塩クッキー
修哉に殴られた痣がまだ残ってはいるものの、痛々しく見えなくなった。
そういうわけで、ガーゼで隠して学校に行った。ニキビを潰してしまったと、クラスメートに嘘をつく。
休み時間に自分の机で唸っていると、前の席に麻衣が座った。麻衣には、修哉に殴られたことを話している。
「うー……困った」
「なに? 便秘?」
「違うから! っていうか、なんで便秘?」
「唸っているから、お腹が苦しいのかと思って」
「そうじゃなくて、繊細な悩みを抱えているんですよ!」
「猪突猛進な友那が? なにかの冗談?」
麻衣が驚くもの無理はない。勢いで突き進む私が、自らブレーキをかけているのだ。
「冴木先生にお菓子を作ってきたんだけど、どうしようかなって……」
「渡せばいいんじゃん」
「それができたら、悩んでいない」
「すごいジョークを思いついた! 渡せばいいじゃない、渡瀬なんだから。ププッ!」
「そうだ、私は渡瀬。渡せばいいんだ……そうだ、ふふっ……」
ストンと納得した私を、麻衣がオバケでも見るような引き攣った顔で見つめる。
「だ、大丈夫? くだらないって、突っ込んでほしかったなー……」
放課後。社会科準備室の前でウロウロする。
手に持っている紙バッグの中には、綺麗にラッピングした手作り塩クッキーが入っている。
「お母さんは、ザクザクとした歯応えと、甘さと塩加減のバランスがちょうど良いって喜んで食べてくれたけれど……。先生の好みじゃなかったら、どうしよう」
先生は甘いものが苦手かもしれない。そう考えて、『甘くないお菓子』で検索して、塩クッキーを作ってみた。
味にも見た目にも自信がある。それなのに十分以上もウロウロしているのは、先生の反応が怖いから。
「生徒からモノを受け取らない主義です。って拒否されたら、どうしよう。生きていけない」
明日にしよう。いやいや、手作りなのだから今日中に渡さないと。
葛藤で苦しんでいると、社会科準備室のドアが開いた。冴木先生だった。
「あれ? 渡瀬さん」
「これあげます!! ごめんなさい!!」
紙袋を押しつけて、全力で逃げる。
校舎から出て駐輪場に走り、自転車を飛ばして学校が見えない場所まで漕ぎ続ける。
「はぁはぁ……。ここまで逃げれば十分でしょ」
逃げすぎである。だけど、逃げずにはいられなかった。
紙袋の中には、塩クッキーの他に手紙も入っている。
『冴木先生へ
先日は大変お世話になりました。ありがとうございました。
無事に話し合いを終えて、あの件についてはもう大丈夫です。ご心配をおかけしました。
あと、しつこく質問したり、デリカシーのないことを言ってごめんなさい。とっても反省しています。
めぐみのこと、忘れていいと思います。亡くなった人との思い出が薄れていくのは、自然なこと。先生が笑顔でいたら、めぐみも喜ぶと思います。
タオルとココアのお礼に、塩クッキーを作りました。手作りなので、早めに食べてください。好きじゃなかったら、誰かにあげてください。
いろいろとごめんなさい。すごく反省しています。 渡瀬友那』




