戻らない心
新聞部は年に四回、新聞を発行している。五月の夏号、九月の秋号、十二月の冬号、三月の春号。
夏号の発行を終えた新聞部は、休息期に入っている。そういうわけで、部室には私と北山麻衣しかいない。
ちなみに私は副部長で、麻衣は部長。麻衣とはクラスも同じ。
「ねぇ、麻衣。どうやって別れたらいいと思う?」
「縁切寺に行ってみたら?」
「効果あるかな?」
「やってみないとわからない」
「だね」
女性は心が決まると揺るがないと聞いたことがあるけれど、本当らしい。
昨日の夜。私は修哉と別れることに決め、メールを送った。それに対して修哉は電話を寄越してきて、「好きだ」「絶対に別れない」「反省するから」と、やり直しを求めた。
私はやり直したいんじゃない。別れたいのだ。
決意は揺るがない。それで、洗いざらいぶちまけた。
「だって、修哉は自分勝手だもん! 性格を変えられるわけない! 私ばっかりいつも我慢して、合わせて。そういうの疲れた。自分のままでいられる人と付き合いたい」
「変えられる! 俺たち、絶対にうまくいくって!」
「そうかなぁ? 気に入らないことがあると不機嫌になったり、終わったことを根に持ってグチグチ言ったり。そういうの直せる?」
「直せる」
「自分のやりたいことを押し付けて、私の意見を聞いてくれないよね。友那は歩くのが遅いって言って、自分のペースで歩くし。それに、いつも待ち合わせに遅れるくせに、私が遅れたら怒った。すごく嫌だった。やっぱり無理だよ。修哉に合う人を彼女にしたほうがいいよ」
「そんなこと言うなよ。友那が好きなんだ。ごめん。悪かった。友那が優しいから、甘えていた。これからは友那の気持ちを尊重する」
私の気持ちを尊重すると言いながらも、別れたいという気持ちは尊重しないんだ、と思った。
そのことを麻衣に話すと、部室中に響くほどの大声で笑われてしまった。
「だって気持ちを尊重したら、別れないといけないんだよ? 好きなんだもん。尊重できるわけないじゃん」
「だったら、私はどうしたらいいの!」
「両方が冷めるのが一番いいんだけどね。好きな気持ちがあるほうの負けってやつ?」
恋は天秤で、いつも左右どちらかに傾いている。水平に保つのは奇跡。
学校を出ると、校門前で麻衣と別れる。麻衣の家は、私とは真逆の方向。
鈍色の空からポツリポツリと雫が垂れ始め、私は自転車を漕ぐスピードを早めた。
「やばい! 急げー!!」
ポツリポツリと降っていた雨が、自己主張を強めていく。マンションが見えたときには、大降りになっていた。
「間に合わなかった。冷たい」
顔に垂れてくる雫を拭いながら、マンションのエントランスに入る。歩くたびにスニーカーから、ぐちゃぐちゃと不快な音が鳴る。
すぐにシャワーを浴びよう。そんなことを考えながら、エレベーターから降りる。
マンションの八階。玄関前に立っている人物に、背筋が凍る。
「修哉……」
オートロックのマンションに無断で入るなんて、不法侵入。
修哉は睨んでいる私に気づくと、悲しそうに眉尻を下げた。
「ごめん。どうしても友那に会いたくて」
「なんで勝手に人の家の前で待っているんですか! 私の気持ちを尊重してくれるんじゃなかったんですか! ストーカーって犯罪ですからね!」
「悪い。だけど、友那と話したくて……」
「電話で話したじゃないですか!」
「直接顔を見て……」
「そうやって、考えを押し付けてくる。会いたくないっていう、私の気持ちを考えてくれています?」
「俺のこと、何度も好きだと言ってくれたよな。あれ、嘘だった?」
「嘘じゃないです。でももう、冷めたっていうか……」
「はっ、冷めたか。ひどいな。好きにさせた途端、自分は冷めただなんて」
重い空気に、修哉の虚ろな声が落ちる。
「好きだ。愛している」
「ごめんなさい」
「今までのこと反省している。心を入れ替える。大切にするから」
「ごめんなさい」
修哉は「ひどいな。好きにさせた途端、自分は冷めただなんて」と責める言い方をしたが、私だって好き好んで冷めたわけじゃない。両思いになれて幸せだったし、付き合い始めは楽しかった。
でも、修哉に合わせて自分を偽ることに疲れてしまった。
修哉は廊下の天井を見上げると、鼻を啜った。
「どうしても無理? 気持ちは変わらない?」
「はい」
「そっか……。わかった。今までありがとう。楽しかった」
「はい」
「あのさ、トイレ貸してくれない? 二時間も待っていたから、限界でさ」
「二時間……。近くにコンビニがあるから、借りたらどうですか?」
「トイレも貸してくれないの? さすがに冷たすぎない?」
二時間も待っていたなんて怖すぎる。だが、トイレを貸さないのは冷たいとも思う。
迷った末に、修哉がトイレを使っている間は家の外にいればいいと考えた。
「わかりました。トイレを使ったら、すぐに帰ってくださいね」
「わかっている」
玄関の扉を開けて、修哉を中に促す。
「トイレは左手にあります」
修哉はいきなり私の左手首を掴むと、引っ張った。背中に手を当てられて、無理矢理に家の中に押し込まれる。
悲鳴をあげる間もなかった。
修哉の手によって、玄関扉が閉められる。




