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二十年後の約束  作者: 遊井そわ香
第四章 冴木先生の心にいる人
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柳先生

 大学受験を控えた高校三年生は忙しい。夏休みは、ほぼ毎日塾通い。朝から晩まで勉強漬け。

 こんなに勉強をしているのに、賢くなっている気がしないから不思議だ。それどころか勉強をすればするほど、自分の能力の限界と、上にいる人たちの天才ぶりに落ち込む。

 先日の模擬試験、国語の点数が悪かった。

 私立大学を希望しているだけでも申し訳ないのに、浪人なんてしたら母に合わせる顔がない。

 担任の先生が「夏休みに一気に伸びる子がいるから! 安全圏にいるからといって、のんびりしてはダメよ!」と、発破をかけた意味がわかった。

 みんなが頑張っている。勉強以外のことに気をとられる暇などない。


 そんな中、麻衣からランチの誘いがあった。気分転換にちょうどいい。

 待ち合わせは、駅前のパスタ屋。眼科に行ってから来る麻衣のために、店内に入って待つ。

 窓際のテーブル席に座って、外を眺める。日差しは強く、通りを歩く人々の顔は連日の猛暑にバテている。

 その人混みの中に、見知った顔があった。


「柳先生?」


 170センチに届かない、小柄な体型。けれど顔が小さく、手足が長い。そのせいで、身長の低さが気にならない。

 柳先生はキツネ顔で、美男というわけではない。だが、柳先生には不思議な魅力がある。


 やなぎ蒼眞そうま先生は、中学校の音楽教師。私は吹奏楽部に入っていたので、部活の顧問でもあった。

 柳先生は当時、二十代後半。何気ないポロシャツでも、よく見れば有名ブランド品だったりと、おしゃれな人だった。

 生徒たちと他愛ない話をしては、よく笑っていた。その笑顔が少年っぽくて、私だけではなく他の生徒たちも柳先生に親しみを持っていた。

 背が低いし、顔がいいわけでもない。けれどピアノがやたらとうまくて、情熱的なピアノの調べが、柳先生を芸術家に仕立てあげていた。


 私が中学三年にあがるときに、柳先生は隣の市の中学校に移った。それ以来、先生に会っていない。

 だから、柳先生の姿を見るのは四年ぶり。

 パスタ屋の窓から見える四角い風景は、狭い。柳先生はあっという間に視界から消えた。それでも、四年前に比べて痩せたのがわかった。


「仕事で忙しい? それとも、子育てが大変とか? まさか病気じゃないよね?」


 柳先生は、産休の先生の代理で入った深山みやま静香先生と結婚した。

 それを知ったのは、担任の先生がホームルームで報告したから。


「去年いた音楽の柳先生と国語の深山先生の結婚式に、昨日行って来ました。もうすぐ、お子さんが産まれるそうです」


 その日の放課後。吹奏楽部の三年生四人で、三年三組に集まった。

 話の内容は、柳先生と深山先生のこと。


「深山先生と、できちゃった婚なんてびっくり!」

「あの二人、出会ってすぐに付き合ったっていうこと?」

「深山先生って、大手不動産会社の娘らしいよ。お金目的だったりして!」

「柳先生って、ブランド物好きだもんねー。俺は生徒のためにかっこいい先生でいるって、言ってたし!」


 ワイワイ盛りあがっていた空気を、高宮たかみや実里みのりが壊した。


「深山先生って、いかにも箱入り娘って感じでおっとりしていたじゃん。柳先生に騙されて可哀想。どうせそのうち、別れるよ」


 実里は柳先生と仲が良かった。それなのにどうして悪く言うのか、わからなかった。

 だが実里がトイレに行って場を離れた隙に、他の子が教えてくれた。


「嫉妬だね。実里って、年上好きじゃん。柳先生が好きだったんだよ。取られたーって感じで、おもしろくないんだよ」


 納得した。だからその後、友達と別れて実里と二人で帰っても、柳先生の名前を出さなかった。

 それなのに、実里のほうから話を振ってきた。


「私ね、柳先生が好きだった」

「あ……そうなんだ」


 私は初めて聞いたフリをした。

 実里は夕焼け空を見上げながら、告白を続けた。


「私ね、親のことで悩んでいたんだ。そのことを柳先生に相談しているうちに、どんどん好きになっちゃって。先生が『高宮は先生のことが好きだもんな』って、冗談で言ったとき。私『そうなんです』って答えた。その日から、音楽準備室に鍵をかけて、二人で会っていた」

「えっ……、あの、付き合っていたわけじゃないよね?」

「私は付き合っていると思っていた。キスしたから」


 絶句した私に、実里は泣き顔を向けた。


「学校を転勤するときに、『もう会えない』って言われた。嫌だって泣いたら、『学校の先生だから、好きなだけ。一時的な気持ちだよ。同じ年齢の男子に目を向けてごらん』って諭された。しつこくして嫌われたくなかったから、別れを受け入れた。だけど、高校生になったら絶対に会いに行くって決めていた。それなのに、深山先生と結婚だなんて……」


 中学生にキスをした柳先生を気持ち悪いと思った。けれどそれを実里に言うわけにはいかず、「大変だったね」と無難な慰め方をした。

 実里は、能面のような顔になった。底にドロドロしたものを秘めているのに、無表情。


「あの人。私と付き合いながら、深山先生とも付き合っていた。二股をかけていた。計算したの。私とキスしたときには、深山先生のお腹には赤ちゃんがいた。最低。死ねって思う」

 

 

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