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二十年後の約束  作者: 遊井そわ香
第三章 恋に、さようならとこんにちは
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戻らない心

 新聞部は年に四回、新聞を発行している。五月の夏号、九月の秋号、十二月の冬号、三月の春号。

 夏号の発行を終えた新聞部は、休息期に入っている。そういうわけで、部室には私と北山麻衣しかいない。

 ちなみに私は副部長で、麻衣は部長。麻衣とはクラスも同じ。


「ねぇ、麻衣。どうやって別れたらいいと思う?」

「縁切寺に行ってみたら?」

「効果あるかな?」

「やってみないとわからない」

「だね」


 女性は心が決まると揺るがないと聞いたことがあるけれど、本当らしい。

 昨日の夜。私は修哉と別れることに決め、メールを送った。それに対して修哉は電話を寄越してきて、「好きだ」「絶対に別れない」「反省するから」と、やり直しを求めた。

 私はやり直したいんじゃない。別れたいのだ。

 決意は揺るがない。それで、洗いざらいぶちまけた。


「だって、修哉は自分勝手だもん! 性格を変えられるわけない! 私ばっかりいつも我慢して、合わせて。そういうの疲れた。自分のままでいられる人と付き合いたい」

「変えられる! 俺たち、絶対にうまくいくって!」

「そうかなぁ? 気に入らないことがあると不機嫌になったり、終わったことを根に持ってグチグチ言ったり。そういうの直せる?」

「直せる」

「自分のやりたいことを押し付けて、私の意見を聞いてくれないよね。友那は歩くのが遅いって言って、自分のペースで歩くし。それに、いつも待ち合わせに遅れるくせに、私が遅れたら怒った。すごく嫌だった。やっぱり無理だよ。修哉に合う人を彼女にしたほうがいいよ」

「そんなこと言うなよ。友那が好きなんだ。ごめん。悪かった。友那が優しいから、甘えていた。これからは友那の気持ちを尊重する」


 私の気持ちを尊重すると言いながらも、別れたいという気持ちは尊重しないんだ、と思った。

 

 そのことを麻衣に話すと、部室中に響くほどの大声で笑われてしまった。


「だって気持ちを尊重したら、別れないといけないんだよ? 好きなんだもん。尊重できるわけないじゃん」

「だったら、私はどうしたらいいの!」

「両方が冷めるのが一番いいんだけどね。好きな気持ちがあるほうの負けってやつ?」


 恋は天秤で、いつも左右どちらかに傾いている。水平に保つのは奇跡。


 学校を出ると、校門前で麻衣と別れる。麻衣の家は、私とは真逆の方向。

 鈍色の空からポツリポツリと雫が垂れ始め、私は自転車を漕ぐスピードを早めた。


「やばい! 急げー!!」


 ポツリポツリと降っていた雨が、自己主張を強めていく。マンションが見えたときには、大降りになっていた。


「間に合わなかった。冷たい」


 顔に垂れてくる雫を拭いながら、マンションのエントランスに入る。歩くたびにスニーカーから、ぐちゃぐちゃと不快な音が鳴る。

 すぐにシャワーを浴びよう。そんなことを考えながら、エレベーターから降りる。

 マンションの八階。玄関前に立っている人物に、背筋が凍る。


「修哉……」


 オートロックのマンションに無断で入るなんて、不法侵入。

 修哉は睨んでいる私に気づくと、悲しそうに眉尻を下げた。

 

「ごめん。どうしても友那に会いたくて」

「なんで勝手に人の家の前で待っているんですか! 私の気持ちを尊重してくれるんじゃなかったんですか! ストーカーって犯罪ですからね!」

「悪い。だけど、友那と話したくて……」

「電話で話したじゃないですか!」

「直接顔を見て……」

「そうやって、考えを押し付けてくる。会いたくないっていう、私の気持ちを考えてくれています?」

「俺のこと、何度も好きだと言ってくれたよな。あれ、嘘だった?」

「嘘じゃないです。でももう、冷めたっていうか……」

「はっ、冷めたか。ひどいな。好きにさせた途端、自分は冷めただなんて」


 重い空気に、修哉の虚ろな声が落ちる。


「好きだ。愛している」

「ごめんなさい」

「今までのこと反省している。心を入れ替える。大切にするから」

「ごめんなさい」


 修哉は「ひどいな。好きにさせた途端、自分は冷めただなんて」と責める言い方をしたが、私だって好き好んで冷めたわけじゃない。両思いになれて幸せだったし、付き合い始めは楽しかった。

 でも、修哉に合わせて自分を偽ることに疲れてしまった。

 

 修哉は廊下の天井を見上げると、鼻を啜った。


「どうしても無理? 気持ちは変わらない?」

「はい」

「そっか……。わかった。今までありがとう。楽しかった」

「はい」

「あのさ、トイレ貸してくれない? 二時間も待っていたから、限界でさ」

「二時間……。近くにコンビニがあるから、借りたらどうですか?」

「トイレも貸してくれないの? さすがに冷たすぎない?」


 二時間も待っていたなんて怖すぎる。だが、トイレを貸さないのは冷たいとも思う。

 迷った末に、修哉がトイレを使っている間は家の外にいればいいと考えた。


「わかりました。トイレを使ったら、すぐに帰ってくださいね」

「わかっている」


 玄関の扉を開けて、修哉を中に促す。


「トイレは左手にあります」


 修哉はいきなり私の左手首を掴むと、引っ張った。背中に手を当てられて、無理矢理に家の中に押し込まれる。

 悲鳴をあげる間もなかった。

 修哉の手によって、玄関扉が閉められる。


 

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