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二十年後の約束  作者: 遊井そわ香
第二章 今世と前世をつなぐ幼馴染
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先生の笑顔

「最後に、簡単な質問をしてもいいですか?」

「ああ」


 先生は、明らかにホッとした表情を浮かべた。

 しつこい質問から解放されたいのだろうが、私だって好きでしつこくしているわけじゃない。先生が自分語りをしてくれたら、それで済むのに。

 不満で、声が尖る。


「先生は私に嘘をついていますか? それとも、嘘をついていませんか? イエスかノーの二択でお答えください」

「別に嘘は……」

「よぉーーーーっく!! 考えてください!! 花火を見に行こうと誘ったことは一度もない。その答えでいいんですね!!」


 先生は片手で顔を覆って、ため息をついた。


「二択じゃないとダメなの?」

「二択以外なら、なにがいいんですか? 誘った相手の名前を言いたいとか?」

「それはないけれど。ずいぶんと絡んでくるね。なんでそんなに必死なの?」

「教えてくれないからですっ! 花火大会に女の子を誘ったことがあるのかどうか、教えてくれたっていいじゃないですか! なんでダメなんですか。なにが嫌なんですか。教えてくれないなら、毎日聞き続けます!!」

「それは嫌だな」


 先生は力なく笑うと、机の上に置いてあるパソコンの黒い画面を見た。


「忘れたっていう答えは?」

「ブブーっ! 残念ながらその答えは、学生新聞連合会千葉支部で禁止されています!!」

 

 両腕で大きなバツ印を作る。

 先生は唇が薄いが、色も薄い。その薄い唇から、楽しげな笑い声がこぼれる。


「渡瀬さんって、元気だね」

「……あ、はい。生まれたときから、元気だったみたいです……」


 感情を表に出さない先生が、楽しそうな笑い声をあげた。二、三秒の短い笑いではあったが、爽やかだった。

 陰気で冴えない、冴木先生。けれど笑うと、フレームのない眼鏡の奥にある瞳が優しく細まることを知った。


 爽やかな笑い方とか、眼鏡越しの瞳の優しさとか──ぴろりんみたいじゃない?


 そう思った途端、心臓が跳ねた。


「あ、あのあのですねっ! みんなには言いません! 私だけの秘密にします! だから、女の子を花火に誘ったことがない。嘘をついたならイエス。嘘をついていないならノー。これ以上は深掘りしませんから、教えてください!!」

「動揺している?」

「そこ突っ込まないでください! 先生の笑顔を初めて見たので、めっちゃ動揺しています! あ、言っちゃった」


 両拳で頭をポカポカ叩くと、先生は目を丸くし、吹きだした。


「渡瀬さんって、おもしろいね」

「そ、そうですか? まぁ、友達にはよく言われますけれど。って、そんなことはどうでもよくて! 花火大会に女の子を誘ったことがあるのかないのか、教えてください! このままじゃ、気になって夜も眠れなーい!」


 両手を組んで祈るポーズを作る。

 冴木先生は真顔に戻ると、アンケート用紙を手に取った。しばしの沈黙の後、つぶやく。


「……イエス」

「イエスっていうのは……嘘をついたってことですよね? 嘘をついたっていうのはつまり、花火大会に誘ったことがないと言ったことで、まとめると、学生時代に女の子を村の花火大会に誘ったことがある。そうですね?」

「学生時代とも村の花火大会とも言っていない」

「違うんですか? じゃあ、社会人になってから都会の花火大会に誘ったっていうこと?」

「……渡瀬さんって、警察犬みたい」

「警察犬っ!? たとえが変です!! 探偵とか新聞記者って言ってくださーい! 私を人間にして!!」

「ははっ!」


 先生は額に手を置いて笑った。長めの前髪が手の甲にかかる。


 ──先生の笑った顔、素敵……。


 私も一緒に笑っていたのだが、先生を素敵だと思った心の声に激しく動揺する。

 飲み込んだ唾が気管支に入って、むせる。

 

「ゴホッゴホッ! ウゥンっ!」

「大丈夫ですか?」

「ゴホゴホッ、はい。ンンっ!」

 

 私は天然ドジ女子ではない。そこそこ真面目で優秀な生徒だと思うのだが、冴木先生の前ではレベルが下がる気がする。


「質問に答えてくださって、ありがとうございます。明日アンケートを取りに来ますので、詳しくご記入お願いします!」

「詳しく?」

「はい」

「簡単ではダメ?」

「ダメです。私からの深掘りが入ります」

「これ以上は深掘りしないんじゃなかったの?」

「私、警察犬だから人間の言葉わかりませーん」


 社会科準備室に響く、二重の笑い声。

 もっと話していたいが、地理の野木美絵子先生が社会科準備室に入ってきたので、退室した。


「ふわふわしている」


 色とりどりの風船の糸が体に絡みついて、ふわふわ飛んでいるみたい。足取りは軽く、心はぴょんぴょんと弾んでいて、気分がいい。

 冴木先生と楽しく話せるなんて、意外だった。癖になりそう。


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