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二十年後の約束  作者: 遊井そわ香
第二章 今世と前世をつなぐ幼馴染
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冴木先生は、ぴろりん

 私はメガホンにしていたアンケート用紙を広げると、先生の机の上に置いた。

 注目しろとばかりに、先生の回答を指で差す。


「詳しく書いてくださいってお願いしたのに! 出身地は『福島』。花火大会の思い出は『特になし』って、どういうことですか!」

「書きようがないです」

「あります! 福島のどこですか!」

「会津若松市です」

「えっ!?」


 ぴろりんは「村のお祭りで、花火やるよね。一緒に見に行こう」と、めぐみを誘った。

 だから私はてっきり、二人は村に住んでいたと思い込んでいた。


「あの、村じゃないの?」

「だから、なんで村なんですか?」

「別に理由はないですけれど……。あの、花火大会の思い出、本当にないんですか?」

「はい」

「……そうですか。わかりました。アンケート、ありがとうございました」


 これ以上しつこく聞いても、答えてくれないだろう。

 私は諦めて、社会科準備室を出た。


 窓の外に広がっている青空に眩しさを感じながら、鼻から息を吸う。目の奥が熱い。

 考えられるのは、二つ。

 一つは、冴木先生はぴろりんじゃない。もう一つは、ぴろりんかもしれないが、及川めぐみを花火に誘ったことなど思い出として語るに値しないと考えている。


「めぐみのこと、どうでもいいのかな……。それとも、冴木先生はぴろりんじゃない? 探偵に頼んでみる?」


 お金はかかるが、探偵なら、及川めぐみの知り合いのサエキヒロシを見つけてくれる。だけど……。


「ぴろりんは、冴木先生がいいよ」


 私はワガママだ。冴木先生以外のサエキヒロシを、ぴろりんだと認めたくない。


「サエキヒロシを探すのは、一旦やめよう。なんか疲れちゃった」


 トボトボと歩いていると、背後から名前を呼ばれた。


「渡瀬さん」

「わあぁぁっ!?」


 驚きのあまり、飛び跳ねてしまった。

 手に持っていたアンケート用紙で、冴木先生をペシペシと叩く。


「びっくりしたっ!! 口から心臓が飛び出したっ!! 気配が全然しなかったっ!!」

「すみません。普通に歩いて来たつもりなのですが」


 驚いて飛び跳ねるという、漫画みたいなことをしてしまった。羞恥心から唇を尖らせて、睨む。


「なんの用ですか」

「渡瀬さんには、説明が必要かと思って。生まれは会津若松市なのですが、三歳のときに、父の実家がある昭和村に移りました。奥会津にある村です」

「村……」

「はい。花火大会の思い出がないと言ったのは、母が……今の母ではなく、父が再婚する前の母親ですが、体が丈夫な人ではなかったし、大きな病気をした。だから、一度も家族で花火大会に行ったことがない。音だけは聞いたけれど。花火大会の思い出が、開けた窓から聞こえてくる音というのもね。それと、花火大会に誘った女の子の話は……結局、行かなかったので」


 私はゴクリと唾を飲み込んだ。放課後の静かな廊下に、淡々と説明する声が響く。


「交通事故で、亡くなったんです」


 冴木先生は、ぴろりんで間違いない。だが、嬉しさはない。

 先生の目には力がない。口角を上げた唇は、悲しみに耐えているように見える。


「そういうわけで、僕は花火大会に行ったことがないんです。だから、書きようがない。アンケートに答えるのが面倒くさくて書かなかったわけじゃないので……って、なんで泣くんですか」

「だって、だって、先生っ!!」


 幸い、廊下には誰の姿もない。それをいいことに、めぐみの想いを伝える。


「花火大会に誘ったのに、交通事故で亡くなったなんて可哀想! その女の子、絶対に行きたかったと思う! 天国に旅立つ前に、約束を破ってごめんって謝りに行ったと思う! 生きているときに言ってしまったひどいことも、ごめんなさいって。私なら、そうする。声が届かなくても、約束を守れなかったことを謝る! ……その女の子、先生のこと好きだったと思う」


 他人になにがわかるのだと言い返してもいいのに、先生は怒らない。感情を表に出すことなく、遠くを見るような目で窓の外を見ている。

 想像した通りだった。他人の口を通して謝られたって、困るだけ。喜ぶはずがない。

 先生はなにも言うことなく、立ち去った。



 私はめぐみの思いを伝えた。このあと、どうしたらいいだろう?

 二週間ほど時間をかけて、じっくり考えた。


 三年前に祖母が亡くなったとき、母は言った。

 

「記憶が薄れていくのは、生きていくための機能。亡くなった人の側に心を置いたままでは、日常生活を送れない。死者の止まった時計と違って、生きる者の時計は進んでいく。時間が止まった思い出の中で、人は生きることができない」


 母は日常生活に忙殺されて、祖母を忘れていくことに怖さを感じたのかもしれない。


 めぐみのお葬式の夢を思い出した。ぴろりんは「めぐみさんのこと、絶対に忘れない」と言った。


「もし今でも、その約束を守っているとしたら?」


 めぐみのことを話した先生の目は、暗かった。過去を乗り越えて前に進んでいる人には見えなかった。

 めぐみが亡くなって、十九年。亡くなった人に心を寄せたままでいるのは、つらいだろうと思う。


「忘れていいよって、言ってあげよう。それを言えるのは、前世がめぐみである私の役目」


 卒業するまでに、前世が及川めぐみであると打ち明けよう。信じてもらえるまで、根気強く訴えよう。

 めぐみを忘れて幸せになっていいのだと、ぴろりんを解放してあげたい。

 

 


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