花火大会の思い出はなんですか?
私が小中と吹奏楽部に入っていたのに、高校では新聞部を選んだのには理由がある。
まず一つは、吹奏楽を離れて、違う部活をやってみたかったこと。
もう一つは、新入生のための部活動紹介で、加瀬修哉部長に一目惚れをしたこと。
「加瀬修哉先輩と仲良くなりたい!」
そんな不純な動機で新聞部に入った私。
加瀬先輩のように将来新聞記者になりたいとか、友達の北山麻衣のように事件を嗅ぎつけて謎を解くのが好きとか。そういった理由ではない。
私は欲望に忠実に、加瀬先輩に好き好き言いまくった。押した。
うるさい女扱いされて、相手にされなかった。けれど次第に向こうから話しかけてくることが多くなり、先輩の卒業式後に告白された。
「なんかさ。好き好き言われているうちに、俺も好きになったみたい」
現在、修哉は大学二年生。大学でも新聞サークルに入っていて、現役大学生のキャンパスライフを発信している。
さて。めぐみの知り合いのサエキヒロシと、冴木裕史先生は同一人物なのか問題。私は新聞部を利用することにした。
「新聞部副部長としてなんとしても、冴木先生から情報を引き出すぞ!」
握り拳を作って気合を入れると、社会科準備室のドアをノックした。
「失礼します」
うまく聞きだせるだろうか?
隙間風のように、心にスッと入ってきた不安。目に差し込む、茜色の光。
不安と眩しさから、私は一瞬目をつぶった。パチパチと瞬きを繰り返す。
「三年一組の渡瀬友那です。冴木先生に用があって来ました」
ノートパソコンを打っていた冴木先生の手が、止まった。不思議そうに見開かれた目。
おそらく、質問しに来る生徒がいないのだろう。歴史のことでわからないことがあれば、先生に質問に来るよりも、ネットで調べたほうが早いし楽。
「新聞部で来ました。今年赴任してきた先生方のことを記事にしたいので、アンケートに協力してもらえませんか?」
「あぁ、そうだったね」
冴木先生は新聞部の顧問。部室に顔を出したことは一回しかないが、その一回が、夏号の記事をどうするか話し合った部会の日。
そういうわけで、冴木先生は躊躇なくアンケート用紙を受け取った。
だが質問事項に目を走らせると、表情を曇らせた。
「突っ込んだ質問が多いね。他の先生はなんて?」
「知らないです。私は冴木先生担当なので。質問は、担当する生徒が考えるんです。私、冴木先生のことを知りたくて張り切りました」
去年までの学校新聞は、赴任してきた先生の名前と前の学校がどこだったのかを書くだけで終わっていた。
しかし、今年は違う。私が「新任の先生を深掘りしよう!」と提案したのだ。
サエキヒロシは冴木裕史先生なのか、探るための作戦である。
「基本となる質問は、部員全員で考えました。そのうえで、各先生方の特色を引き出す質問を、担当する生徒が考えることにしたんです」
「覚えているよ。だから、好きな時代や好きな歴史の人物についての質問がある。それはわかる。だがこの、『花火大会の思い出はなんですか?』というのは……」
冴木先生は語尾まではっきりと言わないまま、言葉を打ち切った。
私は(やっぱり曖昧な性格なんだ! これはイケる!)と心の中で万歳をする。
「ご説明します。千葉市が誇る、幕張ビーチ花火フェスタ。音楽との共演が感動的な、国内最大級の花火ショー。会場に行ったことがない生徒でも、千葉テレビのライブ中継を見たことはあるはず。つまり、歴史に興味がない生徒でも花火には関心がある。そこで先生と生徒の共通の話題として、花火大会がいいだろうって考えたんです」
「なるほど」
もっともらしいことを言っているが、後付けでしかない。
ストレートに「及川めぐみを知っていますか? 花火に誘ったことがありますか?」とは聞けない。人の心に土足で入るほど、私は無神経ではない。
そこで、『花火大会の思い出はなんですか?』という質問で攻めることにしたのだ。
「花火大会の思い出、たくさんあると思うのですが、恋愛がいいです。先生にも青春時代があったんだーって、生徒が共感しやすいです」
「そんな思い出ないよ」
「そうなんですか? 学生時代に女の子を誘ったりしなかったんですか?」
先生は答えず、苦笑した。
なにか一言でも言葉を発したら、そこから次の会話ができるのに。笑って誤魔化すなんて、ずるい。
都合が良いことに、社会科準備室には私と冴木先生しかいない。遠慮なく話ができる。
「一度も女の子を誘ったことがないんですか? 本当に? 一回ぐらいはあるでしょう?」
「いやいや」
「そうかなぁ? 先生、優しそうだからモテそう。もしかして、誘うほうじゃなくて、誘われるほう?」
「それはないよ」
否定した!
心の中でガッツポーズを取る。誘われるのを否定したのに、誘ったことについては「いやいや」と曖昧な回答をした。
推理小説愛好家としては、犯人に負けるわけにはいかない。
真実に辿り着いてみせるとばかりに興奮する私と、早く帰ってほしいと思っていそうな渋い顔の先生。
「村の花火を見に行かない? って誘ったこと、あるんじゃないですか?」
「…………なんで、村の花火?」
先生はたっぷりと間を置いてから、怪訝そうに尋ねた。
私は間違って口に出してしまったと慌てる演技をするために、目を大きく見開き、両手で口を覆った。
「あっ、すみません! 親戚が福島に住んでいるんです。村の花火を見たことがあって、それでつい」
私は待った。「奇遇だね。先生も福島の村出身で……」と会話が盛りあがるのを期待した。
だが、先生は無表情に黙り込んだまま。
手強い。私は不貞腐れながら、質問を繰り返す。
「花火を見に行かない? って誘ったこと、本当にないんですか?」
「ない」
「わかりました」
引き下がる発言をしたものの、内心は一歩も引いていない。引くわけがない。
ぴろりんに謝罪したいというめぐみの願いを叶えられるのは、私しかいないから。




