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二十年後の約束  作者: 遊井そわ香
第四章 冴木先生の心にいる人
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未練と執着

 意気消沈して黙り込んだ私に、麻衣の遠慮がちな眼差しが注がれる。


「冴木先生が好きなの?」

「……違う」


 麻衣はなにか言いたそうな素振りを見せたが、水を一口飲むと、勉強の話を始めた。

 麻衣は勘が鋭いから、私の気持ちに気づいているだろう。

 追及してこない麻衣の優しさに感謝して、私も勉強の話をした。


 パスタが運ばれてきた。

 食べるために麻衣が無言になったのをいいことに、冴木先生をチラ見する。

 元カノから復縁を求められたのに、先生は嬉しそうな顔をしていない。けれど先生は基本的に無表情なので、油断ならない。実は内心では大喜びしているかもしれない。

 元カノが「やっぱり、あなたが一番だってわかった」と話していたらしいが、私だって、冴木先生が一番だって叫びたい。


「見過ぎだって!」

 

 いきなり両頬を挟まれて、顔を正面に戻された。真っ正面にいるのは、しかめっ面の麻衣。


「冴木先生のこと、そんなに気になる?」

「……違う」

「進んでいないけれど、食欲がない?」


 麻衣はパスタを半分ほど食べたが、私は数本しか食べていない。

 麻衣は親友だから、先生を好きな気持ちを真っ向から否定しないはず。打ち明けようと、腹を括る。


「あのね……」

「冴木先生って、よく見るとかっこいいよね。大人の男って感じで落ち着いているし、優しいし、いい感じに真面目だし。噂で聞いたんだけど、一部の女子に人気があるらしい。中には、告白を考えている子もいるって」

「えぇっ!? 嘘でしょー!!」

「あれぇ〜? 動揺している? なんとも思っていないなら、そんな反応するかなぁ? あーやしいな、あやしいな♫」


 あやしいなソングを歌う、麻衣。

 しまった。はめられた。さすがは新聞部の部長。口を割らせる作戦だ。

 でもそれが、ちょうど話そうと思っていたタイミングにぴったり。絆を感じて、泣きそうになる。

 私は慌てて笑顔を作ると、ボケた。


「カルボナーラを頼んで失敗した。夏バテしている胃に、こってりクリームってきついわ。麻衣と同じ、トマトの冷製パスタにすれば良かった」

「誤魔化すな。答えろ」

「そっちこそ、別な話をしろ」

「断る。自首しろ」

「私はやっていません」

「へぇー。おたくがそういう態度に出るなら、こっちにも考えがある。冴木先生ー! 友那がねぇ……」

「わーっ!! やめてやめてっ!! 話す!!」


 なんて恐ろしい女! 私が凶悪殺人犯だとしても、取り調べが麻衣なら、白状してしまうだろう。


「誰にも話さない?」

「もちろん」

「……うん。好き。最初は、話しやすいなって思って。それでどんどん話しかけていたら、楽しくなっちゃって。気がついたら、好きになっていた」

「それで、卒業したら大丈夫なのか聞いたんだね。うん、いいんじゃない。未成年じゃなくなるし、現役の先生と生徒の関係でもなくなるわけだし。応援するよ」

「ありがとう!」

「あくまでも卒業したらの話だから。卒業するまでは自粛しろ」

「頑張る!」


 麻衣という頼もしい応援者ができて、元気と勇気とやる気が湧いた。今ならなんでもできる気がする。

 冴木先生を見ると、テーブル席には誰の姿もない。慌てて探すと、会計をしている。

 私はすぐさま立ち上がった。


「行くよ!」

「はっ?」

「尾行する!」

「えっ! 自粛する件はどうなった!?」

「告白はしない。跡をつけるだけだって」

「やめなよ! バレたら怒られるって!」

「だったら、私一人で行くね! 麻衣はごゆっくり」 

「えっ、ちょ、ちょっと!!」


 会計をしていると、麻衣が早足で来た。急いで残りのパスタを食べたらしい。

 私たちはパスタ屋を出ると、駅ビルがある方に向かった。二人で探すも、見つからない。


「駅とは反対の方向に行ったみたい。どうしよう」

「諦めよう。見つからなくて良かったと思う。嫌な顔をされるだけだよ」

「……うん」


 麻衣の言うとおり。先生が見つかったとしても、嫌われたら意味ない。

 三十五度を超える気温の中を走ったので、私と麻衣は涼を求めて、カフェに入った。

 私はグレープフルーツジュース、麻衣はアイスココアを飲む。

 麻衣に先生が好きだと本音を明かしたことで、大切なことを相談する決心がついた。

 ただ、すべてを正直に話して否定されるのはつらいので、本で読んだと嘘をつく。


「その本の主人公はね、前世の記憶があって、それで前世で好きだった人と仲良くなったんだ。その女の人は、前世のことを話そうかどうか迷っている。信じてもらえないかもしれないっていう怖さと、前世のことを告白してギクシャクした関係になるよりも、このまま仲良くいたほうがいいんじゃないかというジレンマと。つまりいろいろと考えちゃって、悩んでいるわけ。麻衣ならどうする?」

「私なら、どれくらい記憶があるかによるかなぁ。相手に信じてもらえるくらいの記憶があるなら話すし、曖昧な記憶しかなかったら話さない」

「現実的だね」

「そりゃそうでしょ。信じてもらうには証拠がなくちゃ。私なら、二人しか知らないことを話す」


 めぐみとぴろりんしか知らないこと。そんなもの、あるだろうか? 

 ぴろりんは、めぐみを花火に誘った。二人だけで行く約束をしたのか、それとも友達グループと一緒に行く約束だったのか。そこまでは、知らない。

 めぐみはぴろりんと呼んでいたが、めぐみだけが呼んでいたのか。それとも、友達みんなでぴろりんと呼んでいたのか。それも知らない。

 数少ない記憶は断片的で、信じてもらうための証拠としては弱い。


 麻衣はアイスココアを飲み干すと、氷をぐるぐるとかき混ぜた。


「氷を溶かして、もうちょっと飲むぞ。そうそう、気になることがあるんだけど。その本の主人公は前世で好きだったから、今世でも好きなの?」

「どういうこと?」

「前世の未練とか執着に引きずられて、好きなのかなぁって」


 ガツンと頭を殴られた。

 前世の未練や執着じゃない、と否定したい。

 けれど赴任してきた冴木先生に、私は暗い印象しか持たなかった。それなのに興味を持って話しかけたのは、サエキヒロシなのかどうか確かめるため。

 めぐみの存在が、私を冴木先生に近づけた。私はめぐみの影響を受けている。


 もしも、前世のことを思い出さなかったら……。それでも、私は冴木先生を好きになった?


 好きになったと信じたい。

 けれど前世を思い出さなかったら、花火大会のことを聞き出すためにアンケートを取ることも、朝の会話をするために自転車から降りることもしなかった。


「雨が降りそう」


 麻衣が、つぶやいた。

 店の窓を見ると、怪しい黒雲が広がっている。



 

 

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