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二十年後の約束  作者: 遊井そわ香
第二章 今世と前世をつなぐ幼馴染
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サエキヒロシ

 サエキヒロシに会ったほうがいいのか、会わないほうがいいのか。

 心が定まらないまま、高校三年生になった。 


 四月。新学期初の歴史の授業。

 ぽかぽかとした昼下がりと、歴史の先生のボソボソとした話し声。

 抗えない睡魔に、私はうつらうつらとした夢の中にいた。


 夢の中で、私はいつも及川めぐみだった。めぐみの目を通して、世界を見ていた。

 それなのに初めて、めぐみが他人になった。

 めぐみは愛嬌のあるニコニコ顔で、渡瀬友那わたしの両手を握った。


「ぴろりんは、すぐそばにいるよ」


 すぐそばにいる?

 疑問に頭を捻ったのと、前頭部に衝撃が走ったのがほぼ同時だった。


「いったぁーっ!!」


 額に手を当てて叫んでから、しまったと後悔する。歴史の授業中だ。

 私は頬杖をついて、こっそりと居眠りをしていたのだが、頬杖がずれてしまったらしい。机にもろに額をぶつけてしまった。

 生徒たちの爆笑を浴びながら、歴史の先生に謝罪する。


「すみません」

「はい」

 

 先生は無表情だ。疲れたオーラが漂う陰気さと、淡々とした授業の進め方。

 歴史の先生ハズレだな、と思った矢先。隕石が落ちてきたかのような衝撃に襲われ、机をガタッと鳴らして立ち上がる。

 

「ちょっと待って!! 先生の名前って、冴木裕史ですよね!?」

「はい」

「なんだよ、友那。頭を打った衝撃で、先生の名前を忘れたのかよ」


 男子からのツッコミが入って、どっと笑いが起こる。

 私は急いで座ると、恥ずかしさから教科書で顔を覆った。


「やってしまった。恥ずかしすぎる」


 居眠りをして机に額をぶつけたのもダサいが、授業中に興奮して立ち上がるなんて最悪。

 だが、やってしまったことをクヨクヨしてもしょうがない。私は友達の北山麻衣から「無駄にポジティブ」との称号をもらっている。

 そのポジティブさを発揮して、恥ずかしい出来事は忘れることにする。



 一日の授業を終えると、私はすぐに校舎を出た。自転車を全速力で漕いで、家に帰る。


「早速『擬態』とあだ名をつけられた、冴えない冴木先生が、めぐみの会いたい人なの? 思っていた人と違う!!」


 私は及川めぐみの目を通して、サエキヒロシを見てきた。黒縁眼鏡の奥にある瞳は優しく、笑顔が爽やかだった。穏やかで素直な少年といった感じ。

 だから私は、大人になったサエキヒロシに良いイメージを持っていた。仕事も家庭も順調で、陽だまりのように明るい人物。

 そういう想像をしていたのだが──。


「冴木先生って、暗そう。結婚しているのかな? 今度聞いてみよう」


 私はマンションの八階に住んでいる。エレベーターの階数が昇っていくのを見て、階段を駆けあがった。気が急いで、待っていられない。

 家に入るとすぐさま自分の部屋に向かい、本棚に目を走らせる。


「本に挟んだような記憶があるんだけど……」


 私の本棚には、活字中毒の母が勝手に置いた本が並んでいる。本を近くに置くことで、いつか私が手に取り、本好きになってくれれば……という願いがあったらしい。

 その甲斐あって、私も本が好きになった。特に、ミステリーとホラーが大好物。


「お気に入りの本に挟んだように思うんだけど……。あっ、江戸川乱歩!」


 江戸川乱歩の作品の中でも、『人間椅子』『芋虫』『人でなしの恋』といった怪しい作品が好き。

 愛を煮詰めていくうちに純度が狂った、歪な愛の世界。それはまるで、ひび割れた鏡のよう。何人もの自分がこちらを見ている。心に隠れていた狂気が、自分を見つめている。

 常軌を逸脱している、万人には理解し難い歪な愛。それでもなお、崇高なるものを求め続ける。


 江戸川乱歩短編集をパラパラと捲ると、折られた紙片が床に落ちた。紙を広げて、文字を追う。


『及川めぐみ。福島県。交通事故で、十五歳で亡くなった。祖父と祖母も一緒に亡くなった。両親と兄がいるっぽい。さえきひろしと花火を一緒に見に行く約束をしたらしい。でも見に行けなくて、それが後悔で、夢の中でいつも謝っている。めぐみはたまに、さえきひろしをぴろりんと呼んでいる』


 夢の中の話なので、さえきひろしの漢字がわからない。

 冴木裕史かもしれないし、佐伯宏かもしれない。または斉木浩志かもしれないし、三枝木博かもしれない。

『さえき』も『ひろし』も、漢字が複数ある。


「お手上げだーっ!」


 さえきひろしという名前からでは、本人を見つけるのは難しい。及川めぐみと繋がって初めて、本人だとわかるだろう。

 私は冴木先生を第一候補にして、及川めぐみとの関連を調べることにした。



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