もうすぐ夏休みだというのに その6
そんなわけで、社会の試験の前日は、動揺と混乱の中で、中途半端な勉強しかできないままに、朝を迎えてしまったのだった。テストは、根性で何とか全部埋めはしたが、自信はまるっきりなかった。
「佐藤」と、ハンガーに呼ばれ、千紗はしぶしぶ立ち上がった。なるべく時間をかけて歩きながら、屠殺場に連れて行かれる豚の心境を思った。死にそうな気持ちで受け取った答案用紙を恐る恐る見れば、そこには六十三点という恐ろしい数字が並んでいるではないか。ああーっと千紗は心の中で叫んだ。静かに答案用紙を受け取ると、千紗は自分の席に座った。
自分の志望校を思うと、まずい点数だった。中三のここにきて、全くあたしは何をやっているんだ。千紗は、鉛のように重い心で思った。早くから勉強していれば、前夜にちょっとくらいアクシデントがあったって、テストの準備は間に合ったはずだ。そもそも、あんなことくらいで動揺して、気を散らせてどうするんだ。今年は弟の中学受験も控えているっていうのに、あたしがこんな事でどうする。
とにかく、二学期は絶対に挽回しなくてはいけない。そのためには、夏休みは死に物狂いで勉強しなくては。よ、よし。こうなったら、ありったけの時間を使って勉強しよう。
でもそうなると、プールにいけないなぁ。
千紗は、ちょっと前の決心もそこそこに、もうそんなことを考えた。何しろ千紗は、夏休み中開放される学校のプールに、奈緒と行くのが大好きなのだ。もっとも、二人はプールの中でしゃべってばかりいるから、ちっとも泳ぎの方は上達しない。それでも、というか、だからこそ、二人は学校のプールが大好きなのだ。
冷たい水につかって、時々お遊び程度に泳ぎながらおしゃべりして、帰りにアイスクリームを買って食べる。この楽しみを、中学生最後の夏に、棒に振りたくはなかった。やっぱり、ちょっとは遊ばないと勉強も集中できないしなぁ。
しかしながら、この後、残りの答案用紙が戻ってくるにつれ、プールどころではない現実を、千紗は、まざまざと見せつけられることになる。