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メルギゾーク~The other side of...~  作者: 江村朋恵
第12話『王妃の微笑』
101/139

(101)【1】閃光(3)

(3)

 真っ暗闇の中、一瞬、上下感覚を失った。

 頭から落ちているのだと気付くと慌てて両腕を大きく動かした。

「わっ、まって」

 すぐ近くでゼクスの声が聞こえ、ユリシスは腕をぴたりと止めた。二の腕にはくっきりと跡が残りそうなほど強く掴まれている。

 我に返ればびゅうびゅうという風を切る音が耳を打っていた。

 動きを止めたもののこのままでは……。

 ──地面に激突するっ!

 脳裏に閃いた警告だったが、直後にふわりとした柔らかな羽のような感触が全身を包む。

 魔術だと気付いて、はっとしてゼクスの声がした方を向いた。魔力の光がほんの僅かな時間閃いてゼクスの表情が見えた。眉を上げて微笑ったような……すぐに辺りは闇に包まれてしまった。

 巨大な風の魔術による空気の手の平に捕まり、支えられる。ゆっくりと頭が上になり、足元の風の塊に立つと落下速度ががくんと落ちた。

 柔らかな空気に包まれ、足を下にして宙に立っていた。いつしか風の音も消え、シャボン玉のようにゆらりゆらりと降下を始めていた。

「ははっ、大丈夫大丈夫! 俺だって死にたくないんだからっ」

「術、遅いよ!」

 怖かった事もあってユリシスは思わず声を上げた。

「まぁまぁ、そういう事もあるって、ね? ──ぷっ……」

「…………」

 ──笑うところじゃ全然ないでしょ……。

 術が遅れたのは絶対わざとだと思いつつも、術の制御はゼクスにあるので怒らせるのも得じゃない。黙るしかない。肩を揺らして笑うゼクスをユリシスは静かに睨んで小さく溜め息を吐き出した。

 ゼクスの風の魔術が二人の体を覆い、落下を止めた。あとは、ゆっくりと宙に舞う術で下へ下へと降りている。

 ゼクスの声は聞こえていたが、辺りは真っ暗闇のままだった。

 上を仰げば飛び込んだ穴が小さな白い円で見えた。

 ふと、あたりがパッと明るくなる。

「これはユリシスが持っていて」

 ゼクスの手の平に光る紺呪石があった。石の力を解放してこの灯りを生んだのだ。

 ユリシスの右腕はゼクスに掴まれたまま。ユリシスは左手で紺呪石を受け取った。石はほんのりと温かい。魔力を込められたからといって紺呪石は熱を持たないので、これを持っていたゼクスの手が温かいのだろう。

 ゼクスを見上げれば、彼は少しだけ微笑んで辺りに目線を送った。

「見てごらん。今降りているのは、古代メルギゾークの都の地下に隠されていた巨大研究施設なんだ」

 ユリシスは左手の灯りを掲げて周囲を見渡した。

 正直、闇が濃すぎて全然わからない。

「数えたんだけど、一番下は四十九階。この穴は地下四十九階まで穿うがたれている」

 ユリシスは足元を覗きこみ、眉間に皺を寄せて観察してみたが、ダメだった。暗すぎて見えない。

 心なしか、息苦しさも感じた。

 ──精霊の気配が、少ない……?

「女王は八人居た」

 ゼクスの声から、からかいの色が完全に消えている。

「約四〇〇〇年前に始まり、二〇〇〇年の栄華だったけわけだけど、女王の内の六人は最初の一〇〇〇年に現れた。初代以降、二百年に一人、現人神として女王は降臨したんだ。次の一〇〇〇年で三人、簡単に計算して三百三十年に一度だね。実際には最後の女王とその前の女王の間には五百年、間があいたみたいだよ」

「…………なんでそんなに詳しいの?」

 ヒルド国の歴史なら書物に残っているが、滅亡したメルギゾークなんてお伽話みたいな形でしか伝えられていない。ユリシスはこれまで沢山の本を読んできたが、ゼクスの言う事は知らない事ばかりだ。

「……え?」

 ユリシスの問いにゼクスは一瞬間を置いて、笑った。

「だって、下の石碑にみんな書いてあったもん」

「……そうなんだ」

 ゼクスは不思議な空気──独特の間を持っているように感じられた。だから、過去を見通す力でもあるのかと思ったのだ。そんな事はないらしいが。

「あー……──で。最後の女王が降臨するまでの五百年の間に、この地下施設は作られたんだ」

 そう言ってから、地下四十九階とやらに辿り着くまでゼクスは何も言わなかった。ただ、押さえつけるように掴んでいた二の腕を離し、手を繋いでくれた。

 数分続いた闇を堪え、行く手に何があるのかわからない空洞を漂い、地面に降り立つ。

 ジャリッと音がした。

 つるつるの床に砂利が散らばっているようだ。

「ちょっとそこを動かないで」

 ゼクスはユリシスの右手を離し、数歩分の足音をさせた。

 ユリシスの右の手の平は少し汗ばんでいた。

 数秒して、ほんの少し離れた辺りで空気を震わせる魔力波動が生み出される。

 ゼクスが魔力を練っている。ただ、ユリシスは圧倒された。

 ──あまりに早い!

「……覇っ」

 一呼吸する間で、いつもより少し低い微かな声がゆるやかに発せられた。ゼクスの内側で練り込まれていた魔力が辺りへ打ち出される。

 アルフィードやギルバートの魔術を見てきた。自分とも比較してみた。その誰よりも早い。

 ゼクスの声は周囲に振動して伝わり、視界がパッと明るくなった。

 ユリシスは初めてこの場所を見回す。

 地上に対する規模からすると思いのほか狭い気がした。

 壁には久呪石──紺呪石の上位版であり、宝石の中にごく一部見つけられるとても希少な天然石──が多数備え付けられ、輝きを放っているのが見えた。たった今ゼクスが起動した灯りだ。それらによって照らし出される室内に置かれたものや装飾類。

 ユリシスはぽかんと口を開いた。

「……あれ?」

 見た事がある。とてもよく似た場所を。

 降りてきた穴のある天井を見上げた。それほど広くない部屋なので、穴は天井全体の三割を占める。残りの七割には天井画が残っている。

 ここにもあの場所と同じように天使絵が描かれていた。

 視線を室内に戻す。

 もしかしたら、広さも同じくらいではないだろうか。装飾もとてもよく似ている……。

 あの場所──ユリシスが都を抜け出して訪れた、洞の奥にあったあの空間。

 七歳のエナ姫と初めて出会った場所。そして、魔術を使える事がギルバートにバレてしまったあの場所。そこに酷似している。

 違うのは、この部屋には、巨大な球体がぷかぷか浮いている事。ど真ん中に、全体的に青白い光沢のある球体がある。

 青から赤へ、じんわりと光が滲んで、球面を流動している。球体自体は半透明でほんのり向こう側が見える。

 ──巨大な久呪石のようにも思われた。

 ピーンという高い音が鳴っている。時にピーン、ピピー、ピー、ピーン……と連続して音は続く。

 小動物が鳴いているようにも聞こえる。

 ユリシスは球体に近付く。すぐ後ろをゼクスがついて来ているのがわかった。

 球体は、地面スレスレ、天井スレスレの大きさでふわふわ浮いている。時折、地面と天井のどちらかにポーンとあたって跳ねている。硬質で弾力はほとんど無いらしく、しばらくすると止まる。

 ユリシスはゆっくりと球体の全周を眺めようと回り込むように歩みを進めた。ゼクスは付いて来なかった。

 大股で二十五歩。

 ゼクスは、ユリシスが球体を観察している様子を見ていたようだ。

「この丸いの何?」

 左手で球体を指さし、ユリシスは残る右手を胸元に当てていた。どきどきする。何か分からない。

 ──でも、嫌な感じが……。

「“ディアナの心残り”」

「え?」

「いや……“力”の塊、じゃないかな。そこらに砂、見えるだろ。青い」

 ユリシスはゼクスの目線を追った。

 床一面に青白い砂が光を返してキラキラしているのが見えた。砂は球体の周囲に多いが、よく見れば部屋中に散っている。集めたならかなりの量になりそうだ。

「コレの制御装置のなれの果て、だと思うよ」

 ──……だと思う……?

「そんなのより、もっと気になってる事があるでしょ?」

 ゼクスは笑っている。

 ユリシスはゼクスの元まで戻って一度頷いた。一周して見ている間に見つけたものがある。

 ユリシスは四十五度ほど奥の球面を指さした。

 二人でそこまで歩く。球体のその方向でユリシスは足を止めた。やや上の方にユリシスの指さしたものがある。ゼクスは半歩後ろに居た。

 ユリシスは口を真横に引き結んで、球体を見上げる。

 球体のど真ん中に奥深く、中心まで穿たれた穴がある。

 表面はつるつるして光沢のある美しい宝石のようなのに、穴が全てを台無しにしている。その手の平の形の穴と、ヒビ割れが周囲に広がっている。

 球体はずっと動いているせいか、埃をかぶっていない。この穴がいつ頃あけられたものなのか、目で簡単には測れない。

 そもそも、ほとんど人の訪れないこの忘れられた都の、ずっと地下にあるものに、一体誰が穴なんて開けようと思うのだろうか。

 久呪石だとして、穴なんて開けられるのだろうか。こんなにも巨大な宝石があり得るのだろうか。

 たくさんの本を読んできたが、前代未聞だ。きっと人工物。そうだとしても、長い年月、その穴以外の欠損がない。どうやったらこんなものを創る事が出来るのか。

 あれやこれやと思い巡らせるユリシスの後ろからゼクスが言う。

「貫きたかったんだと思うよ。そうしたら、これは完全に壊れていただろうし……ね」

 ──……ゼクスが“思う”……事?

 ユリシスはゼクスを振り返る。

「ゼクスの知ってる事って何? ゼクスは、教えてくれるんでしょ?」

 彼はとても静かに、ちょっとだけ微笑んで、すぐに真面目な顔をして話し始めた。

「石碑みたいなのはそこにあるんだけど、俺でも解読には二ヶ月以上かかったんだ」

 じゃりじゃりと足音をさせ、部屋の隅にある大きな石の板にゼクスは近寄った。

 遠目で見ても石板にルーン文字がびっしりと刻まれているのがわかった。読めるところを読もうとしたが、比喩が多いらしい。魔術とはまた別の知識が必要になりそうだ。ユリシスでも簡単に読めそうにない。

「それでわかった事。この施設は七代目の女王が死んで二百年程して本格的に建設され始めたものだという事。七代目の死から最後の女王八代目の出現までの五百年のうちに……三百年かけて国によって極秘で開発されていた」

 ゼクスは一息つき、続けた。

「……最後の女王は、コレもろとも国を滅ぼした」

 ユリシスは二度瞬いた。

 女王は、自分と同じ紫紺色の瞳をした少女だったという話を思い出したからだ。

「これがどういったものかまでは石碑には書かれていないからよくはわからないけどね。この場所でこれの役割は当たり前すぎる程に当たり前だったんだ。書く必要なんてなかった。俺は、何かの魔術増幅装置ブースターだったんじゃないかと推測してるんだけど……」

 ゼクスは石碑をぽんと弾いて離れ、球体の穴の穿たれた正面へと戻ってきた。

「施設そのものは四十九階までだけど、コレを動かしていたものは、ここよりさらに下、五十階部分、この地面の下にあるんだ。多分ね。簡単に調べた感じだと、これより下、四方八方に空洞が走っている。おそらく、力を流すためのパイプ……」

「確認していないの?」

 ユリシスが問うとゼクスは笑った。笑いをおさめられないままこう言った。

「いいよ、やってご覧? 全力でこの下に魔力を打つんだ。精霊の数が少ないから、直接叩き込むといいよ」

 ユリシスは目をぱちくりさせ、腕まくりをして「よしっ」と気合を入れ、一気に魔力を練った。先ほどのゼクスのように。

 足を踏ん張って両手を下に向け、体の内側に練った魔力の塊を床に向けてドカンと放ってみた。

 全力ではないが、建物一つくらいは軽く吹き飛ぶんじゃないかと思う程の力を込めてみた──のだが、床には穴どころか、かすり傷ひとつ付かなかった。風で砂利が散った程度だ。

「あ」

 ハッとしてユリシスはゼクスを振り返った。腰に手を置いたゼクスと目があった。すぐにユリシスは地面に視線を戻した。

 ──……しまった……。

 言われるままに力を振り絞って床に打った。

 が、これが第九級の魔術師見習いの力か?

 資格を得てすぐわかった事だったが、第九級魔術師の子供達は、大半、力を発現させる事すら出来ない。こんなにあっさり使ってしまっては……。

 冷や汗を流していたユリシスにゼクスは言う。

「ここは全て久呪石で出来ている。対魔力の術が施されているんだよ」

 ユリシスの魔力には欠片も驚いた様子がない。笑ってもいない。

「対魔力の術の為の装置は、地下一階から始まって四十八階までビッシリ……今もほとんど機能している。だから、床も朽ちていないんだね」

「……え? でも……」

 地上からここまで貫く穴がある。球体にも──。

「そこに散らばっている元制御装置の青白い砂も、この球体に穿たれた穴も、そしてこの地下施設そのものに開けられた穴も。どれほどの力が必要だったか……」

 ゼクスは口元でぼそぼそとしゃべっている。

 確かに、魔術どころか魔力からの干渉まで抑えこまれた状況で、これだけの破壊をしようと思ったら、ユリシスの全力でも何年かかるかわからない。いや、不可能のような気がする。

「……で、やったのはもう紛れもないね」

 顔をあげたゼクスの声は前に押し出されており、はっきりとしている。

「八代目──最後の紫紺の瞳の女王ディアナしかいない」

 球体の傍でゼクスは膝をついて地面を撫でるように払った。さらさらの青白い砂が避けられる。

「国の為に作られたコレは、国そのものが滅ぼされてなお、まだ脈打っている。これほどの穴を穿たれてもね」

 今、ゼクスが触れている床に何か傷があるように見えた。

「ディアナは何を思ってコレを破壊し、国まで滅ぼしてしまったのだろうね」




 ゼクスは「完全には破壊出来ていないけど」という言葉を飲み込んだ。

 手元、地面には二つの文字が刻まれている。

 物理的にも魔術的にも硬い床に、ナイフで切りつけたように書かれた文字。

「……何を成そうというのだろうね」

 文字の意味は「邂逅」と「切望」──意訳してやれば『会いたい』……となる。

 誰のメッセージかなど、紛れもない。

 ここは、彼女が力尽き倒れた最期の場所なのだ。

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