止められない恋心
カフェを出ると、麻衣と別れた。
家へと帰る足を早める。だが雫がポツンと顔に落ちてきて間もなく、土砂降りの雨になった。
「ひゃあー!! ゲリラ豪雨ってやつ!?」
私は近くの建物に避難しようとし、本屋の軒下にいる人に心臓が止まりそうになった。
「冴木先生……」
探しているときは見つからなかったのに、神様は意地悪だ。
私は器用な人間じゃない。先生を好きな気持ちが自分のものなのか、めぐみの未練や執着の影響によるものなのか。答えが見つからずに迷宮の中を彷徨っている状態で、先生と普段どおりに話すことなんてできない。
先生に気がつかないふりをして、逃げようと思った。けれどすでに、私と先生の視線はぶつかっている。先生は自分の左隣を指で差して、おいでと誘っている。
私は刑を執行される囚人のような心持ちで、先生の左隣に立った。頭に手をやって、髪の雫を払う。
「どうも。いきなりの雨で、ビックリですね」
「そうですね」
「こんなところで偶然会うとは、またまたビックリですね」
「渡瀬さんって、神出鬼没ですよね」
「それ、私のセリフです。私の行くところに現れないでください」
「その言葉、そのままお返しします」
普段どおりに話すことなんてできないと、心の中で泣きべそをかいていたのに。
先生の落ち着いた雰囲気と穏やかな眼差しが心地良くて、馴れ馴れしく話してしまう自分がいる。
モヤモヤしていた気分が凪いでいく。冴木先生と話すのは、楽しい。
「本屋にいたんですか?」
「はい。本屋まで尾行してこなかったんですか?」
「なっ!? なんで尾行のことを知っているんですか!?」
「会計をしているときに渡瀬さんが慌てて立ち上がったのが見えたから、冗談で言ったんですが……。本当に尾行したんですか?」
先生の視線から逃れるために、大通りに顔を向ける。
大通りを行き交う車がバシャバシャと激しい音を立てて、道路に溜まっている雨水を弾き飛ばしている。
「私がパスタ屋にいることに、気がついていたんですか?」
「北山さんから挨拶されたときに、渡瀬さんと待ち合わせをしていると聞いたので」
「麻衣! 先生に挨拶したなら、そう言ってよ!」
麻衣は有能だが、肝心なところが抜けている。後で文句を言ってやると鼻息を荒くしていると、再度質問された。
「で、尾行したんですか?」
「誤解です! 聞いてください! 尾行しようとしましたが、できませんでした! 全然違う方向に行ってしまったんです。よって、無罪です!」
「尾行しようとしたんですね?」
「……すみません。だって女の人といたから、気になって。元カノですか?」
嘘は許さないぞ、と目で訴える。
車のクラクションが鳴り響いた。先生はそちらに顔を向けた。私にはそれが、質問から逃げるための動作に思えた。
先生の横顔をじっと見つめる。そんなところに答えは書いていないので、問い詰めるしかない。
「私、知っているんですから! 元カノから、ヨリを戻したいって言われたんでしょう!」
「北山さんから聞いたんですか?」
「否定しないってことは、そうなの!? どうするんですかっ!」
「さぁ、どうしましょう」
歩道を叩く激しい雨を見ながら、本心を飲み込む。
「好きなら、付き合ったらいいと思います。癒し系の女性が、好みなんですか?」
「別にそういうわけではないです」
「えっ!? 違うの?」
先生の幸せがあの女の人のところにあるのなら、祝福するしかない。
そう思って本心を飲み込んだのに、好みではないとの答えに食いつく。
「だったら、どんな人が好みのタイプなんですか?」
「別に、これだというはっきりしたものはないです」
「好みが広いんですか? それとも独自のこだわりがあって、生徒に言うのは恥ずかしい感じですか?」
「独自のこだわりって、なんですか?」
「たとえば、女子高生大好きとか」
「教師がそうだったら、やばくないですか?」
「違うんですか?」
「違うと断言します。高校生って、子供だし」
「子供じゃなーい!」
「僕から見たら、子供です」
子供に見られるのは納得がいかない。けれど柳先生の話を聞いた後なので、冴木先生のクールな考え方が歓迎できる。
「癒し系のうさぎ女子と元気系犬女子、どっちが好きですか?」
「質問が多いですね」
「だって知りたいんだもん! どっちが好きですか?」
「どっちって言ってほしいですか?」
「元気でちょっとうるさくて、しつこいところがあって、でも素直で愛嬌がある子が好きだって言ってほしいです!」
先生は雨に負けないぐらいの大声で笑った。
「それって、渡瀬さんじゃないですか」
「バレました?」
真面目な顔を作ってみたものの、我慢できずに吹き出してしまった。
卒業するまでは、絶対に好きだと言わない。そう決めても、恋心があふれてしまう。
これは不可抗力。先生が素敵だから悪いんだ、と責任をなすりつける。
頬にチクチクしたものを感じて顔を上げると、先生の視線が私に注がれている。真剣な眼差しに、たじろぐ。
「あの……」
「めぐみさんも渡瀬さんのように、明るくて、元気で、裏表がなかった。学校の人気者だった」
はしゃいでいた気持ちが、一瞬にして凍った。
麻衣は、前世を信じてもらうには二人しか知らないことを話せばいい言った。だが、めぐみとぴろりんしか知らないことを私は知らない。
それだけじゃない。ぴろりんが知っていることを私は知らない。
めぐみが裏表のない明るい子で、学校の人気者だったということを初めて知った。




