第十章 拾われたもの
それを見つけたのは、
内部の人間ではなかった。
正式な照会も、
問い合わせもない。
ただ、
引用だけが先に現れた。
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地方紙の、
小さな記事。
扱いは軽い。
社会面の片隅。
だが、
桐山は一目で分かった。
あの文書だ。
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文言は、
少しだけ変えられている。
主語が曖昧にされ、
判断主体は
「関係機関」に置き換えられている。
だが、
構造はそのままだ。
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「総合的に判断した結果――」
その一文が、
活字になっている。
桐山は、
自分の胃の奥が
静かに沈むのを感じた。
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記事は、
糾弾していない。
評価もしていない。
ただ、
「そう判断された」と
事実のように書いている。
それが、
一番強い。
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翌日、
別の媒体が
同じ表現を使う。
さらに翌日、
それを引用した
解説記事が出る。
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判断は、
もう「あったこと」になっていた。
誰がしたのかは、
重要ではない。
判断が存在すること自体が、
前提になっている。
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桐山は、
補遺のファイルを開く。
そこには、
迷いも、削除も、
沈黙の理由も書いてある。
だが、
誰もそれを見ていない。
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「公式文書では
ありませんから」
そう言われる。
正しい。
だからこそ、
効かない。
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若手職員が、
不安そうに言う。
「これ、
もう止まらない
ですよね」
桐山は、
否定しなかった。
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止まらない。
だが、
流れを変えることは
できるかもしれない。
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数日後、
ある研究会の資料に、
例の判断が載る。
「行政判断の好例」
好例。
桐山は、
小さく息を吐く。
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正義は、
評価され始めると
疑われなくなる。
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その夜、
桐山は
一つの決断をする。
公式ルートではない。
だから、
記録にも残らない。
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補遺を、
外に出す。
匿名で。
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誰に送ったかは、
自分でも曖昧だ。
記者かもしれない。
研究者かもしれない。
あるいは、
誰でもいい。
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数日後、
反応が出る。
直接的ではない。
だが、
空気が変わる。
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「判断の背景に、
不透明な点があるのでは」
そんな一文が、
解説の末尾に
付け足される。
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小さい。
だが、
確実に違う。
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桐山は、
理解する。
正義は、
一つの形では
留まらない。
整えられ、
使われ、
疑われ、
また形を変える。
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自分がやったことは、
正しかったのか。
その問いには、
もう意味がない。
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重要なのは、
正義が残り、
動き続けていること。
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そして、
その動きは、
桐山のもとへ
戻ってくる。
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数週間後、
新たな案件が
彼の机に置かれる。
内容は、
驚くほど似ていた。
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違うのは、
一点だけ。
今度は、
誰も処理で済ませようと
しなかった。
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桐山は、
書類を手に取り、
静かに思う。
正義は、
残った。
そして、
さらに続いている。




