もうすぐ夏休みだというのに その9
「やればじゃないよ。あんたも幹事だからね」
真由子の言葉に、菊池が振り返った。
「は、意味わかんねえ。何で俺がそんな面倒なことしなきゃならねえんだ」
「だって、去年学級委員だったじゃない」
「知るか、そんなもん」
「菊池は、そんなこと言うけどさ、ゴンちゃんは幹事やってもいいって言ってんだよ。あんただけ逃げるつもり?」
「なに、ゴリエ、引き受けちゃったの?」
菊池が再び千紗の顔をのぞき込んでいった。
「そそそ、それは、真由ちゃんも一緒にやるって言ったし。でも・・・、うん、言った」
真っ直ぐに放った千紗の言葉にかぶせるように、真由子がたたみかける。
「そう。ゴンちゃんは元学級委員という責任感から、気持ちよく引き受けてくれたんだ。菊池だってやりたいでしょ、花火大会。それなら、ゴンちゃんにだけ幹事押し付けるなよ。もちろん、あたしも幹事やるからさ。だから、ね、やろうよ、一緒に」
「やだ」
「そんなこと、言うなよ」
その時、丁度うまい具合に、二組の教室から長岡博が出てきた。
「あ、長岡君」
千紗は、長岡博に声をかけた。もともとのっぽだった長岡博は、中二の夏休みを境に、さらに背が伸びて、見上げるような男子になった。彼は今、バレー部でエースアタッカーだという話を、千紗はどこかで聞いた。
千紗の声に、長岡博が音もなく振り返った。一瞬、隣で真由子の横顔に緊張が走った、ように千紗には見えたが、かまわず言葉を続けた。
「ねぇ、今、ちょっといい? 話があるんだけど」
「何?」
サルでもガキでもない長岡博は、さらりと三人の元にやってきた。歩いてくる長岡博を見て、千紗は、この人の身のこなしには、バタバタしたところが少しもないよなと思った。そう言えば、以前、山ちゃんが、長岡君って、曲線の動きをする人だよね、と言っていたけれど、確かにそんな感じだ。
長岡博も来て、三年四組の教室の前に元学級委員と元紀律委員の四人が集合した。
「花火大会、やらない? 夏休みに。去年の二の一で」
千紗が言うと、
「ああ。元二の五がやるんだってね。で、なに、元二の一もやろうっていうこと?」
長岡博が千紗を見下ろしながら言った。
「そう。あたしたち四人で幹事をやって」
「この四人でってこと?」
長岡博が、千紗たちを見回しながら言った。
「そう。元二の一の学級委員と紀律委員で幹事をやるの。どうかな?」
男子二人が、思わずお互いの顔を見合っている。その瞬間、千紗と真由子が、まずいぞっと目配せをした。
実を言うと、この二人はあんまり仲がよくない。仲が良くない、というより、微妙な距離がある、と言う方が正しい。ゆえにこの沈黙は危険だった。
「ね、ね、せっかく中学最後の夏休みじゃない。あたしたちもやろうよ、花火大会。ね。あたしは、やりたい」
千紗は、一生懸命、神妙な顔で黙り込む男子二人に声をかけた。
「あたしもやりたい。それには、この四人で幹事やるのが一番だと思う」
そこに真由子が言葉を添えた。
「そこまで言うなら、やるか、な、菊池」
先に折れたのは長岡博だった。
「う~ん」
菊池は渋い顔をしていたが、長岡博にそう言われて、逆に嫌と言えない気持ちになったらしい。
「ま、そうだな。中学最後の夏休みだしな」
ついに菊池も折れた。
「よ~し、じゃ、やるか、このメンバーで」
菊池がそう言った次の瞬間、なぜか真由子が「わつっ」と声を上げた。千紗が、あまりの嬉しさに、真由子の手をぎゅっと握ったからだ。
「ん? なんだ野村、お前、何、吠えてんの?」
驚く菊池に、
「ああ、何でもない。何でもないから」
真由子の代わりに、千紗が答えた。だが次の瞬間、今度は千紗が「あちっ」と、大声を出した。千紗以上の力で、真由子が手を握り返してきたからだ。
「お前ら、さっきから、なに、吠えてんだ?」
「ああ、何でもない、何でもないの。わはははは」
と、つないでいた手をさすりながら、男の子たちに言った。そして、お互いの顔を見返しながら、心の中でこう言い合っていた。
(まったく、なんて怪力な女だ)
(そっちこそ)
次の瞬間、二人の少女ははじけるように笑い崩れた。それから、あきれて顔を見合わせる菊池と長岡を前にして、二人はしばらく笑い転げていた。