未練と執着
意気消沈して黙り込んだ私に、麻衣の遠慮がちな眼差しが注がれる。
「冴木先生が好きなの?」
「……違う」
麻衣はなにか言いたそうな素振りを見せたが、水を一口飲むと、勉強の話を始めた。
麻衣は勘が鋭いから、私の気持ちに気づいているだろう。
追及してこない麻衣の優しさに感謝して、私も勉強の話をした。
パスタが運ばれてきた。
食べるために麻衣が無言になったのをいいことに、冴木先生をチラ見する。
元カノから復縁を求められたのに、先生は嬉しそうな顔をしていない。けれど先生は基本的に無表情なので、油断ならない。実は内心では大喜びしているかもしれない。
元カノが「やっぱり、あなたが一番だってわかった」と話していたらしいが、私だって、冴木先生が一番だって叫びたい。
「見過ぎだって!」
いきなり両頬を挟まれて、顔を正面に戻された。真っ正面にいるのは、しかめっ面の麻衣。
「冴木先生のこと、そんなに気になる?」
「……違う」
「進んでいないけれど、食欲がない?」
麻衣はパスタを半分ほど食べたが、私は数本しか食べていない。
麻衣は親友だから、先生を好きな気持ちを真っ向から否定しないはず。打ち明けようと、腹を括る。
「あのね……」
「冴木先生って、よく見るとかっこいいよね。大人の男って感じで落ち着いているし、優しいし、いい感じに真面目だし。噂で聞いたんだけど、一部の女子に人気があるらしい。中には、告白を考えている子もいるって」
「えぇっ!? 嘘でしょー!!」
「あれぇ〜? 動揺している? なんとも思っていないなら、そんな反応するかなぁ? あーやしいな、あやしいな♫」
あやしいなソングを歌う、麻衣。
しまった。はめられた。さすがは新聞部の部長。口を割らせる作戦だ。
でもそれが、ちょうど話そうと思っていたタイミングにぴったり。絆を感じて、泣きそうになる。
私は慌てて笑顔を作ると、ボケた。
「カルボナーラを頼んで失敗した。夏バテしている胃に、こってりクリームってきついわ。麻衣と同じ、トマトの冷製パスタにすれば良かった」
「誤魔化すな。答えろ」
「そっちこそ、別な話をしろ」
「断る。自首しろ」
「私はやっていません」
「へぇー。おたくがそういう態度に出るなら、こっちにも考えがある。冴木先生ー! 友那がねぇ……」
「わーっ!! やめてやめてっ!! 話す!!」
なんて恐ろしい女! 私が凶悪殺人犯だとしても、取り調べが麻衣なら、白状してしまうだろう。
「誰にも話さない?」
「もちろん」
「……うん。好き。最初は、話しやすいなって思って。それでどんどん話しかけていたら、楽しくなっちゃって。気がついたら、好きになっていた」
「それで、卒業したら大丈夫なのか聞いたんだね。うん、いいんじゃない。未成年じゃなくなるし、現役の先生と生徒の関係でもなくなるわけだし。応援するよ」
「ありがとう!」
「あくまでも卒業したらの話だから。卒業するまでは自粛しろ」
「頑張る!」
麻衣という頼もしい応援者ができて、元気と勇気とやる気が湧いた。今ならなんでもできる気がする。
冴木先生を見ると、テーブル席には誰の姿もない。慌てて探すと、会計をしている。
私はすぐさま立ち上がった。
「行くよ!」
「はっ?」
「尾行する!」
「えっ! 自粛する件はどうなった!?」
「告白はしない。跡をつけるだけだって」
「やめなよ! バレたら怒られるって!」
「だったら、私一人で行くね! 麻衣はごゆっくり」
「えっ、ちょ、ちょっと!!」
会計をしていると、麻衣が早足で来た。急いで残りのパスタを食べたらしい。
私たちはパスタ屋を出ると、駅ビルがある方に向かった。二人で探すも、見つからない。
「駅とは反対の方向に行ったみたい。どうしよう」
「諦めよう。見つからなくて良かったと思う。嫌な顔をされるだけだよ」
「……うん」
麻衣の言うとおり。先生が見つかったとしても、嫌われたら意味ない。
三十五度を超える気温の中を走ったので、私と麻衣は涼を求めて、カフェに入った。
私はグレープフルーツジュース、麻衣はアイスココアを飲む。
麻衣に先生が好きだと本音を明かしたことで、大切なことを相談する決心がついた。
ただ、すべてを正直に話して否定されるのはつらいので、本で読んだと嘘をつく。
「その本の主人公はね、前世の記憶があって、それで前世で好きだった人と仲良くなったんだ。その女の人は、前世のことを話そうかどうか迷っている。信じてもらえないかもしれないっていう怖さと、前世のことを告白してギクシャクした関係になるよりも、このまま仲良くいたほうがいいんじゃないかというジレンマと。つまりいろいろと考えちゃって、悩んでいるわけ。麻衣ならどうする?」
「私なら、どれくらい記憶があるかによるかなぁ。相手に信じてもらえるくらいの記憶があるなら話すし、曖昧な記憶しかなかったら話さない」
「現実的だね」
「そりゃそうでしょ。信じてもらうには証拠がなくちゃ。私なら、二人しか知らないことを話す」
めぐみとぴろりんしか知らないこと。そんなもの、あるだろうか?
ぴろりんは、めぐみを花火に誘った。二人だけで行く約束をしたのか、それとも友達グループと一緒に行く約束だったのか。そこまでは、知らない。
めぐみはぴろりんと呼んでいたが、めぐみだけが呼んでいたのか。それとも、友達みんなでぴろりんと呼んでいたのか。それも知らない。
数少ない記憶は断片的で、信じてもらうための証拠としては弱い。
麻衣はアイスココアを飲み干すと、氷をぐるぐるとかき混ぜた。
「氷を溶かして、もうちょっと飲むぞ。そうそう、気になることがあるんだけど。その本の主人公は前世で好きだったから、今世でも好きなの?」
「どういうこと?」
「前世の未練とか執着に引きずられて、好きなのかなぁって」
ガツンと頭を殴られた。
前世の未練や執着じゃない、と否定したい。
けれど赴任してきた冴木先生に、私は暗い印象しか持たなかった。それなのに興味を持って話しかけたのは、サエキヒロシなのかどうか確かめるため。
めぐみの存在が、私を冴木先生に近づけた。私はめぐみの影響を受けている。
もしも、前世のことを思い出さなかったら……。それでも、私は冴木先生を好きになった?
好きになったと信じたい。
けれど前世を思い出さなかったら、花火大会のことを聞き出すためにアンケートを取ることも、朝の会話をするために自転車から降りることもしなかった。
「雨が降りそう」
麻衣が、つぶやいた。
店の窓を見ると、怪しい黒雲が広がっている。




