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Twinkle Summer   あたしが千紗だ、文句あるか5  作者: たてのつくし


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花火大会 5

「よーし、一発目、火を点けるぞー」

 準備を終え、長岡博が声をかけると、校庭にばらばらに散っていた仲間たちが、集まってきた。

「よし、点いた」

 菊池と長岡が、理科準備室に忍び込んで持ち出したチャッカマンで火を点けると、すばやく後ずさりした。

 記念すべき一つ目の花火が、バンっと乾いた音をたて、火花を撒き散らしながら夕暮れ空に舞い上がった。


 火の玉は、そのまま夜空をすうっと駆け上がると、中空で破裂した。いくつもの落下傘が、夜空に浮かび上がる。その瞬間、わぁっと歓声が上がった。ふわりふわりと宙を漂う落下傘を追いかけて、四方八方に走り回るみんなを、千紗たちは満足そうに眺めた。これは四人で考えた、小粋な演出だったのだ。


 みんなが落ち着いたところを見計らって、今度は打ち上げ花火に火を点ける。一定の間隔を置いて、火の玉が夜空に打ち上がるたびに、みんなの気持ちも盛り上がってくるのが伝わって来る。

 もっともっと高く上がればいいのに。千紗は、これ以上開けられないほど目を開けて、花火を見守る。


 打ち上げ花火が一段落したところで、今度は手持ち花火をみんなに配る。キャッチボールをしていた男子たちが、火のついた花火を持って、ぐるぐると手を大きく回している。あいつら本当に幼稚なんだから。危険だからやめてと注意しに行きかけた千紗だが、いやいや、今夜はこう言うのもありだと思い直し、どうせならと自分もやることにした。


 誰も注意する大人がいないのは、なんて自由なんだろう。火の点いた花火を思いっきり振り回しながら、千紗は思った。

 暗闇と花火のコントラストは、うっとりするほどきれいだ。大きく描いた光の輪は、消えた後もしばらく残像が目に残り、それが神秘的な効果を上げた。

 千紗は、立て続けに火を点けた。八の字を書いたり、波を作ったり、色々変化を楽しんだ。夢中でやっていると、千紗の顔のすぐ脇を、ロケット花火がけたたましい音を立ててすり抜けていった。


「ぎゃああああ」

 驚いた千紗が、花火を放り出してしゃがみ込むと、すぐ後ろで山下義友が、飛び上がって手を打った。またお前か、このガキめと、千紗はうんざりしながら思った。どうやら彼にとっては、からかった時の千紗の反応はツボらしく、始終こんな感じでちょっかいを出してくるのだが、加減が下手なために、千紗は困ることが多い。


「山下、だめだよ。ロケット花火は人に向けたらだめ。やるなら、空に向けてやって」

 千紗が、山下にたっぷり文句を言おうと息を吸っている間に、長岡博が注意した。同級生に諭すように注意されて、さすがに山下がしゅんとなった。あいつは、ガキな上に肝っ玉が小さいからなあと、千紗は横目で見ながら思った。


「佐藤、大丈夫?」

 長岡が千紗を気遣った。

「うん。大丈夫」

 千紗は立ち上がって埃を払いながら言った。それから

「山下、てめえ、後で覚えてろよ」

 と、山下に向かってすごんでみせた。山下は、千紗に舌を出すと、走って新しい花火を取りに行った。


 長岡博は、まだ火がついたままの花火を拾うと、千紗に渡し、

「佐藤、火貸して」

 と、金色のぎざぎざの付いた花火を差し出した。そして、

「はい、これ。追加を持ってきた」

 と、さらに二本、花火を千紗に差し出した。

「わあ、ありがとう」

 千紗が笑顔で受け取る。


 二人の花火に火が点いて、辺りがほんわりと明るくなる。

「来られるって言ってた人は、全員来たね」

「うん。すごい出席率だね」

「花火、あれで足りるかな」

「大丈夫だと思うよ。余っても困るし」

「確かに、そうだね。線香花火とかもあるしね」


「そう言えば、あの後、お母さん、大丈夫だった?」

 少し間があって、長岡博が言った。

「うん。もうすっかり元気。ただの夏風邪だったんだ」

「そう、ならよかった」

「あの晩は、いろいろごめんね。なんか、あたしのせいで、せっかくの夏祭りをしらけさせちゃったよね」

「別にそんなことないよ。だって、楽しかったじゃない? かき氷も美味しかったしさ」

「でしょ。どころで男子達は、あの後どうしたの? 女の子達は、あの後すぐに帰ったって山ちゃんに聞いたから」

「ああ、そうそう。女子達は、あの後すぐに帰ったんだよ。俺たちはあの後、焼きそば食べたりしたかな。でも、わりとすぐに帰ったよ」

「そうなの」


 やっぱり、お母さんの件がなければ、みんなもっと遅くまで楽しんでいたのだろうな、と千紗は思った。なんだか、悪かったなあ。

「ところで佐藤さあ、この夏休み、どっか塾に行った?」

 新しい花火を取り出しながら、長岡が言った。

「塾? うん、まあ、ちょっとだけ、行ったよ」

 千紗は、新しく火を点けた花火で、ゆっくり中くらいの丸を描きながら言った。

「それ、どこの塾?」

「あそこ、二駅先に、新しくできた塾」

「総真セミナー?」

「そう、それそれ。そっちに行っていたの。長岡くんは?」

「俺は、平山塾だよ」

「じゃあ、みんな一緒だ」

「そう。もう学校みたい」

 長岡は渋い顔で言った。


「そっちは? 総真セミナーってどう?」

「どうって、まあ、マンモス校って感じ。新しいから建物はきれいだけど、教室がやたら広くて、ひとクラス百人以上いるんだ。でも、授業自体は分かりやすかったよ」

「へえ、じゃ、これからもそっちの塾に行く感じ?」

「う~ん、そうね。行くとしたらね」

「俺も今度、総真に行ってみようかな」


「総真セミナーってさ、授業料が安いってのはいいけど、ほんとマンモス校よ。先生一人に対して生徒は百人って感じだし、そもそも一人分の机が狭いのよね。それやこれや考えると、平山塾の方が良いと思うけど。だって、平山塾って、ぼろいけど机とかゆったりしているじゃない。それに、少人数だから行き届くし。だいたい、今更、塾を変えるってあり?」

「自分は変えてる癖に?」

「あ、そっか」

そう言って、千紗は思わず笑い出した。

「確かにそうだね」


「いや、俺さ、塾まで学校と同じメンバーと角突き合わせるの、嫌になっているんだ」

「ははあ、なるほど。まあ、その気持ちもわからなくはないな」

 千紗は、金色の花びらが、後から後からあふれでて、てあっという間に暗闇に消えて行く様子を飽きずに見つめながら、上の空で返事をした。花火ってすぐ消えちゃうから、こんなにも心が引きつけられるのかな。


 やがてどちらの花火も消え、ふっとあたりが静寂に包まれた。千紗は、長岡博がずっと黙ったままだったことに気がつき、どうしたことかと彼を見た。

「俺やっぱ、次からは総真に行くよ」

「へ? なんで」

 千紗は思わず間の抜けた声を出した。

「俺、佐藤と一緒の塾に、行ってみたいからさ」


 驚いて千紗が隣を見ると、消えた花火の先を見つめる長岡の横顔が見えた。しかし暗くて肝心の表情がよくわからない。

 長岡博は、それ以上、説明はせず、ただ「それ、かして」と千紗の燃えさしを受け取ると、踵を返して行ってしまった。


 暗闇の中を歩き去る長岡博の後ろ姿を、千紗はぽかんと見送った。いま、何が起こったのだろう。長岡博は、あたしに何を言ったんだ。

 しかし、落ち着いた様子で燃えさしを水の入ったバケツに放り込み、朝礼台前にたむろする男子の中に駆け込んでふざけ合う長岡からは、何も読み取れなかった。けれど千紗は、暗闇の中で、しばらく胸の動悸を抑えることができなかった。



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