私は私のままでいい
ぴろりんは、めぐみがつけたあだ名だった。めぐみしか呼んでいなかった。
その事実に、前世の自分よくやったと、独占欲が混ざった誇らしげな気分になる。
「渡瀬さんは、めぐみさんだったときの記憶を持っているんじゃないんですか? だから、花火大会に誰かを誘ったことがあるのか、確認するために聞いた。めぐみさんを忘れられないのか聞いたのも、そう。ミンミンゼミの真似をしたのも、めぐみさんの記憶があるから」
「それは違う! っていうか、めぐみもセミの真似をしたの?」
前世でも今世でも、セミの鳴き真似をする私ってなんなの?
セミに取り憑かれているのかと、苦々しい気持ちになる。そんな私におかまいなく、先生は追求の手を緩めない。
「ミンミンゼミの記憶はない。それなら、どういう記憶ならあるんですか?」
やはり聞かれた。以前に麻衣が言ったように、生まれ変わりを信じてもらうためには、めぐみとぴろりんしか知らない思い出を語る必要がある。けれど、そんなものない。
憂いある表情に、先生は察したのだろう。
「悩んでいることがあるなら、話してください」
「記憶が……はっきりとした記憶が、あるわけじゃないんです。子供の頃に夢を見て、その夢の中に、及川めぐみとサエキヒロシがでてきて……。小学三年生までは、めぐみの夢をたくさん見たんです!! ぴろりんと遊んだ夢も見た!! だけど、そのうち夢を見なくなって……今ではもう、どんな夢を見たか、思い出せない……」
私は両手で顔を覆って、感情を解放した。瞼に置いた指先が、涙で濡れる。
「前世がめぐみだっていう、証拠なんてない。思い込んでいるだけで、本当は違うかもしれない。……ガッカリした?」
「別に」
「嘘っ! がっかりしている! だって、めぐみが好きだったんでしょう! 生きていたら、結婚したでしょう! 私じゃなくて、めぐみが生きていたら良かったね。そしたら、幸せになれたのにね……」
「あぁ、そういう意味で言ったんですか」
顔を覆っていた両手を掴まれ、退かされた。泣き顔を見られたくなくて、顔を背ける。
「見ないで!」
「見せて」
「イヤだっ!」
顔の前にきていた髪を、先生の指が耳にかけた。先生のハンカチが、涙を拭う。
私もハンカチを持っている。でも、涙を拭いてくれる先生の優しさに甘えたくて、ハンカチを忘れたことにする。
「大切なことを話すので、よく聞いてください。渡瀬さんは、めぐみさんが生きていたら結婚したと思っているようですが、僕はそう思わない」
「なんで? 浮気?」
「どうして、そういう発想になるかな」
先生は眉を顰めると、私の頬を軽く摘んだ。
「わっ!?」
「千葉に来てから、いろんなことが起こった。祖父が亡くなり、父が再婚した。母とめぐみさんのお墓参りに行けたのは、中三の一回だけ。それ以降は、義母が墓参りに行くのに反対した。義母にとって、僕の母はおもしろくない存在だった。義母は自分の考えを押しつける人で、父は受け入れたけれど、僕は我慢できなかった。しょっちゅう喧嘩しては、家を飛び出した。家にも学校にも、居場所がなかった」
当時を思い出したのか、先生は疲れたような重い息を吐いた。
「母とめぐみさんのお墓参りに行けたのは、社会人になってから。それまでは、好きなようにお金も時間も使えなかった。だからもし、めぐみさんが生きていたとしても、結婚する未来はなかった。当時の精神状態では、僕のほうから連絡を途絶えさせただろうし、社会人になるまでは会いに行くことができなかった。社会人になってから帰省しても、めぐみさんは村にいなかったと思う。別な場所に住みたがっていたから」
先生は力なく笑った。
「たとえ、めぐみさんが生きていたとしても、結ばれることはなかった。……なんで泣くんですか。渡瀬さんって、涙脆いですね」
「だって! 先生が、家にも学校にも居場所がなかったなんて知らなかった。大変だったこと、全然知らなかった!」
「当たり前です。話していないんですから」
止まりかけた涙が、またぽろぽろと流れる。それを、先生のハンカチが拭う。
「つらかったんだね」
「まぁ、生きているといろんなことがあります」
私は膝の上に置いた手を、握りしめた。
「めぐみが生きていても、結ばれない運命だったなんて……。可哀想」
「だから、渡瀬さんがここにいると思うんだけれど。違う?」
私は目をぱちくりさせた。
「どういう意味?」
「わからないなら、別にいいです」
「知りたーいっ!!」
「こんな時間だ。行かないと」
先生は腕時計を見ると、背中を向けた。部室を出ようとする先生のシャツを急いで掴む。
「私って、なんでここにいるの!?」
「記憶喪失みたいなことを言わないでください」
「だって、意味深なことを言うからーっ! 教えてくれないなら、服を離さない!」
両手で先生のシャツを引っ張ると、先生は観念して力を抜いた。顔だけ振り向く。
「こういうところ、めぐみさんにすっごく似ている」
「本当? もっと、めぐみに似ていたほうが嬉しい?」
先生は息を止め、それから複雑な表情をした。
「渡瀬さんは、渡瀬さんのままでいいです」
「でも、めぐみと似ていたら……ごにょごにょ」
「ごにょごにょって、なんですか?」
「似ていたら、私のこと好きになってくれるかなって……。なーんてね! 嘘です! ハンカチ、私が洗います!」
告白は卒業後と決めているのに、漏れてしまった。
先生の手からハンカチを奪うと、先に部室を出ようとドアを開ける。
「渡瀬さんが卒業するまで、待っています」
「えっ?」
先生は私の脇をすり抜けると、先に廊下に出た。慌てて追いかける。
「卒業するまで待つって……。もしかして、夏休みのあのお返事ですか!?」
「…………」
「恋人を作ったりしないで、私が卒業するまで待っていてくれるの?」
「卒業しても、浪人生は無理です。勉強、頑張ってください」
私は足を止め、どういう意味なのか考える。それから、走って先生の隣に並んだ。
「わかりました! 一発合格します!!」
先生は返事をしなかった。けれど柔らかい表情が、答えが当たっていることを教えてくれた。




