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Twinkle Summer   あたしが千紗だ、文句あるか5  作者: たてのつくし


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帰り道 3

「ほれ」

 坂道にさしかかったところで、菊池が千紗に向かって手を出した。

「何?」

「それ、荷物。こっちによこせ」

「え、いいよ。これ汚いし、それに結構重たいよ」

「いいから」

 慌てて遠慮する千紗の言葉も聞かず、菊池は、奪うようにして、千紗のずだ袋を自分の肩にかけてしまった。


「あ、ありがとう」

 千紗がどぎまぎしながらお礼を言うと、

「へええ」

 と、菊池がからかうように、わざと目を大きく開いて見せた。

「ゴリエでも、そんな風にちゃんとお礼が言えるんだ。まるで人間みたい」


「当たり前です」

 千紗がつんとして言い返すと、菊池は、大きな口を左右に広げて、にやりと笑った。千紗の大好きなオオカミの笑顔だ。


「なあ、ゴリエさ」

 しばらくして、菊池が千紗に尋ねた。

「あの日、何があったの?」

「あの日?」

「あの日だよ、ほれ、コンビニで会ったじゃん、夏祭りの夜に」

「ああ、あの日か・・・」


 千紗の脳裏に、夏祭りの夜が鮮やかに蘇った。

 夜道を必死に走ってきた、弟のやせっぽちな足。家に駆け戻るまでの、もどかしい道のり。ベッドに横たわる母の、ひどく小さく見えた姿。氷を買いにコンビニまで走ったこと。そこで、まるで不意打ちのように、菊池にばったりあったこと。

 しかし、あの日のこと、あの日の思いを言葉にするのは、何だかややこしくて、気が進まなかった。


「いや、別に何もないけど」

「うそだね」

 菊池は即座に否定した。

「わかった。祭りで、誰かになんか言われたんだ」

「何も言われてないよ。あの日は楽しかったもん」

「じゃあ、何だ。絶対に何かあっただろ、あの日」


 千紗はふと、そう言えば、あの晩、菊池は、鮎川さやかたちと港の花火大会に行っていたんだよな、と思い出した。港の花火大会は、さぞ楽しかったことだろうと思ったら、なんだか急に意固地な気持ちになった。


「だから、何もなかったって言ってるじゃん。ていうか、何でそんなこと聞くの?」

「だって、あの日のゴリエ、いつものゴリエじゃなかったもん」

「そうだったっけ?」

「そうだよ」

 菊池は、きっぱりと言い放った。

「あん時、ゴリエ、泣きべそかいてたもん。俺、確かに見た」


「な、な、な、泣きべそなんか、かいてないぞ。断じてないぞ」

 千紗は飛び上がって否定した。冷や汗をかきながら、慌ててあの時のことを思い出してみる。いや、やっぱり菊池の前で、涙なんかこぼさなかったはずだ。


「大体、なんであの日のことに拘るわけ。どうでもいいじゃん。たとえあたしがどんな顔をしていたとしてもさ」

「だったら、俺をシカトするなよ。今にも泣きそうな顔なのに、何も言わないで行っちゃったら、そりゃ、何かあったんじゃないかって、気になるだろ」

「・・・・・」


 菊池にそんな風に言われて、千紗はそれ以上、言い返せなくなってしまった。

 菊池はそれきり黙ったまま、前を睨むようにして歩いている。それを横目でちらちら見ながら、千紗も何も言えない。


 二人は薄暗い道を、しばらく黙って歩いた。空には月が輝き、時折吹き抜ける夜風が、二人の汗ばんだ体を吹き抜けて行く。



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