 巨人の手は光の膜に触れる度、乾いて砂になり、床に散っていたが、いよいよ待ったをかけるように、全身で覆いかぶさってくる。

 巨大な泥の屍が倒れ込むようにゼクスらを捕まえにかかる。

 光の膜も耐え切れずピチンと音を立てて弾け、端から消えていく。巨大な屍の紫の瞳がゼクスを睨み上げた。

 次の瞬間──巨人の紫の瞳が怪しく光を湛え、コウッと高い音を発し、ゼクスの周囲に残っていた光の膜を焼いた。

 見開かれた巨人の目から紫の光線が発せられたのだ。さらにその紫の両目が明滅し、次の光線を準備している。

 ゼクスはそちらを見ないまま一気に全身の力を集める。

「ぬぁあああっ!!」

 一層力を込めた。一気に溢れる魔力にゼクスの髪だけでなくユリシスの髪も揺れる。

 床が、ギチギチと音をたててひび割れていく……。

 振り下ろされた巨大な屍の手がゼクスに届く寸前、床がボゴンッと音をたてた。ゼクスの居た床にヒビが広がり、陥没し、穴が開いたのだ。

 屍の手は、ボッという低く鈍い音をさせ、穴の輪郭を叩いたのみ……。

 泥の屍は相変わらずのったりとした動きで手をどけ、開いたばかりの穴の奥に紫の瞳の光線を走らせたが、それは、闇に飲み込まれた。

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