恋を叶えさせて
窓から差し込む、明るい春の日差し。柔らかな光を浴びながら、先生はまつ毛を伏せた。
「本当に、僕でいいんですか?」
「はい」
「生徒が教師に憧れを持つのはよくある話だし、渡瀬さんの場合は前世のことがある。前世に引きずられて、未来の可能性を狭めてしまうことはしたくない」
「なにが言いたいんですか?」
先生は言葉にするのをためらっているようで、唇を引き結んでいる。憂いを帯びた表情は、悩んでいることを示している。
気持ちが変わって、私と付き合いたくないのでは……と怖くなる。
「私のこと、嫌いになった?」
「そうじゃないです! 渡瀬さんと一緒にいられたら、どんなに幸せだろうと思う。明るくて素直だし、可愛い。大学に行ったら、たくさんの出会いが待っている。僕よりも素晴らしい男性に出会うかもしれない。遊ぶな、なんて束縛する気はないです。十五歳で亡くなっためぐみさんの分まで、人生をめいいっぱい楽しんでほしい。制限することはしたくない」
先生は真面目な話をしている。それなのに私は、先生の「明るくて素直だし、可愛い」とのセリフを脳内再生するので忙しい。
教師という立場が原因であるのだろうけれど、先生は今まで一度も可愛いと言ってくれたことがない。初めての可愛いに、胸が躍る。
「渡瀬さんは若いし、僕とは十五歳も年が離れている。いい人ができたら、我慢しなくていいです。心が変わっても、別にかまいませんので……。なんで笑っているんですか」
「だって、可愛いって言ってくれた! すっごい嬉しい!」
「あのですね、大切な話をしているんですが」
先生が不機嫌になったので、私は慌てて表情を引き締めた。
先生は喪失と絶望を経験したからこそ、新しい恋に臆病になっている。めぐみを失ったのに、その生まれ変わりである私までも失ったら、先生はひどく苦しむだろう。心が変わっても別にかまわないとのセリフは、傷つかないための自衛。
けれど私は、前世めぐみだったから。手から抜け落ちてしまった幸せを、今度こそ掴みたい。
「先生、目をつぶって」
先生はためらいを見せながらも、瞼を閉じた。
私は先生の胸に飛び込むと、背中に手を回した。胸に顔を当てると、心音が聞こえてきた。動きが早い。
緊張と不安を感じているのは、私だけではなく先生も。同じであることに、頬が緩む。
「先生、言っていたよね。めぐみとは結ばれる運命じゃなかったって。私がここにいる意味、わかったよ」
私は顔を上げると、先生の目をまっすぐに見た。
「ぴろりんに会いたくて、生まれ変わって来ました。前世で叶わなかった恋を、叶えさせてください」
先生の榛色の瞳に、みるみる涙が浮かぶ。それを隠すかのように私を抱きしめると、「ありがとう」と先生は掠れた声で囁いた。
先生の腕の中はあたたかくて、脳が痺れるほどに良い匂いがする。
「私のこと、好き?」
「はい」
「ちゃんとした言葉で言って」
「まだ三月ですから」
私は唖然とし、不満で頬を膨らませた。
「まさか、三月いっぱいは高校生だって言わないよね?」
「正解。四月になるまで、おとなしくしてください」
「ヤダヤダーっ! 我慢できない! キスして!」
「しません」
「して! いますぐにここで!」
先生は私の体を離すと、呆れた顔をして眼鏡のズレを直した。
「学校でそんなことしません」
「もぉっ、真面目すぎる! 四月一日になったその瞬間に、好きってたくさん言って!」
「エイプリルフールだけど、いいの?」
「うわっ、そうだ! なんかイヤっ!」
頭を抱える私を見て、先生は笑った。
その後、私と先生は連絡先を交換した。嬉しい反面、好きと言われないことへのモヤモヤ感が募る。
そこで、先生を椅子に座らせた。飛び跳ねるようにして、後ろから抱きつく。
「大好きですっ!!」
「ここ学校なんですけれど」
「ねぇ、嬉しい? ドキドキする?」
「…………」
「ねぇねぇ、今どんな気持ち?」
「可愛いことをするのは遠慮してください。我慢するのが大変」
「そうなの? 我慢しているの?」
先生の顔を覗き込むと、目元がうっすらと赤くなっている。
私はキス待ち顔を作ると、人差し指で唇をつついた。
「学校で女子高生とキスできる最後のチャンスです。内緒にしますから、どうぞ」
「しません!」
デコピンされて、私は痛さに唇を尖らせた。
「ケチー!」
「そういう問題じゃないです。まったくもう。一つ年上だろうが、十五歳年下だろうが、君には一生勝てないんだろうな」
「嫌?」
「……嫌じゃない」
私たちは笑いながら、新聞部の部室を後にした。




