帰り道 3
「ほれ」
坂道にさしかかったところで、菊池が千紗に向かって手を出した。
「何?」
「それ、荷物。こっちによこせ」
「え、いいよ。これ汚いし、それに結構重たいよ」
「いいから」
慌てて遠慮する千紗の言葉も聞かず、菊池は、奪うようにして、千紗のずだ袋を自分の肩にかけてしまった。
「あ、ありがとう」
千紗がどぎまぎしながらお礼を言うと、
「へええ」
と、菊池がからかうように、わざと目を大きく開いて見せた。
「ゴリエでも、そんな風にちゃんとお礼が言えるんだ。まるで人間みたい」
「当たり前です」
千紗がつんとして言い返すと、菊池は、大きな口を左右に広げて、にやりと笑った。千紗の大好きなオオカミの笑顔だ。
「なあ、ゴリエさ」
しばらくして、菊池が千紗に尋ねた。
「あの日、何があったの?」
「あの日?」
「あの日だよ、ほれ、コンビニで会ったじゃん、夏祭りの夜に」
「ああ、あの日か・・・」
千紗の脳裏に、夏祭りの夜が鮮やかに蘇った。
夜道を必死に走ってきた、弟のやせっぽちな足。家に駆け戻るまでの、もどかしい道のり。ベッドに横たわる母の、ひどく小さく見えた姿。氷を買いにコンビニまで走ったこと。そこで、まるで不意打ちのように、菊池にばったりあったこと。
しかし、あの日のこと、あの日の思いを言葉にするのは、何だかややこしくて、気が進まなかった。
「いや、別に何もないけど」
「うそだね」
菊池は即座に否定した。
「わかった。祭りで、誰かになんか言われたんだ」
「何も言われてないよ。あの日は楽しかったもん」
「じゃあ、何だ。絶対に何かあっただろ、あの日」
千紗はふと、そう言えば、あの晩、菊池は、鮎川さやかたちと港の花火大会に行っていたんだよな、と思い出した。港の花火大会は、さぞ楽しかったことだろうと思ったら、なんだか急に意固地な気持ちになった。
「だから、何もなかったって言ってるじゃん。ていうか、何でそんなこと聞くの?」
「だって、あの日のゴリエ、いつものゴリエじゃなかったもん」
「そうだったっけ?」
「そうだよ」
菊池は、きっぱりと言い放った。
「あん時、ゴリエ、泣きべそかいてたもん。俺、確かに見た」
「な、な、な、泣きべそなんか、かいてないぞ。断じてないぞ」
千紗は飛び上がって否定した。冷や汗をかきながら、慌ててあの時のことを思い出してみる。いや、やっぱり菊池の前で、涙なんかこぼさなかったはずだ。
「大体、なんであの日のことに拘るわけ。どうでもいいじゃん。たとえあたしがどんな顔をしていたとしてもさ」
「だったら、俺をシカトするなよ。今にも泣きそうな顔なのに、何も言わないで行っちゃったら、そりゃ、何かあったんじゃないかって、気になるだろ」
「・・・・・」
菊池にそんな風に言われて、千紗はそれ以上、言い返せなくなってしまった。
菊池はそれきり黙ったまま、前を睨むようにして歩いている。それを横目でちらちら見ながら、千紗も何も言えない。
二人は薄暗い道を、しばらく黙って歩いた。空には月が輝き、時折吹き抜ける夜風が、二人の汗ばんだ体を吹き抜けて行く。




