嫉妬している?
部室に入ると、冴木先生の姿はなかった。先生のいない新聞部に用はないので、飲み物を差し入れして帰ることにする。
「じゃ、塾があるから帰るね。頑張って!」
「渡瀬先輩、ありがとうございます!」
新聞部は文化祭で、新聞の歴史について発表する。大きな方眼紙に書き連ねた文字に間違いはないか、最終チェックをしている後輩たち。
帰ろうとする私に一年生三人は笑顔を浮かべ、二年生二人は慌てた。
廊下に出ると、二年生の石渡慎が追いかけてきた。
「渡瀬先輩! あ、あの、これ、家族で太宰府天満宮に行ったんです。お守り、良かったら……」
「くれるの? ありがとう」
部室で、二年生の原智成が石渡の背中を押しているのが見えた。
石渡は、真面目な優等生。原智成が背中を押したからお守りを渡しに来たけれど、そうじゃなかったら、モジモジして渡せなかったように思う。
気弱な男子は嫌いじゃないし、恋愛を後押しする男同士の友情が微笑ましい。だけど、応えられない。
私はお守りを受け取ると、お礼を言うだけに留めた。本当は、太宰府天満宮はどんなところなのか聞いてみたい。だけど話を盛りあげて、期待させることはしたくない。
「あっ、いたいた! ゆうちゃん!」
晴れ渡った空のような、明るい声。なぜか、村上暁斗が三階にいる。
「昇降口に行ったら、ゆうちゃんの靴があったからさ。一緒に帰ろう」
鋼のメンタルでグイグイ押してくる、イケメンモテモテ男子の村上暁斗。
真面目でおとなしい、優等生の石渡慎。
私はモテている。麻衣が言うには、修哉と別れてフリーになったかららしい。
けれど、相手が冴木先生でなければ意味がない。私と先生はときめく会話をすることなく、忠実に生徒を先生をこなしている。
「ゆうちゃん、帰ろう」
「ごめん。私、好きな人がいるから」
「誰?」
「教えない」
「付き合っているの?」
「まだ」
暁斗は天然の茶色みがかった髪をかきあげると、石渡に微笑を向けた。
「付き合っていないなら、諦めるっていう選択肢はないよな。君もでしょ?」
「ぼ、ぼくは……」
「女の子を追いかけるのは初めてだけど、案外楽しいね。狩猟本能が目覚めたかもしれない」
「私じゃない人を追いかけてよ」
「ゆうちゃんがいい。な、眼鏡くん?」
同意を求められた石渡は、顔を真っ赤にした。
二人を傷つけることなく断るにはどうすればいいか頭を悩ませていると、廊下の向こうから冴木先生が歩いて来るのが見えた。
なんて最悪なタイミング。男子と仲良くやっていると勘違いされたくない。
「一人で帰るから! じゃあね!」
「そのお守り、どうしたの?」
暁斗が目ざとく、私の手の中にあるお守りを見つけた。石渡が答える。
「太宰府天満宮の学業のお守りです」
「眼鏡君が買ってきたの? わざわざ?」
「母の実家が福岡なので、それで……」
「へぇー、気が効くじゃん。ゆうちゃんのこと、好きなんだ?」
「僕は、そんな……」
「あははっ! 顔が真っ赤だよ。可愛い。俺も、ゆうちゃんが好きなんだよね。俺たち、ライバルだね」
「やめてっ! 黙って!!」
新聞部の部室に入ろうとしている先生の背中に向かって、叫ぶ。
「冴木先生! 今日の授業でわからないことがあるんです! ちょっとこっちに来てください! あ、二人は絶対に来ないで!」
手でおいでおいでと招いて、廊下の端に先生を招く。先生は渋々といった態度で、ドアの取っ手から手を離した。
私は暁斗と石渡の姿が消えたのを確認してから、夕方のオレンジ色の光の中で、先生と向き合った。
「説明させてください! 私、あの二人のこと、なんとも思っていませんから!」
「今日の授業でわからないことって? 今日は歴史の授業、なかったと思いますが」
「そうだけど……」
麻衣は「モテ期を利用して、冴木先生を嫉妬させちゃおうよ」と話した。
麻衣は頭脳派だから上手く立ち回れるかもしれないけれど、私は行動派。どうやって嫉妬させたらいいのかわからない。本音で話すことしかできない。
「先生に、誤解されたくないんです!」
「渡瀬さんは明るいし素直な性格だから、人気があるのはわかります。でも受験生なんですから、羽目を外さないように。大学生になったら遊べるんですから、今は勉強に専念してください」
トゲトゲしい口調に驚く。先生はいつも通りの無表情だが、話し方が不機嫌。
「もしかして……嫉妬している?」
「していません。受験生としての自覚を持つよう、注意しているだけです」
「ひどいっ!! 自覚ならあります!! 受験生だって、わかっています!!」
「落ち着いて!」
「だって、ひどいことを言うから! 私、ちゃんと勉強を頑張っている。受験生だって、わかっている。これでも、すっごい我慢している!!」
先生が大好きだって言いたいし、私のことをどう思っているのか知りたい。けれど、大学受験を第一優先にして我慢している。
うつむいた私の耳に、先生の気まずそうな声が届く。
「すみません。意地悪なことを言いました」
「傷つきました。責任を取ってください」
「どうすればいいですか?」
「文化祭最後の打ち上げ花火、一緒に見たいです」
文化祭の最後に、創立150周年を祝う打ち上げ花火をすることが決定した。
それを知ったときから、先生と一緒に見たいと思っていた。
上目遣いに、先生の反応を伺う。
先生はさきほどまでの硬い表情を解き、目元を和らげている。
「二人だけは、まずいですが……。新聞部のみんなと一緒に見ますか?」
「本当に!? それでもいいです! 嬉しいっ!!」
私は喜びをバンザイポーズで表現すると、ある可能性を口に出す。
「みんなを誘ったんだけど来なくて、結果的に、私と先生の二人だけだったら、しょうがないよね?」
「困った生徒だ」
先生は呆れたように言いながらも、瞳は笑っていた。




