ぴろりんというあだ名
私は新聞部の後輩五人に声をかけた。
「文化祭最後の花火、部室で見ようと思う。私はね。来てもいいし、来なくてもいいよ」
一年生三人と二年生の原は「来れないと思う」との返事。
心の中で(やった!)と、ガッツポーズしたのも束の間。
二年生の石渡は、顔を輝かせた。
「僕は絶対に行きます!」
「あ、そう……。でも、無理しなくていいよ。後片付けで忙しいようなら、来なくても大丈夫だよ」
「いいえ、行きます!!」
「そう……」
麻衣に失意の報告をすると、なぜか麻衣も顔を輝かせた。
「好きな先生と花火を見るって! 一人で青春するなー! 私も邪魔しに行く!!」
「勝手にどうぞ」
石渡が来る時点で、先生と二人になれないのだ。三人になろうが四人になろうが、どうでもいい。
二人で花火を見ることは叶わなくても、同じ空間で花火を見上げることができることに満足しよう。
「邪魔ものが二人いるが、冴木先生の隣は死守するぞ!」
そんな意気込みのもと、文化祭二日目を楽しみにしていた。
週間天気予報では、二日目の降水確率は80パーセント。
「週間天気予報だし! まだわからない!」
だがその後、降水確率は100パーセントに跳ね上がった。
「こうなったら、てるてる坊主に希望を託すしかない!」
生まれて初めて、てるてる坊主を作った。マンションのベランダに下げて、奇跡を祈る。
文化祭一日目は、快晴。
来場者が多く、文化祭は大盛況。クラスの出し物である、二択ウルトラクイズカフェも盛りあがった。
二日目は、大雨。降りしきる雨と、低い気温。
文化祭の来場者が少ない。暇を持て余した暁斗が、ぼやく。
「学校の誰かが、黒いてるてる坊主を作ったのかも。それか、雨を降らせる呪文。『ウンババ、ウババ、ウンバババ』を唱えたか」
暁斗ファンの一年生女子三人が「ウンバババって、なんですかぁ?」と、綿あめのような甘くて高い声で笑った。
お昼に、雨のため打ち上げ花火を中止するとの校内放送が流れた。
私は買ってきた焼きそばを持って、新聞部の部室に入る。
「私もめぐみも、ぴろりんと花火を見られない運命なのかな……」
部室には誰もいない。私は焼きそばを食べ終えると、窓の近くに椅子を運んだ。
休憩時間はまだあるが、催し物を回る気分になれず、降り続いている雨を眺める。
「ぴろりんと花火が見たかった」
夏休みに、先生におんぶされたとき。意図して、「渡瀬友那だって、ぴろりんとの思い出がほしい」と言った。
あだ名を出すことで、私が及川めぐみの生まれ変わりだと気づくことを期待した。
「だけど、どうなんだろう? 裕史だから、ぴろりんってあだ名なんだよね? めぐみだけじゃなく、いろんな人が呼んでいたかも。高校とか大学でも、ぴろりんって呼ばれていたりして? もしかして、元カノもぴろりんって呼んだ?」
暁斗は、みんなからアッキーと呼ばれている。本人も「アッキーと呼んで」と言っている。
それと同じように、先生も元彼女に「ぴろりんと呼んでください」と言っていたりして……。
どうなのだろうと唸っていると、部室のドアが開いた。
「冴木先生!? どうしてここに!?」
「北山さんから、渡瀬さんがいじけて部室に引きこもっているから、励ましてあげてほしいと頼まれまして。なんで、いじけているんですか?」
「さすが親友! わかっている!」
麻衣は、冴木先生との恋を応援すると言ってくれた。口だけでなく、こうやって先生を呼び出してくれるあたり、さすが友情に厚い女。
いじけていたのは本当だが、先生が現れたことで笑顔になってしまった。
麻衣の気遣いに応えるべく、唇を尖らせ、悲しげな声音で話す。
「雨のせいで花火が中止になったので、いじけているんです」
「そんなに花火が見たかったんですか?」
「はい。ぴろりんと花火が見たかったです」
眼鏡の奥にある先生の目が、スゥーっと細まった。
「どうして、ぴろりんって呼ぶんですか?」
「変ですか? いろんな人から、ぴろりんって呼ばれているんじゃないんですか?」
「いいえ。僕のことをぴろりんと呼ぶ人は、一人しかいない」
部室に降りた静寂を、窓の外から響いてくる雨音が打ち破る。
私は鼓動が早くなったのを感じながら、続きの言葉を待った。
「及川めぐみさんです。ぴろりんは、めぐみさんがつけたあだ名。渡瀬さんは、めぐみさんの生まれ変わりなんですか?」




