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二十年後の約束  作者: 遊井そわ香
第三章 恋に、さようならとこんにちは
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嘘つき

 プライベートに立ち入るのは、生徒と先生の境界線を超えている。ルール違反。

 わかっている。でも先生の笑顔を取り戻し、幸せになってもらうためには、立ち入らないといけない。

 話したくないと拒絶されても、詮索するなと叱られても、私は聞かなくてはいけない。

 嫌な顔をされるのを覚悟したが、予想に反して、先生はうっすらと笑った。


「渡瀬さんは、その話題が好きですね」

「はい。先生の過去に興味があるんです」

「おもしろい話はできないです」

「笑いたいわけじゃないんで、大丈夫です」

「なんで、つまらない人間の過去なんか……」

「つまらなくないです! 先生は自分で思っているより、おもしろい人だと思います!」

「おもしろい話はできないです」

「笑いたいわけじゃないんで……って、ループしています!!」


 先生がボケてくれた。心を開いてくれたことが嬉しくて、ニマニマしてしまう。だが、浮かれた気持ちは瞬時にして消えた。

 先生の目は、暗い。

 話したくないから、会話をループしただけなのかもしれない。


「すみません。話したくなかったら、話さなくていいです」

「今でも忘れられない……か。どうだろう。彼女が亡くなって、二十年になろうとしている。忘れたくなくても、忘れていく。最初の頃は、それが怖かった。思い出が薄れないよう、記憶を何度もなぞった。だけど……。年に一回、お墓参りに行って彼女のお兄さんと話すんです。毎回、言われる。お墓参りに来なくていい。めぐみのことを忘れて、幸せになっていいんだぞって」

「…………」

「めぐみさんを忘れて幸せになっていいのだと言われるたび、申し訳なくなる。幸せそうに見えないのは、僕自身の問題。めぐみさんは関係ない。僕が単にうまく生きられていないだけなのに、めぐみさんを言い訳にしている。ずるい人間なんです。……すみません。話しすぎました」


 先生の口から、疲労の濃いため息がこぼれる。

 ちょうどそのとき。先生の手の内にあるスマホが鳴った。私の母から連絡があるかもしれないと、先生は手にスマホを持っている。

 私は隣にいるから、画面に表示された名前が見えてしまった。


『内田 夏帆』


 先生はスマホの画面を見たまま、止まっている。


「電話ですよね? 出てください」

「いや、いいです」

「遠慮しなくていいです。大切な話かもしれないし」

「後で電話します」


 着信音が切れた。私と先生は黙ったまま。

 雨がしとしとと降っており、帰宅ラッシュで車も人も多い。それなのに、私と先生の間にある空気は静か。


「彼女さんですか?」

「違います」

「誰ですか?」

「大学時代の友人です」

「好きなんですか?」

「突っ込んできますね」

「だって、知りたいんだもん……」


 先生は少しの沈黙を挟んでから、「友達です」と素気なく答えた。

 それが私には嘘を隠しているように聞こえて、笑ってしまった。


「先生って、嘘をつくのが下手ですね。もしかして、元カノですか?」

「…………」

「否定しないんだ……」


 私は先生に何を期待していたのだろう。

 疲れたオーラを放っている、冴えない冴木先生。

 私もめぐみの兄も、めぐみを引きずっているのだろうと思い、めぐみを忘れていいのだと許可を出している。

 でも、そうじゃない。

 めぐみが亡くなって、十九年。記憶も感情も薄れていく。先生の心にはもう、めぐみに対する特別な想いなんてない。

 それでいいのに……。


 ──なんで私、死んじゃったのかな。生きていたら、ぴろりんの彼女になって、結婚して、そういう未来があったかもしれないのに……。


「渡瀬さん、大丈夫ですか?」

 

 フェイスタオルを目元に当てた私に、先生が気遣わしげに声をかけた。

 私は浅い呼吸を何度か繰り返すと、タオルを下ろした。

 明るい笑顔と明るい声で、先生の腕を叩く。


「なーんだ! 彼女がいないっていうから、心配して損した! 元カノから電話が来るってことは、ヨリを戻す感じですか?」

「そういうんじゃないです。悩みを聞いているだけです」

「元カレに悩み相談するって……気にかけてほしいからですよ。ヨリを戻したいって言われたら、どうするんですか?」

「さぁ。どうしましょうか。……どうして泣くんですか」


 涙が耐えてくれなかった。フェイスタオルで顔を覆う。


「めぐみのこと、忘れないって言ったくせに……嘘つき」

「いつ、僕がそんな話を……」

「友那っ!!」

 

 母の登場に救われた。

 収拾がつかないぐちゃぐちゃな心で話し続けていたら、先生を傷つけることを言ってしまっただろう。

 母は何度も頭を下げて、先生にお礼を述べた。

 

「ほら! 友那もお礼を言いなさい!」

「ありがとうございました」

「では、これで失礼します。ありがとうございました!」


 感情が高ぶりすぎて、逆に感情が抜け落ちた顔で先生を見つめる。先生はなにか言いたそうな、困惑した目を私に向けている。

 私たちは会話を交わすことなく、離れた。


 タクシーに乗るよう、母に背中を押される。

 私は振り返ることなく、タクシーに乗り込んだ。


 めぐみを忘れて、幸せになってほしい。ぴろりんを解放してあげたい。

 そう願っていたのに、私は嘘つきだ。

 

 めぐみを忘れないで。私以外の人と、幸せにならないで──。


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