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二十年後の約束  作者: 遊井そわ香
第二章 今世と前世をつなぐ幼馴染
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相反する理性と感情

 翌朝。自転車で登校していると、冴木先生の背中を見つけた。


「先生と話したいな」


 今までは挨拶だけして通り過ぎていたが、昨日の楽しい気持ちが蘇ってきて、自転車を降りた。


「先生、おはよっ! アンケート、書いてくれました?」

「おはようございます。簡単には」

「ツッコミ待ちですか?」

「なんですか、それ」

「私に深掘りされたくて、わざと書かないのかなぁって」

「そうではないけれど……」


 先生のため息が重い。まだ火曜日だというのに、疲労感が滲んでいる。


「学校の先生になった理由、本当のことを書いてもね……」

「なにそれ!? 気になるっ! 詳しく教えてください!!」


 先生のことを知りたくて、食いつく。

 この感覚、修哉に片思いしていたときと似ている。好きな人のことなら、なんでも知りたいという欲求。

 いやいや、ダメでしょう!! と、自制する。

 相手は学校の先生。しかも十五歳上。好きになってはいけない。

 おとなしくなった私に気を遣ったのか、先生は「知りたいなら、教えますが……」と前置きしてから、重い口を開いた。


「母が教師になりたかったんです。けれど、当時は教師の採用枠が少なくて、なれなかった。それで夢を託されただけで、なりたくてなったわけではない」

「そうなんだ。本当は、何になりたかったんですか?」

「別に……」

「ふーん。厳しいお母さんなんですね」

「厳しいっていうか、エゴが強いです」

「意外! 先生って穏やかだから、お母さんも似た感じの人かと思っていた」


 先生から表情が消え、口をへの字に引き結んだ。

 母親との関係が良くないのだと察して、話題を変える。


「今年、文化祭なんです! 新聞部で事件を起こして、犯人は誰だ! っていう謎解きはどうかなって考えているんですが、どう思いますか?」


 先生を元気にしたい。そう思って、とびっきりの笑顔を向けたのに、先生は鳩が豆鉄砲を食ったようなポカンとした顔をした。


「どうしました? 私の歯にアオサでもついています?」

「笑った顔が……いいえ、なんでもないです。アオサを食べてきたんですか?」

「はい。アオサのお味噌汁です。おいしかったです。それよりも、先生。私のことを真剣な目で見つめてきて……まさか、私に恋しちゃった?」

「なにを言っているんですか!? そんなわけないです! 早く自転車に乗って行ってください!」

「冗談ですよぉー。うぁっ!?」


 片手をひらひらと振ったせいで、自転車のバランスが崩れた。

 自転車がふらつき、危うく先生にぶつかりそうになる。急いでハンドルを握って、バランスを立て直す。


「危なかった。セーフ。あれ、先生?」


 先生が早足で歩きだした。追いつくために、私も急いで歩く。

 だが、先生のほうがだいぶ脚が長い。私は自転車の車輪を忙しなく回転させて、小走りで並ぶ。


「急ぎの用があるんですか?」

「巻き込まれたくないだけです」

「冷たーい! 下敷きになってくれたっていいのに」

「お断りです」

「学校までこのスピードで歩くんですか? 疲れて死んじゃう!」

「自分もです。ゾンビになって、授業をするかもしれない」

「おもしろそう! 一緒にゾンビになりましょう!」

「冗談です」

「そうなんですか? 先生って楽しい人ですね」

「…………」


 校門を入ったところで、お別れ。先生は正面玄関がある左に、私は自転車置き場のある右へ。


「放課後にアンケートを取りに行きますので、詳しく書いてください!」


 先生は返事をせず反応することもなく、行ってしまった。

 私は鼻歌を歌いながら、自転車を駐輪場に停める。

 冴木先生と話すのは楽しい。けれど学校の先生だし、私には彼氏がいる。


「冴木先生、結婚しているよね。馴れ馴れしい態度をとるのは、やめよう」


 小四のときに、両親が離婚した。原因は、父の浮気。

 不倫した父も悪いが、妻帯者と知りつつ関係を持った女性も悪いと、母は相手の女性に慰謝料を求めた。

 その記憶が、結婚している人に馴れ馴れしくしないようにとブレーキをかける。

 冴木先生を間違って好きにならないよう、生徒と先生の距離を保とう。



 ◆◇◆◇



 放課後。アンケートを取りに、社会科準備室を訪ねた。

 冴木先生からアンケート用紙を受け取って、目を疑う。


 家族構成の質問に対して先生は、


『母と弟』


 と、書いている。


「え? 先生って、結婚していないの?」

「はい」

「バツイチ?」

「いいえ」

「えぇ〜っ!! 独身!?」

「しぃー。声が大きい!」


 今日の社会科準備室は、冴木先生の他に三人の先生がいる。

 私は謝ってから、小声で質問する。


「お母さんと弟さんだけなんですか? お父さんは?」

「亡くなりました」

「そうですか……。最近ですか?」

「十年ほど前です」


 先生は三十二歳。十年前ということは、二十二歳。大学生のときに父親が亡くなったのだろう。

 プライベートに立ち入らないほうがいい。余計な詮索をしてはいけない。

 頭ではわかっている。けれど、好奇心には勝てない。


「彼女はいるんですか?」

「なんでそんなことを聞くんですか?」

「好奇心です」

「教えません」

「交換条件で教えます。私は彼氏がいます」

「へぇー」

「先生は?」

「教えません」

「ケチっ! アンケートで質問すればよかった! 激しく後悔っ!」

「そんな質問、絶対に答えないです。声が大きいです」


 興奮して、声が大きくなってしまった。

 見回すと、社会科準備室にいる三人の先生は談笑している。聞こえていなかったようだが、声が大きくならないよう注意しないと。

 私はアンケート用紙を丸めてメガホンを作ると、囁き声で不満を訴える。


「先生って秘密主義なんですね」

「友達じゃないんですから。私生活をペラペラ話す先生なんて、いないです」

「そうだけど……」


 今朝。馴れ馴れしい態度をとるのは、やめよう。生徒と先生の距離を保とう。

 そう決めたばかりのに、自分の心がままならない。

 冴木先生のことを知りたい。仲良くなりたいと思ってしまう。


 

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