帰り道 1
「あのさぁ、もう時間も遅いから、男子は手分けして女子を送ってやって」
長岡博が、バケツの底にこびりついたロウソクのロウをこそげ取りながら、帰り始めた男子に向かって声をかけた。
その脇で、千紗と真由子は、朝礼台前に集められたゴミをせっせとまとめる。菊池は、バケツとチャッカマンを返すために、再び学校に忍び込んでいた。
「そこの男子たちさぁ、前田たちと家が近いでしょ。じゃあ、送ってやって。いい? 頼むよ」
長岡は、ゴミを拾いながら、女子だけで帰ることがないように、あちこちに気を使って声をかける。
「またな」
「またね」
「新学期に」
「新学期に」
そう声を掛け合いながら、一つ、また一つと、男女のグループが帰途につき、ついに校庭に残されたのは、千紗たち四人になった。
「何だか急に静かになったね」
真由子がしんみりと言った。
「なんだ、野村、恐いのかよ」
すぐに菊池がからかう。
「恐くはないけどさ。ああ、ついに今日が終わるんだなあと思って」
真由子の言葉に、残りの三人がふっと黙る。
真由子は、うーんと伸びをして、そのまま夜空を見上げた。
「ねぇ、ゴンちゃん。空見てみ。星がきれいだよ」
そう言われて、千紗も空を見上げた。
「ほんとだ。今日は、空が晴れてるものね」
「おーい、ここなら、楽して見られるぞお」
朝礼台に仰向けになった菊池が言った。
「あ、それナイス」
たちまちみんなで真似をする。
「でも、やっぱり都会の空は明るいな。俺の婆ちゃんちは田舎だから、星がたくさん見えるんだよ。なんかもう星がゴミみてえに一杯あるんだ」
足をぶらぶらさせながら菊池が言うのを聞いて、みんな笑い出してしまう。
「いくらなんでも、ゴミはないんじゃない。菊池ってほんと、そういうとこだめだね」
「いや、でも、あれはやっぱりゴミだよ。箒で集めたくなるもん。野村も実際に見たらそう思うって」
「そうかなぁ」
「この空じゃ、でかい星しか見えないから、そうは思えないだろうけど」
「そういえばさ、見えてないけど存在するものって、結構あるらしいよ」
長岡がぽつりと言った。
「なにそれ? 幽霊のこと?」
千紗が聞くと、
「いや、そうじゃなくってさ。人間には、この世に存在するものの三〇パーセントくらいしか感知できないって、何かで読んだことがあるんだよ」
「じゃあ、見えてないけど、今ここにもいろんなものがあるってこと?」
真由子が空を眺めながらながら尋ねた。
「うん。見えないし、触れないけど、あるんだよ、多分。だって、今見ている空だって、実際はもっとたくさん、無数に星があるけど、見えないわけだし」
「確かにそうだね。そう思うと、何だかいろんなことが不思議」
真由子が言った。それを聞きながら、千紗は、心もそうだな、と思った。
心も、触れないし、見えないけれど、確かにあって、それは時に千紗を振り回したり、苦しめたりもする。でも、ないよりあった方がいい。断然いい。
四人は、それぞれの思いを胸に、しばらく夜空を眺めた。今日はよく空を見る日だ。




