わがままな彼女と激甘な彼氏
今日は、ぴろりんと七回目のデート。
私は全身鏡の前でくるりと回転すると、鏡に映っている自分をじっと見た。
白いショートパンツに、フリルが可愛いフェミニンな肩出しトップス。
「肌、出しすぎかな? でも、今日は暑いし。いいよね。よし、これで決まり!」
ぴろりんは真面目だ。高校を卒業したら即恋人モードになれると思ったのに、渡瀬さん呼びのままだし、丁寧な言葉遣いも継続中。
二ヶ月前。美術館デートをした帰りの車の中で、
「恋人らしいイチャイチャした関係になりたい!」
と言ったら、ぴろりんは困った顔をした。
ぴろりんは答えず、私もそれ以上は言わず。話が流れた。
「あのときは三回目のデートだったから。早すぎたよね。今日こそは、恋人らしくなるぞ!」
私はウキウキ気分で、家を出た。近くのコンビニまで歩く。コンビニが待ち合わせ場所なのだ。
ぴろりんはすでに来ていた。車の外に出て、女性と話をしている。
相手の女性の顔を見た途端、私はピキっと固まった。
女性は三十代前半ぐらい。色白で面長の顔。ライトブラウンの髪と、パステルカラーが似合うスイートな雰囲気。
いかにも癒し系といった感じの、柔らかい笑顔。
──ぴろりんの元カノの、内田夏帆だ。
「なんで会っているの?」
泣きそうになっていると、ぴろりんと目が合った。
一瞬、逃げようかと思った。けれど、すぐに思い直す。
私は、ぴろりんの正式な彼女。逃げる筋合いはない。
敵を蹴散らすべく、私は満面の笑顔で駆け寄ると、ぴろりんの腕に絡まった。
「お待たせ! この人、誰?」
「内田夏帆さんです。大学が同じだったんです」
「へぇー。初めまして。渡瀬友那です。裕史さんとお付き合いしています」
「お付き合い……」
内田夏帆は引き攣った笑顔のまま、視線を泳がせた。
「彼女がいるとは聞いていたけれど、ずいぶん若いのね。驚いた。十代じゃないよね?」
「十八です」
「えっ……」
内田夏帆は目を見開くと、震える手で髪に触れた。
「この前まで高校生だったとか?」
「そうです」
「もしかして、先生と生徒の関係?」
「まぁ、そうですね。でももう卒業していますから、問題ないです」
内田夏帆は、傷ついたような目をぴろりんに向けた。
「……常識があると思っていた。十代に手を出すって、大人としてどうかと思う」
「彼女は特別だから」
「特別って、なに?」
内田夏帆の責める言い方にムッとしたものの、ぴろりんが反論してくれるのを期待して、口を閉ざす。
「若いから、好きになったわけじゃない。十歳年上だとしても、好きになっていた」
「なにそれ。笑える」
内田夏帆は引き攣らせた笑いをすると、怒りに満ちた目をぴろりんに向けた。
「運命だと思いたいんでしょうけれど、正直にロリコンだって言いなよ。がっかりした」
「失望していいよ。フラフラせずに、旦那と仲良くやりなよ」
「旦那〜っ!?」
驚きすぎて、大声を上げてしまった。コンビニに入る家族が、こちらを見た。
「え? ええっ!? 内田さんって、結婚しているんですか!? それなのに、元カレに連絡したり、会ったりしているの? そっちこそ、常識ないじゃないですかー!」
「誤解しないで! 別居している!」
「わぁー、最低。次の男を作ってから、離婚する考えなんですね。うわぁー、依存心強すぎて引くー!」
「ご、誤解しないで! たまたま会っただけだから! じゃあね。もう二度と連絡してこないで!」
去り際に吐き捨てていった、内田夏帆のセリフ。
ジメッとした目で睨むと、ぴろりんはため息をついた。
「自分から連絡したことないです。内田さんは見た目はおっとりしていて優しそうですけれど、中身は全然違うので」
「へぇー、そうですか」
内田夏帆の印象が180度変わった。見た目はウサギでも、中身はヒョウらしい。
ぴろりんは、しつこい内田夏帆に迷惑していると理解した。
それでも、おもしろくない。ムカムカがおさまらない。
今日のデートは私の希望で、海を見て、近くでランチして──……と、計画を立てている。
海に向かったものの、機嫌が直らない私に、ぴろりんは路肩に車を停めた。
「いつまで怒っているんですか?」
「……いつまで、丁寧な話し方を続けるつもり? いつになったら、友那って呼んでくれるの?」
「この流れで、友那って呼んだら喜ぶの?」
悔しいことに、図星だ。険悪な雰囲気の中で呼ばれても、喜べない。
自分の感情がままならなくて、私はポロポロと泣いた。
「だって、あの女、頭にくるんだもん! 嫌い!」
「機嫌が悪いのは、内田さんに対して?」
「……自分にも。機嫌が直せない。今日一日、無理かも」
デートが中止になるんじゃないかと恐れていると、ぴろりんは私のシートベルトを外した。
抱き寄せられる。
「内田さんには彼女が出来たことを伝えて、電話もメールもしてこないよう言っていた。今日会ったのは、本当に偶然なんだ。でも、嫌な思いをさせて悪かった」
ぴろりんの胸には、魔法がかかっているんじゃないかと思う。イライラが消え、心が凪いでいく。
「それと丁寧語を崩せないでいるのは、防波堤のようなもので……。いろんな感情が流れ込んできそうで、怖かった」
「どんな感情?」
「独占したいとか、家に帰したくないとか……」
「いいよ!」
「だーめ」
ぴろりんに鼻を摘まれる。
私はすっかり機嫌が直って、ニコニコ顔でぴろりんに抱きつく。
「ぴろりんは優しいから、押せばいけると思われたんだよ。私以外の女と付き合っちゃダメだからね!」
「こんなに可愛い彼女がいるのに、他の人に目がいくわけがない。それよりも、ちょっと離れて」
「なんで?」
「なんでも」
腕を掴まれて、ぴろりんの体から引き剥がされる。
ぴろりんの瞳は熱っぽく、その視線の先は、服から出ている肩に注がれている。
「もしかして、ムラムラしている?」
「海に行くよ」
「答えてー!」
「ほら、シートベルトして」
「ヤダヤダっ! 答えてくれないなら、シートベルトしない!」
駄々をこねる子供のようだけれど、ぴろりんの気持ちを知りたい。
ぴろりんは困った顔で、目を擦った。
「渡瀬さんは普通にしていても可愛いのに、そんな格好をされたら、いろいろと思っちゃうじゃないですか」
「いろいろって、なあに?」
「いろいろ」
「それが知りたいんだってば!」
シートベルトをしない私に焦れたらしい。ぴろりんは私を引き寄せると、顔を近づけた。
唇があと五センチで触れるというところで、止まる。
「友那、海に行ったらキスしよう」
名前呼び。しかも、キスしようって!!
真面目で受け身なぴろりんが見せた大胆な一面に、興奮してしまう。
「我慢できなーい! ここでキスのリハーサルをするー!」
恋人になってわかったこと。
私はわがままで、ぴろりんは激甘。なんだかんだ言いつつも、ぴろりんは私の願いを叶えてくれる。
私たちは海の五キロ手前で、キスのリハーサルをしたのだった。
これにて完結です。
最後までお付き合いくださり、ありがとうございました!




