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二十年後の約束  作者: 遊井そわ香
第一章 及川めぐみだった
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恋心と、失恋と

「仲を進展させたい……。えっ、ええっ、ええぇぇーーっ!! そうなの!? ぴろりんって、私のこと好きなの!? 花火のときに話したい大切なことって……まさか、告白!?」


 心臓が口から飛び出しそうなほどにドキドキする。顔は火がついたかのように熱い。

 手で顔を仰ぎながら母の鏡台を覗くと、顔も耳も真っ赤。


 空を飛んでいるようなふわふわとした気分で、晩御飯の席に着く。

 おやつにサイダー味のアイスを一個しか食べていないのに、空腹を感じない。満たされているように感じるのは、なぜだろう。

 食欲はないが、海老を三本とナスとインゲンとシイタケの天ぷらを食べて、ごちそうさまを告げる。

 真司が慌てた。


「どうしたんだ、めぐみ! 怒っているのか!?」

「ん?」

「俺が意地悪したから、怒っているんだろう!」

「あぁ、それね」


 私は、別皿に海老の天ぷらを十本確保した。それなのに晩御飯の席で見てみれば、皿には海老の天ぷらが三本しかなかった。消えてしまった七本の海老の天ぷらの代わりにあったのは、ナスとインゲンとシイタケの天ぷら。

 真司は、ナスとインゲンとシイタケが嫌いだ。

 いつもなら喧嘩が始まるところだが、今日は最高に気分がいい。寛容な心で兄を許す。


「これくらいで怒ったりしないよ。お兄ちゃんと違って、私は大人だから」

「なっ!?」


 真司はよほど驚いたらしい。力の抜けた手から箸が落ち、床に転がった。

 口をあんぐりと開けた兄のマヌケ顔がおもしろくて、私は愉快な気分で台所を出た。

 るんるん気分でお風呂に入り、その後、自分の部屋で勉強する。

 夏休みの宿題がまだ終わっていない。けれど裕史のことで頭がいっぱいで、手につかない。

 開いた問題集の上に鉛筆を転がすと、ベッドにダイブする。


「ぴろりん。私のこと、いつから好きだったのかな? 全然気づかなかった」


 うっとりとしたため息とともに、脳内に広がる妄想。

 夜空に打ち上がる花火を背景にして、向かい合う私とぴろりん。ぴろりんは私より、八センチほど背が高い。

 ぴろりんは頬を赤らめながら、おずおずと口を開く。


「めぐみさん、好きです。付き合ってください」


 そこまで妄想して、私は黄色い悲鳴をあげた。手足をバタバタと暴れさせ、夏用のブランケットを抱き寄せる。


「きゃあ〜っ!! ぴろりんったら、積極的!! どうしよう! なんて答えたらいいの!?」 


 私は中三で、しかも受験生。彼氏を作るには早い。せめて高校生になってから……。

 それが、心にスッと馴染んだ。


「そうだ。高校生になったらいいよって言おう」


 裕史は年下だが、身長があるし、目鼻立ちが整っていて顔がいい。優しいし頼りになるし落ち着いている。勉強もできるし、本をたくさん読むから知識が豊富。


「さらには、細マッチョ! 最高すぎるっ!!」


 裕史と付き合うなんて、考えたことがなかった。でも直面してみると、嫌じゃない。むしろ、付き合ったら絶対に楽しい。 

 恥ずかしいのに嬉しいという、羞恥心と幸福が手を取り合った感情があることを、この日知った。



 次の日。胸のドキドキが高まりすぎて、息をするのが苦しい。裕史の顔を見る勇気がでない。

 母は介護の仕事をしているが、今日は休み。冴木家に夕食を届けるよう、頼んだ。


 母は隣家から帰ってくると、取り込んだ洗濯物をたたみ始めた。手伝いながら、それとなく探りを入れる。


「裕史、どうだった? 私のこと、なんか言っていた?」

「寛治さんがいてね。おじいちゃんの施設入所が決まったって。九月末に、千葉に引っ越すんだって。寂しくなるわね」

「えっ……」


 寛治というのは、裕史の父親の名前。

 引っ越すという単語に、目の前が真っ暗になる。


 一年半前、裕史の母親が亡くなった。葬式が終わった後、裕史の父親の弟が、


「三人で大変だろう。こっちに来いよ。千葉のほうが仕事があるし、裕史くんは頭がいい。親父が入れる施設を探しておくよ」


 そう話しているのを聞いた。そのときに引っ越すかもしれないと思ったのに、そう思ったことすら忘れていた。

 自分の頭の悪さに、うなだれる。


「九月末って……あと一ヶ月ぐらいしかないじゃん……」

「あの家、物が多いから。私たちも手伝わないと」

「裕史に、花火に誘われたんだけど……」


 洋服をたたんでいた母の手が止まった。

 涙ぐんでいるのを見られたくなくて、洗濯物の山の端にあるタオルを取るふりをして、顔を背ける。


「千葉に行ったら、お盆ぐらいしか戻って来れないだろうから。思い出作りに協力してあげなさい」

「思い出作り……」


 母は思ったことをそのまま声に出したにすぎない。悪気などない。

 でも私は、胸をざっくりと切られた。花火に誘われたのは、告白ではなく、思い出作りだったのだ。

 急いでタオルをたたんで、立ち上がる。


「タオル、しまうね!」

 

 逃げるようにして、和室を出る。

 洗面所の棚にタオルを置き、鏡の前に立つ。笑ってみたり、真面目な顔を作ったり、頬を膨らませてみたり。


「平凡な顔。いかにも田舎娘って感じ。千葉の女の子は可愛いだろうなぁ。私のことなんて、忘れちゃうよね……」


 鏡の中の目が潤み、ポロッとこぼれた水滴が頬を伝う。

 流れ落ちる涙が止まらない。

 私は自室に駆け込むと、ベッドに突っ伏した。涙が枕に染み込む。


 裕史と付き合う妄想なんてしなければよかった。そもそも、告白だと勘違いしなければよかったのだ。

 そうしたら、気がつかないうちに芽生えていた恋心に気づくことなく、失恋することもなかったのに──……。


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