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Twinkle Summer   あたしが千紗だ、文句あるか5  作者: たてのつくし


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帰り道 4 (最終回)

 角をまがった瞬間、このままでいいの、と、千紗の中で声がした。

 このまま何も話さないまま、菊池と別れてもいいの? こんなふうに一緒に歩ける時なんて、もうないかもしれないのに。家までの道は、あと少しで終わるのに。

 そこまで思うと、千紗は大きく息を吸った。


「今となったら、本当にたいしたことじゃなかったんだけどね」

 そう言って、千紗は足もとの小石を一つ蹴った。

「あの日、お母さんが玄関で倒れてさ」

 菊池がちらっと千紗を見たが、千紗はアスファルトに視線を落としたまま、淡々と話を続けた。


「あの日、あたしは、のんきに夏祭りになんか行っていて、お母さんが玄関で倒れたとき、家にいたの、弟だけでね。慌てたよ。あんな具合悪そうな母さん、見たこと無かったから。すごく熱も高くてね。それなのに、家に氷がなくって。それで慌てて買いに行ったの。その時、コンビニでばったり会ったってわけよ」

 そう言って、千紗は小さく肩をすくめた。


 それから千紗は、その日の出来事を菊池に話した。具合の悪い母を前に、じたばたするばかりで何もできなかったこと。祖父母が来た途端、いろんな問題があっさりと解決してしまったこと。自分はもう大人だと思っていたけれど、まだまだ子供だと自覚し直したこと。


「それで、ゴリエの母ちゃん、元気になった?」

 千紗がすっかり話終えると、菊池が口を開いた。

「うん。もうすっかり」

 街灯につかまってぐるっとまわりながら、千紗が答えた。

「よかったな」

 菊池が心から言った。

「やっぱ、母ちゃんは元気でいてくれないと、凹むよな。俺たちまだ、ガキだもんな」


「うん、ほんとにそう」

 実感を込めて同意した。それでも、と、千紗は思う。今日より明日、明日より明後日、あたしは大人になっていきたい。大人になって、強くなって、ちゃんと自分の足で立てる人になりたいんだ。


 いつの間にか、千紗の家の前まで来ていた。ゆっくり歩いたつもりなのに、何ならちょっと遠回りをしたのに、思ったよりずっと早く着いてしまった。


「ここがゴリエんちか」

 千紗の家を見上げ、菊池が言った。

「うん」

 千紗は、何だかこそばゆい気持ちで言った。

「こっから、お前の部屋って見える?」

「あの二階の窓が、そうだけど」

 菊池は、指し示された窓を見て、

「ふうん・・・」と、一言。


「ふうんって何よ」

 千紗は、何だか恥ずかしくなって菊池に噛み付いた。

「別に」

 そう言いながら、菊池はずた袋を千紗に渡した。

「ありがと」

 千紗が笑顔で受け取る。


 菊池は、バケツを右手に持ち替えると、視線を落として、足下の小石を転がし始めた。それを、なんとなく千紗も一緒になって見つめる。下を向いている二人の中学生を、街灯が静かに照らしている。


「そう言えば、ゴリエ、期末の数学、何点だった?」

 顔を上げて、菊池が千紗に尋ねた。

「え? あたし、97点だった。菊池は?」

 千紗には、97点と聞いて、菊池がぎくりとした様に見えた。

 その顔を見ただけで、千紗はもうわくわくしてしまう。どうやら今回の勝負は、あたしが勝ったらしい。


 菊池は何も言わずに、再び小石集めをしていたが、急に何を思いついたのか、

「あ、そうだ。お前、明日三時に、今日のコンビニに来い」

 と言った。

「え? 明日?」

 明日もまた会えるって事? 千紗はくらくらした。


「午前中は、俺、塾があるから、時間は三時だ」

「う、うん」

「そいで、この夏、母ちゃんの看病を頑張ったご褒美に、俺がアイスを奢ってやる」

「ははぁ」

 千紗は笑いがこみ上げてくる。色んな事がごちゃごちゃと嬉しい。


「それは嬉しいけどさ。数学のテストは、どうなってんのよ。菊池は何点だったの? 勝ったの、負けたの? ていうか、負けたんだよね。正直に言ってみ?」

「いや、アイスは、ご褒美に奢ってやるって話だから」と、菊池は頑固に言い張る。

 千紗はもう、笑いが止まらない。菊池の奴、どんだけ負けず嫌いなんだ。


「そうなんだ、わかった。とりあえず、明日の三時に、コンビニの前に行けばいいんだね」

 なんだか、去年の夏のあの日みたいだ、と、千紗は思う。奇跡なの、これ。

「おお、そうだ」

「で、何点だったの? 実際」

 千紗がしつこく尋ねると、菊池は小声で「90」と言った。


「でも、90って、悪くないぜ。俺のクラスの平均点65点だったし」

「うんうん、そうだね。でも、負けは負けだよね」

 千紗はもう、心の中の嬉しさが、弾け飛びそうな気持ちだ。

「くそう、次は絶対勝つからな」

「いやいや。次もあたしが勝つから」


 千紗があまりにも嬉しそうなので、菊池もつられて笑ってしまう。

「しょうがねぇな、もう。とにかく、明日、三時な」

「うん。三時だね。わかった」

 千紗が答えると、菊池は満足そうに頷いた。


「じゃあな。もう遅いから、お前もさっさと家に入れ」

 そう言うと、菊池は歩きだした。


「あのさあ」

 菊池が五歩も歩かないうちに、千紗はその後ろ姿に声をかけた。ひょいと振り返る菊池に、

「ええっと、あの」

 千紗はもじもじしながら言った。

「塾の宿題、頑張れよ、徹夜でね」

「け、うるせえや」

 そう言い捨てて歩き出した菊池に、すぐにまた「あのさあ」と声をかけた。


「何だよ」

 再び振り返る菊池に、千紗は少しためらった後、思い切って聞いてみた。

「あの夏祭りの日、港の花火大会に行ったの? 鮎川さんたちと」

「行ったよ」

 菊池があまりにあっさりと肯定するので、千紗は膝の力が抜けて、しゃがみ込みそうになった。


「でも、人が多過ぎて花火は良く見えねえし、女子はギャアギャアうるせえしで、あんまり面白くなかったけどな」

 菊池は眉間にしわを寄せてそういうと、

「今日の方が、ずっと楽しかった」

 と、小さく付け加えた。


 それから菊池は、

「じゃあな。俺、帰るから。お前も家に入れ。いい加減、遅いんだから」

 と言って、歩き出した。


 うん、と小さく返事はしたものの、千紗はそこを動かなかった。街灯に照らされて、どんどん遠くなっていく菊池を、ずっと見ていたかったから。


 菊池は一度だけ振り返り、まだ家の前にいる千紗を見て、しっしっと手を振り、家に入れと促した。それから前を向くと、一気に走りだし、闇の中に見えなくなった。



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